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2018.07.11

ナイキがスニーカーシーンで王座に君臨するワケとは?【前編】

スニーカーのテクノロジーやデザインで常に時代をリードしてきたナイキ。その理由を、歴史を振り返りながら紐解いてみました。いつだってナイキは、スポーツブランドの枠を超えた“革命児”だったのです。

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文/南井正弘 編集/長谷川茂雄

写真提供/ナイキ ジャパン
写真提供/ナイキ ジャパン

ナイキの歴史は機能開発から始まった

今も昔も老若男女問わず愛されるフットウエアといえば、何といってもスニーカー。そのなかでもナイキの人気はいつの時代も高いポジションをキープしています。そんなスニーカーシーンにおけるトップブランドであるナイキが幅広く支持される理由を、過去の名作を振り返りながら検証したいと思います。

ナイキの前身となるブルーリボンスポーツは、日本製スポーツシューズを輸入する会社として、オレゴン大学陸上部監督であったビル・バウワーマンと同陸上部員であったフィル・ナイトのふたりが1964年に創業しました。

彼らはただ単にシューズを輸入するだけでなく、アイデアマンだったバウワーマンを中心に、既存のシューズの機能に満足しないと自ら手を加えて改良したり、独自のスペックを提案することで、選手のパフォーマンス向上に貢献したといいます。やがて彼らが手がけたシューズは、アスリートから高い評価を得ました。

そして1972年、彼らは将来の方向性を明確にすべく自らのブランドを立ち上げる決断をします。それがナイキです。ギリシャ神話の勝利の女神「ニケ」にちなんでナイキと命名したのは、社員第一号となったジェフ・ジョンソンでした。
ナイキの創業者の一人、ビル・バウワーマン。シューズの構造を熟知しており、問題点を突き詰め、スポーツシューズの機能性向上に大きく貢献しました。
ナイキの創業者の一人、ビル・バウワーマン。シューズの構造を熟知しており、問題点を突き詰め、スポーツシューズの機能性向上に大きく貢献しました。 写真提供/ナイキ ジャパン

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スニーカーの新常識を作ったナイキ エア

次々とスニーカーの新機軸を発表

ナイキブランドがスタートすると、まずコルテッツ、ワッフルトレーナーを始めとしたランニングシューズがヒット。アメリカのランニングシューズ市場で高いシェアを獲得します。これに貢献したのが、ワッフルトレーナーなどのアウトソールに使用された、ビル・バウワーマン考案によるワッフルソール。

朝食を食べているときに「こんなフワフワしたソールがシューズに付いていたら、どんなに走り心地が良いだろうか!?」という発想から誕生したと言われているアウトソールは、凸型の形状のスタッドが敷き詰められ、ワッフルそのものではなくワッフルを焼く金型の形状に似ています。

このアウトソールパターンは、土や芝生といったオフロードでは比類なきトラクション性能を、アスファルトやコンクリートといったオンロードでは高いクッション性を提供し、瞬く間にランナーに受け入れられることになりました。

ワッフルソールは、ナイキ草創期におけるテクノロジーの代表的存在といっても過言ではないでしょう。そしてさらに1979年に正式発表されたクッショニングテクノロジーが、ナイキというブランドを大きく飛躍させることになります。それがナイキ エアです。

ナイキ エアの進化とともにブランドも躍進

1978年12月のホノルルマラソンのタイミングでテストマーケティングされ、1979年に正式発表されたテイルウインドというランニングシューズに、ナイキ エアは初搭載されました。

当時としては珍しかったポリウレタン製ミッドソールに踵からつま先部までワンピースのフルレングス エア ユニットを内蔵したプロダクトで、合成樹脂製のエア バッグに圧力ガスを内包したナイキ エアは、従来にないレベルの衝撃吸収反発性能を確保していただけでなく、その高いクッション性を長くキープできたことも当時のランナーを驚かせたといいます。

このナイキ エアは当初ランニングカテゴリーのみに採用されましたが、1982年になるとバスケットボールシューズのエア フォース 1、テニスシューズのエア エースといった他カテゴリーのシューズにも採用されるようになり、ナイキのみならず、スポーツシューズ業界で最も知名度の高いテクノロジーとなりました。

