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2025.10.30

岩井俊二監督インタビュー。「常に主観で、今この瞬間を楽しむようにしています」【前編】

今年、初の長編映画『Love Letter』公開から30年を迎えた岩井俊二監督。節目となるタイミングで、偶然の連続だったという30年の監督人生を振り返っていただきました。

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文/SYO 写真/Saeho Kim 編集/森本 泉(Web LEON) プロデュース/Kaori Oguri

岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
映画監督・岩井俊二さん。1995年、『Love Letter』で長編映画デビューを飾った彼は、『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』といった永く愛される作品を生みだし、2023年公開の『キリエのうた』に至るまで独自の世界観を見せ続けてきました。そんな岩井監督ですが、「ピントが合っているのか合っていないのかわからない状態でここまで来ました」と語ります。節目となるタイミングで、偶然の連続だったという30年の歩みを振り返っていただきました。
── 2025年は『Love Letter』30周年のメモリアルイヤーです。

岩井俊二さん(以下、岩井) 日々新しい企画や作品を開発しているとあまり変わらない日々ではありますが、『Love Letter』4K リマスターの作業で久々に向き合ったのは新鮮でした。時間が経っても不思議と「当時はこういうトーンでやったな」と憶えているものなんですね。どの瞬間もかけがえのないものだったからこそだと思うので、感謝しなくてはいけません。

── パリで「岩井俊二レトロスペクティブ」も開催されましたね。

岩井 先日の釜山国際映画祭でも『リリイ・シュシュのすべて』の特集上映をやっていただけたり、韓国だけでなく中国でも『Love Letter』の再上映が行われてデイリーランキング3位に入ったなんて話も聞きました。30年経っても若い人たちが観てくださっているのは本当にありがたいです。
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岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
岩井 『Love Letter』の公開当時は日本映画の人気があまりなく、若者はこぞって洋画を観に行っていた時代でした。『Love Letter』という英語のタイトルにしたのも、ちょっとでも洋画っぽく見せようと思ったからです。ウイスキーや日本酒は今でこそ若い人にも人気ですが、時代の空気でなかなか支持されないタイミングってどうしてもありますよね。それと同じような感じで、時代とうまくハマらないと何をやっても上手くいかない。恐ろしいですよね。

個人的な感覚ですが、70年代の日本映画は若い子たちにとっては重たくて、それを破壊してくれたのが大林宣彦監督作や角川映画に代表される80年代の映画でした。その次のモデルが見いだせないまま90年代に入り、クリエイター志望の若者たちは“映画より広告やMVを目指す方がカッコいい”という感覚を持っていたように思います。
── いまはコンプラの時代とも言われますが、映画を作る自由度は当時の方が高かったというご印象でしょうか。

岩井 僕の中では、時代に関係なく常に良いところと悪いところの両方がある世界という印象です。自分の場合、テレビドラマは深夜の単発のものしかやっておらず、元々枠が決まっていたため視聴率への意識も高くはありませんでした。企画さえ通ってしまえばあとは自由に作れて、納品したら終わりの気楽なものでした。対して映画では数字がお金として生々しく出てきてしまう。出資者の方がいらっしゃって「本当に当たるんだろうな」というプレッシャーには晒されますよね。

僕はドンとヒットしたこともそこまでなく、よく続けてこられたなと思います。当たるか外れるかだけでジャッジされていたら、多分もう映画は撮れていないでしょうから。それ以外の部分で何かしら期待してくださる方がいたからどうにかなってきた30年間でした。
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岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── 岩井監督は元々小説家志望だったと伺いました。フィルモグラフィを遡っても一貫してオリジナル作品を発表されていますが、このスタイルはどのように培われたのでしょう。

岩井 若い頃に漫画家を目指していた時に担当してくださった講談社の編集さんから「物語を書けないと漫画家にはなれない。まずはそのトレーニングをしなさい」と言われたことが根底にあるように思います。結局漫画ではなく映像を選びましたが、“物語を作れるようになりたい”という想いはずっとありました。しかし「オリジナルしかやらない」とは思っておらず、原作モノも随分手掛けたけど、ことごとく実現しなかっただけです。

個人的には予算のある原作モノの大作をコンスタントにやりながら中小規模のオリジナル作品と行き来したいなと考えていましたが、前者が全滅してしまって結果的にこうなってしまいました。

僕の場合、原作モノをそのまま実写化するのではなく、原作を読み込んだうえで「ここの部分が空白になっているから映画で埋めたい」と考えるパターンが多く、そうなると自分で書くことになるんですね。そういう意味では、原作モノといってもオリジナルのようなものでした。
── 時間をかけて書いたものが頓挫してしまう状況が続き、モチベーションに影響はなかったのでしょうか。

岩井 確かに1年がかりで脚本を書いて実現しない、というような状況が続くと消耗はしますが、この仕事は大体3本に1本くらいが世に出るペースが当たり前と思っていたので、あと、これは僕の良くないところでもありますが── 実は「人に観てほしい」という欲求があまりなく、書いたり作っている間が一番夢中になれて楽しいんです。だからそこまでショックではありません。
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岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── とはいえ、生みの苦しみはありますよね。

