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2025.06.03

燃え殻的人生論。「人生は思い通りにならない。僕は本当にこだわりがないんです」

Web連載で初めて書いた小説が書籍化されるや大ヒット。43歳という決して早くない年齢でのデビュー後は、独特のエモーショナルな文章で女性を中心に幅広い年齢層から支持されている作家の燃え殻さん。力の抜け具合が絶妙のモテポイントになっている? 燃え殻さんの素顔に迫ります。

CREDIT :

文/木村千鶴 写真/椙本裕子 編集/森本 泉(Web LEON)

燃え殻 WebLEON    LEON  この味もまたいつか恋しくなる
仕事の一環で始めたTwitter(現X)で多くのフォロワーを獲得し、Web連載で初めて書いた小説が書籍化されると大ヒット。まさにSNS時代らしいデビューで一躍人気作家の仲間入りをした燃え殻さんの新刊『この味もまたいつか恋しくなる』(主婦と生活社刊)が発売されました。

燃え殻さんは43歳という決して早くない年齢でのデビューでしたが、今や女性を中心に幅広い年齢層から支持されています。独特のエモーショナルな文章で読者の心を掴んで離さない燃え殻さんって一体どんな人なのか探ってきました。
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最初から「場」が用意されてるってことは、この世にない

── 「LEON」と同じ会社の「週刊女性」での連載『この味もまたいつか恋しくなる』が書籍化されまして、おめでとうございます。まずは読者に燃え殻さんがどういった人なのかを知らせたいので、小説家になる前のことからお伺いしていいですか?

燃え殻さん(以下、敬称略) はい、もちろん。以前はテレビの美術制作の会社で働いていました。番組で使うテロップやフリップ(※)やいろんな小道具を作っていましたね。そもそもアルバイトで入った会社の社長が、新しく会社を立ち上げるってことで「行くとこがないならどうだ」と誘ってくださって、じゃあ行きますみたいな感じだったんですが、そこから21年間働いてました。
※テロップはテレビの画面に映し出される文字情報。フリップは文字や図形を描いたボード。
── デビューされてからもそのお仕事は続けていたそうで。

燃え殻 そうですね、3年くらい前まで。だから週刊誌の連載をしながら出社していたんですよ。ただ身体的にさすがに厳しくなって、休職しました。

── えっ、休職? 今も退職していないんですか?

燃え殻 はい、休職中です。不安定な仕事をしている僕に対する専務や社長の優しさからだと思いますが。

── 愛されていますね〜。その会社に入られる前はどうされていたんですか。

燃え殻 いろんなアルバイトをしていました。正社員で働いたことはなかったんですが、五反田の編集所の雑用係とかエクレアを作る工場でも働いたし、ホテルの清掃だったり、引き渡し前のビルをきれいにする仕事をやったりとか。
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── 本当にさまざまですね。どのバイトが一番しんどかったですか?

燃え殻 これがもう、どれもそれなりに楽しめるっていうか、僕はこだわりが本当にないんですよ(笑)。人生って自分の思い通りになることってあまりないですよね。仕事だってどんな職場でどんな待遇であれ、ある程度自分から合わせていかなきゃいけないじゃないですか。そこから自分なりに面白味みたいなのを見つけて、その気持ちがだんだん育って、職場が嫌いじゃないぐらいになったらしめたもんだって感じで生きてきました。

── 柔軟性だ。

燃え殻 エクレア工場で働いていた時、僕はトングの形を残さずにエクレアを掴めたんですが、そこの工場長に「お前は才能があるな、うちで正社員を目指した方がいい」って言われて本気で悩んで、仲間に「やっていけるかな」って庄屋で飲みながら相談したりなんかして。そういうのも嫌じゃなかったんです。
── なんでも受け入れる力で運命を呼び込むんですかね〜。

