2020.05.06

vol.02

【後編】スピルバーグよ、おまえは俺だ!

新型コロナウイルスの影響で美女との連載対談が中断中の作家・樋口毅宏さん、実は各誌で映画評を連載するほどの映画マニアなのです。そこでおウチ時間を楽しむ参考にと、思い入れのある監督や作品についてのエッセーを寄稿していただくことに。今回はスティーヴン・スピルバーグ監督について。

CREDIT :

文/樋口毅宏 イラスト/ゴトウイサク

映画好きで知られる作家・樋口毅宏さんが新型コロナによる「ステイ・ホーム」を楽しむ参考にと、思い入れのある監督や作品についてのエッセーを寄稿してくれました。第1回のテーマはスティーヴン・スピルバーグ監督。今回はその後編です。【前編】はこちら。

『プライベート・ライアン』はその後の戦争映画の描写を一変させた

■1991年
『フック』
スピルバーグ初の豪華スター俳優陣。渋谷の劇場でダイヤルQ2で知り合った女の子と見た。スピルバーグが親になり、ピーターパンと自らを重ねた本作。「子どもと遊んであげられる時間は今しかないのよ!」と、ロビン・ウィリアムズが奥さんから言われるシーンに当時20歳の僕は失笑したが、親になった今はよくわかる。

■1993年
『ジュラシック・パーク』
今見るとちゃちい。

『シンドラーのリスト』
遂に念願のアカデミー作品賞獲得。週刊文春でおすぎが、アカデミー賞欲しさにインタビューのたび泣いてみせるスピルバーグを批判していたなあ。「人物描くのヘタ」とも。しかし頭を撃ち抜かれて死ぬ人の倒れ方の描写の凄さよ。

■1997年
『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』
なんでこんな意味のない続編撮ったんですかね。

『アミスタッド』
アカデミーの夢もう一度と願うも空振り。

■1998年
『プライベート・ライアン』
キター! ストーリー的には実はたいしたことないんだけど、その後の戦争映画の描写を一変させた記念碑的革命作。これ以前の戦争映画、みんな眠くなった。オープニングのノルマンディー上陸作戦で、兵士が自分の吹き飛んだ腕を持って突き進むシーンに、モンティ・パイソンにたとえる評論家を散見したね。
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心の底からつまらない。スピルバーグワーストって?

■2001年
『A.I.』
『E.T.』を焼き直し。まさか主役のハーレイくんが今じゃあんなになるなんて。ジュード・ロウも。十数年後来日時に、たけしにプレゼントを渡すも「あいつハゲてたなあ」と言われるなんて。

■2002年
『マイノリティ・リポート』
トムクル出演。この頃からつまらなさに磨きがかかり始める。バレバレの真犯人。

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
日本語に訳すと「鬼さんこちら」でしょうか。まったく思い出せない。

■2004年
『ターミナル』
蛇足に継ぐ蛇足のエンディング。心の底からつまらない。スピルバーグワースト。

■2005年
『宇宙戦争』
もともと1953年のオリジナルも面白くない。宇宙人の造形がゴミ以下。観客を置き去りにしまくる、あっけないラスト。あまりにもつまらない。絶対見なくていい。

『ミュンヘン』
キタキタキターー!!! 現時点でスピルバーグ最後の大傑作。バラエティ殺人ショー。ホテル爆破シーンで僕も椅子から転がり落ちた。観客も撃ち抜かれるラストシーン。スピルバーグはこうでなくっちゃ。なんでもっとやらないの?

■2008年
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
つかみの20分最高。ちょっとCGが多すぎる気がするけど、インディシリーズのアベレージは十分クリアしたと思う。

さあ、ここからが地獄の本番です。

■2011年
『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』
おもいっきりどうでもいい。

『戦火の馬』
お金がかかっているし、映像もスペクタクルで美しいんだけど、早く終わってくれ!とスクリーンに向かって祈った。

■2012年
『リンカーン』
もう許して。こんな映画に金を払って見て、最後まで寝なかった自分を褒めてあげたい。

■2015年
『ブリッジ・オブ・スパイ』
この時代に作った意義があるのわかるけど、はてしなくつまらない。

■2016年
『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』
誰もこんな映画があったことを覚えていない。

■2017年
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』
スピルバーグが義憤に駆られてトム・ハンクスとメリル・ストリープで早撮りした本作。何度でも言う。意義やその意志が立派でも、映画としてつまらないものはダメ!もうこれははっきり言っておかないと。

■2018年
『レディ・プレイヤー1』
ガンダム、AKIRA、メカゴジラなど勢揃い。でも全然思い出せない。
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スピルバーグ映画の魅力の本質とは?

