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2023.04.18

オヤジさんに読んでほしい「大人の恋愛小説」名作選

どんなに経験豊富なオヤジさんでも知りえない恋愛の奥深さと素晴らしさを教えてくれるのが「恋愛小説」の世界。特に最近リアルな恋愛から縁遠いオヤジさんにとっては心のスタミナドリンクにもなる! というわけで書評家の吉田伸子さんにいま読むべき「大人の恋愛小説」を教えていただきました。

CREDIT :

文/吉田伸子 編集/森本 泉(LEON.JP) 写真/Shutterstock

大人の恋愛小説 LEON.JP
人が一生の間にできる恋愛なんてほんの限られた数。どんなに経験豊富なオヤジさんといえども必ずや未知の局面はあるわけで。そんなまだ見ぬ恋愛の奥深さと素晴らしさを教えてくれるのが「恋愛小説」の世界なのです。

特に最近リアルな恋愛から遠ざかりつつあるオヤジさんにとって恋愛小説は、乾いた心に潤いを与え、忘れていた狂おしい恋の炎を再び思い出させてくれる心のスタミナドリンクにもなる! というわけで書評家で恋愛小説に詳しい吉田伸子さんにおススメの「大人の恋愛小説」を教えていただきました。

大人の恋愛とは愛した相手の幸せを願えること

「なんか面白い本ある?」
およそ読書好きを自認する者にとって、こんなうれしい問いかけはない。もちろん、私もそのクチで、待ってました、とばかりにその時にイチ推しの本を熱く薦めまくる。薦めまくるのだが、「でも、それって恋愛小説だよね?」と、最後に一蹴されてしまったことは二度や三度どころではない。どうやら、多くの人にとって、恋愛小説というのは、「面白い小説」の範疇外らしいのだ。村上春樹ふうに表すなら「やれやれ」である。
私は恋愛小説が好きで、長年恋愛小説を読みついできている。その立場として言わせてもらえば、恋愛小説「ほど」面白い小説はない。そもそも、恋愛以上に濃い他者との感情のやりとりはそうそうないわけで、それを描いた小説が、面白くないわけがない。

今回取り上げたのは、その中でも「大人の恋愛」をテーマにしたもの。そもそも「大人の恋愛」とはなんなのか。個人的には、「大人の恋愛」とは、その行き着く先は、(恋愛が)成就するかしないかではなく、自分を勘定に入れずに、愛した相手の幸せを願えることではないか、と思っている。もちろん、そこに自分が入っていればベストではあるけれど、自分のことは二の次で、まず相手のベストを心から願えること、なのではないか。
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不器用なまでに一途な愛が心を撃つミステリー

そんな私が思い描く、これぞ「大人の恋愛」というのが、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』だ。え? それってミステリーでは、と思われる方も多いと思う。はい、ミステリーです。そして同時に、「大人の恋愛」を描いた恋愛小説の傑作でもあります。

ご存知、ガリレオと称される天才物理学者・湯川学が、“謎”に挑むミステリー・ガリレオシリーズの第3作にして、直木賞受賞作であり、その年のベストミステリーの座を総なめにした一冊だ。ものすごく大雑把に内容を紹介すると、湯川という天才が、もう一人の天才・石神(湯川の大学の同期であり、こちらは数学の天才)と、とある事件を巡って対決する、というもの。
このストーリーのどこに恋愛が? と思われるだろうが、そもそもの事件の大元にいるのが、石神が暮らすアパートの隣人の女性なのだ。そう、タイトルの献身とは、石神の、この女性に対するもので、これがもう、壮絶なまでの愛なのである。ミステリーなので、詳しくは書けないのだが、石神が彼女に寄せる不器用なまでに一途な愛の、なんと切なく、なんと尊いことか。
『容疑者Xの献身』 東野圭吾著(文春文庫)

東野圭吾著(文春文庫)
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随所に鏤められた箴言のような言葉が胸に響く

平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』は、結ばれるべくして出会ったのに、運命のいたずらで結ばれることが叶わなかった二人、の物語。若くして天才クラシック・ギタリストの地位を確立、デビュー二十周年を迎えた蒔野聡史と、フランスの通信社の記者である小峰洋子。出会ったその時から、お互いに特別な印象を持ち、磁石の極が惹かれ合うように恋に落ちた聡史と洋子。

洋子には結婚を約束したアメリカ人の恋人がいたのだが、その彼に別れを告げてまで、聡史との日々を選んだのに、ある人物の悪意によって、二人が共に歩むはずだった未来はかき消えてしまう。果たして二人の人生は── 。
というのが本書の大まかなあらすじで、そのメインストーリーだけでも読み応えたっぷりなのだが、それだけではない。本書の随所に鏤められた箴言のような言葉の一つひとつが、胸に響く。

