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2025.10.31

岩井俊二監督インタビュー。「現在進行形で楽しみ続ければ、時代の彼方に封印されずに生き永らえる」【後編】

今年、初の長編映画『Love Letter』公開から30年を迎えた岩井俊二監督。節目となるタイミングで、偶然の連続だったという30年の監督人生を振り返っていただきました。その後編です。

CREDIT :

文/SYO 写真/Saeho Kim 編集/森本 泉(Web LEON) プロデュース/Kaori Oguri

岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
映画監督・岩井俊二さん。1995年、『Love Letter』で長編映画デビューを飾った彼は、『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』といった永く愛される作品を生みだし、2023年公開の『キリエのうた』に至るまで独自の世界観を見せ続けてきました。『Love Letter』から30年となる節目のタイミングで、これまでの歩みを振り返っていただいたインタビュー。その後編です(前編はこちら)。
── 岩井監督は「若い頃にパワハラが横行するような現場を経験して嫌だった」と仰っていました。現場のチームづくりにおいてはどのような想いをお持ちですか?

岩井俊二さん(以下、岩井) キャストやスタッフ全員の想いを受け止めるのは難しくとも、皆が安全に滞りなく撮影を終わらせるのを見届けるのも監督に与えられた責務だと思っています。脚本や小説は自分が書くしかありませんが、撮影現場は多くのことを人に預けられる。だからこそ皆が積極的にアイデアを出し合えるような、気持ちよくいられる場所にしたい思いはあります。

若い頃に深夜ドラマをひと月で2本抱えてしまい、徹夜続きで現場で起きていられなかったことがありました。「用意、スタート」をかけたら半分寝落ちしてしまっていたんですが、編集で素材を見返したらどのシーンもちゃんと撮れていたんですよね。「みんながちゃんとやってくれていたからだ。俺がいなくても現場は回るんだ」と気づかされました(笑)。

── 映画は総合芸術といいますが、一人では作れないですものね。まさにチームワークですね。

岩井 監督がいればみんな監督に意見を聞くけど、監督がいなくても彼らの技術力でやってはくれる、という安心材料をもらえました。その上でじゃあ自分が何をするのか。限られた撮影日数と予算の中で健全に撮りきれるように創意工夫したり、トラブルシューティングのアイデアを多く持っておくようにすることとか。

昔は知識がなくて台本の順番通りに撮っていった結果、物語的に盛り上がるクライマックスに辿り着いた時には「予算が立ち行かない。どこか切ってくれ」とプロデューサーが悲鳴を上げ始めるようなこともありましたが、今では破綻しないようにいろんな対策を打てるようになりました。
岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── なるほど、効率的なマネジメント方法を学習したと。

岩井 行き当たりばったりではありましたが、徐々にそうなっていきましたね。『スワロウテイル』のあるシーンを撮っている時にふと「自分は作品の中身にちゃんと向き合えているんだろうか。これでいいのか」と不安になったことがありました。

コンテも描いて結末までちゃんと見えている状態で臨んではいましたが、物語は把握したもののそれを映像にしていくとなるとまだ完了していない課題があり、もうちょっと良くなるんじゃないか、もう少し考えたいと思いながらも集中できない状況だったんです。本来、監督はそこを一番に考えなくちゃいけないのに撮影が始まってしまうとやることだらけでなかなか時間を割けず、何も考えられなくなるからどうしたものか、と。

作品を作るために現場に来ているのに、実際は作品の中に向き合えている時間が決して多くはありません。「あそこのロケ地が使えなくなりました」といったような日々起こるトラブルや変更に対処しないといけませんから。人によっては毎日ホテルに帰ってからその日撮った素材を見返す監督もいらっしゃると聞きましたが、自分はホテルの部屋に編集用のパソコンを用意しても結局は触りもせず、また翌日現場に行って雑事に追われて終わっていく繰り返しでした。
── ジレンマですね。どのように乗り越えられたのでしょう。

岩井 集中しなきゃいけない、というのが幻想なのでは? と思うようになりました。監督業とは日々現場のトラブルシューティングをしていく職業なのだ、と。その結果が作品になるのだと悟ったというか。それ以降、「これが完成品なんです。この通りに撮ってください」という形にはせず、7割くらいで現場に持ち込んで、みんなに委ねながら日々を過ごす感じになりました。

