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2018.04.15

自動車写真の巨匠、小川義文氏に聞くクルマを美しく撮るための極意

旅先やお気に入りの場所で、自分のクルマを美しく撮りたい。でも仕上がりはイマイチ。そんな経験をしたことがある人は多いのではないか。 一体プロの撮るクルマの写真との差は何なのか? 自動車メーカーの広告や雑誌で活躍し、自動車写真の巨匠としてあまねく知られる写真家、小川義文氏に、クルマを美しく撮るための極意を聞いた。

CREDIT :

写真/小川義文 文/南陽一浩

クルマを美しく撮るには、クルマ以外のことを意識することが大切
クルマを美しく撮るには、クルマ以外のことを意識することが大切

極意その1──原体験

「妄想や漠然としたアイデアだけで、クルマを美しく撮るのは難しいです。かといってクルマ好きだから必ずしもクルマを上手に撮れるわけじゃないですよね。意外かもしれませんが、クルマを美しく撮るにはクルマ周辺のことだとか、クルマ以外のことを意識することが大切だと思います」。小川さんはそう力説する。

「例えば映画。ヒッチコック監督の『鳥』の中で、サンフランシスコ郊外の漁村から湾を船で渡ろうと、アストンマーチンDB2/4ドロップヘッド・クーペを停めるシーンがあるんです。いかにも気軽に乗りつけた風のシーンですが、なぜ印象に残ったかをふり返ると、当時英国は多くのスポーツカーをアメリカに輸出していましたから、歴史的背景もおさえているわけです。

意識するのはクルマそのものではなく、背景に横たわるものに合焦させること。その時代にそのクルマがどう生きている、どう生きたか? ということに興味をもつようになりました。

小津安二郎作品にも、けっこう面白いクルマが出てきます。『秋刀魚の味』では当時の円タクに交じって、背景のやけに目立つところにスポーツカーが停められていたり、通り過ぎる実用車があえてツートーンカラーだったり。クルマ好きがつくり込んだあり得ない背景ですが、それがそのシーンの向こうにある社会や時代、雰囲気をよく表していますよね」

クルマは時間帯の制約なく、色々な場所に移動し、ありとあらゆる背景を背負いうるもの。だからこそ、なぜ、その場にどうやって、どういった事情でやって来たのか、そのストーリーを意識することが重要というのだ。
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クルマの写真を撮ることは、3次元を2次元に置き換える行為だということを前提に考える
クルマの写真を撮ることは、3次元を2次元に置き換える行為だということを前提に考える

極意その2──クルマ以外の引き出しを持つ

クルマはかくも多義的なものだからこそ、クルマの写真を撮ることを考える時は、クルマ以外の引き出しをいっぱい持つことが必要だと、小川さんは続ける。

「ファッションや美術にも興味がないと、何がカッコよくて何が美しいか分からないですよね。それにクルマの写真を撮ることは、3次元を2次元に置き換えること、立体のものを平べったくすることでもあるんです。例えば印象派の画家の何が革新的だったかといえば、それまでの直線的な遠近法以外で、丸みや奥行を表現し始めたことです。光と陰影、色彩の諧調の重なりもあれば、ボケもありという。逆にクルマの輪郭や造形のラインを、遠近法を意識して重ねることも考えられます。映り込みの有無で、クルマが立体的に見えるかどうか、それもありますね」

写真には、撮った人の美意識が現れる。そして、美意識は一日にして成るものではない。日頃からファッションやアートなどに触れ、美意識を磨くことが大事なのだ。
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カメラを持っていない時から、クルマと写真のことをどれだけ考えていられるかが重要
カメラを持っていない時から、クルマと写真のことをどれだけ考えていられるかが重要

極意その3──現場では考えない

ロケーションの話をしていると、小川さんは「普段から“貯金”しているんです」と唐突に切り出した。

「これは仕事で撮るプロだけの話かもしれませんが、現場で考え込むカメラマンと考えないカメラマンと、タイプが分かれるんです。僕は後者で、現場では何も考えずにシャッターを切っています。

というのも、プロに要求される一番重要なことは、この現場でどのぐらいのクオリティを作品に出せるか、なんです。普段、自分のクルマで移動している時から、あそこに被写体のクルマを置きたい、こういう風に狙えるな、と自分の目線をレンズに置き換えて考え続けています。カメラを持っていない時からクルマと写真のことを、どれだけ考えていられるか。それが貯金なんですね。

