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2022.11.27

「ホンダ シティ」はなぜMINIになれなかったのか?

1980年代に大ヒットした「ホンダ シティ」は筆者にとっても忘れられない一台だという。見ても、運転しても、これほどハッピーな気分にさせられるクルマはなかったと。なのになぜか2代目は退屈なクルマに大変身。すぐにシティの名は消えてしまった。幻のようなシティの楽しい思い出を振り返る。

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第198回

ホンダ シティ

ホンダ シティは忘れられない1台だ。もちろん初代シティのこと。見るだけで楽しく、走るとワクワク、ドキドキした。

これほど個性豊かなクルマはめったにない。見ても、運転しても、これほどハッピーな気分にさせられるクルマもめったにない。

そんな初代シティは大ヒット。だが、なぜか2代目は退屈なクルマに大変身。人気は一気に低迷し、わずか2代でその名は消えた。

「日本生まれのMINI」、といってもいいほどの優れたコンセプトと個性の持ち主。それを、ホンダは一代で消し去ったことになる。

シティが生まれたのは1981年。日本経済は絶好調の波に乗り始めた頃で、高価なクルマもどんどん売れた。

自動車メーカーはイケイケ状態。ホンダもその例に漏れなかった。いや、漏れなかったというより、もっともイケイケぶりが目立ったメーカーだった。

シティは、そんなホンダを示すサンプルのようなクルマ、、小さいけれど、存在感は抜群だった。
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その名の通り、ベストなシティカーを目指してデザインされ、開発されたが、開発スタッフは20代が中心だったという。

単に、20代が中心というだけではなく、若い世代の感性や価値観を存分に引き出す、、そんな雰囲気や環境があったのだろう。当時のホンダには、、。

当時のホンダといえば、この初代シティをはじめ、ワンダーシビック(3代目)、シャトル、軽ながらスタイリッシュさを追った初代トゥデイ、初代CR-X等々、今でもすぐ、その姿を思い浮かべられるクルマが多かった。

わが家でも、ワンダーシビックとCR-Xを買った。息子の大学通学用だったが、僕もよく乗った。とくに、栃木研究所のスタッフがチューンしてくれたCR-Xは、素晴らしく楽しいライトウェイト スポーツカーだった。

シティのスリーサイズは3380×1570×1470mm。文字通りコンパクトそのもの。だが、長さと幅に対して背は高かった。そこでつけられたのが「トールボーイ」という呼び名。

いや、呼び名というより「愛称」といった方が正しい。クルマはふつう、背は低い方がカッコいいとされる。だが、小さいくせに背だけ高いホンダの「トールボーイ」は、多くに親しまれ、愛された。

見ているだけで、なんとなく楽しくなってしまう、、そんな姿、佇まいだった。

長さと幅は可能な限り圧縮されたが、上記の様に高さはしっかりとられた。その結果、シティのキャビンは明るく広々した空間を確保していた。

とくに前席の開放感はなかなかのもの。高さが生むガラス面積の大きさが、感覚的な広さを効果的に引き出していた。
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ステアリングホイールが小径で、かつスッキリしたデザインだったことも、そんな効果をさらに引き上げていたような記憶がある。

スッキリといえば、メーターパネルもダッシュボード周りもスッキリしていた。でも、物入れはすごくいっぱいあった。

キャビン/インテリアも、無駄がなく、、でも、使い勝手は一級。コンパクトカーの手本のようなデザイン/パッケージだった。

MINIは多くの人々を笑顔にした。シティも多くの笑顔を産み出した。

でも、、「MINIのような大物」にはなれなかった。小さいながらも多くを満たし、多くの笑顔を産んだ。しかし、贅沢なLクラスを所有するような人たちにも愛される、、そんなレベルにまでは至らなかった。

「ファーストカーはMINIでセカンドカーはRR」と、英国の富豪たちに言わしめたとされるMINIの逸話はよく知られている。

シティも、素晴らしい才能を磨き上げ、「小さな大物」に育て上げてほしかった。でも、ホンダは1代でその将来を見限り、2代目シティは平凡で退屈なクルマになってしまった。振り返る度に残念だと思う。

