2025.10.14
永瀬正敏「長澤さんは華のような人。きっと3年後も10年後も“一番美しい”を更新し続けていかれる」
葛飾北斎と娘・応為の知られざる関係を描いた映画『おーい、応為』が公開されます。永瀬正敏さんが演じる北斎と長澤まさみさん演じる応為(おうい)は親子にして師弟関係。その関わり方に永瀬さんは大いに悩んだようです。
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文/SYO 写真/平郡政宏 スタイリング/渡辺康裕 ヘアメイク/Taku 編集/森本 泉(Web LEON)

北斎役を託された永瀬正敏さんは絵画の猛特訓に励み、地毛を剃るなど全身全霊で稀代のアーティストに組み合いました。その永瀬さんにインタビューし、撮影の舞台裏から役者としてのターニングポイントとなった経験、今現在の創作への想いなどを全2回に分けてお届けします。
企画書をいただいた時、毛が抜けるくらい頑張ろうと思いました
永瀬正敏さん(以下、永瀬) 過去の映画化作を色々と拝見しており、画狂老人卍(北斎自身が晩年に用いた画号)としての「絵に対してすべてを注いでいる」イメージを抱いていました。一方、漠然とした知識ではありますが──昔は絵が二束三文で売られていたり、下手すると金平糖を包む紙にされていたなんて話も聞いていました。それらをちゃんと取っておいた人がいたから、ここまで語り継がれたんですよね。こうした死後の名声や各国で美術展が開催されている状況を北斎さんが知ったらどう思うんだろうな、という興味を持っていました。

永瀬 そうですね。ただ、偉大な先輩たちが遺した作品を観て「この時、26歳なの? すごい落ち着きようだ」「こんなに素晴らしいお芝居がそんなに若くして出来ていたのか」という驚きを感じることはあります。そういった意味では、評価が更新され続ける職業といえるかもしれません。
永瀬 思いっきり燃えます。最初に企画書をいただいた時、毛が抜けるくらい頑張ろうと思いました(笑)。それほど魅力的な人であり企画だったのです。自分が知っていた画狂老人卍としての北斎よりも人間としての面にスポットを当てている点、そして同じく天才画家である娘との関係性を描く点に興味を抱きました。
僕は申し訳ないのですがお話をいただくまで北斎に娘がいると知らず、「ほとんど詳細がわからない」「作品も数点しか遺っていない」という謎めいた人物の物語に踏み込むのが楽しみで仕方がありませんでした。あくまで土台ではありますが、後先考えずにやれることは全部やってやりたいという気持ちで撮影に臨みました。

永瀬 北斎と応為のシーンは、ほとんど2ショットで構成されているかと思います。その上で必要な部分のみクローズアップショットを撮っている形式でしたが、大森立嗣監督の中でも「2人の空気感を落ち着いて見せていく」思惑があったように思います。セットに入って演じていてもそう感じますし、大森監督の演出にとにかく迷いがなかったため、最初からビジョンがしっかり見えていたような気がします。
永瀬 僕は色々なことを間違えていたんだなと思い知らされました。元々、親子役ということもありとっても仲良くなりたいという気持ちで作品に入ったんです。「長澤さん」じゃなくて「まさみちゃん」と呼べるような仲にクランクインして2・3日後くらいにはなっていることを目標にしていましたが、結局達成できずにずっと「長澤さん」と呼んでいました(笑)。
でもそっちの関係性の方が今回の物語にはぴったりだと思ったからです。“いかにも!”というベタベタの愛情表現をする2人ではなくで、お互いを思っているけど、どこか不器用な2人の関係性とでもいいますか。