例えば、「恋の効能は、人を謙虚にさせることだった。」「美しくないから、快活でないから、自分は愛されないのだという孤独を、仕事や趣味といった取柄は、そんなことはないと簡単に慰めてしまう。そうして人は、ただ、あの人に愛されるために美しくありたい、快活でありたいと切々と夢見ることを忘れてしまう。」優れた恋愛小説であると同時に、人生に対する深い洞察に満ちた物語でもある。
『マチネの終わりに』 平野啓一郎著(文春文庫)

平野啓一郎著(文春文庫)
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自分は長年連れ添った妻の、何を見ていたのか

西川美和さんの『永い言い訳』は、長年連れ添った妻を、突然のバス事故で喪った作家・津村啓の物語。妻への愛はとうに冷めていたはずなのに、その妻が自分宛に携帯メールに残した「もう愛していない。ひとかけらも。」という言葉は、津村を打ちのめす。

これ、夫側にしてみれば、めちゃくちゃ怖い話じゃないですか? 自分は長年連れ添った妻の、何を見ていたのか、何を知っていたのか。過去が一瞬でぐらりと反転してしまう。ここから、男の「妻探し」「自分探し」の旅が始まる。読み終えると、「永い言い訳」というタイトルに、心の奥を突かれる。
『永い言い訳』 西川美和著(文藝春秋)

西川美和著(文藝春秋)
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愛の多様な姿と“掴みどころのなさ”が描かれた小説

江國香織さんといえば、恋愛小説の名手として名高いが、『東京タワー』に出てくる「恋はするものじゃなく、おちるものだ」というのは至言。その彼女が、恋愛の前では寄る辺なく無防備になってしまう大人たちを描いたのが、『はだかんぼうたち』だ。

6年間交際し、いずれ入籍するつもりでいた石羽と別れた歯科医の桃は、9歳年下の鯖崎と付き合い始める。だが、鯖崎は桃の中学時代からの親友であり、四人の子どものいる専業主婦の響子に惹かれていく。響子の母・和枝はネットで知り合った60歳の山口と同棲していたが、急死。物語は、桃が和枝の葬儀から帰宅する場面から始まる。
桃と鯖崎、響子と隼人夫妻、和枝と山口、山口と離婚した彼の妻、桃の両親と桃の姉・陽と陽の恋人である奈良橋。それぞれのカップルの多様な愛を描きつつ、同時に愛の“掴みどころのなさ”が描かれているのがいい。加えて、物語のなかでの音楽の使い方(たとえば、桃が聞くロン・カーターが奏でるバッハのCD、等々)のセンスが秀逸。
三浦しをん(祥伝社文庫)

江國香織著(角川文庫)
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死ぬ前にもう一度燃えさかるようなセックスがしたい

三浦しをんさんの『木暮荘物語』は、小田急線の世田谷代田駅徒歩5分にある「木暮荘」で暮らす人々のドラマ恋愛模様を描いた連作短編集。どの短編にも「性」が絡んでくるところがいいのだが、なかでも、木暮荘の大家である木暮を主人公にした一編「心身」がいい。

死ぬ前にもう一度「俄然と、猛然と、燃えさかるようにたぎるように、セックスしたい」と願う七十歳の老人。ともすれば生々しくなりそうなテーマなのに、作者の手にかかると、可愛らしさと可笑しさ、切なさが溢れてくる、という不思議。小暮の性欲を軽蔑するでも嫌悪するでもなく、ごく普通に受け止める隣室の女子大生・光子を主人公にした「ピース」もいい。

『木暮荘物語』が面白いと思った方には、同じ作者の『きみはポラリス』もお勧めです(こちらは多様な愛を描いた短編集です)。ちなみに、好きな作家に三浦しをんさんを挙げると、女性からの好感度が増します(当社調べ)。
『木暮荘物語』 三浦しをん(祥伝社文庫)

三浦しをん著(祥伝社文庫)
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最後におまけとして、昨年一年間で私が読んだお勧めの恋愛小説ベスト5を。順不同で、凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』(今年度、本屋大賞受賞作!)、小池真理子さんの『アナベル・リイ』、錦見映理子さんの『恋愛の発酵と腐敗について』、金原ひとみさんの『ミーツ・ザ・ワールド』、青崎有吾さんの「恋澤姉妹」(『彼女。百合小説アンソロジー』所収)。いずれも、「大人のための恋愛小説」に相応しい作品です。
大人の恋愛小説 LEON.JP  吉田伸子

吉田伸子(よしだ・のぶこ)

法政大学文学部哲学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、本の雑誌社入社。「本の雑誌」の編集者として11年間勤務。出産を機に退職後、書評の仕事を中心にしたフリーライターに。恋愛小説、女性作家の作品を中心に各紙誌にて書評を執筆する他、文庫解説、文学賞新人賞の予選委員などを務める。胃弱な食いしん坊。自家製カラスミを作り始めて15年。

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