2025.09.27
オダギリジョー「ようやく承認要求が手放せて気持ちに余裕が生まれた」
9月26日公開の『THEオリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』で脚本・監督・編集・出演を務めるオダギリジョーさん。俳優にとどまらず、あらゆる立場からクリエイティブを発揮するオダギリさんの頭の中を覗き見します。
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文/飯田帆乃香 写真/大靏 円(昭和基地 ¥50) スタイリング/西村哲也 ヘアメイク/砂原由弥(UMiTOS) 編集/鎌倉ひよこ

警察犬が着ぐるみを着たおじさんにしか見えないという不条理
オダギリジョーさん(以下、オダギリ) この作品はコメディとして、笑いをつくりやすい設定が必要だと考えました。周りからは実力を高く買われている血統の良い警察犬が、パートナーの一平にだけはやる気のないぐうたらなおじさんに見えるというギャップ。オリバーが憎まれ口をたたいても一平にしか聞こえていない不条理性。そういう前提を視聴者のみなさんが自然と受け入れて、エンタメとして楽しんでいただけたのかと思います。

オダギリ そういえば、麻生(久美子)さんが最初にオリバーを見た時、ちゃんとした着ぐるみでびっくりしたと言っていました。パーティーグッズみたいなチープな犬の着ぐるみを想像していたら、ちゃんと僕の体を隅々まで測って制作していたことに驚いたらしくて。そういう作り手の本気度みたいなものが、カッコよさを感じてもらえた要因かもしれません。
── 近年、オダギリさんはアート性に富んだ映画作品に出演されているイメージですが、テレビドラマでエンタメを作りたいと思ったきっかけは?
オダギリ あの頃はコロナ禍で混沌と不安に満ちた世界だったじゃないですか。そういう苦しい状況を少しの時間だけでも忘れられるような、本当にバカバカしいエンタテインメントを作れないかな、と思ったのがきっかけでした。「外出自粛」や「ステイホーム」と言われ家から出れないなか、テレビって本当に生活に根付いているんだと気付かされたんです。それまでは映画中心に活動してきたからこそ、ここで敢えてテレビドラマで勝負するのも面白いと思ったんですよね。だから、正直な話をすると……、コロナが落ち着いた今になってこの作品を映画にする必要はないんですけどね……(苦笑)。

オダギリ 意識して変えたことは特にありません。逆にテレビシリーズの時から劇場で上映しても遜色ないクオリティで作っていたので。ひとつ挙げるとするならば、音響ですかね。今回は劇場の5.1サラウンドで楽しんでいただくために、一つひとつの音の場所や質を考えて設置していったので、テレビで出せなかった音の機微を十分に楽しんでいただけると思います。あとはドラマと同じく自分のこだわりを詰め込んでいるので、今の時代に求められる映画とは逆行しているかも知れませんが、必ず何かを感じ取ってもらえる作品になったと思います。
── オダギリ監督の『ある船頭の話』も、観客それぞれに解釈を持たせる余白を感じました。劇場を出た後に頭の中で咀嚼できるのも映画の醍醐味です。
オダギリ それとやっぱり、映画館という空間でその作品にどっぷりと浸ってほしいです。映像も音も劇場用に作られたものは、テレビやスマホだと伝わるものも伝わりません。

オダギリ そうですね。この作品のスピード感は、それこそ『ある船頭の話』とは真逆に位置するものです(笑)。ただ、音楽と同じように、それぞれに適したテンポがあるので、そこは気をつけています。自分にとって編集は、理想のイメージに近づけていく作業です。撮影の現場では時間に追われたり、どうしても妥協せざるを得ないこともあるので、脚本を書いている時に持っていた理想の形にもう一度組み直す感覚なんです。あと大切にしているのは、観ている人が負担にならないような目線の動きを考慮します。その結果、映画の世界に入り込みやすくなると思います。これは特別勉強したわけではなく、やっていくうちに習得した自分なりの編集術です。
── 19歳でアメリカに留学してメソッド演技法を習得し、芝居も早くから方法論を確立されていたそうですね。
オダギリ 確立したと言うと大袈裟ですが(苦笑)、何事も自分のやり方を見つけることが大切ですよね。教科書に載っていることを丸暗記するのではなく、自分なりに解釈して、自分の方法論を見つけ出すしかないんでしょうね、結局。

