• TOP
  • LIFESTYLE
  • 外国人が“どハマり”する「食品サンプル」は、なぜ日本にだけあるのか?

2025.08.22

【第29回】

外国人が“どハマり”する「食品サンプル」は、なぜ日本にだけあるのか?

イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

BY :

文/マッシ
CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

食品サンプル、その不思議な文化に外国人が夢中になる理由

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのイタリア人ライター、マッシさんが、今回は外国人が初めて見ると必ず衝撃と興奮を覚えるという日本の食品サンプルについてお話しします。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
食べ物ではないのに、食べ物より美味しそうに見えることがほとんどで、独特な文化をもつ日本で発展した「食品サンプル」に、20年以上前からお世話になっている。どんな複雑な料理でも飲み物でも、食品サンプルのおかげで裏切られることがない。これは外国人として、神様レベルだと言っても過言ではないよ。

文字と説明より、食品サンプルを見るだけでお腹が空いてくるし、頭からしばらく離れないよね? なぜ、日本にだけこのような文化があるのか。そして、なぜ外国人はこんなにも夢中になるのか。今回は、この不思議な日本の文化を、僕の視点から掘り下げてみようと思う。
PAGE 2
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア

初めて見た時、思わず大笑いしてしまった「偽物の料理」

日本のレストランの前に並ぶ、あの魅惑的なショーケース。初めてこれを見た時、僕は思わず足を止めて、「すごい‼」と言いながら大笑いしてしまった。なぜなら、こんなにもリアルな「偽物の料理」が、まるで出来たてかのようにショーケースに並んでいるからだ。ラーメンのスープから立ち上る湯気、揚げたての天ぷらのサクサクとした衣、そして、パフェのグラスから溢れ出しそうなクリームとフルーツたち。その精巧さはもはや芸術だ。僕の国イタリアでは、料理は文字で書かれたメニューから想像する。だから、初めてこの文化に触れた時の衝撃と興奮は、今でも忘れられないよ。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
PAGE 3
18歳の時、初めて一人で日本を旅した。レストランに入る前、思わず叫んだ言葉が今でも忘れられない。「マジかよ! 日本の食品サンプル、すごすぎる!」

当時、日本語がまったく話せないし書けない僕にとって、入り口に並んだ料理のサンプルは、まるで救世主だった。本物そっくりの料理を見て、どんな味か想像しながら注文できたからだ。それが「食べられない偽物」だと知った時の驚きと、そのリアルさへの感動。「なんだ、偽物か!」という笑いとの組み合わせが、僕ら外国人観光客を虜にするんだろう。食べられないのに、目でお腹いっぱいになってしまう。日本の食品サンプルは、本当に面白い。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
PAGE 4

安心して、好きなものを注文してほしいという気持ちから

まず、この文化がいつから始まったのか、調べてみたよ。諸説あるけれど、大正時代末期から昭和初期にかけて、百貨店のレストランで蝋(ろう)で作られた料理の模型が使われ始めたのが最初らしい。でも、なぜこの文化が日本中に広まったのか。その背景には、日本ならではの「おもてなし」の心と、独自の食文化、そして職人技が深く関わっていることがわかった。

当時の日本は、今と違って外国料理がまだ珍しかった時代だ。人々は、どんな料理が出てくるのかわからず、注文をためらうことも多かった。そんなお客さんに「安心して、好きなものを注文してほしい」というお店側の気持ちから、料理の見た目を忠実に再現した食品サンプルが生まれたんだ。文字だけでは伝わらない料理の魅力を、視覚で伝える。これこそが、日本のおもてなしの心そのものなんだと思う。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
PAGE 5
昭和に入ると、日本は急速に発展して多くの人が外食を楽しむようになった。デパートの食堂や街のレストランは、お客さんを獲得するために激しい競争を繰り広げた。その中で、ひと目で料理がわかる食品サンプルは、強力な武器となった。スパゲッティやカレーライス、ハンバーグ、オムライス。多種多様なメニューをわかりやすく見せるために、食品サンプルは必要不可欠な存在となっていった。
食品サンプルはただの「模型」じゃない。本物の料理を研究して細部の色やツヤ、質感、そして湯気や泡といった「動き」までも再現する。この緻密で高度な技術は、まさに日本の職人技の結晶だ。茶道や華道など、古くから細部にまでこだわり抜く文化をもつ日本だからこそ、食品サンプルという芸術が生まれたんだろう。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
PAGE 6

外国に食品サンプルの文化が生まれなかった理由は

では、なぜこの素晴らしい文化が、イタリアをはじめとする他の国では広まらなかったのだろう。一番の理由は、食文化と価値観の違いだ。イタリアではメニューは文字で説明されるのが当たり前だ。シェフは自分の言葉で料理を表現してお客さまはそれを読んで想像力をかき立てる。「パスタ・アッラ・カルボナーラ」と書かれたメニューを前に、どんな卵とチーズの香りがするのか、どんなモチモチとした食感なのかを頭の中で思い描く。それが、料理を食べる前の楽しみなんだ。

もし、ショーケースに食品サンプルが並んでいたら、その楽しみは半減してしまう。料理は見た目だけではなく、その背景にある物語や作り手の想いまで楽しむもの。それが外国人の価値観なんだ。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
PAGE 7
また、料理は「一期一会」のものだという考え方もある。同じシェフが同じレシピで作っても、その日の食材や気分によって少しずつ味が、そして見た目が変わる。その一皿一皿が芸術作品であり、それを模倣した模型を置くことは本物の価値を下げてしまうと考えられたのかもしれない。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア
食品サンプルは、外国人にとっては「驚き」と「興奮」を感じる素晴らしい文化だ。でも、日本人にとっては、あまりにも当たり前すぎて、その魅力に気づいていない人も多いんじゃないかな。だから、この記事を読んでいるあなたに伝えたい。食品サンプルは、ただの「メニューの見本」じゃないよ。それは、日本の「おもてなし」の心、料理に対する情熱、そして細部にまでこだわり抜く職人技が凝縮された、小さなアート作品なんだ。

次にレストランのショーケースを見かけたら、ぜひ立ち止まって、じっくりと観察してみてほしい。そこに込められた日本の文化を再発見すれば、きっといつもの外食がもっと特別な時間になるはずだから。
PAGE 8
マッシ massi   webLEON イタリア人 思考する食欲

● マッシ  

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
公式X

こちらの記事もいかがですか?

PAGE 9

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        外国人が“どハマり”する「食品サンプル」は、なぜ日本にだけあるのか? | ライフスタイル | LEON レオン オフィシャルWebサイト