2026.04.30
市川團子インタビュー。「余計なことは言わず、必要なことを的確なタイミングでスッと言える“黙れる人”に憧れます」
この春、大学を卒業し、歌舞伎俳優としての活動に専念する市川團子さんが新宿・歌舞伎町を舞台に上演される歌舞伎町大歌舞伎三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』に出演。本作の見どころや、歌舞伎との向き合い方について語っていただきました。
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写真/興梠真穂 スタイリング/中西ナオ ヘアメイク/森 智聖 文/真島絵麻里 編集/鎌倉ひよこ、森本 泉(Web LEON)

放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟!」で森 蘭丸役を演じるなど、歌舞伎界の未来を担う存在として活躍の場を広げている市川團子さん。5月3日から上演される歌舞伎町大歌舞伎三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』では、大詰めとなる舞踊『写書東驛路(うつしがきあずまのうまやじ)』で十三役の早替りに挑戦。
父親である市川中車さんが挑む十二単を纏った化け猫姿の宙乗りも話題となっている本作の見どころや、歌舞伎との向き合い方についてたっぷり語っていただきました。
歌舞伎町を舞台に十三役の早替りに挑戦!
── 今回は日本屈指の娯楽街である“歌舞伎町”の劇場「THEATER MILANO-Za」での公演ということで、歌舞伎と歌舞伎町との親和性や相互作用を感じる点がありましたらお聞かせください。
市川團子さん(以下、團子) 戦後に“歌舞伎の劇場を作って街を盛り上げよう”ということで地名がついたのが、歌舞伎町の成り立ちだそうです。今も賑やかさという面で大衆芸能からスタートしている歌舞伎と共通している部分があるし、ライブ感もリンクしているのかなと感じます。
何より歌舞伎をやろうとしていた場所で実際に上演できるということに大きな意味があると思うんです。THEATER MILANO-Zaでは2年前に初めて中村屋さんが、去年は團十郎さんが上演されています。歌舞伎を観たことがあるお客さま、観たことがないお客さま、また幅広い世代のお客さまに、観にきていただけたら幸いです。
── 普段、歌舞伎町に行くことはありますか?
團子 今まではほとんど訪れる機会がなかったんです。つまり、とんかつ大好きな僕がまだ訪れていないとんかつのお店があるので、公演中の楽しみにしています(笑)。

── 今回の演目では舞踊となりますが、團子さんは普段から踊りの稽古を熱心にされていると聞いています。どのような点に踊りの面白さを感じていますか?
團子 子供の頃から和楽器で奏でられる音楽がすごく好きで、洋楽とかK-POPを聴く時と同じ感覚で、知らない曲でも身体が勝手に動いてノッちゃうんです。日本舞踊に限らず、踊りというものは、もちろんその作品の趣向や振りの要素も大切ですが、その中でも音楽が良いことが一番大切だと思います。日本舞踊も、同じく音楽が大切で、芝居よりも音楽の重要性がかなり高くなるので、そもそも和楽器で奏でられる音楽が純粋に好きということの要素が強いかもしれません。
他にも日本舞踊の曲の歌詞って本当に粋で、言葉遊びがすごく巧みだから音だけ聞いても楽しいんです。戯曲研究的な目線で見てもたくさんの要素が詰め込まれていて、僕なんてまだ初歩の初歩ですけど本当に興味深いなと。そうやって歌詞のひと言ひと言を踏まえながら踊る面白さに関しては、最近になってやっと感じられるようになった気がします。
── 本作の記者会見で市川中車さんが團子さんについて「親子であり、同輩でもある」とお話されていましたが、團子さんご自身はお父様である中車さんについてどのように感じていますか?
團子 父と僕は同時期に歌舞伎の世界に入ったこともあって「同輩」と言ってくれましたが、僕は俳優をやってきた父をずっと見ていたので、その印象がとても大きくて。さまざまな作品を観る中で、父の演技は凄いと尊敬しているからこそ、「同輩」という感覚はあまりないです。
── 祖父である三代目市川猿之助さんによる1981年の復活上演から45年。『獨道中五十三驛』という作品を最初に観た時の印象をお聞かせください。
團子 祖父が復活させた演目は筋をわかりやすくしているものが多いのですが、本作については鶴屋南北が原作ということもあり、少し複雑な筋で、加えて趣向もてんこ盛りという印象でした。もちろんわかりやすくはしているけれど、少し入り組んだ部分があるんですよね。
また、過去の上演映像を見ていると、話の筋や演出に、かなり改変が重ねられている作品でもあることがわかりました。祖父は基本的に原作からカットしていくことが多く、付け足すことは少ないんです。でも、この作品に関しては少し違っています。今回で13回目の上演となる本作は、再演のたびに足し算引き算の両方が行なわれていて、祖父の復活した作品の中でも一番アップデイトされた作品なのではないかと思っています。そういった部分も含めて面白い作品だなと感じました。