オダギリ あ、そうですか? でも確かに、オムニバスのようにも見えますね。『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『コーヒー&シガレット』なども大好きなので、それは光栄です。
── 本作は、キャスティングにもオダギリ監督のこだわりを伺える豪華な顔ぶれです。
オダギリ 自分の大切な作品なので、同業者として尊敬できる俳優だけにお声がけしています。深津(絵里)さんは今作のゲスト主役として絶対に入ってもらいたい人でした。
── 連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で共演したのがきっかけですか?
オダギリ その撮影時にちょうどシーズン2の脚本を書いていたんです。「深津さんだったらこういう時どうします?」みたいに、撮影の合間に相談したりしていたんですね。それを深津さんも楽しんでくれている様子で、やはり物作りに強い興味を持たれているんだなと感じていました。きっと深津さんならオリバーの世界を楽しんでくれると信じつつ、羽衣役は深津さんに当てて書き進めました。出来上がった脚本を「近年稀に見る奇想天外さに魅了された」と仰っていただいたのはうれしかったですね(笑)。

オダギリ これはひとつの例ですが……、オープニングで、クルマの真俯瞰から海を抜け、その先のホテルを見せて、中庭に移動する……というとても複雑なワンカットをドローンで撮影したんです。テクニック的にもタイミング的にも難しく、なかなかうまくいかないんですよ。20テイクを超えてもオッケーにならず、その日は残念ながら諦めたんです。それだけでも「え! 別日にまたやるの?」みたいな話じゃないですか(苦笑)? 改めて別の日にまた挑戦し、結局、30テイク以上撮ったんですかね……。スタッフもキャストも疲弊しますよね。助監督さんの「もう一回行きます!」という声を聞くたびにみんなが辟易しているなかで、深津さんは不満そうな顔ひとつ見せなかったと、池松(壮亮)君が教えてくれました。作品に対する誠意や覚悟を感じますよね。やっぱり、すごい人です。
── 役者以前に人として脱帽します。
オダギリ 終盤の深津さんのシーンは、現場にいた全員が感動していました。今の日本であんなことができる俳優は他にいないと思いますよ。嘘のない本物の表現で人の心を動かす俳優さんです。

オダギリ 振り返ると、若い時からこだわりが強く、それを曲げることも出来ずに多くの人とぶつかったり、困らせたりしたと思います。でも50歳目前にもなると、若い頃に抱えていた承認欲求みたいなものはようやく手放せていることに気付くんです。今までやってきたことがちゃんと認めてもらえているからこそ、こうして脚本、監督、編集まで任せてもらえるようになりました。それは新たなプレッシャーやストレスを抱えることでもあるけど、承認欲求のような焦りはなくなり、気持ちに余裕が生まれたのは事実です。いただいた質問の“カッコいい大人とは”の答えになっていないけど、自分はずいぶん大人になったなと思います。
オダギリ そうですね。周りのカッコいい大人を見ても、せかせか焦っている人はいないですもんね。器が大きく、余裕を持つことこそ、カッコいい大人に必要かもしれません。

● オダギリジョー
1976年生まれ、岡山県出身。2003年、『アカルイミライ』で映画初主演。俳優として数々の映画賞を受賞しながらも、2019年公開の長編監督作『ある船頭の話』は第76回ベネチア国際映画祭ヴェニス·デイズ部門に選出され、監督としても才能を開花させる。同作は他にも第56回アンタルヤ国際映画祭、第24回ケララ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞する。近年は『月』『サタデー·フィクション』、『夏の砂の上』などに出演。『兄を持ち運べるサイズに』が公開を控える。

『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』
オリバーとは、鑑識課警察犬係のハンドラー・青葉一平(池松壮亮)の相棒となる警察犬。難事件を解決する伝説の警察犬・ルドルフの子供で、鑑識課の人間たちからも一目置かれる存在だ。でもなぜか、一平だけには犬の着ぐるみのおじさん(オダギリジョー)に見えてしまう。しかも酒と煙草と女好きという嗜好まみれのおじさんだ。ある日、いつものように任務をこなしていた鑑識課のメンバーの前に、如月県管轄のカリスマハンドラー・羽衣弥生(深津絵里)がやってきた。理由は、スーパーボランティアのコニシさん(佐藤浩市)が如月県で行方不明になったため、捜査協力を求めてきたのだ。コニシさんの目撃情報をもとに海辺のホテルに向かう一平とオリバーと羽衣が巻き込まれる世界とは……!?
公式HP/『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』