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2025.10.15

永瀬正敏インタビュー。「“演じる”は僕にとって、雲をつかむような作業です」【後編】

永瀬正敏さんが葛飾北斎を、長澤まさみさんが娘・応為(おうい)を演じて二人の知られざる関係を描いた映画『おーい、応為』の公開に合わせて永瀬さんにお話を伺いました。すでに大ベテランの永瀬さんですが、それでも「演じる」ことは雲をつかむようにわからないと言います。

CREDIT :

文/SYO 写真/平郡政宏 スタイリング/渡辺康裕 ヘアメイク/Taku 編集/森本 泉(Web LEON)

永瀬正敏 長澤まさみ おーい、応為 WebLEON    LEON
日本美術界に名を残す偉人・葛飾北斎。彼と娘・応為(おうい)の知られざる関係性にスポットを当てた映画『おーい、応為』(10月17日より公開)で北斎役を演じた永瀬正敏さんにインタビュー。前編(こちら)に次いで後編では撮影の舞台裏から役者としてのターニングポイントとなった経験、今現在の創作への想いなどをお届けします。
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次の作品では、もうちょっとうまくなっているよう頑張ろう

── 先ほど、芝居は生身の人間同士で動いてみないとわからないというお話がありました。永瀬さんに以前お話を伺った際「もっと芝居をうまくなりたい」と仰っていたのが印象的なのですが、いまのお話は、そこに通じるもののように感じます。

永瀬正敏さん(以下、永瀬) そうですね。自分の中ではとっくに「何でも来い」な役者になっているはずでしたが、蓋を開けてみたら「次の作品に出合う時にはもうちょっとうまくなっているように頑張ろう」と思うようになっていました。それはきっと、明確な答えがないからなのでしょうね。僕じゃない人が北斎を演じたらまた別の北斎になっていたでしょうし、数式みたいにきっちりした答えがないからこそ、そう思ってしまうのかもしれません。

── 永瀬さんの思う「うまくなりたい」には、何か理想像があるのでしょうか。それとも、試行錯誤する時間を減らしたいという感覚でしょうか。
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永瀬 例えば「こういう方に近づきたい」みたいなものは決してありません。好きな俳優さんはいっぱいいますが、できないのはわかっていますから。となると、自分の理想とする役の人物像に近づきたいということなのでしょうが、「この人はこうなんです」と理想像を具体的には言えないのです。漠然として申し訳ないのですが、「演じる」は僕にとって、雲をつかむような作業です。
── 他者の意見を取り入れる余白を残しておくのですね。

永瀬 30歳を過ぎたあたりからそういった考えになりました。きっかけとなったひとつは、2002年に放送された「私立探偵濱マイク」のテレビドラマです。もう既に映画を3本(『我が人生最悪の時』『遥かな時代の階段を』『罠』。94~96)やっており、映画版の監督・脚本を手掛けた林 海象さんは海外に留学していて立ち上げの際には国内におらず、キャラクターを知っている人間がほぼ僕しかいない状態でした。

テレビドラマ版は全12話を異なる監督が手掛ける構成になっており、あるエピソードの撮影をやっている途中に別の組の方々が脚本を持って「マイクの人物像がこれで合ってます?」と相談に来るわけです。そうした軌道修正をなぜか僕がやることになり、皆それぞれの中に違った「濱マイク」がいる面白さや、その中で力を合わせて役を作っていく面白さを知りました。
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──  それは貴重な体験でしたね。

永瀬 また、僕は参加した皆さんが「濱マイク」の現場に来て楽しかったと思えるような場づくりを行いたいと思っていました。「美術って面白いな、監督って面白いな、カメラってこんな風に撮れるんだ」と思える種まきをすることを念頭において色々と考えて配分して──そうしたある種スタッフとしての作業を体感できたことも大きかったように思います。

本当は「マイクはワンシーンしか出ちゃダメ」という決めごとに基づいたスピンオフ企画で助監督さんに監督デビューの機会を作りたかったので、それがスケジュール的に達成出来なかったのは残念ではありますが、30代前半でこの現場を経験できたことは大きかったです。「自分だけでは何も始まらない」ということがわかり、この現場を経て考え方が変わっていきました。
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すごく魅力的な人だなと思うからこそ北斎をもう一度演じてみたい

── 永瀬さんはデビュー作『ションベン・ライダー』(83)のオーディションを受けた理由を「大人への反抗心」と語っていらっしゃいましたが、そうした感情は今もお持ちでしょうか。

