• TOP
  • LIFESTYLE
  • イタリア人はなぜ、まったく知らない人にも元気よく挨拶するのか?

2025.11.14

【第34回】

イタリア人はなぜ、まったく知らない人にも元気よく挨拶するのか?

イタリア生まれのフード&ライフスタイルライター、マッシさん。世界が急速に繋がって、広い視野が求められるこの時代に、日本人とはちょっと違う視点で日本と世界の食に関する文化や習慣、メニューなどについて考える連載です。

BY :

文/マッシ
CREDIT :

写真/スガイ マッシミリアーノ 編集/森本 泉(Web LEON)

日本のコンビニで店員さんに大声で挨拶したら珍客扱い⁉

「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)でおなじみのマッシさんが、今回はイタリア人と日本人の挨拶の違いについてお話しします。
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
イタリアでの朝は、いつも少し賑やかすぎる。近所のバールに足を踏み入れた瞬間、「チャオ!マッシ!」と店員が大声で迎えてくれる。その声のボリュームたるや、まるで彼の家のリビングに上がり込んだかのよう。そして、お決まりのように、僕の後ろに並んでいた、おそらく80代くらいのおばあさんが、レジ越しに僕に話しかけてくるんだ。「チャオ、ボンジョルノ! 素敵なエスプレッソを!」と。まだコーヒーは抽出機にすら入っていないけど、この時点で、僕の気分はすでに太陽の光のようにポカポカと温かい。この「あなたがいることを認識しているよ!」というポジティブな熱量が、イタリアの朝のエネルギーだ。
ところが、日本に帰国して同じテンションでコンビニのレジに立ち、「おはようございます!」と元気よく言ってみると、どうなるか? レジの店員さんは、一瞬、目が点になって、その後で「あ、お、おはようございます……」と、まるで僕の方が何か珍しいことをしたかのように、戸惑いの表情を浮かべる。お客さんの側から先に、しかもあんなに大声で挨拶するなんて、日本では少々「珍客」扱いだ。この、エスプレッソ一杯分の時間で経験する反応の違いこそ、まさに「文化の差」そのものなんだ。
PAGE 2
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
日本の挨拶は、どちらかというと「関係の確認」の儀式に近いと感じる。一度、人間関係が確立した相手には、もちろん丁重に挨拶をする。だけど、まったく知らない他人にいきなり声をかけるのは、極めて稀だ。「不審に思われたらどうしよう」「相手の迷惑にならないかな」と、まず相手の心の中を想像する、この「相手を気遣う」精神は、日本の美しい美徳だ。

でも、同時にこれは、ある種の物理的・心理的な距離を生みやすい。東京在住の友達は、最近引っ越した新築マンションで、半年経っても隣人の顔をまともに見たことがないという。「たまに廊下ですれ違うんだけど、向こうもイヤホンをしていて会釈するタイミングが掴めない」と苦笑いしていた。ひと昔前は「おすそ分け文化」や「町内会の掃除」で、半ば強制的に「挨拶の接点」が生まれていたそう。しかし、いまは玄関ドア一枚が、隣人との間にそびえ立つ大きな壁になってしまったのかもしれない。
PAGE 3
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
だけど、「壁」があるからといって、日本人が冷たいわけではない。

日本人は、一度「ここまではOK」のラインを越えて打ち解けると、距離が一気に縮まる。職場でも、部署の飲み会や研修を経てから急にフランクになる人は多い。友人になれば、それはとても深く、長く続く関係性になるよね? つまり、日本人の人間関係は「ゆっくり始まり、濃く深く続く」タイプ。まるで熟成された日本酒のようなものだ。

