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2025.07.02

諦められた靴が息を吹き返す場所ハドソン靴店・村上 塁が語る継承することの意義と豊かさとは【Part.3】

ハドソン靴店の村上 塁氏のインタビュー3部作の最終回! 直せないといわれたどんな靴にも魔法をかける、いま再注目の職人さんでもありますが大切にしているのはやっぱり想い。これからも多くの靴を直していくであろう村上氏のモチベーションの根源とは。

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写真/トヨダリョウ 文/船寄洋之 編集/渡辺 豪(LEON)

Part.1はコチラ。Part.2はコチラ
ハドソン靴店・村上塁
どんな靴が「名靴」と呼ばれるのか。それは、見た目やブランドにとどまらず、“その先に人の顔が思い浮かぶかどうか”──。靴を通して人生に寄り添い続ける村上さんの言葉から、職人としての信念が静かに浮かび上がります。その思いを胸に、手を動かし続ける理由とは?
ハドソン靴店・村上塁
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“名靴”の条件は、見えない部分に宿る

ハドソン靴店は、年間1000足以上の修理依頼を受けているそうですね。そんな現場を日々見つめている村上さんにとって、特に印象に残っているブランドや靴はありますか? いわゆる“名靴”と呼ばれるようなものの中で。

村上 僕は「このブランドが良いです」といったことは、あえて言わないようにしているんです。それには理由があって、たとえば僕が「イギリスの靴が好きだな」と思ってしまうと、次にイタリアの靴を触った時に、無意識のうちにイギリスっぽく仕上げてしまう可能性がある。特にリビルドなんかでは、それが顕著に。アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、スペイン、そして日本……。国によってそれぞれ雰囲気や特徴が異なるので、何か一つに偏ると、自然と影響が出てしまうんです。だから、特定のブランドに肩入れしないようにしています。
ハドソン靴店・村上塁
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村上 それでも、やっぱり30年、40年と履かれて持ち込まれた靴には、確実に“良さ”がありますね。そんなに長く保つって、本当にすごいことなんです。その靴を手掛けた職人は、目に見えない部分までしっかり考えている。たとえば、接着剤が劣化することを見越して、その上から釘を打ったり、糸をかけたり、片足に40本くらい釘が打たれていることもある。そういう“保険”をかけるような作り方をしている靴は、間違いなく“良い靴”だと思いますね。

── 長く保つ靴には、それを想定した作り手の思想が宿っているんですね。

村上 そうだと思います。僕にとって名靴は、総じて「その先に人の顔を思い浮かべてつくられている靴」かもしれません。たとえば、履く人がちゃんと手入れできるようにとか、将来の修理まで見越してつくられているかどうか。そういう“人ありき”の視点で生まれた靴は、結果的に名靴と呼ばれるようになる。僕たちは実際に靴を解体するから、その“汗水流してきた跡”が見えるんです。一方で、見た目はかっこよくても中身が伴っていない靴もあります。最初は100点でも、いざ直そうとすると修理代が高くて非現実的だったり。そういう靴は、履きつぶして終わりになってしまう。でも、そんなふうにして終わってほしくはないんです。

── 履き手のことまでしっかりと考えられた靴は、名靴になりうるわけですね。あまり知られていない靴でも、名靴と感じられることもありますか?
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村上 それは、ありますね。「新婚旅行で海外に行って、たまたま路面店で買った無名の靴なんです」と言われて修理依頼された靴でも、実際に修理してみると革も良いし、作りも丁寧。名前は知られていなくても、職人の思いやプライドが詰まっている靴って、職人目線で見ると“名靴”なんです。メジャーかどうかではなく、ちゃんと“魂”がこもっているかどうか。それが大事なんだと思います。

靴修理も同じです。僕が最終的に理想としているのは、100年後に誰かが僕の直した靴を見て、「名前も聞いたことのない職人だけど、いい仕事してるな」って思ってもらえること。
それが、僕にとっては一番うれしいことだし、もうそれだけで十分かもしません。
ハドソン靴店・村上塁
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満足しないことが、技術を進化させる

── ハドソン靴店を継いでもうすぐ15年になりますが、改めてご自身の中で見えてきた“自分らしさ”とは?