── 今回十三役の早替りに挑戦されますが、その難しさと役者として面白みを感じる点をお伺いしたいです。
團子 祖父がこの演目を復活させる前に、ひとつの演目で演じた役数の最多だったのが『伊達の十役』の十役。そこを超えるんだという意識から、この作品の初演では、踊りで十二役、芝居で六役との計十八もの役どころを演じていたんです。
今回、私は合計十三役となるのですが、これだけの役数に挑戦させていただくこと、また早替り舞踊に挑戦させていただくことも初めてなので難しいことではあります。ただ、いろいろなタイプの役を演じるのは基礎を身につけることにも繋がると思うので、新しい役に挑戦できるのはとてもうれしいですね。
一番難しそうなのは……、どれだろう。あまりにも早替りの回数が多いので、立役から女方、女方から立役への早替りのように、性別が変わり、変化がわかりやすい基本形ではなく、女方から女方への早替りが続く箇所もあるので、そこが一番難しいかなと思っています。
── 1981年の上演の際に三代目の猿之助さんが届けたかったものはどういったことだと思われますか?
團子 “とにかく楽しんでもらえるように”ということが一番大きな心情だったと思います。この演目をやる少し前に『伊達の十役』があり、当時『猿之助歌舞伎』が定着し始める中でのひとつの目玉としてこの作品があったのではと思います。
学生生活で得たものは、「外から歌舞伎を見る目」
── 團子さんはこの春大学を卒業されて、これからは歌舞伎俳優としての活動に専念することになります。学業と歌舞伎俳優の両立は大変な部分もあったかと思いますが、プラスに働く部分もありましたか?
團子 時間的な面でいうと、大学に行くことによる制約はあったと思います。ただ、個人的には大学にいる時と歌舞伎をしている時で自分のモードを切り替えられたことが、メンタル面での支えになっていたことに後から気づいて。友達と普通に話して、ご飯に行って……。当時は何も思っていなかったけれど、今振り返るとそうやって心が休まる場所があったことが助けになっていたなと思います。

── 学生生活で得たものはどんなことだと感じていますか?
團子 祖父も大学卒業時に同じことを言っていたのですが、「外から歌舞伎を見る目」ですね。それこそ最近は映画の『国宝』人気もあって、友達が歌舞伎に対してどう感じているのかを聞く機会が増えました。それってすごく大事だと思います。内側にいるとわからなくなる部分もあるので、価値観を形成する時期に外から見た時の意見をたくさん取り入れることができたことは大きいです。
それに僕が通っていたのは(青山学院大学の)芸術学科だったので、映画や絵画に関する授業もありました。芸術は違う分野でも共通する要素が多いので、別ジャンルのとある法則が歌舞伎にも当てはめられることに気づいたりと学びもありました!
── 卒論は何について書かれたのでしょうか?
團子 歌舞伎のゼミで、『義経千本桜』「四の切」の作品の変遷と、そこから考えられる歌舞伎の魅力について書きました。恥ずかしいのでこれ以上は秘密です(笑)。
── 卒論を書き終えた時に、自分に何かご褒美はあげましたか?
團子 誕生日と卒論の提出日が近かったので、その二つを名目にしてお寿司を食べたり、国内や韓国を旅行したりと、ちょくちょく自分にご褒美はあげています。
── 旅行もお好きなんですね。今回の演目のように“獨道中(ひとりたび)”もされますか?
團子 お役が決まると、神社やお墓など、そのお役とゆかりのある場所にご挨拶に行くことがあります。基本的に一人で行くので一人旅と言えなくもないのですが、僕は観光をするタイプではないんですよ。一応計画は立てようとするものの、仕事ではないから結局何も決めないで赴くこともよくあります。
先日は京都の阿弥陀寺に森 蘭丸さまのお墓参りに行ったのですが、そのあとは何も決めずに京都のとんかつを食べて、街をちょっと見て帰りました。旅先では特別なことは何もせず、リラックスして過ごす方が好きですね。

