2020.05.05

■樋口毅宏の「映画少年は人類滅亡の夢を見る」vol.01

スピルバーグとは何者か?【前編】

新型コロナウイルスの影響で美女との連載対談が中断中の作家・樋口毅宏さん、実は各誌で映画評を連載するほどの映画マニアなのです。そこでおウチ時間を楽しむ参考にと、思い入れのある監督や作品についてのエッセーを寄稿していただくことに。第1回はスティーヴン・スピルバーグ監督について。

CREDIT :

文/樋口毅宏 イラスト/ゴトウイサク

映画好きで知られる作家・樋口毅宏さんが新型コロナによる「ステイ・ホーム」を楽しむ参考にと、思い入れのある監督や作品についてのエッセーを寄稿してくれました。第1回のテーマはスティーヴン・スピルバーグ監督です。

「……スピルバーグ? ああ、あのつまらない監督ね」

あれは2003年の如月でした。その年の冬は太平洋から吹き込む寒気のせいで、例年にも増して厳しいものでした。野方(中野区)の三畳ワンルームで、同棲中の彼女と映画の話をしていたときのことです。

5つ下の彼女とは日頃からカルチャー面で気が合いました。映画に行くときは決まって誘ったものです。その日僕は、“巨匠”スティーヴン・スピルバーグの最新作『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のことを思い出し、「来月上映だから一緒に行こうね」と話しました。

その声は弾んでいたはずです。スピルバーグに初めてディカプリオが主演するのです。トム・ハンクスは『プライベート・ライアン』以来です。これが期待せずにいられるでしょうか。

彼女とは付き合い始めの頃、『A.I.』も一緒に観ましたし、その次の『マイノリティ・リポート』も劇場に駆けつけました。「スピルバーグを観る」という行為は、僕にとって何というか、神社や寺に参拝するとでも申しましょうか、“詣で”に近いものでした。

それに同行してもらうのです。僕が彼女のことをどれだけ好きだったかも、わかってもらえると思います。
が、しかし。

スピルバーグ作品の誘いに、彼女は当然喜ぶものと思いきや、その眉には翳りがさしました。僕は怪訝に思いながら、スマイルに彩られたYESを待ちました。

そしたらですね、最愛の恋人は、こんな風にのたまわったのです。

「……スピルバーグ? ああ、あのつまらない監督ね」

強い風が吹き、ガラス窓ががたがたと鳴りました。


と、まあ古い私小説もどきで始めてみました。長すぎる前フリで恐縮です。
あのー、僕のそのときの衝撃わかりますか?

子どもの頃から大好きで、ほぼ神も同然の偉人をいともたやすく一刀両断、ダメ認定されたときの気持ちが。

今回は、あのときの彼女の発言、「スピルバーグはつまらない」が正しかったかどうか振り返ってみたいと思います。スピルバーグほとんど劇場で見てるし。


えーっと、半世紀近く生きているけど、なんでこんなに映画が好きなんだっけ? 考えるまでもない。小学生の頃、スティーヴン・スピルバーグとジャッキー・チェンがいたからです。

いや、もちろんふたりとも今もいますよ。現役バリバリ(死語)で映画を撮っている。そして今回はスピルバーグについて忌憚なく語りたい。

今から断っておきます。「スピルバーグ神!全作品全面肯定!」という方はこの後読むのやめて下さい。おなしゃす。
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スピルバーグは映画少年の夢だった

どこから語ったらいいでしょう。1971年生まれの僕の世代は『E.T.』をどこの劇場で観たか、たいてい覚えているのではないでしょうか。僕は池袋東急でした。

E.T.のヴィジュアルはわりと謎にされていて、それが公開直前、E.T.が少年サンデーの表紙を飾ったときのインパクトたるや、日本中の男の子が驚いたと言っても過言ではない。そうなんですよ、スピルバーグは毎回、「今度はどんな世界を見せてくれるのか」と、必ず驚きを約束してくれる監督でした。