シティのTVCMは最高に面白かった。傑作だった。シティを知る年代の人なら、きっと覚えているはず、、なので、触れておこう。

ロンドン生まれの人気ロックグループ、「マッドネス」がCMで演じたムカデダンスは、今もよく覚えている。子どもたちに大ウケしたし、大人たちからも拍手喝采を浴びた。

マッドネスの歌うCMソングの歌詞は「シティとホンダの連呼」。でも、ひたすら明るく楽しく、多くの笑顔を産んだ。
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原付バイク「モトコンポ」を同時に発表したが、これはシティのトランクに積める折りたたみ式のバイク。シティとの相性は抜群だった。この2台が並んでいるのを見ただけで、ハッピーな気分になった。

82年には電動サンルーフを追加。84年にはカブリオレまで加わった。ホンダのカブリオレはS800以来14年ぶりのこと。シティへの力の入れようは半端ではなかった。

ちなみに、カブリオレの幌の設計を担当したのはピニンファリーナ。オーナーが自慢したくなる話のひとつだ。

オプションで用意された「マンハッタンサウンド」も迫力があった。「全身でサウンドを感じる」というコンセプトで開発されたとのことだが、異論はなかった。

全身にズンズン響いてくるようなライブ感満点のサウンド、、ホンダはこれを「ボディソニック」と呼んだが、素直に頷けた。

シティは欧州でも販売されたが、「CITY」の商標はすでにオペルが登録していた。なので「HONDA JAZZ」の名で販売された。

「HONDA JAZZ」、、いい響きのネーミングだ。僕個人としては「JAZZ」の方が好きだった。「マンハッタンサウンド」に身を委ねて「JAZZ」を走らせる、、「最高だな!」と思った。

エンジンは1.2ℓのSOHC 4気筒だが、標準仕様の67ps/10.0kgm NAでも十分活発に走った。フットワークも良かった。

ベーシックなモデルの重量は655kgだが、この軽量さが楽しい走りの理由の一つだろう。
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でも、シティの走りを語るには、82年秋から加わった「ターボ」を外せない。それも、インタークーラー付きに進化、「ブルドッグ」の愛称で親しまれた「ターボⅡ」(83年秋)の走りは絶対に、、。

なので、走りに関しては「ターボⅡ」に的を絞る。そして、話は、大好きだった「ブルドッグ」の愛称を使って進めてゆく。

ブルドッグの外観状の特徴は、、パワーバルジの大型化、前後フェンダーの大型化(全幅は50mmプラス)、ドアミラーの採用、ナンバープレートが中央から左サイドに、、といったところだが、スペシャル感の演出はバッチリ。ひと目ですごみが伝わってきた。

最高出力/最大トルクは110ps/16.3kgm。5速MTが組み合わされた。さらに、10秒間だけ過給圧が10%アップする「スクランブルブースト」機能も追加。ブルドッグの名に相応しい刺激的でヤンチャな走りを実現した。

車両重量は当然重くなったが、それでも735kgにすぎない。

サスペンションは4輪ストラット式。トレッドは1400mm/1390mmとワイドになり、185/60R13のタイヤが組み込まれた。

ブルドッグのターボ特性を簡単に表現するならば、「ドッカンターボの右代表」といったことになろうか。

荒々しい加速感は、否応なくドライバーの背中を押す。それも半端ではない押し様だ。だから、ブルドッグのステアリングを握ると、どうしてもヤンチャをせざるを得ない状況に追い込まれる。

ハンドリングもまた、良くも悪くも刺激的。下手に追い込むと、どアンダーか強烈なタックインに見舞われる。トルクステアも強い。

とにかく、ブルドッグに乗っていると、常に戦闘モードオンといった感覚だった。でも、そんなあれこれを上手くコントロールするのがまた、なんともいえない楽しさだった。

まぁ、「昔話は楽しいよね!」の類かもしれない。でも、シティが、ブルドッグが、その後も進化し続けたらどうなっていたのか、、どうしても妄想は膨らんでしまう。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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