燃え殻 どうなんでしょうね。ただどんな仕事でも本質は一緒なんじゃないかとは思っています。例えばエクレア工場でトングの跡を付けないのもそうだし、物書きだったら予算内で納期を必ず守るとかね。クライアントが何を欲しているのかを見極めるという。

── 大事なことは何かを察するんですね。

燃え殻 僕は、自分が最初から何かを得意とか、そこに「場」が用意されてるってことは、この世にないことは分かったんです。だから特に怒られないぐらいの居場所を作って、だんだん役に立つように頑張って、「お前がいたら少し得する」と思われるように努力して。そうすると少しだけ時給が良くなったり、ボーナスが良くなったり、少しずつ何かが良くなる。人生ってそういうことでしかないって、もう決めてるんですよ。決めてるほうが迷いがなくて、着手も早いので。
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とにかく怒られるのが面倒臭くて何とか最後まで書いた

── 作家活動をするきっかけになったTwitterも、仕事のために始めたんですよね。そこでの投稿がいろんな人の目につき、小説を書くように勧めてくれた人がいて、cakesに連載することになったと。

燃え殻 そうでした。僕は深夜ラジオが大好きで、昔はよくハガキを送っていたんですが、それが140文字のTwitterに近かったのかもしれません。喜びも悲しみも知らない人同士で共有する、面白いメディアだなと思いました。特に何かを期待していたわけじゃなかったんですが、徐々に僕のツイートが面白いと連絡をくれる方がいて。その方がまた僕の好きな作家さんに会わせてくれて、さらにcakesの編集さんをご紹介いただいて、文章を書くことになっていったという流れがありました。
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── そして書籍化された『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)は爆発的な大ヒットになり、映像化もされました。まさにシンデレラストーリーですが、その時はどんな気持ちがしましたか?

燃え殻 あの時はいきなりドーンときた感じではありませんでした。だんだんとたくさんの人たちが読んでくれているのは分かったんですが、でも日常はバカみたいに忙しくて。その頃も朝シフト、夜シフトで美術の仕事をやりながらの週刊連載だったので、仕事が終わってから急いで原稿を書いてみたいな感じでした。そして僕は当時、小説どころか長い文章の書き方も分からなかったので、必死にどこにたどり着くか分からないまま書いていたんです。朝、仕事に向かう日比谷線の中吊りに自分の広告があって驚いたくらいで。

── 兼業が忙しすぎたと(笑)。

燃え殻 それどころか、途中であまりに辛くて、編集さんに「もう書けない」と言って止めようともしました。そしたら「これもしかして本になるかもしれないから、この分量じゃ足りないですよ」って言われて。一冊の本なんかになる訳ないじゃんって思ったんですが、最後まで書かないと怒られそうでなんとかやりました。
── 根が真面目なんでしょうね。

燃え殻 いや、とにかく怒られるのが面倒臭いんです。テレビの仕事も「締め切り命」みたいな商売だったから。締め切りを言われたら、もうとにかくやらなきゃいけないみたいな。それが、いい意味でも悪い意味でも、今に生きてるなって思ってはいます。

── でも最初に書いたものが話題になってヒットするなんて、なかなかありませんよ。

燃え殻 不思議です。連載をする2年前に、新潮社の編集者の方からいきなりDMが来て「あなたはいつか小説を書きますよ」って言われたんです。それで僕、「すみません、僕ほとんど小説は読んだことがないんです。樋口毅宏さんと中島らもさんと大槻ケンヂさんの本しか読まないから、書かないと思います」って言ったんですけどね。

2年後に書いちゃったんで、その新潮社の人に連絡した方がいいかなと思って、書籍化される時に新潮社から出したいんですって言ったんですよ。何も知らなかったとはいえ、その行動は偉そうすぎでした(笑)。結果、ベストセラーになった時、その編集者の方が本当に喜んでくれて、それが一番うれしかったですね。
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世界にはバーがふたつくらいしかないんじゃないかって思った

