2025.10.03
山下美月インタビュー。「霊感はまったくないです。でもお化けや霊的なものって絶対にいると思ってます」
乃木坂46を昨年卒業し、いまは俳優・モデルとして幅広く活動する山下美月さんが、第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原 浩の同名小説を映画化した『火喰鳥を、喰う』に出演。不可解な怪異現象と向き合う難しい役柄に挑戦する山下さんの仕事と日常についての思いを伺いました。
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文/池田鉄平 写真/内田裕介 スタイリング/森田晃嘉 ヘアメイク/猪股真衣子(TRON) 編集/森本 泉(Web LEON)

不可解な怪異現象と向き合う難しい役柄に挑戦して感じたこと、13歳で芸能活動をスタートしてから13年を経た今思う演技の難しさと楽しさについて、仕事や私生活で大切にしていることなどを飾らない言葉で語ってくれました。
26歳で気づいた、“遊び心”のある生き方とは
山下美月さん(以下、山下) ありますね。以前は仕事にのめり込むあまり、自分のことを後回しにしてしまって。実際に体調を崩してしまったこともあって、「このままでは続けられない」と気づいたんです。それからは、きちんとバランスを取ることを意識するようになりました。
いま大切にしているのは“遊び心”です。つい最近まで、それをすっかり忘れてしまっていて。でも、海外に行って誰も自分のことを知らない場所に身を置いた時、「人を笑顔にしたい」「楽しませたい」という原点に戻れたんです。今は、どんな仕事にも少しの“遊び”を持ち込むようにしています。その余白が、自分を自然体に戻してくれる気がしていて。

山下 そうなんです。13歳で芸能活動を始めたころから演技のレッスンは受けていましたが、「自分には向いてないな」とずっと思っていて。アイドルとして活動を始めた時も、お芝居に対する気持ちはそれほど強くありませんでした。
でも、ドラマに出演させていただくようになってから、演じることの楽しさに気づいたんです。誰かを演じることで、自分自身を見つめ直せたり、今まで知らなかった自分の一面に出会えたり。演技を通して成長できる感覚が、とても魅力的に思えるようになりました。
山下 はい、今でも自分の演技を見て「うまくできた」と思うことはほとんどなくて、毎回反省ばかりです。でもだからこそ、常に挑戦できるのかなと。終わりのない仕事だと思えるようになってからは、逆にそれが楽しくなってきました。
日常の感覚を自分に落とし込みたくて満員電車にも乗る
山下 一番大事にしているのは「日常を丁寧に生きること」です。お芝居は日常の延長にあるものだと思うので、自分の暮らしが整っていないとリアリティは出ないなと感じています。
最近はピラティスに通い始めて体を整えたり、スーパーで季節の野菜を選んで「今日は何を作ろうかな」と考える時間がすごく好きです。移動もできるだけ公共交通機関を使って、街の空気や人の気配を感じるようにしています。撮影が続くとスタジオにこもりがちなので、2~3駅くらいなら歩いて帰ることもあります。

山下 そうですね。例えばOLの役を演じる時、それって私にとっては非日常の世界なのですが、通勤の満員電車で揺られている方の感覚をちゃんと自分の中に落とし込みたくて、実際に電車に乗るようにしています。
「髪が崩れちゃうな」とか「汗で服がよれちゃう」とか、そんな小さなことがリアリティに繋がると思っていて。そういう感覚から、役づくりのヒントを得ることが本当に多いですね。
“答え”じゃなく“感覚”で観る映画『火喰鳥を、喰う』に込めた想い
山下 もともと原作小説は読んでいたのですが、それでも最初に台本を読んだ時は、正直「これはどういう物語なのだろう?」と完全には理解できなかったです。映画から初めてこの世界に触れる方はどう感じるのだろう? と、すごく考えさせられました。
私自身、物語の結末には強く衝撃を受けましたが、同時に「正解を求めすぎなくてもいいのではないか」とも思ったんです。私が演じた夕里子という役についても、白黒はっきりさせようとすると逆につまらなくなるような感覚があって。
全部が「イエス」か「ノー」じゃなくて、そのあいだにある“グレー”な部分があってもいい。そんな余白のある作品だと感じました。
── 映画タイトルにもなっている“火喰鳥”は、実際に見たことありますか?
山下 実物はないですね。日本の動物園に数羽いるらしいのですが……。でも、鳥は好きでよく見に行きます。フラミンゴやクジャクも好きで、動物園に行くとついじっくり観察してしまいます。ただ、火喰鳥にはまだ直接会えていないですね。

山下 霊感はまったくないです。お化け屋敷もすごく苦手で……。でも、“空気感”みたいなものはとても大切にしています。
例えば自分が住む部屋を探す時に「なんかここ違うな」と感じたり、バッグを選ぶ時に「これ、毎日使えそう」とピンときたり。理屈じゃなく、肌で感じることを信じるタイプです。
お化けや霊的なものって、私は絶対に「いる」と思っているんです。だからこそ、人や場所が持っている雰囲気や匂いには敏感で、そういう“見えないもの”を大切にしています。
怖くて、言えない。でも、誰かに助けてほしい。揺れる心をどう表現するか
山下 最初にある日記が登場して「他に“誰か”がいるかもしれない」と感じ始めた頃から、夕里子はずっと怯えている状態なんです。怖くて仕方ないけど、誰かに助けてほしい、話を聞いてほしい。でもそれを口に出してしまったら、何かが壊れてしまいそうで──そんな不安を抱えている女性なんですよね。
ただ、そういった恐怖を表に出しすぎると逆に嘘っぽく見えてしまうので、いかに自分の中で“恐れ”を理解し、それを内に秘めたままカメラ越しに伝えるか。そこはすごく意識して演じました。