でも、例えば丸の内で一台撮るとして、あのブランドのブティック前がキレイだから、じゃあそこに置こうか、という発想では、クルマのもつ美しさやストーリーを掘り下げられません。単にキレイな場所にクルマが停まっている写真にしかならない。つねづねクルマと写真のことを考え、作品としての仕上がりを完璧にイメージできているかどうか──、それが重要なわけです」
街の景色を映し込みながら躍動し、疾走するポルシェ「911カレラ4GTS」
街の景色を映し込みながら躍動し、疾走するポルシェ「911カレラ4GTS」
例えば、子どもの頃から好きだったというポルシェ911。子どもの頃に街角で眺めたポルシェのイメージを意識しつつも、いま現在の自らの生活圏で911を撮りたい。街の景色を映し込みながら躍動し、疾走するポルシェ「911カレラ4GTS」の写真のアイデアは、かくして生まれた。

「要は引き出しにカードがどれだけ詰まっているか、ですね。あの時の、あの風景と、このシーンが似ているなといった具合に、自分が何を見て生きてきたか、それがない限りいい自動車写真は撮れないんです。さらに、自分の内部から引き出したイメージが見る者にどう伝わるか? 第三者が見てどういう感想をもつか? そこまで突き詰めないと一枚の写真として完結しないと考えています」

“これここの、特定の場所に行きました。撮りました”といった、記念写真レベルと一線を画すには、日頃からそれ相応の準備が必要なのだ。
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被写体であるクルマの存在意義を見出すことで、アイデアも撮り方も完成する
被写体であるクルマの存在意義を見出すことで、アイデアも撮り方も完成する

極意その4──被写体のステアリングは必ず握る

「ロールス・ロイスでも軽自動車でも、撮影の際は被写体を対等な存在として捉えますから、必ずステアリングを握ります」。そういう小川さんは、実際にパリ・ダカール・ラリーやトランス・シベリア・ラリーなど数々のラリーレイドに参加、完走や入賞を果たした経験も豊富だ。

「例えばベントレーのベンテイガ。僕自身、ラグジュアリーなSUV自体に興味はないのですが、運転し始めて数分したらSUVであることは忘れてしまいました。クルマと接する時間の大半は車内にいるわけですが、シートの座り心地やスイッチ類のタッチ、操作系のフィールといったものを、自分が心地よいと感じたかどうか、そんな知覚作用を通じてクルマの印象は決まります。それでベンテイガは、エスタブリッシュメントが自然の入口まで行くためのクルマだと気づきました。このようにして被写体であるクルマの存在意義を見出すことで、アイデアも撮り方も完成するんです」

いいポートレートは得てして被写体の内面の写し出すものだが、自動車写真とて、それは同じなのである。
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クルマが美しく見えるよう、映り込みを取捨選択することが大事
クルマが美しく見えるよう、映り込みを取捨選択することが大事

極意その5──映り込みと疾走感には色々ある

クルマといえば、カッコよく走っている姿こそが本来の姿かもしれない。だからこそ走りの写真は奥が深く、とりわけ難しい。

「クルマは屋外で乗られることが前提ですから、走っていても止まっていても、映り込みの見え方は無視することはできません。どこに行くかでボディに映し出される風景も変わりますし、動くことでその見え方も変化します。

もちろん、映っていて欲しくないものもありますが、僕にとってボディの曲面に浮かぶ映り込みや陰影がエモーショナルに感じられるかどうかは、クルマを美しく表現するための重要なポイント。要はよりクルマが美しく見えるよう、映り込みを取捨選択することが大事です」

映り込むものや映り込み方まで考えて、ここを走らせたい、という場所選びは無論大切ながら、走っているクルマを撮るなら疾走感にも色々あるという。
背景を流すのにクルマを速く走らせる必要はない
背景を流すのにクルマを速く走らせる必要はない
「先ほどの街での911は躍動感の表現ですが、軽井沢のような場所で緑の中を流すような、心地よい疾走感もありますし、絶対的な速さ、スピードそのものの疾走感もある。

