2026.03.27
【第43回】
絞めたばかりの新鮮な豚の血を固めた神聖なソーセージ「サングイナッチョ」に向けるイタリア人の嫌悪と快楽とは?
イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。
BY :
- 文/マッシ
- CREDIT :
写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)
血特有の鉄分を含んだ野生的な香りと、とろけるような脂の甘み
「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが、今回はトスカーナの冬の郷土料理「サングイナッチョ」についてお話しします。
イタリアは美しい。ルネサンスの遺した壮麗な建築や、太陽の光を浴びて輝く地中海、そして、洗練されたファッション。でも、その華やかな舞台裏には、僕たちイタリア人でさえも「正気か?」と身を震わせるような、漆黒の文化が広がっている。
みなさんは、トスカーナ地方の伝統料理「サングイナッチョ(Sanguinaccio)」をご存知だろうか。その語源は「Sangue(血)」にある。文字通り、屠畜したばかりの豚から得られる新鮮な血に、背脂、スパイス、そして時にはレーズンや松の実を加えて固めたものだ。
想像してみてほしい。冬の冷え切ったトスカーナの農村。湯気を立てるほど新鮮な、どろりとした血が、熟練の職人の手によって漆黒の塊へと姿を変えていく光景を。これは、トスカーナで厳しい冬を越すための、そして命を余すことなく使い切るという神聖な儀式なんだ。
見た目は、まるで濃厚なガトーショコラのように重厚。でも、ひと口かじれば、その印象は裏切られる。血特有の鉄分を含んだ野生的な香りと、とろけるような脂の甘み。そこにレーズンの酸味と松の実の香ばしさが加わることで、まるで熟成されたヴィンテージワインのような深みと、禁断の果実をかじった時のような後ろめたさが重なり合う。

▲ イタリア、トスカーナ現地で撮ったサングイナッチョ。一般的なサラミに見えるけど血も混ざっているので色が濃い。
大人の男だけが許された秘密の愉しみ?
このサングイナッチョを語る時、僕はどうしても、今は亡き父と、健在な母の対照的な姿を思い出さずにはいられない。冬の朝、父が馴染みの肉屋から「いいのが入ったぞ」と新聞紙に包まれた黒い塊を持ち帰ってくる。それは我が家の冬の風物詩だった。父は嬉々としてキッチンに立ち、それを厚めにスライスしてフライパンに並べる。ジリジリと脂が溶け出す音とともに、なんとも言えない重厚な、鉄分とスパイスの混ざり合った香りが家中に広がった。
「マッシ、これが本当の力だ。男ならこれを食べなきゃいけない」と、父は焼きたてのサングイナッチョを厚切りのパンに乗せ、トスカーナの力強い赤ワインを片手に、恍惚とした表情でそれを頬張っていた。その姿は、子供の目には何か「大人の男だけが許された秘密の愉しみ」に耽っているように見えた。

▲ イタリアでは生の豚肉もよく食べられる 。 。
「至高の贅沢」であり「忌むべき異物」
一方で、僕の母はというと、その匂いが漂い始めた瞬間、顔を歪めて窓を全開にするのが常だった。「ああ、なんて気持ち悪いの! あなた、その血の塊をあっちに持っていって!」。母は信心深く料理にも厳格な人だけど、サングイナッチョだけは「食べ物」として認識することを拒否していた。「あんなの、悪魔の食べ物。人間が食べるものじゃない!」と叫ぶ母を気にも留めない様子で、幸せそうにサングイナッチョとワインを楽しむ父の笑顔をいまだに忘れられない。
同じ屋根の下で、一方は「至高の贅沢」として崇め、もう一方は「忌むべき異物」として顔を背ける。イタリアの食文化の奥深さは、こうした身近な「愛と嫌悪」の中にも息づいているんだ。
なぜ、これほどまでに強烈な食べ物が生まれたのか。その背景には、イタリアが誇る「クチーナ・ポーヴェラ(庶民の知恵の料理)」の精神がある。

▲ 豚肉のソーセージを焼かずに、オリーブオイルをかけたパンと一緒に生で食べる 。
命を丸ごと引き受けるという、誠実な行為
かつての農村において、豚は家族の財産そのものだった。年に一度、豚を屠畜する日は「祝祭」であり「戦い」でもあった。イタリア人はその日、豚の鳴き声以外、すべてを使い切る。肉は塩漬けにして生ハムに、内臓は煮込みに、そして鮮度が命の血は、凝固する前にサングイナッチョへと昇華させた。
日本にも「もったいない」という美しい言葉があるけど、イタリア人の「もったいない」は、より情熱的で、執着に近い。血の一滴すら無駄にせず、いかに美味しく、いかに人生を彩るひと皿に変えるか。その執念が、この漆黒のソーセージを生んだ。もし血を捨ててしまえば、それは命に対する冒涜になる。父にとってサングイナッチョを食べることは、命を丸ごと引き受けるという、誠実な行為だったのかもしれない。
日本にもレバーやモツを好む文化があるけど、直接的に「血」を主役として食べる習慣はあまり馴染みがないかもしれない。だからこそ、サングイナッチョは日本の読者にとって、未知の扉を開く鍵になるはずだ。

▲ フォカッチャに挟んだりパンに載せたりと、生豚肉中心のメニューもある 。
漆黒の深淵を覗き込む勇気はあるか
一見すると、グロテスクに思えるだろう。母がそうだったように、生理的な拒絶反応を起こす人もいるはずだ。でも、その「嫌悪感」のすぐ裏側には、「快楽」が潜んでいる。
高級なイタリアンレストランで、美しく盛り付けられたパスタを食べるのもいい。だけど、もし読者のみなさんが真のイタリアを知りたいと願うなら、一度はこの「黒い誘惑」に身を投じてみてほしい。トスカーナの田舎町の古びたトラットリアで、あるいは市場の片隅で。サングイナッチョを口に含んだ瞬間、感じるはずだ。2000年以上の歴史の中で、イタリア人が何を愛し、何を恐れ、何に命を懸けてきたのかを。
僕の父がそうだったように、みなさんもその濃厚な「血」の虜になり、二度と「普通の食事」では満足できなくなるかもしれない。だけど、それこそが旅の、そして人生の醍醐味ではないか。父の次は、みなさんの番だ。この漆黒の深淵を覗き込む勇気はあるだろうか。

● マッシ
本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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