山下 本木監督とご一緒したのは初めてなのですが、今回の現場は特に密に関われた印象があります。ただ、演出については「こうしてほしい」「ここではこう演じて」といった具体的な指示はほとんどなく、かなり自由に任せていただきました。
私が「今のでよかったですか?」と不安になって聞いても、「うん、今ので良かった」と肯定してくださって。すごく信頼していただいているのだなと感じられて、うれしかったです。
普段は、年齢が近い監督と意見を交わしながら作品を作っていくことが多いのですが、今回は監督のもつ雰囲気が自然と現場全体を包んでいて、とてもアットホームな空気感がありました。泊まり込みに近い撮影スタイルだったので、それも一体感につながったのかもしれません。
水上恒司と宮舘涼太との共演から見えた、役との向き合い方の違い
山下 特に宮舘さんが演じる北斗総一郎というキャラクターが登場してからは、私のセリフがグッと少なくなって、逆に宮舘さんの長台詞が続く場面が多くなったんです。説明的なセリフが多いのに、ほとんど間違えることなくこなされていて、さすがだなと思いました。
水上さんとは今回が初共演だったのですが、現場入りした時からiPadにびっしり書き込みをされていて、その姿がとても印象的でした。私は、読み合わせの段階ではあまり決めすぎずに感覚で入っていくタイプなのですが、水上さんはご自身の中でしっかり準備されていて。お芝居へのアプローチの違いが、すごく刺激になりました。

山下 はい、その感覚は私自身もすごく大切にしていることです。演じながら、「本当に百合子はそう思っていたのかな?」という視点は常に意識していました。特別な力を抑えて“普通”を選ぶことが、彼女にとっての幸せだったのか、それともそう言い聞かせていただけなのか……。
私自身も、芸能の仕事をしていると、ふと現実感が薄れる瞬間があるんです。例えば電車で、自分が出演した作品の広告を見かけると、「これは本当に私なのかな?」と、不思議な気持ちになる。
私にとっての現実は、家に帰ってご飯を作ったり、洗濯をしたりして過ごす時間。一方で、芸能の現場は、どこか“非現実”に感じられることがあります。夕里子が感じていた“境界”は、私自身の中にも確かにあると感じました。
この映画では、そうした「揺れ」や「執着」が、ある種の“愛”として描かれていて。一見ファンタジーのようでいて、実は誰の心にもある、ごく身近なことなのかもしれません。

夢中で走った10年、そしてこれからの“私”
山下 あっという間の年月でした。本当に、ただひたすら夢中で走り続けてきた時間だったと思います。その分、学生時代の友人との時間や、プライベートの余白みたいなものは、あまり持てなかったかもしれません。
でも、芸能の仕事に真剣に向き合ってきたからこそ、「こんな仕事をしたい」「こういう人になりたい」と、自分なりのビジョンが少しずつ見えてきた気がしています。
逆に、「結婚」や「どんな暮らしをしたいか」といった“自分の幸せ”については、あまり深く考えたことがなかったんです。むしろ、そういうことを考えるのは“よくないこと”のように感じていた時期もありました。
でも今は、いろんな経験を経て、少しずつ価値観も変わってきました。「自分の人生をどう生きたいか」という問いに、ちゃんと向き合っていきたいと思えるようになった。それが、今の私です。

山下 「カッコいいことを言おうとしていない人」って、すごくカッコいいなって思うんです。
もちろん、見た目や立ち居振る舞いを整えて“カッコつける”ことも大切だと思うのですが、それだけじゃない。“人間らしさ”が滲み出てこそ、本当の魅力になるんじゃないかなって。
一生懸命に頑張っている人の姿も素敵ですし、少し背伸びしてでも前を向こうとしている姿には、つい応援したくなります。でも私が惹かれるのは、ふとした瞬間に見える“抜け感”や“余白”。そういう自然な表情に、色気や深みが宿っている気がしていて。
だからこそ、飾らず、無理をせず、自然体でいられる人。そんな人こそ、私にとっての「カッコいい大人」だと思います。

● 山下美月(やました・みづき)
1999年7月26日生まれ、東京都出身。2016年に「乃木坂46」の3期生オーディションに合格。俳優業にも取り組み、18年『日日是好日』で映画デビュー。19年「電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-」(テレビ東京)で連続ドラマ初主演を果たした(萩原利久とダブル主演)。24年5月に乃木坂46を卒業。10月3日に『火喰鳥を、喰う』、10月24日には『愚か者の身分』と出演映画2作の公開を控える。10月からの新ドラマ「新東京水上警察」(フジテレビ)にも出演。

『火喰鳥を、喰う』
第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した原浩の同名小説を映画化したミステリーサスペンス。信州のとある村に暮らす久喜雄司(水上恒司)と夕里子(山下美月)の夫婦のもとに、謎めいた日記が届く。それは雄司の祖父の兄で、太平洋戦争末期に戦死したとされる久喜貞市の遺品だった。日記には異様なほどの生への執着が記され、最後のページには「ヒクイドリ、クイタイ」という文字がつづられていた。その日を境に、墓石の損壊や祖父の失踪など、雄司と夕里子のまわりで不可解な出来事が起こり始める。2人は夕里子の大学時代の先輩で、怪異現象に造詣が深い北斗総一郎(宮舘涼太)に、不可解な現象の解明を依頼する。しかし、存在しないはずの過去が現実を侵食していき、彼らはやがて驚愕の真相にたどり着くが……。監督は本木克英。
10月3日全国ロードショー
HP/映画『火喰鳥を、喰う』公式サイト
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