だって『ジョーズ』→『未知との遭遇』→『1941』→『レイダース』→『E.T.』と続くんですよ。これ黒澤で言ったら『羅生門』→『白痴』(これは失敗作)→『生きる』→『七人の侍』→『生きものの記録』あたりの流れでしょ。

人類史に残る傑作。永遠の名作。金字塔。オールタイムベスト。世紀の問題作などなど。神なのか? 創造主なの? ってレベル。こんなドキドキワクワクさせてくれる映画監督が他にいますか。そう、スピルバーグは映画少年の夢だったのです。
もちろんスピルバーグがメガホンを取った作品だけでなく、彼が製作会社AMBLIN(学生のときに撮った作品の名を付けた)を作る前、プロデューサーとしてクレジットがあるだけでも前売券を買って劇場で観ましたよ。

上記と一部重複するけど記憶をフル動員して、それぞれ本一冊分語りたくなるのをぐっと堪えて、まったく役に立たないひとくち解説や思い出エピソード付きでざっと挙げていきます。以下、長いよ!

(あ、対象は「劇場でお金を払って見た」に限ります。だから『激突!』『ジョーズ』『未知との遭遇』は入りません。まだ6歳以下だったため。あしからず。)
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『E.T.』って当時「ビデオ化しない」って宣言していましたよね

■1981年
『レイダース/失われたアーク(聖櫃)』(池袋のポルノ専門の劇場で二番館扱い。350円)
これぞ映画少年の夢。実はツッコミどころ多し。でもいいの。それってまるで手塚治虫の『ブラックジャック』に対して、「むちゃくちゃ面白いけど、“ウソ”の成分が多すぎません?」って指摘するようなヤボさじゃないですか。そういえばチケットの自販機におつりを取り忘れたことをいまだに悔やんでいる。

■1982年
『ポルターガイスト』[製作](池袋スカラ座)
当時はスピルバーグ監督名義だったけど本当はトビー・フーパー監督。38年前に一度見たきりだけど、細部を記憶している。ステーキ肉からウジが湧いて鏡に写る顔が腐って滴ったり、雷雨で泥沼に落ちて墓の死者が叫びを上げたりするシーンなど。ちなみに続編が作られるたびに死人が出ましたね。

『E.T.』(池袋東急)
なんと言ってもドリュー・バリモアですよね。まさかこの後、酒タバコマリファナコカイン自殺未遂バツ2の怒涛の人生が待ち受けているとは。ちなみにSZAの「ドリュー・バリモア」は名曲です。
https://m.youtube.com/watch?feature=emb_title&v=dp45V_M4Akw
↑チラッと出てくる。

そういえばむかし武田鉄矢が『E.T.』の感想を訊かれて「こんなのかぐや姫じゃねえか!」と言っていたのが忘れられない。
あとみなさん覚えてます?『E.T.』って当時「ビデオ化しない」って宣言していましたよね。どうでもいいか。

家にあったボロボロのE.T.のTシャツ。代官山の古着屋で、誕生日に前妻からプレゼントしてもらったものでした。

■1983年
『トワイライトゾーン/超次元の体験』(新宿ミラノ座。日本で最大収容数を誇る劇場だった)
オムニバス。スピはおとなしめの2話目を担当。1話目のジョン・ランディス監督作で主演のヴィック・モローと男の子ふたりが撮影中に事故死。ヘリコプターが落下して巻き込まれる瞬間をテレビで何度も流した。

■1984年
『インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説』(新宿)
あまりの面白さに2回続けて見た。当時まだ無名同然のロバート・ゼメキス監督作『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』が予告に流れて、主人公たちが滝壺に落ちていくシーンに満員の観客がどよめいた。
それにしても本作をリアルタイムで劇場で見るなんて、僕は、なんと幸福な少年時代を過ごしたのだろう!

