2026.01.09
【第38回】
伝統と情熱を重んじるイタリア人が効率の象徴である「コンビニのおにぎり」に心を奪われてしまう理由
イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。
- CREDIT :
写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)
「コンビニのおにぎり」の三層構造パッケージの中では時が止まっている⁉
「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが、今回は日本の「コンビニのおにぎり」についてお話しします。

日本での生活も気づけば20年近く。僕の体にはもう、上質なパスタと同じくらい日本の「米」の旨味が染み込んでいる。石川県の美しい水で育った米を味わうたび、僕は日本の食文化の深さに溜息をつく。だけど、今回語りたいのは高級料亭の土鍋ご飯ではない。きっと、読者のみなさんも目にしている、あのコンビニの棚に並ぶ「三角形の宝石」のおにぎりについてだ。
イタリア人にとって「食」とは、ただの栄養補給の手段ではなく、家族や友人と愛を語らい、自分たちが何者であるかを証明するための儀式だ。そんな伝統と情熱を重んじるイタリア人が、なぜ効率の象徴であるコンビニのおにぎりに、これほどまで心を奪われてしまうのか。その理由を語りたいと思う。

まず、イタリア人、特に北部出身者にとって、米という食材がいかに高貴なものであるかを理解してほしい。リゾットを完璧なアルデンテに仕上げるためには、火加減、スープを注ぐタイミング、そして何より、鍋の前から一歩も離れずにかき混ぜ続けるという忍耐が必要だ。米を調理することは、イタリア人にとって「愛」そのものなんだ。
初めて日本のコンビニでおにぎりを手にした時の衝撃は、今でも忘れられない。まず驚いたのは、あの「音」だ。フィルムを引いた瞬間に響く、パリッという乾いた高音。それは、最高級のリストランテで供される、揚げたてのフリットと同じ鮮度の音だった。
イタリア人の友人は目を丸くしてこう言った。
「マッシ、この音を聞いてくれ! 工場で作られ、トラックで運ばれてきたはずなのに、この三角形の中では時が止まっていたの?」
あの三層構造のパッケージは、湿気という宿敵から、米の甘みと海苔の香りを守り抜くために設計された鎧なんだ! 冷めていても粒立ちが良く、噛み締めるほどに増す甘み。イタリアのリゾットとは違う、米の新しいポテンシャルを発見した。

徹底してドライな日本のコンビニは、現代社会の最も贅沢な孤独の楽しみ方だ
次にイタリア人を狂わせるのが、おにぎり内部に隠された具材だ。読者のみなさん、想像してみてほしい。「明太子」や「いくら」をおにぎりに包むという発想がいかに刺激的かを。
イタリア人の舌は、明太子やいくらの具材を「ボッタルガ(カラスミ)」や「キャビア」として翻訳してしまう。おにぎりをひと口かじれば、日本のお茶の間ではなく、地中海の海岸線で味わう潮風の記憶が呼び覚まされる。日本の伝統的な保存食の知恵が、イタリア人のDNAに刻まれた美食の記憶を蘇らせるんだ。まさしく、国境を超えたマリアージュだ!
イタリアの街角には、必ず「バール」がある。そこは孤独を癒やし、自分をリセットするための場所だ。でも、イタリアのバールは店主や常連との会話が不可欠なウェットな空間。時にはその濃密な人間関係に、少しだけ疲れを感じる夜もある。
一方、日本のコンビニは徹底してドライだ。だけど、その空間の中には、信じられないほどの優しさが満ちている。入店した瞬間の完璧な温度管理、計算し尽くされた照明、そしてレジでの流れるような作業。僕はそこに、イタリアのバールにはない、大人のための自由を感じる。誰にも干渉されず、最高水準の食材を自分の手で選び取る。これは、現代社会の最も贅沢な孤独の楽しみ方じゃないかと思わざるを得ない。

一切の無駄を削ぎ落とした三角形という完璧な形の中にイタリアが誇る職人の魂を感じ取る
さらに、僕らイタリア人は普段、提供されたものをそのまま食べるだけでは満足しない。既製品に自分の美学を詰め込んでこそ、真の遊び人だ。
ある夜、イタリアから遊びに来た友人が、ホテルの部屋でおにぎりを解体する瞬間に立ち会った。彼は海苔を別皿に移して米を軽くほぐし、なんとそこに、彼が地元から持参した最高級のエクストラ・バージン・オリーブオイルを数滴垂らして挽きたての黒胡椒をパラリ。「見てよ、マッシ。これでこのおにぎりは、最高の『冷製米のサラダ(Insalata di riso)』に生まれ変わったよ」彼はそう言って、おにぎりと一緒に買ったプレミアムなビールを喉に流し込んだ。僕はその一連の行動を、目を細めながらなんとも言えない気持ちで見ていたのだった。
イタリア人がおにぎりに強く惹かれるのは、それが僕たちにとってのミニマリズムだからだ。一切の無駄を削ぎ落とし、三角形という完璧な形の中に、歴史と技術、そして素材への敬意を封じ込める。そのストイックな姿に、僕たちはイタリアが誇る職人の魂を感じ取る。
もし読者のみなさんが、コンビニの袋を大事そうに持つイタリア人を見かけたら、そっと微笑んで見守ってほしい。その人は今、24時間営業の聖域で見つけた「三角形の宝物」を囲んで、自分だけの小さな祭典を開こうとしているんだ。たった150円に宇宙ほどの感動を見つける。そんなピュアな好奇心を持ち続けることこそが、毎日を輝かせる秘訣なんだよ。

● マッシ
本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
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