村上 学生の頃から、僕はちょっと変わっていて。たとえば数学の授業で「テストでは第1章〜第3章まで出す」と言われた時、多くの人は点が取れそうなところを重点的にやるじゃないですか。でも僕は、第1章がわからないとどうしても先に進めなかったんです。とにかく納得するまで理解したいというか。だから先生にも「他のところをやりなさい」って言われるんですけど、無理なんですよね(笑)。当時は、そんな性格を短所だと思っていました。

でも、大人になって、仕事で靴を扱うようになってからは、逆にそれがすごく役立ってると感じます。わからないことをそのままにしないで、とことん突き詰める。たぶん、それが今の仕事に自然に現れているんじゃないかと思うんです。たとえば、うちで使っているエッジ(靴底の側面にあるソールの縁の部分)用インク『HUT』なんかも、まさにその延長です。
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ハドソン靴店・村上塁
村上 これはすべてオリジナルで、10年以上かけて開発したもの。明治時代から続くインクメーカーの社長と一緒に試行錯誤を重ねて、今では100種類以上あります。ブランドによって、求められる色味やツヤ感が全然違うので、市販品ではどうしても限界があるんです。なければ、つくるしかない。

要は、僕にとって、既製品をそのまま使うだけでは、その前段階にある“第1章”が抜け落ちた状態なんです。だからこそ、自分でつくってみることで、ようやく本当に理解できるし、手応えや納得感も得られる。機械や工具、靴紐ひとつにしても、ほとんどがうちの特注品です。すべては「自分が納得できるかどうか」なんですよね。
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── そのこだわりが、仕事の隅々にまで生きているんですね。

村上 そういう意味では、自分はいまだに“第1章”を理解している途中だと思ってます。以前、関さんに、「満足している道具ってありますか?」って聞いたことがあるんです。そうしたら、「ゴリンゴテっていうこの道具1本だけは完成したと言える」って。でも、それ以外は納得してないし、「自分は未熟なまま引退する」とも話していた。

関さんって、本当にレジェンド級の職人なんですよ。そんな人がそう言うんだって、すごく衝撃でした。僕なんかが「完成した」なんて絶対に言えないし、むしろ「満足しない」っていうスタンスこそ、職人として一番かっこいいなと思いますね。

心が動く瞬間のために、手を動かし続ける

ハドソン靴店・村上塁
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── そうした職人としての姿勢を大切にしながら、村上さんが「この仕事をやっていてよかった」と感じるのは、どんな時ですか?

村上 やっぱり、修理を終えた靴をお渡しする瞬間ですね。「やっと帰ってきてくれた」とか、「これ履いて出社するのが楽しみです」なんて言ってもらえると、本当にうれしいです。試し履きをしながら、「そうそう、これこれ。この履き心地だよね」とか「この間、新しい靴を買ったけど、やっぱり全然違う」とか、「この馴染んでる感じがいいんだよ」とか言ってもらえると、もう最高の気分です。

── まさに、すべてが報われるような瞬間ですね。

村上 結局、お客さんがハッピーで、僕もその笑顔を見られてハッピーになれる。そこに悪意なんてひとつも存在しないんです。そんなふうに、心が温かくなるような瞬間があって、それがこの仕事の醍醐味だと思っています。今回、こうして取材していただいていますが、僕は自分の仕事が特別だとはまったく思っていません。どの業界でも、本気で頑張っている人は、みんな同じだと思っています。

自分の仕事で誰かが喜んでくれて、その姿を見て自分も幸せな気持ちになれる。そうやって心が豊かになっていく。それが、自分にできることなんだと思うんです。
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逆に言えば、僕はそれでしか人の役に立てないと思っています。だからこそ、自分の仕事で誰かを幸せにしたい。謙虚にお客さまの声に耳を傾けて、技術を磨き続けること。そして、どんな依頼が来ても「できません」と言わずに済むよう、常に準備しておくこと。それが、僕がこれからも大切にしていきたい、“職人としての生き方”なんだと思います。
ハドソン靴店・村上塁

● 村上 塁

1982年、神奈川県横浜市生まれ。テレビで見たオーダー靴職人に憧れて大学を中退し、靴の専門学校に入学。その後、靴職人・佐藤正利氏や関 信義氏に師事し、靴メーカーでの実務経験も積む。2011年、佐藤氏の逝去に伴いハドソン靴店の2代目店主に。製造で培った高い技術を活かし、他店では断られるような特別な修理や難しい依頼を引き受ける。思い出の詰まった靴や形見の靴など、大切な一足を丁寧に蘇らせる技術と真摯な姿勢が評判を呼び、全国から依頼が殺到。海外から注文が届く。現在、年間1000足以上を手がける日本屈指の靴修理職人として、高い信頼を集めている。

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