https://trailers.moviecampaign.com/detail/1151
これ。1分過ぎ。

『グレムリン』[製作](新宿)
『ハウリング』『トワイライト・ゾーン』の3話目を担当したジョー・ダンテ監督。この映画の最大の衝撃はフィービー・ケイツが脱がないこと!
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「スピルバーグって頭いいね、英語喋るんだもん」

■1985年
『世にも不思議なアメージング・ストーリー』(レンタルビデオ)
テレビドラマから選り抜き編集。当時渡辺徹と山田邦子で「いきなり!フライデーナイト」という深夜のバラエティ番組があって生放送で、観覧しにきた人たちに先行上映する企画をやった。それで番組が始まると、こういう映画を観ましたよって渡辺徹と山田邦子がお客さんにも話を振りながらトークするの。うまいプロモーションですよね。『ランボー3 怒りのアフガン』もこの番組で取り上げた。

『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』[製作](池袋シネマサンシャイン)
後に『レインマン』を撮るバリー・レヴィンソン監督。しかし本作ではホームズ役もワトソン役もヒロイン役も誰ひとりブレイクしてない。

『ファンダンゴ』[製作](池袋)
ケビン・コスナー主演の青春モノ。ケビン視点でむかしの彼女と戯れるシーンでカメラの影が映り込む。途中寝た。劇場ガラガラ。

『カラー・パープル』(池袋)
ウーピー・ゴールドバーグの出世作。コップにツバ入れちゃうシーンの生々しさ。さあここら辺からアカデミーに色目を使い始める。

『グーニーズ』[製作](池袋)
後に『リーサル・ウエポン』でバンバン人を撃ち殺すバディものを撮るリチャード・ドナー監督が本作ではほんわか冒険モノ。
だーれも覚えてないこと書いていいですか。当時ニッポン放送で三宅裕司のヤンパラが大人気で、この番組で字幕監修をやったんですよ。「恐怖のヤッちゃん」ってネタ覚えてます? この映画の中で洞窟の中を探検するシーンで暗がりの向こうから誰か来るところに「だれだ」「ヤッちゃんじゃないか?」ってヤンパラ聴いている人だけが笑える吹き替えをしていました。我ながらほんとつまらないこと覚えてるな。

『バック・トゥー・ザ・フューチャー』[製作](新宿)
ロバート・ゼメキス監督大ブレイク。日本では『グーニーズ』と上映日が一緒。タイムマシンのデロリアンが駆け抜けた後、路上に炎が残るじゃないですか。あれを日本の某自動車会社がCMでパクって怒られました。

■1986年
『マネー・ピット』[製作](これぐらい以降、見た劇場を明確に思い出せず)
トム・ハンクス出演の家がどんどん壊れるドタバタコメディ。それ以上でもそれ以下でもない。

■1987年
『太陽の帝国』
主役の男の子、クリスチャン・ベールだったんだよねえ。まさかその後『マシニスト』でガリガリに痩せたり、『バイス』でぶくぶくに太ったりするカメレオン俳優にまで成長するなんて。
そうそう、本作では日本兵役にガッツ石松が出てるんだけど、当時のガッツの鉄板ネタが「スピルバーグって頭いいね、英語喋るんだもん」。

えーと、この後まだまだダラダラ続くんですけど苦行だし、いま読んでいる方もいいかげん飽きましたよね?これ以降は監督作に絞らせて下さい。

■1989年
『インディー・ジョーンズ/最後の聖戦』(池袋)
劇場で2回続けて見た。キリストの聖杯に至るまでのクライマックス最高。でもラストが一気呵成にならないのどうなんでしょう。いやいやでもやっぱり最高。父親役のショーン・コネリーいま何やってんだろ。御年90歳。

『オールウェイズ』
しわっしわのオードリー・ヘプバーン。本当はたいして面白くないんだけど今振り返るとまだマシでした。

後編】に続きます

●樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』(交通新聞社)。
公式twitter https://mobile.twitter.com/byezoushigaya/

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