永瀬 「北斎と応為の親子関係はこうだよな、このシーンはこんな感じかな、監督に相談してみよう」と思いながらセットに入り、長澤さんとお芝居をした時に「やばい、自分は北斎目線でしか見えていなかった」とはたと気づかされました。本番前のリハーサルを終えて「応為目線、映画の目線で観たらこうしちゃダメだった……俺は余計なことを考えていたぞ」と一人で反省していました。現場に行って、生身の人間同士で動いてみないとわからないのが芝居なのに、いまだに俺は勘違いするときがあるなと痛感しましたね。
永瀬 僕のダメなところなんです。台本を俯瞰で読まなくちゃいけないのに、何度も読み返すうちに役の目線のみで捉えるようになってしまう癖があって。大森監督とご一緒した『星の子』(20)の時も、同じような出来事がありました。芦田愛菜さん・原田知世さんと親子3人で星空を見上げるラストシーンの撮影時、僕はすごく迷っていたんです。親子が離ればなれになって再会した後のシーンということもあり、その期間に何があったのか色々と考えすぎてしまった状態で答えが出ないままやってしまって、本番一発目は全然ダメな芝居になってしまったのです。

永瀬 そうですね。独りで思い悩んでもちっとも出口が見えず、監督のもとに行って「ここはこんな感じでしょうか」と聞いたら「でもこうした解釈もありますよね」と言われて、それが大きなヒントになって2回目からは芝居を変えました。僕が気持ちが入っていない状態でセリフを言っていたのがバレていたんでしょうね。こうした出来事があったものですから『おーい、応為』で監督との絶対的なは信頼関係がある状態で臨めました。
永瀬 おふたりに気づかせていただくことは多かったですね。立ち位置ひとつとっても実際にやってみないとわかりませんし、自然な距離感が生まれていったように思います。長澤さんと芝居をしていく中で「応為はこの時は目を見て言わないんだ」と発見もありましたし、それによって北斎を作っていただいた感覚があります。あるシーンで、僕が気持ちが入りすぎて前のめりになってしまった時に長澤さんがスッと手を取って引き戻してくれた瞬間もありました。役柄的に娘ではあるのですが、どこか母性のようなもので包み込んでくれて、僕は終始助けられていました。

永瀬 長澤さんを例えるなら、華のような人だと僕は思います。応為はそんなにメイクをしているわけではなく、髪の毛もきれいにまとめず後れ毛もたくさんある状態で、衣装もきらびやかではありません。それでも華のある方だと感じますし、きっと今も3年後も10年後も「一番美しい」最高潮を更新し続けていかれるのだろうな、と確信が持てました。映画のスクリーンの中でまたご一緒したいと思わせていただける女優さんです。
※後編に続きます。

● 永瀬正敏(ながせ・まさとし)
1966年宮崎県生まれ。1983年、映画『ションベン・ライダー』(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89年)、山田洋次監督『息子』(91年)など国内外の100本以上の作品に出演し、数々の賞を受賞。『あん』『パターソン』『光』では、カンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となった。1994~96年の『私立探偵 濱マイク』シリーズ(林海象監督)はその後テレビドラマにもなり今もファンが多い。近年の出演作は『箱男』(24)『国宝』(25)『THE オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ MOVIE』(25)など。10月17日公開の映画『おーい、応為』では葛飾北斎を演じる。また、写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。

『おーい、応為』
江戸時代を代表する浮世絵師の葛飾北斎(永瀬正敏)の娘であり弟子でもある応為(長澤まさみ)の謎多き人生を北斎との関係において描く時代劇。北斎の娘・お栄は、夫と喧嘩して実家に出戻り、すでに有名な絵師であった父と再び暮らし始める。絵がすべての父の背中を見つめながら、お栄もいつしか絵を描き始める。次第に北斎も驚く才能を発揮し絵師として生きる覚悟を決めた彼女に、父は「応為」の名を贈る(いつも「おーい!」と呼んでいることから)。短気で気が強く、煙草がやめられない応為だが、持ち前の画才と豪胆さで男社会を駆け抜けていく。監督は大森立嗣。出演は他に髙橋海人、大谷亮平、篠井英介、奥野瑛太、寺島しのぶ等。
HP/映画『おーい、応為』公式サイト | 10月17日(金)公開