岩井 そうですね。「エンジョイ」という意味での楽しさとはちょっと違います。執筆中のほとんどの時間は未完成の成立していない何かと向き合い続けるので、なかなか苦しい時間でもあります。脱出ゲームでずっと脱出できない時間を過ごすようなところはあります。

時には理不尽な要求で内容でを大幅に改稿せざるを得なくなるような場面もありますが、片腕を切り落とされてもう一回違う形で再生しないといけないような追い詰められた状況から自分でも想定していなかった何かが生まれてきたりもする。トラブルは自分も鍛えられますし、現状に甘えたものを作らないためにも理不尽な要求はむしろ歓迎するスタンスです。

── 差し戻しをストレスに感じないのは素晴らしいですね。まさにクリエイティブだなと感じました。

岩井 ストレスは半端ないですが、元々が趣味の延長線上のような世界ですから、トラブルシューティングも含めて根っ子の部分では楽しいからやっているんですよね。ストレスフルな状況も面白がれてしまうのには、自分の気質もあるのかもしれません。
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岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── 夢中でい続ける秘訣はあるのでしょうか。

岩井 これは作品においても人生においてもそうかと思いますが、俯瞰で遠くから眺めてしまうと、何事も取るに足らないものに感じてしまうってことがあると思います。だから100%の拡大率で、今この瞬間を楽しむようにはしています。地図として見ない。ストリートビューをデフォルトにしておく。

こんな感じで自分は自分で日々創作を存分に楽しんでいるので、作品はどういう出来栄えであれ、自分なりには毎回満足してます。逆に人の人生時間を自分の作品が多少なりとも奪うのがなんとも申し訳ないという意識があって。こちらから「読んでください」「観てください」とはなかなか言えません。そのぶん、たとえ感想でコテンパンに言われたとしても「観ていただけただけでありがたい。満足させられずごめんなさい」と思ってしまう。作品を観てもらってなくても、どこかでポスターや何かを見かけて存在を知っていただけているだけでありがたいです。
── 映画監督を30年続けられてそこまで謙虚でいられるのは、素直に驚きです。

岩井 続けるほど、こうしたありがたみが骨身にしみてきたからですかね。映画を完成させた後は一人でも多くの方に観ていただくための宣伝活動をしなければいけませんが、これが一番と言っていいほど苦労します。あれだけ有名な俳優さん方を出動させて様々なキャンペーンを行っても、数年後に「知らなかった」という人に普通に出くわしますから。「『Love Letter』『スワロウテイル』が好きでした。最近はなぜ映画を作らないんですか?」なんて言われたことも一度や二度ではありません(笑)。
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岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON
── これだけ情報化社会になってもそんなことが……。

岩井 作っているのは楽しいですが、「届ける」は本当に大変です。大勢の方からお金を出してもらっていますから、できるだけ多くの人に観ていただかないといけない。でもそれが果たせないとなると、借金を返せていないような気分になるんです。

これは映画に限らずです。あらゆる企業がプロダクトを作って人に売る限りは損益分岐点を考えるでしょう。それはもう商売人としての宿命ですよね。となると自然に「お客様は神様だ」じゃないけれど、感謝の思いがわいてくる。わざわざ劇場にまで足を運んでくださったり、例え映画を観ていなくてもポスターを見ている数秒はこちらに時間を割いてくれてるわけじゃないですか。そうしたことにありがたみを感じられないとしたら、罰が当たるよな、という気持ちです。

そういう意味では、感謝の気持ちというのは生まれ持った感情ではないのかもしれません。深夜ドラマを作っている時なんか自分が楽しいだけでしたから。そこまで観客に想いを馳せることがなかった気がする。映画という過酷な商売と向き合ったことで、こういう人格が形成されてしまいました。でも、様々なことに感謝できるようになって良かったです。あのまま深夜ドラマだけを撮り続けていたら、今もなかなかに不遜な人間だったでしょう(笑)。

※後編に続きます。
岩井俊二 監督 LOVE LETTER   WebLEON

● 岩井俊二(いわい・しゅんじ)

映画監督、映像作家、脚本家、音楽家。大学在学中より映画を撮り始め、卒業後はドラマやMV、CM等多方面で活動を始め、その独特の映像世界が注目を浴びる。1993年にはドラマ「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」がテレビ作品にも関わらず日本映画監督協会新人賞を受賞。95年、『Love Letter』で長編映画監督デビュー。日本のみならずアジア各国で熱狂的なファンを獲得。以降も、映画、ドラマ、ドキュメンタリー、MV、アニメーションと幅広いジャンルで作品を制作。12年、東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の作詞も手掛けた。代表作は『スワロウテイル』(96)『リリイ・シュシュのすべて』(01)『花とアリス殺人事件』(15)『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)『ラストレター』(20)『キリエのうた』(23)等。25年4月、公開30周年を記念して『Love Letter [4Kリマスター]』が劇場公開された。現在も国内外を問わず、多彩なジャンルでボーダーレスに活動し続けている。

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