一方、イタリアでは、挨拶はまさしく「人間関係のスタートボタン」だ。とにかく誰にでも、脈絡なく話しかける。トリノでバス停で待っていた時のこと。隣に立っていた、ひげを蓄えたご機嫌そうなおじさんが突然、僕の肩をポンと叩き、「今日の天気は最高だね! こんな日は仕事なんてしてる場合じゃない!」と声をかけてきた。
僕が笑顔で「そうですね! 本当に気持ちがいいですね」と返すと、そこからが長かった。おじさんは、自分の故郷の美しい村の話、孫のサッカーの話、そして「政府の政治家はみんなロクでもない」という、イタリア人の鉄板ネタまで、立て板に水のように5分間しゃべり続けた。僕は彼の名前すら知らない。にもかかわらず、会話の最後は「Ci vediamo!(また会おうね!)」で別れる。この一期一会の社交的おしゃべりこそが、イタリアの日常風景を作り上げているんだ。
PAGE 4
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
またある日、僕が初めてローマに行った時、カフェで立ち飲みをしていると、隣の紳士が突然、エスプレッソを飲み干しながら、こう言ってきた。「君、観光客だね? アクセントでピエモンテ人でしょう? ワインとチョコレートは美味しいよね?」次の瞬間、彼はスマホの写真を見せながら、「見てくれ! これはピエモンテ旅行をした時のワイナリー」とうれしそうに語る。そして、僕の返事を待たずに、彼は去り際に、最高の笑顔で言ったのだ。「Ciao amico!(じゃあね、友よ)」。
会話時間、およそ2分半。だけど不思議と、僕の心には温かい余韻が残った。イタリアでは、こうした軽い挨拶やひと言の会話が「自分は敵じゃないよ」「あなたに好意を持っていますよ」という、シンプルなメッセージになる。歴史的に多様な民族が共存してきた土地だからこそ、まず「安心のサイン」を言葉で示すことが重要だったのだろう。イタリアの「挨拶文化」は、そのまま社会の多様性を反映した、安全装置として機能している。
PAGE 5
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
日本の「沈黙の安心」とイタリアの「声の安心」だ。この日伊の違いは、単に国民性の問題ではない気がする。それは社会の成り立ちと歴史に深く関係している。日本は長く単一民族社会であり、「空気を読む」ことで、言葉を交わさずとも通じ合う文化を築いてきた。挨拶をしなくても、「この人は隣人で、敵ではない」と暗黙の了解で分かる社会だったのだ。これが「沈黙の安心」だ。

一方で、イタリアをはじめとする欧州諸国は、古来より他民族が共に暮らしてきた歴史をもつ。肌の色も、宗教も、言語も異なる人々が共存する中では、「沈黙」は、時に不安や不信のサインになりかねない。だからこそ、まずは笑顔と声で「私はあなたの仲間ですよ。少なくとも敵ではありません」と伝える。これが「声の安心」であり、イタリアの挨拶文化の根源にある。
今の日本も、確実に変わり始めている。街には外国人観光客があふれ、コンビニや飲食店でも多国籍なスタッフが働いている。多様な文化が混ざり合う現代に、「無言の安心」だけでは、時に誤解やすれ違いを生んでしまうこともある。むしろ「こんにちは」とひと言添えることで、相手に確かな安心を与えられる時代になった。
PAGE 6
massi   マッシ 思考する食欲 イタリア イタメシ
金沢市内で外国人の親子とすれ違った時、3歳くらいの小さな女の子が、僕に向かって満面の笑顔で「Hello!」と手を振ってきた。とっさに僕も「Ciao!」と返したら、そのお父さんが、深く頷いて「Thank you!」と笑顔で言った。ほんの数秒の出来事だったけど、不思議と心が温かくなった。あの瞬間、国も文化も違う人たちと、ほんの少し、同じ世界の橋を共有できた気がした。
日本の「控えめな距離感」も、イタリアの「オープンな社交性」も、それぞれの社会が長い時間をかけて育てた美しい形だ。これからの日本が、より多様な人々と共に生きる社会を目指すなら、もう少しだけ「Ciaoの精神」、つまり「私は敵じゃないよ」というオープンな姿勢を、挨拶に込めてもいいのかもしれない。

たったひと言の挨拶が、人と人との間に温かい橋をかける。そしてその橋の向こうには、ちょっと笑えて、少し温かい、確実に広がる新しい世界が待っているはずだ。
PAGE 7
マッシ massi   webLEON イタリア人 思考する食欲

● マッシ  

本名はスガイ マッシミリアーノ。1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は145万PV達成。
公式X

こちらの記事もいかがですか?

PAGE 8

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

登録無料! 買えるLEONの最新ニュースとイベント情報がメールで届く! 公式メルマガ

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        イタリア人はなぜ、まったく知らない人にも元気よく挨拶するのか? | ライフスタイル | LEON レオン オフィシャルWebサイト