2025.10.22
北村匠海×綾野 剛対談。「主人公たちの生き方が誰かのお手本になることは多分ない。けれども確かに、過ごした時間は美しかった」
闇ビジネスから抜け出そうとする若者3人による逃亡劇を繊細なヒューマンドラマとして描いた映画『愚か者の身分』(10月24日公開)。主演の北村匠海さんと綾野剛さんに今作について、そしておふたりの関係性についても話を伺いました。
- CREDIT :
文/浜野雪江 写真/トヨダリョウ スタイリング/TOKITA(北村)、佐々⽊悠介(綾野) ヘアメイク/佐⿃⿇⼦(北村)、石邑麻由
(綾野) 編集/森本 泉(Web LEON)

物語の前半をけん引するのは、とある犯罪組織の手先として戸籍売買を行うタクヤ役の北村匠海さんと、弟分のマモルを演じる林裕太さん。新宿・歌舞伎町を拠点に闇バイトに手を染めながらも、ふたりは本当の兄弟のように支え合います。
しかし、ある事件を機にタクヤは組織から追われる身に。そこに、綾野剛さん演じる運び屋の梶谷が重要なポジションで関わってきます。
若者の貧困という日本の”今”を映し出す本作で、主演のタクヤを演じる北村匠海さんと、かつてタクヤをその道に誘った兄貴分的存在の梶谷を演じる綾野剛さんに、役との不思議なシンクロや、本作にかける深い思いを聞きました。
“人間らしく”とは? と役を通してとても考えさせられた
綾野剛さん(以下、綾野) あの闘いも、ご覧になった方は皆さん、僕らふたりは常に至近距離で台詞を交わしていると思われていますが、実際はすごく離れているんです。画面上は近づいているように見えても、それはVFXを駆使した他力の中でのふたりの世界なので。通常の芝居の距離感で、念願かなって匠海と関われたのは、実は本作がほぼ初めてでした。

というのも、お話をいただいて脚本を読んだ時、役の3人の生き様と、僕ら3人がそれぞれ今まで生きてきた役者としての生き様が、ある意味重なって見えたんです。だからこそ、タクヤは僕にしかできないと思ったし、もう2つ返事で、「スケジュールこじ開けるんでやりましょう!」と答えていました。
綾野 匠海がタクヤ役を受けるという話を聞かされていた事と、永田監督や「幽☆遊☆白書」でご一緒したプロデューサーの森井(輝)さんのこの作品に対するパーソナルな思いが、自分の中で琴線に触れたことが大きいです。それは、社会の中で皆が漠然と思っていることや、見えそうでなかなか見えないけれど、見なくてはいけない現状への強い意識だったりするのですが。
そして梶谷は、タクヤがマモルから大切な何かをもらったように、タクヤから"生まれ直すきっかけ"をいただくわけです。それをどういう風に受け取っていくのかを感じたかったのだと思います。実際、演じている時は、“人間らしく”とは? というのを、役を通してとても考えさせられました。
── 北村さんと、触れ合える距離でお芝居をされての感触はいかがでしたか?
綾野 今回、彼と僕との時間には、「幽☆遊☆白書」の時とはまた違う種類の難題が生じていました。匠海を象徴するもののひとつに「瞳」があると僕は思っていますが、匠海は物理的にその目が奪われた状態で芝居をしなければならない。それによって起こるフラストレーションの先にあるクリエイションの豊かさを感じ取ることができました。

