2025.06.04
燃え殻的人生論。「ほらほら、ここにこんな傷口があるぞって人に見せられる人間になりたい」
Web連載で初めて書いた小説が書籍化されるや大ヒット。43歳という決して早くない年齢でのデビュー後は、独特のエモーショナルな文章で女性を中心に幅広い年齢層から支持されている作家の燃え殻さん。力の抜け具合が絶妙のモテポイントになっている? 燃え殻さんの素顔に迫ります。
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文/木村千鶴 写真/椙本裕子 編集/森本 泉(Web LEON)

高校生の頃は女性のことを性的な目でしか見れなかった
燃え殻さん(以下、敬称略) いえいえ(笑)! 僕、26歳まで女性と付き合ったことがなかったし。うーん。
── 本当ですか? 26まで?
燃え殻 高校生の頃は女性のことを性的な目でしか見れなくなって(笑)、話せなくなっちゃったんですよ、本当に。26歳頃になんとなく治ってきたんです。それで少し話せるようになったんです。その時にとにかく優しい女性と巡り合って、なんとか。
だいたい、友人みんなが合コンしていた20代の時期は、テレビの仕事で一番忙しかった頃で、誘いを何度か断っていると呼ばれなくなって友達もいなくなりました。休みが不規則で夜勤もあって。なのに一年中働いて、年越しの休みに会社のみんなで箱根に行ったりなんかして(笑)。女性っけのない日々というか。
── とはいえ、この本の中にもいろんな女性が登場しているような……恋愛もたくさんしてきましたよね(笑)?
燃え殻 まーまーです。ひとつの経験を、もう膨らませられるだけ膨らまして(笑)。最近はご飯に行くのも同年代のおじさんが多めです。例外はBE:FIRSTのLEOくんくらいで。尊敬できるおじさんの話を聞くのが好きなんです。さっき(前編で)話に出た元「ROCKIN’ ON JAPAN」のライター、兵庫慎司さんとか作家の戌井昭人さん、漫画家の井上三太さん、AV監督の二村ヒトシさんとかとか。そんな特殊おじさんのお話を聞きながらご飯を食べるのがなにより楽しいです。
燃え殻 皆さんの何気ない話が、全然何気なくなくて食事とお酒が進むすすむ(笑)。

カッコつけないことがカッコいい”って習ってた
燃え殻 本当に恵まれています。 会田誠さんが『ボクたちはみんな大人になれなかった』を発表した時に突然連絡をくれて「僕は同じような経験がいろいろあったんだけど、燃え殻さんが書いてるから自分の小説は書くのやめた」って言ったんですよ。え!? そんな‼ って思ってたら、しばらくして「やっぱり書くことにした!」って(笑)。特殊おじさんはチャーミングなんです。
それで会田さんは『げいさい』(文藝春秋刊)っていう小説を出したんです。それを読んだらね、これのどこが自分と一緒なんだ! 会田 誠さん、奇想天外すぎる! って思いました。そういえば二村ヒトシさんにも「僕も君と一緒だ」って言われたなぁ。どこがだろう(笑)。
── いろんな人が燃え殻さんの文章を読んで「自分と一緒だ」って思うんですね。燃え殻さんは、みんなの心の一部に合う、小さな鍵を持っているのかもしれません。
燃え殻 自分はだいたい新しいことがスッと出来なかったので、創意工夫をしまくってなんとか体裁を整えてきました。それがみんなからしたら「分かる分かる」の一部分になりやすいのかなって。自転車乗れるようになったのも小学校の高学年だったし、とにかく時間がかかるんです。
燃え殻 それについては、思春期の時に大槻ケンヂさんや中島らもさんから“カッコつけないことがカッコいい”って習ってたんですよ。だから安心して自分の本当を書こうって思ってます。
最初に大槻ケンヂさんの作品を読んだ時の気持ちをしっかり思い出すようにしているんです。読んだ時、「これ自分も書けるんじゃないか?」と思ったんですよ。これは大槻さんにお目にかかった時にもお話しして、本当に失礼だとは思ったんですけど、それぐらい“自分ごと”にできた。この気持ち、自分の人生にもあった! みたいな。
たまにラジオのメッセージとかで「あなたのエッセイを読んで、私もnoteで書き始めました。読んでみてください」なんて来るんですよ。あれ、うれしくて。