── 燃え殻さんはWeb LEONで「美人はスーパーカーである」を連載していただいている林(伸次)さんの渋谷のバー(バールボッサ)の常連でもありますよね。

燃え殻 はい、20年くらいは通ってます。それこそ誰かとデートしたらぜ~んぶボッサに行ってました。この店に行ったら東京っぽい、なんとかなると思って。僕、本当に店を知らないんですよ。林さんには連載のこともずっと黙っていましたけど、あれ、なんで言ったんだっけ? 小説の中でお店の名前を書いちゃったから、自分で言いに行ったのかな。

あ、元「ROCKIN' ON JAPAN」のライター、兵庫慎司さんが連絡をくださってご飯を食べた時に、2軒目に行こうって連れて行かれたのがボッサだったんだ。いや〜、びっくり。世界にはバーがふたつくらいしかないんじゃないかって思いました(笑)。そこで兵庫さんが林さんに言っちゃったんだ。「この人は燃え殻っていうんだ」って。林さんには驚かれました(笑)。

── 新刊の『この味もまたいつか恋しくなる』にもボッサが登場していましたね(笑)。今回は飲食とつながった事柄をテーマにされたのなぜでしょう。

燃え殻 「週刊女性」の編集さんから「食をテーマに書きましょう」って提案されたんです。その時は、自分はグルメでもなんでもないし、同じようなもんばっか食べてるんで無理でしょうと言ったんですが、食についても結構な数エッセイに書いていると言われて、振り返ってみたら、確かに書いてるんですよね。

僕にとって食は日常の中にあって、“サッポロ一番を食べてるとふと思い出す事柄ってあるな”とか、店に行ったら“あの時の自分こうだったな”みたいに、わりと鮮明に覚えていたりするんですよ。食って、音楽や映画よりも身近で描きやすいのかもと思って、書いてみたら書けたのが今回の本です。
── グルメ的な視点ではなく、食を通じて人を書いているところが燃え殻さんらしいと思いました。

燃え殻 自分が書いているとどうしてもそうなっちゃうんですけど、ハレの日に綺麗な人と特別なレストランに行ったなんていう特別な話じゃなくて、日常的に食べてたものの方が、べっとりこびりついた人生の思い出になるよなって。たぶん、その方がいろんな人の思い出のトリガーになるかもしれない。できる限りそっちの方の話にしたかったんです。

── 確かに何かの箱が開くような物語がいくつかありましたね。またこちらの連載は、始まる前にかなりの量の原稿を先に書いていたのだとか。

燃え殻 以前連載をした時に過労で倒れて入院したことが教訓になったというか、前倒しして送ったら締め切りが来ないことに気づいたんですよ。この連載はお話をいただいてすぐに「やりたい!」と思ったんですけど、しばらく返事を保留にして、30本くらい書いてから、正式にお引き受けしますって連絡をしました。

── 編集者の返事待ちの心境を考えるとなんだか冷や汗が出そうです(笑)。

※後編(こちら)に続きます。
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● 燃え殻(もえがら)

1973年、神奈川県横浜市生まれ。2017年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化。エッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、映像化、舞台化が相次ぐ。著書は小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルーハワイ』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』など多数。

『この味もまたいつか恋しくなる』

『この味もまたいつか恋しくなる』

ある料理やお酒を口にする時、ふと思い出してしまう“あの日、あの人”を描く燃え殻さん初の長編エッセイ集。彼女との最後の朝食となったシーフードドリアと白ワイン/「王貞治のサインがある店はデザートが美味しい」と豪語する先輩/ジャンボモナカを食べながら「有名になりたかったな」と言った友人/冷えてチーズが固まったピザトーストを片手に、初めて見た母の涙……。ある料理を口にすると、どうしようもなく思い出してしまうあの日、あの人を描く。燃え殻さん曰く「グルメじゃない僕にとって、恋しくなる味のお話」。
主婦と生活社刊
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