それは、見ることを失ったからこそ得られたもので、「見えない」状態でやる芝居は、”難しい”というのとは全然違うベクトルで、むしろ、あえて見ないことで、より感じることができたように思います。
北村 そうです。見ることを失った先に自分がどういう表現をするのか? という単純な興味もあったけれど、結果、芝居の新たな境地を知ることができました。
綾野 ただ、僕は彼の芝居をもっともっと浴びたかった。まだまだ浴び足りないです!
北村 僕も、もっとやりたかったですよ! というのも、僕は剛さんの芝居を感じながらも、間近で見ることがほぼ叶わなかったので、「見たかった」というのは僕の中ではすごくフラストレーション(笑)。もっともっと、目で浴びたかったです。
ヘビーな物語だからこそ、ちょっとした可愛らしいテンポや空気感をすごく大事に
北村 新鮮だったのは、役の“愛で方”かなとは思います。特にタクヤとマモルのふたりのシーンでは、「可愛くいてくれ」と言われてとても愛でられたので。それは、こういうヘビーな物語だからこそ、ふたりのちょっとした可愛らしいテンポだったり空気感を、すごく大事にされていたんじゃないでしょうか。
あとはとにかく、琴さん(監督)の人柄が映画を包んでいたので、その温もりに僕は日々元気をもらいながら演じていました。

永田監督は過ごしてこられた時代的にも、男性社会が非常に強かった時代を生き抜いてこられたととおっしゃっていました。そのパワーは絶大で、普通じゃこのパワーは出せない、という圧倒的人間力を発揮されていました。
例えば、大真面目なシーンでも、永田さんは「今のよかった! セクシー! 最高‼」という感じなので、理屈じゃなく、「これでよかった」とストンと思えてしまう。
僕は永田琴という人から発せられる言葉に何度助けられ、いい意味で振り回され(笑)。そして、撮影が終わる頃には、なんて豊かな体験だったのだろうと思えましたし、その後も永田さんにちょくちょく会いたくなってしまうんです。それくらい心地よかったのだと思います。
綾野 カッコいいですよね。
北村 はい。

こ~んなに生きやすかったんだ、みたいに肩の力が抜けた感覚があった
綾野 匠海をすごく頼りにしています。ここからも、これからも。
北村 僕も、剛さんを頼りにしています。僕にとって「幽☆遊☆白書」に出たことはいろんな意味で大きくて、そこで剛さんと出会い、『愚か者の身分』でもご一緒して、現場の裏でとてもパーソナルで深い話ができたんです。今回の現場で剛さんとさらに話せたことで、すごく救われたんです。
綾野 一生懸命、役に向き合う時間は、内省的になるし不安にもなるけれど、孤独と向き合い続けて生まれてきたものが自分の芝居の糧になっていきますから。
綾野 うん。

そうしたら、自分が今まで勝手に「孤独」という自己防衛をしていたのは、ある意味、自分を傷めつける行為に近かったなと感じたし、なんだ、こ~んなに生きやすかったんだ、ふう。みたいに肩の力が抜けた感覚があった。そんな経緯がありながら、今日の取材に至っているわけです(笑)。
── それでおふたりの間には、とても穏やかで温かな空気が流れているのですね。マモル役の林さんに対してはどのような印象を持たれましたか?
北村 林裕太くんにはマモルに通じるピュアさがあり、その存在は、僕らふたりとはまったく別次元の輝きを放っていて、すげえな! と思いながら見ていました。
綾野 僕は、劇中では直接マモルと触れ合う機会はありませんでしたが、タクヤとマモルのシーンには、なぜこの作品に僕ら3人が集まったのかがとても顕著に表れていて、ふたりから目が離せなかったです。
今、何かしら辛さを感じている人がいたら、この映画が逃げ場であってもいい

同時に、この作品のような表現は、エンタメが描くことができる新しい可能性だとも思います。マモル・タクヤ・梶谷という3人は、ある意味では社会の影のフロントラインを走っているわけですから。だから、僕ら世代の方々だけでなく、3人の親世代やもっと上の世代の方々にも見ていただきたいという思いがあります。
北村 劇中で、マモルとタクヤが歌舞伎町で缶蹴りをして、無邪気に戯れるシーンがあるんです。それはふたりの何気ない日常で、実際に歌舞伎町を生きてる人たちの中で撮影したのですが、正直、言葉を失ってしまうような光景にも遭遇しました。
今回、若者の貧困という社会的テーマを投影した作品に参加して、それを僕らは目撃していただく立場になりましたが、実際に歌舞伎町で撮影していて思ったのは、僕はこの映画を通してこういうメッセージを届けたいというふうに、ひと言では言えないなということで……。
ただ漠然と言えるのは、どんな状況であれ、今、何かしら辛さを感じている人がいたら、ここに逃げてもいいぞ、この映画が逃げ場であってもいいぞということで。僕は映画って、そういうものでもあると思うんです。
僕自身、映画に救われてきた経験が多いし、ある種エンタメって”逃げ場所”じゃないかなとも思うから、『愚か者の身分』という映画は、ちゃんと逃げ場として機能しているなとすごく思います。