言うべきことを弁えて、黙れる人はカッコいいと思う
── 團子さんが考えるカッコいい大人像をお聞かせください。
團子 “黙れる人”ですね。僕が人間観察をする中で感じたのが、どのシーンにおいても静かな人が一番強いということでした。祖父もそうですが、何かが起こった時に動じない人、焦らずに待っていられる人は本当に強いなって。余計なことは言わず、必要なことは的確なタイミングでスッと言う。言うべき時と内容を弁えた上で黙れる人はカッコいいなと感じます。
祖父はあまりしゃべらない人だったそうですが、昔を知っているお弟子さんの話や祖父の性格から想像すると、子供の頃はたくさん話すタイプだったと思うんです。だから“黙れる”という部分は後から形成されたもので“背中で見せる”のが祖父にとっての理想のリーダー像だったのではないかと思っています。
僕自身はそこに憧れてはいるものの、実際は全然黙れていないです(笑)。昔よりは喋らなくなった気もするので、少しずつ“黙れる人”になれたら。活発な子供だったので、今も内側にはその性質があります。とはいえ、舞台に立つ時はエネルギーを携えて取り組んだ方がいいと思っているので、封印する必要はない気がします。普段の生活と舞台の上で使い分けていくのが理想的かもしれません。
── お父様に対してカッコいいと感じる部分はどのような点でしょうか?
團子 父は何事に対しても緻密で、突き詰め方が凄いです。物事に対する計画性も凄まじいものがあり、そこは尊敬しています。祖父もすごく計画的な人だったので、受け継いでいるんだなと。計画を立てるのが苦手な僕も見習っていけたらと思っています。
── 歌舞伎の世界は“粋”なイメージがありますが“粋”はどういった部分に宿ると思いますか?
團子 “余裕”だと思います。それも作った余裕ではなく、すべてを理解して俯瞰した状態というか……。死ぬほど努力をしたうえで、それをひけらかすことなく、出すべきタイミングだけで出す。それができる人は粋ですよね。……と言いながら思ったんですが、余裕はカッコよさの部類で、粋とは少し違うような? 粋は……(悩んで)、ちょっと考えてみますね。
── では、一旦話題を変えて。初舞台から14年が経ちましたが、歌舞伎に対する考え方に変化はありましたか?
團子 基本的には変わっていないですね。子供の頃に思い描いた“いい舞台をしたい”という精神は、今もずっと僕の根っこの部分にあるんです。そしていい舞台を作るには、とにかく稽古しかなくて。すごくシンプルな話で、そこに関する取り組み方や舞台に対する向き合い方というのは時間が経っても変わらないまま。もちろん踊りやセリフのお稽古の仕方だとか細かい部分は変化していますが、精神的な部分は一ミリも変わっていません。
── 常に研究熱心だからこそ、ワーカホリックになってしまう部分もあるのでは?
團子 最近は全体を俯瞰することが大事だなと感じています。芝居をする時も、それぞれの役の視点によって捉え方が変わります。自分のお役だけの視点に偏らず、全体を理解した上で挑むべきなのかなって。……“粋”思いつきました! 決断が早い人!

── 周りにそういう方はいらっしゃいますか?
團子 また祖父になっちゃいますね。カリスマ性がある人って、何事もパパパパパッと決める感じで判断がすごく早いんですよね。この質問に対する自分の回答がめちゃくちゃ遅かったので、その対比で思いついた部分もあります(笑)。粋な人は決断が早くて的確、そしてそれを自分で正解にしていくパワーも持ち合わせているんだと思います。
── 最後に、歌舞伎から得た生きるヒントがありましたらお聞かせください。
團子 歌舞伎の歴史というのは工夫の歴史でもあります。歴代の歌舞伎役者の皆さまが歌舞伎という概念そのものを練り上げ、その工夫が型となって今に伝わっている。そうやって脈々と受け継がれてきた工夫を学ぶと、その発想力の素晴らしさや工夫にかける想いが何百年経っていてもヒシヒシと伝わってくるんです。
人間の工夫には、短所を打ち消すどころか、長所に変えてしまうほどのパワーがあります。そのうえで感じるのは、日常もまったく同じだということ。当時の役者の方たちも相当苦労したと思うのですが、さまざまな工夫を試す日々を何百年も続けて今がある。
自分自身がその歴代の歌舞伎役者の皆様の積み重ねに助けられ、工夫することの無限の可能性を体感しているからこそ、歌舞伎も日常も、常により良い方向に向かうように工夫し続け、その力によって未来に大きな希望を見出せるというのが、僕にとって大きな学びだと感じています。

● 市川團子(いちかわ・だんこ)
2004年1月16日生まれ、東京都出身。三代目市川猿之助を祖父に、九代目市川中車を父に持ち、’12年にスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』のワカタケル役で初舞台を踏む。’24年には『ヤマトタケル』のヤマトタケル、’25年には『義経千本桜』の狐忠信などの大役を次々と務め、5月3日よりTHEATER MILANO-Zaで上演予定の歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛』では、老若男女十三役の早替りに挑む。
SNS/https://www.instagram.com/danko_ichikawa/

歌舞伎町大歌舞伎
三代猿之助四十八撰の内
『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』
作者は『東海道四谷怪談』や『桜姫東文章』などを手掛けた四世鶴屋南北。当時、江戸で人気を博していた十返舎一九『東海道中膝栗毛』に着想を得て、それとは逆の京都を振り出しに江戸を目指しながら、由留木家に伝わる二つの家宝を巡って、敵味方が追いつ追われつ、東海道五十三次の宿々を舞台に駆け巡る。永らく上演が途絶えていたが、昭和56(1981)年に三代目市川猿之助(二世市川猿翁)が歌舞伎座にて復活上演。澤瀉屋のなかでも特に人気が高く、これまで12回再演された本作は「三代猿之助四十八撰」の一つに数えられている。
出演/市川中車、市川團子、市川笑也、市川笑三郎、市川寿猿、市川青虎 ※「こえかぶ」出演声優は日替り
日程/2026年5月3日(日・祝)~26日(火)
会場/THEATER MILANO-Za(東急歌舞伎町タワー6F)
主催/Bunkamura、TSTエンタテイメント、東急
企画・制作/松竹株式会社
製作/Bunkamura
HP/https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/26_kabuki
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