いま、マンガがますます面白い!?
マンガ文化の育成・発展をプロデュースする会社レインボーバードの代表を務める山内康裕さんに、マンガにまつわる近年の変化や、マンガの魅力、大人が読む意味などを聞きました。
2000年代以降、大人向けマンガが拡大
山内康裕さん(以下、山内) 大きな変化としては国内で二つ、国外で一つあります。まず、昔は荒唐無稽なものを「マンガっぽい」と言ったように、リアリティがないものをマンガ的とする時代がとても長かったんです。
けれど、2000年以降の邦画に元気がない時期に、『ピンポン』(2002)や『海猿 ウミザル』(2004)など、マンガ原作の邦画がヒットしたのを機に、マンガを実写化する流れが出来上がりました。
その際、実写化にあたって大人の視聴に耐えうるものにする必要があり、ある種のリアリティが求められるようになりました。つまり、マンガとしてのフィクションの良さは消さずに、その中でリアリティを表現するという要素が備わった。それによって、この20年ぐらいで、大人の読者を想定した、大人も楽しめるマンガが非常に増えたのです。
効率良く学べるツールとしても注目が高まる
山内 そうなります。そして大きな流れの二つ目は、コロナ禍以後の変化です。コロナ禍ではマンガがかなり多く読まれました。コロナ禍で家から出られない中で、マンガには閉塞した現実から距離を置き、作品に没入できる良さがあったのです。
そして、“せっかくなら、楽しみながら何かが身につく方が良い”という効率を求める欲求に対して、コスパ良く、家で他人の人生を味わえるマンガはとても適していたんです。2019年に紙の売り上げを逆転したマンガの電子書籍も、コロナ禍で一気に普及し、売り上げが大きく上振れました。
山内 読者にとっては、過去の名作も電子マンガによって簡単に読めるのはうれしいことではないでしょうか。紙だけの時代は、絶版になると手に入れることが難しかったですから。
一方、作り手にとっては、読者が選ぶ作品として、過去の作品と現在の作品が同列になったことで、過去の名作と同じ土俵で戦わないとならなくなりました。そうなると、昔の名作に勝つ価値を、自分の作品の中に何かしら感じてもらう必要があるので、作品の質が上がった側面もあるんです。
海外では「マンガ=アート」という価値観も
山内 “マンガ=アート”という文脈です。パリのルーブル美術館がマンガを「第9の芸術」と位置づけた(※)ことはご存知の方も多いでしょう。
一方で、日本のマンガは、もとは小説の延長線上で、絵としてのクオリティよりストーリーの方が重要と考えられていました。ただ、その表現がとても面白く、高度だったので、海外からの人気が高まったんです。2018年にはパリで「MANGA⇔TOKYO展」(※) が、2019年には大英博物館で「マンガ展」が開催され、“マンガもアート”という見方が徐々に定着していきました。そういった動きも含めて、マンガの裾野は広がり続けていると思います。
山内 マンガの良いところは、読むのも見返すのも自分のペースでできるところです。ポイントで読み返すのも動画よりも手軽ですね。特にコロナ禍においては、家から出られない中で、他人の人生をまるっと自分のペースで読み進められる魅力を感じた方も多いのではないでしょうか。
その際、キャラクターの言葉を自分の頭の中で自分の声で読むことは、ある意味“演じている”という行為にもなり得るので、より主人公になりきって、その人の人生を自分事として感じることができる。映像とマンガでは、共感するキャラクターに対する憑依具合が違うと思うんです。
マンガで時代を読む力も養える!?
また、社長だけでなく、その部下たちも皆読んでいて、社長が部下に対して「あのシーンのこういう感じでいきたい」と言えばすぐに意図が伝わり、マンガが組織内のチームビルディングの教科書として使われたりしたのです。
── マンガを読むのは個人的な体験ですが、ヒット作は読んでいる人が多いだけに、作品を介したコミュニケーションも可能になるんですね。マンガの制作過程では、作家さんはそこまでの広がり方を予期しているものですか?
山内 恐らく、考えていないでしょう (笑)。ただ、ヒットするということは、時代の共感を得ているということになります。なので結果的に、ヒット作を見ると、その時代の背景や空気感が色濃く出ていることが多い。作家の問題意識や表現したいテーマがたまたま時代とマッチして人気が出るという意味では、“ヒットする作品はその時代の社会との結びつきが強い”と言えるでしょう。
一方で、長く読まれる作品には普遍的なテーマも含まれていたり、キャラクターの描写も厚く、その時々で自分が共感できるキャラクターに必ず出会えたりする、という魅力もあります。たとえば、バスケ漫画の巨塔『スラムダンク』(井上雄彦、集英社)をリアルタイムで読んだ時には主人公の桜木花道に共感していたけれど、大人になって読み返すと監督の安西先生の目線になっている、みたいな変化です。名作と言われる作品が色褪せない理由は、そのあたりにもあるのではないでしょうか。
専門家の情報に裏付けられたリアルなストーリーも魅力に
山内 リアリティの重視という点から、マンガに専門監修の方が当たり前につくようになりました。昔は、マンガは作家さんの想像の世界(ファンタジー)を表現すればよかったので、マンガに監修者はあまりつかなかったんです。
それが今は、研究者の中にもマンガが大好きな方は大勢いて、メインストリームにいる研究者でも、「マンガの監修は、頼まれればぜひやりたい」という方が増えています。結果、作家さんと編集者と専門家のコミュニケーションによって作品が練られるので、フィクションであっても、よりリアリティのあるものが作れるようになりました。
── 歴史ものや医療ものでは特に効力を発揮しそうです。
山内 江戸時代にタイムスリップした現代の脳外科医の奮闘を描く『JIN-仁』(村上もとか、集英社)という幕末医療マンガも、連載開始の決定打になったのは、当時の技術水準で、ペニシリンという薬剤(抗生物質)を作ることは可能だという裏付けがとれたことだったそうです。
その確証を得るために、作家さんと編集者は、医学監修と歴史監修の先生方とチームを組んだ。そうした背景もあったから、リアリティのあるタイムスリップ医療ものとして大人の鑑賞に耐えうるものになり、実写化もされてヒットしたのでしょう。
そんなふうに、マンガというメディアの力を多くの人が実感する中で、“コストパフォーマンスもタイムパフォーマンスも良く、楽しみながら学べるもの”としてのマンガの地位が確立されてきたように思います。
── 後編では、山内さんに近年のマンガから「大人にこそ読んでもらいたい作品」をリコメンドしていただきます。
● 山内康裕(やまうち・やすひろ)
一般社団法人マンガナイト代表理事。「マンガと学び」の普及推進事業などを展開する。"マンガ"を領域とした企画会社レインボーバード合同会社代表社員、さいとう・たかを劇画文化財団理事長、東京工芸大学芸術学部マンガ学科非常勤講師他を務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方』(集英社)など。