北村 やはり巻き起こることは悲惨だし、彼らの生き方が誰かのお手本になることはたぶんない。けれども確かに、過ごした時間は美しかったので。僕ら3人でこの映画を生ききったその様は、僕は美しいものだったなと思うんです。
映画のラストはどんなふうになるんだろう? と思っていましたが、僕はラストシーンの裕太(=マモル)の表情を見て、彼に救われた気がしました。この体験を、ぜひともこれから映画を見る人にしてほしいなと思います。

● 北村匠海(きたむら・たくみ)
1997年生まれ、東京都出身。2008年『DIVE‼』で映画デビュー。2011年に4人組バンド「DISH//」を結成しメインホーカルとギターを担当する。『君の膵臓をたべたい』(17)で第41回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ数々の新人賞を受賞。主な映画出演作に『ディストラクション・ベイビーズ』(16)、『勝手にふるえてろ』(17)、『春待つ僕ら』(18)、『十二人の死にたい子どもたち』『君は月夜に光り輝く』(19)、『思い、思われ、ふり、ふられ』『さくら』『アンダードッグ』(20)、『東京リべンジャーズ』シリーズ
(21・23)、『明け方の若者たち』(21)、『とんび』(22)、『スクロール』『法廷遊戯』(23)、『悪い夏』(25)などがある。その他の近作にNetflixシリーズ「遊☆遊☆白書」(23)、NHK連続テレビ小説「あんばん」(25)ほか。2025年には企画・脚本も手掛けた初の短編映画監督作品『世界征服やめた』が公開。

● 綾野 剛(あやの・ごう)
1982年生まれ、岐阜県出身。2003年にドラマ「仮面ライダー555ファイズ」(テレビ朝日)で俳優デビュー。以降、映画『クローズ ZEROⅡ』(09)、『GANTZ』(11)、『るろうに剣心』(12)、『新宿スワン』(15・17)、ドラマ「Mother」(10/日本テレビ)、NHK連続テレビ小説「カーネーション」(12)、「最高の離婚」(13/フジテレビ)、「コウノドリ」(15・17/TBS)といった話題作に次々と出演。映画『横道世之介』『夏の終り』(13)で第37回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『ヤクザと家族The Family』(21)、『花腐し』(23)、『カラオケ行こ!』『ラストマイル』(24)、「でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男』(25)、 Netflⅸシリーズ「新聞記者」(22)、「幽☆遊☆白書」(23)、「地面師たち」(24)ほか。

『愚か者の身分』
SNSで女性を装い、言葉巧みに身寄りのない男性たち相手に個人情報を引き出し、戸籍売買を日々行うタクヤ(北村匠海)とマモル(林裕太)。彼らは劣悪な環境で育ち、気が付けば闇バイトを行う組織の手先になっていた。闇ビジネスに手を染めているとはいえ、時にはバカ騒ぎもするふたりは、ごく普通の若者であり、いつも一緒だった。タクヤは、闇ビジネスの世界に入るきっかけとなった兄貴的存在の梶谷(綾野剛)の手を借り、マモルと共にこの世界から抜け出そうとするが──。出演はほかに山下美月、矢本悠馬、木南晴夏など。プロデューサー/森井 輝 監督/永田 琴 脚本/向井康介 原作/西尾 潤「愚か者の身分」(徳間文庫) 主題歌/tuki.「人生讃歌」
10月24日(金) 全国公開
配給会社/THE SEVEN ショウゲート
©2025映画「愚か者の身分」製作委員会
公式サイト/orokamono-movie.jp