ガチガチに固めていくと、わかりきったことをやるだけの反復作業になって新しい発想が出にくくなるし、鮮度が失われてしまう。完璧主義を貫こうとしたところで、ストレスがたまるだけで、決していい流れを作れるわけじゃない。この適度に集中しきれない状態が、きっと自分にとっては最適のバランスだと思うようになったわけです。

「100点を取りたい!」と思う。「最高傑作を作りたい!」と思う。これが鬼門です。それをやってしまうと、きっと何処かでうまく行かなくなって、何処かで自滅していたかもしれない。
岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── ある種の達観といいますか。

岩井 自分の身の程を知ったということかなと。そのうえで一番うまくいく方法を考えてきたというか。小説家でも、同時に3作書けるようなバイタリティ溢れるプロの方がいらっしゃいますが、僕はそうはなれない。もちろんそんな風にできたらと、憧れたりはするけど、自分にできないことを無理やりやろうとするとやっぱりうまくいかないし、自分に最適な方法を試行錯誤しながら今ここに辿り着いた気はしています。

── 岩井監督は60歳を越えられて、感性についてどんなお考えをお持ちですか? 同じ世代の方にお話を伺っていても、年齢を重ねるとどうしても鈍ってきてしまうと仰っていました。

岩井 確かに周りを顧みると、そろそろそういうことを考えないといけない気はしています。ただその一方で、同世代の方が変わらず人生を楽しんでいる姿を見ているとこのままでいいのかな、という気持ちにもなります。僕の世代って若い頃は「テニスとスキーは必須科目」といったような、なんならそれのために生きているようなところもあって、あそこまでポップでお気楽な人生観は上の世代にも下の世代にもなかったように思います。そういった意味では、楽しみ方や遊び方を熟知している世代ともいえるわけで。

「老害」なんて言われることもありますが、もう年だし……と気遣って遊びをやめる必要はないように自分は思います。きっと僕ら世代のライフスタイルは世の中を明るくしてもいたでしょうし、発信する側だけでは成立せず、享受する人たちがいてこそだと思うので、「俺たちはこういう世代だからさ」と胸を張っていいんじゃないでしょうか。現在進行形で楽しみ続ければ、時代の彼方に封印されずに生き永らえる気がします。
岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── 冒頭にお話があったとおり、岩井監督の作品はいまでも若い人々を魅了し続けているのが凄いですよね。僕は30代ですが、後追いで拝見しても「新しい、瑞々しい」と感動しました。

岩井 うれしいことですよね。思い返せば、若い頃の自分はメインストリームと完全にずれていました。それこそ学生時代は皆がスキーやテニスに明け暮れているなか、ずっと8ミリフィルムを触っていましたから。自分はポップカルチャーの代弁者にはなれないけれど、横から見ていた同世代として彼らにリスペクトはあります。

自分たちの幼少期は、暗い時代だったと思います。公害問題やベトナム戦争があって、テレビをつけていても暗い世相でした。子どもたちが夢中になって観ていた「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」にもそうした影が落ちていたように感じます。それが中高生くらいからふわっと軽く、明るくなって次の時代の幕開けを感じました。

景気が良くなり、ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれてYMOが世界に通用している姿を見て── 。同世代の北川悦吏子さんと話したりしていると、自分たちはあの頃を追体験したいのかもしれないよねと、そんな話になったりします。あの時代の浮遊感や輝きを作品という形で再現しているのかもと。
岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON

● 岩井俊二(いわい・しゅんじ)

映画監督、映像作家、脚本家、音楽家。大学在学中より映画を撮り始め、卒業後はドラマやMV、CM等多方面で活動を始め、その独特の映像世界が注目を浴びる。1993年にはドラマ「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」がテレビ作品にも関わらず日本映画監督協会新人賞を受賞。95年、『Love Letter』で長編映画監督デビュー。日本のみならずアジア各国で熱狂的なファンを獲得。以降も、映画、ドラマ、ドキュメンタリー、MV、アニメーションと幅広いジャンルで作品を制作。12年、東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の作詞も手掛けた。代表作は『スワロウテイル』(96)『リリイ・シュシュのすべて』(01)『花とアリス殺人事件』(15)『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)『ラストレター』(20)『キリエのうた』(23)等。25年4月、公開30周年を記念して『Love Letter [4Kリマスター]』が劇場公開された。現在も国内外を問わず、多彩なジャンルでボーダーレスに活動し続けている。

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