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2025.07.01

諦められた靴が息を吹き返す場所ハドソン靴店・村上 塁が語る継承することの意義と豊かさとは【Part.2】

全国から、修理を諦められた靴が集まる「ハドソン靴店」。リペアするとひとえにいってもその靴に刻まれてきた跡、その履き主だけの特徴は残したまま新たに命を宿していく。顧客にとって、何が大切なのかを見極める──時に大胆に、時に繊細に。靴職人、村上 塁氏は他人の靴にどう向き合うのか、倹約ではなく“贅沢”な修理のその根底をうかがったインタビュー第二弾です。

CREDIT :

写真/トヨダリョウ 文/船寄洋之 編集/渡辺 豪(LEON)

Part.1はコチラ
ハドソン靴店・村上塁
遠く離れた国から届く、一足の古い靴。その革に刻まれたシワや傷は、持ち主の歩んできた日々の記憶そのもの。見た目を整えるだけでなく、そこに込められた想いごと修復する──そんな営みを通して、村上さんが見つめているものとは?
ハドソン靴店・村上塁
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対話から始まる、“もう一度”の歩み

── ハドソン靴店では、壊れた部分を元に戻す「リペア」だけでなく、靴の構造や履き心地、さらには外観の“あり方”にまで踏み込む「リビルド」も多く手がけていると伺いました。リビルドは、いわば靴の大規模な再構築とも言えるだけに、非常に繊細な判断が求められるのではないでしょうか。

村上 確かにそうですね。リペアはあくまで“現状復帰”。壊れた部分を直して、元の状態に戻すという感覚です。一方で、リビルドは“再生”。もっと踏み込んだ工程で、持ち主の思いや、靴に刻まれた時間をどう残していくかを考えながら進めます。たとえば、靴に刻まれたシワや色ムラは、人によっては“汚れ”に見えるかもしれません。でもそれって、“味”でもあり、“人生の証”でもある。「この傷は絶対に消さないでください」って言われたこともよくありますね。それが転んだ時についた傷だったり、大切な時期をともに過ごした記憶だったりするんです。
ハドソン靴店・村上塁
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村上 とはいえ、お客さま自身が「ここは触ってほしくない」とか「ここは直してほしい」と、はっきり言ってくれるとは限らない。だから、こちらから丁寧に引き出していく必要があります。その対話がないと、リビルドは成立しないですからね。通常のリペアは、かかとの修理やソールの一部の交換といった、パーツ単位の作業にとどまりますが、リビルドは“その人の靴をどう復元するか”という、ある意味で感性の仕事。だからこそ、リビルドの仕事って、9割9分が接客なんです。

── それくらい、対話が重要だと。

村上 技術は、毎日手を動かしていれば必ず上達します。「縫うの上手いですね」って言われても、それはプロ野球選手に「素振りがうまいですね」と言っているのと同じこと。それよりも大事なのは、“その靴の先に人がいる”ということを忘れないことです。その人の人生や思い出を汲み取って、自分たちのフィルターを通して、靴を復元していく。それが僕たちの仕事だと考えています。

海を越えて、物語ごと届く──多様な靴、多様な人生

── 日本だけでなく、海外からの修理依頼もあるそうですね。

村上 よく、ありますね。たとえばこの靴は、アメリカから持ち込まれたもので、約1940年代、80年前の一足です。もともとは、お客さまのお父さまのおじさんが履いていたものですね。
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ハドソン靴店・村上塁
村上 今はお父さんが受け継いで履いていて、いずれは息子さんが譲り受ける予定みたいです。お父さんがすごく大切にされている靴で、息子さんがその思いを汲んで、誕生日プレゼントとして修理を依頼してくれました。たぶん、修理費だけで靴が何足か買えるくらいの金額にはなっていると思いますけど、それくらい思い入れがあるのだと思います。
ハドソン靴店・村上塁
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村上 先日も、ニューヨークからご夫婦がいらっしゃいました。ご主人が日系アメリカ人で、『NHK WORLD-JAPAN』でうちの特集をご覧になったそうで、「浅草の次にここに来ました!」って(笑)。いやいや……恐縮です、という感じでしたけど。その時、「アメリカには君のやってるような修理はないんだ」と言っていただいたのが印象的で。