はい、結論。スピルバーグのこの10年、黒澤晩期より酷い。

そして恐ろしいことに、この後『ウエスト・サイド・ストーリー』のリメイクが控えている。正気かよ。『七人の侍』『ゴッドファーザー』をリメイクするようなもんでしょ。もはや映画の冒瀆レベル。何を賭けてもいい。オリジナルを超えるシーンは1秒とてない。

あああ困ったなあ。スピルバーグって間違いなく後世において映画史最大のビッグネームになるのだろうけど、未来の人は後期スピルバーグ作品を見て、巨匠=退屈というありがちな方程式に組み込んで終わりにしちゃうかもしれない。

名画座でレトロスペクティブが組まれるでしょう。そんでスピルバーグ50歳以降の作品を観て絶望するのでは。

「樋口は映画を見る目がない!」「幼稚な批評もどき」「スピルバーグに謝れ。映画に土下座しろ」
そう憤る人は多いだろう。別にいいですよ。

あのね、こんな例え話はどうでしょうか。

ビートルズが『ラバー・ソウル』をリリースしたとき、中学生の渋谷陽一は失望した。本人曰く「ほとんど底なし沼のように深かった」。ビートルズがドラマチックな変身を遂げて大人のバンドになったことが許せなかった。「子どもの僕にはよくわからなかったのだ。『ラバー・ソウル』はビートルズがポップ・ミュージック史上初めて、大人になったら大人の音楽を演るという革命を起こした作品」(「SIGHT」2005年冬号より)。

スピルバーグにとって『ラバー・ソウル』は『カラー・パープル』か、それとも『フック』だったか。

そしてスピルバーグから映画少年の夢をもらった僕は、スピルバーグが元「映画少年」になってもまだ彼の夢の続きを追い求めているのかもしれない。それは遠いむかしに見た花火を追いかけるように儚い。そんなこと、わかっているけど。

そしてここに来て担当から訊かれた。

「あの~樋口少年を始め当時日本中の映画少年を感動させ虜にした、スピルバーグ映画の魅力の本質とは何だったのでしょう?」

訊きますか。

訊きますか!
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はっきり言いましょう。断言しましょう。

「無責任」です!

みなさん、スピルバーグのデビュー作を見たことがありますか?

『激突!』(71)じゃないですよ。先述した学生時代に撮った26分の短編、『AMBLIN』ですよ。

流出して、何度削除しても、世界中のどこかで誰かがアップする作品。

https://m.youtube.com/watch?v=6490M2uzzeg
これ。

どうですか。このオチ。風来坊が大事に抱えていたギターケースの中身は、スーツとネクタイなど社会人一式セットでした。

よく言われますよね。「処女作にはその作家のすべてがある」。

これがスピルバーグの「すべて」なんですよ!

ふらふらして頼りなくて、女性の気持ちを考えたことなんかなくて、いつだって自分のやりたいようにしかできなくて。

もちろんこの若者はスピルバーグのことだ。
そして僕のことだ。

面倒臭いことはしたくない!

責任も義務も負いたくない!

ネクタイを締めて朝早く起きて満員の通勤電車に乗りたくない!

社会の一員なんかになりたくない!

あーもっと言えば、大人になんかなりたくない!





……だけどやっぱり、大人にならなきゃいけないんですよね。

「セックスしたい」とか「酒飲みたい」とか、好きなことだけやって、都合のいいときだけ大人の主張をしちゃいけない。

特に、世界の男女平等ランキング100位以下のこの国に、男として生まれていたら。

男ってだけで知らず知らずに、有形無形で女性よりアドバンテージを与えられて生きてきながら、いい歳してまだ「大人になれなかった」って嘆くなら、それはクソ以外の何者でもないよ。本気で言ってんのか。自覚がないなら死んだほうがいい。

そうだね、見ていて辛かったのだと思う。「無邪気」でなくなったスピルバーグに。多くの社員を抱えた会社の社長であり、子どもたちの父親であるスピルバーグに。社会に対して責任を持ち、意義のある作品を撮るスピルバーグに対して。

だからスピルバーグ後期の作品の中でも『プライベート・ライアン』と『ミュンヘン』は人がバンバン死んで、まるっきり「映画」そのもので、史実をそのまま描いているのに、言葉は悪いけど絵空事で、こちらも「無邪気」に帰れる。だから評価している。

せめて「現代の映画の王」スピルバーグだけは、「いくつになってもこの人だけは相変わらず、何の責任も関係なく好きに撮っているなあ」と思わせて欲しかったのか。

「スピルバーグは俺みたいに、家のローンも、子どもの教育費も、カミさんとの諍いも、仕事の悩みも、お金の心配も、その他もろもろの人間関係とは無縁だな」って?

だから『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のメリル・ストリープみたいに、人間関係のしがらみに苦悩する人を今さら見たくなかったのか?

ふう。本音の底を書いてしまった。

そうだよね、引き受けなくちゃね。スピルバーグも73。こっちもそろそろ50なんだから。

「あの頃」には戻れないし、戻りたくもない。
こんなことを書いて、自分でも気持ち悪いよ。

 

ちなみに導入部で書いた「スピルバーグ? あのつまらない監督?」とほざいた女性とはその後結婚した。でも別れた。

離婚の原因はスピルバーグではない、と思う。むかしの僕だったら「スピルバーグのせいだ!」などと半分本気で口にしていたかもしれない。

だけど元「映画少年」の僕として元妻に言いたい。「きみは正しかった。でも僕は前より成長したよ」と。

●樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』(交通新聞社)。
公式twitter https://mobile.twitter.com/byezoushigaya/

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