一時、クルマの輪郭が思いきりブレた写真を大きく使うのが雑誌で流行ったことがありましたけど、意図的に“ブラした”ならともかく、“ブレてしまった”写真は嫌いでした。

背景を流すのにクルマを速く走らせる必要はないです。長いレンズだとピントを外すリスクは増しますけど、このフェラーリとランボルギーニ2台が街を走っているカットは、50km/hぐらいで走っているところを1/15秒ぐらいで切ったんじゃないかな。今の自動車のコマーシャル写真はデザイン時のCADデータからレタッチでおこして、ホイールを回したり背景を流す加工で走っているように見せていますけど、やはり生きた表現にはなっていませんね」
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自動車写真におけるフェティシズムという視線も重要
自動車写真におけるフェティシズムという視線も重要

極意その6──光と影、テクニックのこと

自分は芸術家肌ではないから、斬新で超越したような表現はやらないと小川さんはいう。

「光と影に固執するという点では、他の人と変わらないですよ。構図として切り取るというか、機能的なデザインとしても造形としても美しい部分にはレンズを向けたくなります」

長年、小川さんはポルシェのオフィシャルフォトグラファーを務めており、ポルシェはつねに最新の911から近年のSUVまで、被写体として向き合ってきた。

「ついつい、同じディティールにレンズを向けていることはあります。でも雑誌で作品を発表する時はたいてい、数カットの組写真になることがほとんどですし、クルマ全体が見渡せれば十分ではありません。自動車写真におけるフェティシズムというか、そういう視線も重要だと思います」

もうひとつ、小川さんが撮影で心がけていることは、

「僕の写真に人は現れないのですが、ボンネットに手を置いたらほんのり温かさが残っているような、フレームの外に今しがたクルマから降りた人がいるかもしれない気配、人の温もりが感じられること。そこは意識していますね」

テクニック面でもうひとつ興味深いのは、「小川メソッド」と呼ばれる方法だ。
斜め上方かつ後方45度から被写体を照らす半逆光は、写真でいちばん難しくて複合的な光
斜め上方かつ後方45度から被写体を照らす半逆光は、写真でいちばん難しくて複合的な光
「僕は花を撮ることをテーマにしたワークショップを主宰していて、とにかく半逆光を意識しなさい、と生徒さんたちに教えてもいます。それがどう作用するか意識していると、半年ほどでとても上手くなる生徒さんがいるんです。これが小川メソッドと呼ばれるようになっちゃって。

具体的には、斜め上方かつ後方45度から被写体を照らす半逆光は、写真でいちばん難しくて複合的な光なんです。クルマ全体をそうやって撮った時、クルマはもともと鉄やガラスで出来た反射面のカタマリですから、後方から来た光は反射、拡散し、散乱します。じつはこれこそがクルマを美しく再現する最大のポイント。物撮りの基本は半逆光なんです」

半逆光にクルマを置くことができたら、あとは具体的にどうするか?

「まずは被写体をよく見ること。目視です。最初からファインダーを覗く必要はありません。じつは皆さん、そうはいってもよく見てませんから。後から写真を見て、あれ、こんなのあったっけ? 写っていたっけ?ってこと、あるじゃないですか。それはよく見ていなかった証拠です。

僕はよくいうんですけど、写真ほど慈悲深い視線はないんです。そこにあるものを、カメラの視線は何でも差別なく捉え、画面に写し込んでくれる。でも人は自分の興味あるものしか見ていない。だから撮る時は自分もそのぐらい慈悲深くならないとダメです。光を考えれば陰もできるし、陰の中にもドラマがある。あと言えることは、ケータイ以外のカメラで撮りましょうということですね」

● 小川義文(おがわよしふみ)

1955年東京生まれ。20代半ばまでテレビ局の制作部でディレクター。子会社でカーオーディオ誌を手がけたことをきっかけに編集や写真の魅力に開眼。かくして意を決し、銀座のプロ御用達店である銀一で機材一式を揃えて「翌日から写真家に」。1983年頃から、今や伝説の自動車雑誌『NAVI』に創刊から携わり、メーカーの広告写真も多数手がけた。「あの頃は小手先の写真ばかりで、今見ると当時の写風が受けていただけで作品といえるものではなかったと思う」。30年近くNAVIのビジュアルの顔として活躍したが、「自分にもその責はあるんですが、ロケ地から特集の構成に必要そうなカットのバリエーションまで、すべて自分で計画して組んじゃうものですから、便利屋になってしまった気がして、身を引かせてもらった」。自分の写真がこう、といえるようになったのは、ここ20年ぐらいのことという。著書に『写真家の引き出し』(幻冬舎)、写真集『小川義文 自動車』などがある。

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