なんでも、アメリカはあれだけ広い国なのに、技術的に難しい修理ができる職人がほとんどいないらしいんです。イギリスやスペインなどヨーロッパからの依頼もありますが、向こうではメーカーのラインに立つ職人が“花形”とされていて、修理の現場が必ずしも同じような環境や経験値にあるわけとは限らない。だから、全体として仕上がりの質に差が出やすいようです。

── 国によって、想像以上に違いがあるんですね……。ところで、お話を伺いながら、あちらの長靴(ちょうか)もかなり気になりました。
ハドソン靴店・村上塁
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村上 これは当時の軍靴で、騎馬隊の将校が履いていたものです。お客さまの祖父のお兄さん、つまり大叔父さまが履いていたもので、それを譲り受けたお客さまから「バイク用にしたい」とのご依頼をいただきました。昔の革底には鉄が打ち込まれていて減りにくい構造でしたが、ソールをゴムに替えるなどして、現代仕様に調整していきます。

また、このお客さまは、「ここが当たって少し痛い」とおっしゃる一方で、「この傷は当時履いていた証だから、絶対に触らないでほしい」とも希望をいただいたので、外側には一切手を加えず、内側からカンガルー革を当てる予定です。
ハドソン靴店・村上塁
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村上 カンガルーの革って、動物の革の中でも最も強くて、それでいて薄いんです。昔はサッカーの高級スパイクなどにもよく使われていましたね。革にもさまざまな特性があるので、用途に合わせた選び方が大切なんです。たとえば、豚や馬の革は裂けやすいですし、牛革は厚みがあってデリケートな箇所には不向き。だからこそ、カンガルー革のように“性能と繊細さ”のバランスが取れた素材を選んで使っています。そういった部位や用途に応じた“目利き”も、職人にとって欠かせない要素ですね。

“味のある靴”は日々の手入れから生まれる

── 村上さんは靴を修理する際、「寿命」と「延命」をどのように見極めていらっしゃるのでしょうか。「これはもうお手上げだな」と感じるような靴も、やはりあるのではないかと思いまして。

村上 うちは、修理をおすすめしないケースも多いんです。特にアッパー(靴の上部分)がダメになってる場合。アッパーって、メンテナンス次第で持ちが全然違うんです。車で言うと、ちゃんと洗車してワックスかけてる人と、野ざらしにしてる人の10年後の姿が違うのと同じです。
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ハドソン靴店・村上塁
村上 よくこの靴には“味がある”って言いますよね。でもそれは、ちゃんと手入れしてきた靴だからこそ深みとして現れるんです。 “味”はガシガシ履いていれば出るものじゃない。むしろオイルを入れたり、磨いたりしてる人の靴の方が“かっこいい味”になる。ですので、これまでメンテナンスをされてこなかった靴をお持ちいただいたお客さまには、なぜおすすめできないのかを丁寧にご説明したうえで、「どうされたいか」を伺うようにしています。

—— 修理にも“見極め”が必要だということがよくわかります。

村上 うちは見た目だけ直して、後は知らない”みたいな修理はしたくないんです。ちゃんとお客さまの将来まで考えて提案したい。そのために、うちではオールソール(靴底の全交換)をされた方に、1年間の靴磨き無料券をお渡ししています。これがあると、「半年経ってちょっとここが痛いんだけど」とか、言いやすいんですよね。そういう小さな声が拾える環境を作ることで、靴も人も、より長く良い関係が保てると思っています。
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ハドソン靴店・村上塁

● 村上 塁

1982年、神奈川県横浜市生まれ。テレビで見たオーダー靴職人に憧れて大学を中退し、靴の専門学校に入学。その後、靴職人・佐藤正利氏や関 信義氏に師事し、靴メーカーでの実務経験も積む。2011年、佐藤氏の逝去に伴いハドソン靴店の2代目店主に。製造で培った高い技術を活かし、他店では断られるような特別な修理や難しい依頼を引き受ける。思い出の詰まった靴や形見の靴など、大切な一足を丁寧に蘇らせる技術と真摯な姿勢が評判を呼び、全国から依頼が殺到。海外から注文が届く。現在、年間1000足以上を手がける日本屈指の靴修理職人として、高い信頼を集めている。

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