永瀬 どうでしょうね、僕自身がもうおじさんですから(笑)。ただ、節々でそうした想いはあったように思います。『おーい、応為』のお話をいただいた時はコロナ禍でした。あの頃って「芸術は不要不急」なんて言われて、ものすごく重く受け止めている同業者がたくさんいる時期でした。僕自身も、コロナが何十年も蔓延して、未来の子どもたちが「昔の映画ってマスクしてないじゃん」と言うような世の中になったらどうしようという不安はありながら、40年くらいやってきたことが0になるなんてことはない、こっちが頑張って向き合って作れば届くはずだと思っていた頃でもあったため、そこに対する想いはありました。
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永瀬 あの期間は時間だけはあったので、家に籠って先輩たちの作った作品をいっぱい観て受け取ったものも多くありましたし、きっと未来にも繋がるはずだと信じて「毛が抜けるまでやろう」と北斎役を引き受けた次第です、実際になくなりましたし(笑)。すべて捧げなければ「芸術は不要不急だ」と思う人たちの気持ちを変えていけないと燃えていました。
── オダギリジョーさんによる『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』も、この辺りでしたよね。オダギリさんは永瀬さんから受けた影響を公言しているひとりです。

永瀬 当時、僕が考えていたこととジョーくんが考えていたことが完璧に合致していました。それは、「いまこそ笑いを届けることが必要なんじゃないか」ということ。自ら犬の着ぐるみを着て始球式をするくらいですし、笑顔を届けたいという強い想いに感銘を受けました。素晴らしいですよね。

── 長い時を経て実現した『箱男』(24)や大ヒット中の『国宝』(25)含め、永瀬さんのオリジナリティあふれる作品への嗅覚に常々感嘆しています。いまお話しいただいたように“想いを感じられる企画”に惹かれるのでしょうか。
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永瀬 それはありますね。本作もコロナ禍を経験したから大森監督も吉村知己プロデューサーも「作ろう」と思われたわけでしょうし、そうした想いはこちら側にも伝わってきます。そうした作品を一つひとつ皆さんに届けていくことはとても大事だと僕は思います。あの時期を乗り越えている今の役者たちは、舞台挨拶で目の前にお客さんがいてくれる姿を見て、絶対にグッと来ているはず。僕自身、閉鎖された無観客の空間で舞台挨拶をやったこともあり、お客さんが戻ってきてくれた光景を目にして言葉に詰まってしまいましたから。
── 改めて、『おーい、応為』を経た今の想いを教えてください。

永瀬 これまでそう感じたことはあまりありませんが、機会があれば北斎をもう一度演じてみたいと思いました。僕は欲張りで「色々な役柄をやりたい」想いが強いため、自分でも驚きました。今回が演じ足りなかったというわけではなく、すごく魅力的な人だなという想いからです。応為のその後も気になりますしね。

『おーい、応為2』は北斎が死んじゃっているから僕が出演するのは難しいかもしれないけれど、回想シーンなら出られるかもしれませんし、僕が10年後、20年後に北斎を演じたらどうなるんだろうとも感じます。そう思える役に出合えたのは、得難い経験でした。今は一人でも多くの方に“応為”の存在を知っていただきたい、この作品をお届けしたいと言う思いでいっぱいです。
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● 永瀬正敏(ながせ・まさとし)

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画『ションベン・ライダー』(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89年)、山田洋次監督『息子』(91年)など国内外の100本以上の作品に出演し、数々の賞を受賞。『あん』『パターソン』『光』では、カンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となった。1994~96年の『私立探偵 濱マイク』シリーズ(林海象監督)はその後テレビドラマにもなり今もファンが多い。近年の出演作は『箱男』(24)『国宝』(25)『THE オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ MOVIE』(25)など。10月17日公開の映画『おーい、応為』では葛飾北斎を演じる。また、写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。

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『おーい、応為』

江戸時代を代表する浮世絵師の葛飾北斎(永瀬正敏)の娘であり弟子でもある応為(長澤まさみ)の謎多き人生を北斎との関係において描く時代劇。北斎の娘・お栄は、夫と喧嘩して実家に出戻り、すでに有名な絵師であった父と再び暮らし始める。絵がすべての父の背中を見つめながら、お栄も同じように絵を描き始める。次第に北斎も驚く才能を発揮し絵師として生きる覚悟を決めた彼女に、父は「応為」の名を贈る(いつも「おーい!」と呼んでいることから)。短気で気が強く、煙草がやめられない応為だが、持ち前の画才と豪胆さで男社会を駆け抜けていく。監督は大森立嗣。出演は他に髙橋海人、大谷亮平、篠井英介、奥野瑛太、寺島しのぶ等。
HP/映画『おーい、応為』公式サイト | 10月17日(金)公開

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