燃え殻 うれしい。それって“私にもできそう、書くことが見つかった!”ってことだと思うので。そのきっかけになれたなんて、あの時の大槻さんみたいじゃないですか。
大槻ケンヂさんと僕は全然違うのに「俺と一緒だ」って思えた。その力って何なんだろう、そういう文章を書いたら、本から離れてた人が「これは俺のことだから読まなきゃ」って思ってくれるんじゃないかなと。「俺も書いてみようかな」って思ってくれるんじゃないかと。
いいことも悪いことも、みんな忘れちゃうから大丈夫
燃え殻 自分の中で「こんなことがあったらな〜」と思うことって、いいことばかりじゃないですよね。例えば本当に起きたら嫌だけど、こんな打ちしがれた日があってもいいなとか、世界にひとりぼっちだって思うような出来事が起きたり、そこに理解者で現れたのが通りすがりのヤクザだったり。
そういう、本当だったら嫌だけどさってことを、文章の中で、読んでくれる人の代わりに描けたり、恥をかいたり。そんな場所を作れたらいいなあ、と。
── そう思えることが読者の希望になるのかもしれませんね。救われるというか。
燃え殻 大槻さんや(中島)らもさんは「ほれほれ、ここにこんな傷口があるぞ」って、誌面を使って見せてくれたんですよ。みっともない話や失敗談とか。そういう人が世の中に何人かいるだけで生きていけるなって。
そういえば大槻さんが『今のことしか書かないで』(ぴあ)というタイトルの本を出してて、それは僕の『すべて忘れてしまうから』をパクったんだってご本人から言われたんですよ(笑)。すごくうれしかった。

燃え殻 でもそのタイトルって、元々は大槻さんにもらった言葉なんです。人生初めての対談を大槻ケンヂさんにお願いした時に、僕が緊張して怖がっていたら大槻さんが「いいことも悪いことも、すべてみんな忘れちゃうから大丈夫だよ」って言ったんです。そのうちみんな忘れちゃうって。
いままでつづけてこれたのは、大槻さんのその言葉が大きいです。大槻さんが、「そんなのすぐに忘れてみんないなくなるし、まあ、どっちだっていいじゃん」って言ってくれたから。だからその言葉を次のエッセイの時にタイトルにしたんです。
そしたら今度は大槻さんがそれをパクってくれた。僕はあの時に大槻さんに「みんなすべて忘れてしまう」って言ってもらえて、物書きとして生きながらえてきましたと伝えました。そうやっていろんな人に恵まれて、僕はここまでやって来れたんだと思います。
── 今日お話を伺って、そのみなさんが、特殊おじさんたちが、燃え殻さんを発見して「俺と一緒だ」と声をかけたくなった気持ちが少しわかった気がしました。みなさんの中のピュアな自分が反応するんでしょうね、今日はありがとうございました。

燃え殻(もえがら)
1973年、神奈川県横浜市生まれ。2017年、『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。同作はNetflixで映画化。エッセイ集『すべて忘れてしまうから』はDisney+とテレビ東京でドラマ化され、映像化、舞台化が相次ぐ。著書は小説『これはただの夏』、エッセイ集『それでも日々はつづくから』『ブルーハワイ』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』など多数。

『この味もまたいつか恋しくなる』
ある料理やお酒を口にする時、ふと思い出してしまう“あの日、あの人”を描く燃え殻さん初の長編エッセイ集。彼女との最後の朝食となったシーフードドリアと白ワイン/「王貞治のサインがある店はデザートが美味しい」と豪語する先輩/ジャンボモナカを食べながら「有名になりたかったな」と言った友人/冷えてチーズが固まったピザトーストを片手に、初めて見た母の涙……。ある料理を口にすると、どうしようもなく思い出してしまうあの日、あの人を描く。燃え殻さん曰く「グルメじゃない僕にとって、恋しくなる味のお話」。
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