そして1987年、ナイキはそれまでミッドソール内部に隠されていたナイキ エアを外部から見えるようにした新製品をリリースします。それが“エア マックス”とネーミングされたランニングシューズです。

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エア マックスの怒涛の快進撃が始まった

革新的な衝撃吸収テクノロジー“エア マックス”を搭載した初代モデル「エア マックス1」。ここからナイキの新たな歴史が始まったのです。
革新的な衝撃吸収テクノロジー“エア マックス”を搭載した初代モデル「エア マックス 1」。ここからナイキの新たな歴史が始まったのです。 写真提供/ナイキ ジャパン
エア マックスは、誰もがご存知のとおりミッドソールのかかと部分両サイドに窓を設け、内蔵されたエア ユニットが視認できるように設計されました。このウインドウは、ランニングの着地時に体重の3倍以上掛かるといわれる衝撃を、両サイドの変形したエアに逃がすことで吸収するという画期的なもの。同時にこの仕組みは、エア ユニットの容量の最大化を実現した機能的なアプローチでもあったのです。
衝撃吸収性の寿命が従来のランニングシューズと比較して大幅に向上したことを強調したエア マックス1の広告。
衝撃吸収性の寿命が従来のランニングシューズと比較して大幅に向上したことを強調したエア マックス 1の広告。

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ファッションシーンも席巻したエア マックス95

この意匠は視覚的にも大きなインパクトがあり、同時に店頭での購買決定にも大きなサポートとなりました。エア マックスはシーズン毎にエアの容量、ビジブルウインドウの面積を拡大していきます。そして1995年に発表されたエア マックス 95では前足部のエア ユニットの視認化にも成功。

ナイキのデザイナー、セルジオ・ロザーノによる人体をモチーフにしたその斬新なデザインもあいまって、エア マックス 95は、ファッション感度の高い人たちにも受け入れられました。当時のストリートシーンで大ヒットしたことは、現在30代半ば以上のみなさんなら覚えていると思います。あのお店や街で繰り広げられた争奪戦は、凄まじいものがありました。

エア マックスの登場は、スニーカーのクッション性能に革命をもたらした大きな出来事でしたが、ナイキの功績はそれだけに止まりません。後編では、ナイキがエア マックス以外にランニングシューズにもたらした驚くべき機能とアイデアに迫ります。
1987年デビューのエア マックス1以来、エア マックスは少しずつ形状を変えながら進化を続けてきました。
1987年デビューのエア マックス 1以来、エア マックスは少しずつ形状を変えながら進化を続けてきました。 写真提供/ナイキ ジャパン
ヒール部分に加えて、前足部のビジブル化に初めて成功したエア マックス95。ファッションアイテムとしても注目され、市場では激しい争奪戦が繰り広げられました。まさにスニーカー史上屈指の人気モデルです。
ヒール部分に加えて、前足部のビジブル化に初めて成功したエア マックス 95。ファッションアイテムとしても注目され、市場では激しい争奪戦が繰り広げられました。まさにスニーカー史上屈指の人気モデルです。 写真提供/ナイキ ジャパン

● 南井正弘(みない まさひろ)

フリーライター、ランナーズパルス編集長。1966年愛知県西尾市生まれ。スポーツシューズブランドのプロダクト担当として10年勤務後、ライターに転身。「フイナム」「ランニングスタイル」「スポーツナビDo」「SHOES MASTER」「デジモノステーション」を始めとした雑誌やウェブ媒体においてスポーツシューズ、スポーツアパレル、ドレスシューズに関する記事を中心に執筆している。主な著書に「スニーカースタイル」「NIKE AIR BOOK」などがある。「楽しく走る!」をモットーに、ほぼ毎日走るファンランナーで、ランニングギアマガジンとウェブサイトの「ランナーズパルス」の編集長も務める。ベストタイムはフルマラソンが3時間56分09秒、ハーフマラソンが1時間38分55秒。

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