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2023.08.12

映画「オッペンハイマー」は原爆を作った人の話。広島の被害を描かない不思議

アメリカなど各国で公開中の“原爆の父”として知られるオッペンハイマーの伝記映画が大ヒットしている。だが、原爆を作った人の話であるのに、広島や長崎の被害状況がまるで映し出されないというのだ!

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文/猿渡由紀(L.A.在住映画ジャーナリスト)

記事提供/東洋経済ONLINE
映画「オッペンハイマー」R指定のワケは、広島の原爆被害シーンではなくセックス!?
▲ オッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィ。(c)Melinda Sue Gordon/Universal Pictures
先月21日にアメリカなど各国で公開されたクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』が、大ヒットしている。“原爆の父”として知られるJ・ロバート・オッペンハイマーの伝記映画で、上映時間は3時間、観客の年齢が限られるR指定であるにもかかわらず、興行収入はすでに4億ドルを超えた(日本での公開は未定)。

シリアスな映画が苦戦しがちな近年、これだけの数字を叩き出せるのは、さすが全世界にファンを持つノーランならではだ。シネマスコア社による観客の評価は「A」と、満足度も高い。

R指定の理由はバイオレンスではない

だが、一部からは疑問の声も聞かれる。原爆を作った人の話であるのに、広島、長崎の被害の状況がまるで映し出されないのだ。筆者もそこは意外に感じた。日本で公開が決まっていなかったり、大人向けのR指定を受けたりしたのは、被爆地の恐ろしい状況が描かれるからではないかと思っていたのだ。

しかし、ストーリーの中で原爆が落とされた後も、カメラはそこには向かない。オッペンハイマー(キリアン・マーフィ)がスライドで現地の様子を見せられるシーンも、カメラはオッペンハイマーを映し、スライドは見せないのである。

R指定になったのは、バイオレンスではなくセックスが理由だ。オッペンハイマーとの情事のシーンで、相手役のフローレンス・ピューがトップレスになるからだ。

オーストラリアとイギリスのメディアに寄稿する記者ジル・プリングルは、「クリストファー・ノーランはこれを反戦映画だと言うけれど、原爆がもたらす惨状よりもフローレンス・ピューの胸を重視するなんて、本当にそう呼んでいいものか」と語る。

イタリア人記者のアドリアーノ・エルコラーニ=ジョンソンも、ノーランを臆病だと呼び、「彼は興行成績を気にして、広島と長崎を見せないという自己検閲を選んだ。正直、がっかりさせられた」と述べる。ただし、「オッペンハイマーを大量殺人者だとは思わない。彼は発明が世界に大きな影響を及ぼすことになった科学者にすぎない」とも付け加える。
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原爆を作る過程をエキサイティングに描く?

核軍縮キャンペーン、ロンドン支部の会長キャロル・ターナーは、「The Guardian」に対し、「この映画を見た人は、なんと恐ろしい大量破壊兵器なのか、これが今日にも存在するのだと恐れるのではなく、(原爆を)作る過程はエキサイティングだったと思いながら劇場を出るでしょう」と、残念な気持ちを明かした。「被爆された方の写真を見たり、記録を読んだりしたらわかりますが、あれは恐ろしくて残虐だったのです」とも、彼女は述べる。

被爆地を描かなかった理由について、ノーランは、先月、ニューヨークでの上映会の後に行われた対談で、「残酷さを抑えるためではない」と説明している。彼に言わせれば、この物語をオッペンハイマーの視点から語るためにやったことだ。

「私たちは(原爆の影響について)当時の彼よりもっとよく知っています。彼は広島と長崎に原爆が落とされたことをラジオで知ったのです。ほかの人たちと同じように」と、ノーラン。彼はまた「私はドキュメンタリーを作ったのではありません。私なりの解釈をしたのです」とも述べた。

そうした言い分は、たしかに理解できる。それでも、ノーランのように数多くの観客を集められる監督が原爆の被害をハリウッドの超大作で描いたとしたら、正しい知識を広めることができただろうにと、やはり考えてしまう。

原爆は『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』や『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』にも出てきたが、それらの描写はリアルとはほど遠かった。もちろん、それらは娯楽映画だし、誰もインディ・ジョーンズやウルヴァリンが本当に被爆するような様子を見たくはないので、それはそれで良い。

今回ノーランが作ったのは、事実を語るシリアスな映画であり、観客もそのつもりで観に来る。せっかくスタジオにR指定になってもいいと承諾を取ったのだし、アメリカ人に原爆のリアルを知ってもらうチャンスだった。しかも、上映時間は3時間もあるのだ。
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史実の一部を省いてもいる

さらに「それだけ長い時間があるのに、もうひとつ大事な部分が欠けている」と「Sydney Morning Herald」は指摘する。『オッペンハイマー』では、1939年にアルバート・アインシュタインが、強力な武器になり得る物理上の発見についてフランクリン・ルーズベルト大統領に手紙を書き、大統領が興味を持ったことで原爆のプロジェクトがスタートしたことになっている。しかし、「Sydney Morning Herald」によると、アインシュタインの手紙の話は本当ながら、当時、アメリカの科学者は誰も原爆の可能性を信じていなかったのだという。
映画「オッペンハイマー」R指定のワケは、広島の原爆被害シーンではなくセックス!?
▲ 映画ではアインシュタインと原爆の関わりも描かれる。(c)Melinda Sue Gordon/Universal Pictures
一方、イギリスでは、オーストラリア生まれの物理学者マーク・オリファントがふたりのユダヤ人物理学者から核について新たな情報を得て、ナチスに先を越されないよう、イギリス政府に今すぐ動くべきだと説得した。だが、ナチスの攻撃を受けていたイギリスにはお金がなく、お金のあるアメリカに声をかけた。

しかし、アメリカの反応は鈍く、イギリス政府はオリファントをアメリカまで送り込むことになる。そこでオリファントは、以前から親交のあるアメリカ人科学者アーネスト・ローレンスに会い、オッペンハイマーも紹介してもらって、計画は前に進んだというのだ。

「Sydney Morning Herald」は、この映画はアメリカ中心に書かれているともいう。オーストラリア人にしてみたら、歴史を大きく変えたこの技術を先に知っていたのは自国の人間だったという部分を省かれたのは、残念だったのだろう。

広島、長崎の状況同様、そこも、ノーランがこの物語を語るうえでは必要ないと判断したということ。作品は作り手の芸術的選択によって生まれるもので、たとえ「A」を取ったとしても、全員を満足させることはできない。ヒットした場合はより多くの人が見るため、とくに実話の場合、「もっとこうしてほしかった」「実際はもっとこうだった」というような意見が出てくる。

だが、そうやって人々の話題に上るだけでも、意味があることだ。『オッペンハイマー』を観た人たちが、少しでも注意を払ってくれることを願うばかりである。
当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

特集「愛されオヤジで行こう!」に注目〜

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