2017.07.14
フランク ミュラーにエルメスも? "時間が読めない"時計がある!?
フランク ミュラーの「クレイジー アワーズ」「シークレット アワーズ」に、エルメスの「アルソー タンシュスポンデュ」、これらのモデルは全て"時を忘れられる"という摩訶不思議な時計なのです。
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文/渋谷ヤスヒト(ジャーナリスト)
例えば、いつまでも続いてほしい大切な人とのロマンティックな時間。そんな時も時間は無常に過ぎて行きます。このときほど腕時計を見るのが辛いときはないでしょう。至福の時はあと何時間、あと何分、そしてあと何秒続くのか……カウントダウンするのは辛いもの。こんなとき、腕時計は邪魔なものかもしれません。
ところが、こうした悩みから解放されたいという願いから生まれた腕時計があります。それは“ひとを時間から解放する”機能を備えた腕時計です。知りたいときだけ現在時刻がわかる時計と、いま現在の時刻を隠すことができる時計。どちらも、「時を忘れる」機能を備えています。
時の概念を変える革命的なモデル
この時計を開発したフランク・ミュラーは天才時計師として、望むと望まざるとに関わらず、予想を超えて機械式複雑時計復興の、そして1990年代から現在まで続く世界的な時計ブームの主役になってしまった人物です。
1990年代半ば、時計界のスターになった彼の仕事は時計作りよりも、自身のブランドの「広告塔」として、超多忙なジェットセッターとして世界を回ることが中心になりました。そして2003年、そんな多忙な日々の中で生まれたのがこの「クレージー アワーズ」です。
それは自身の日常に対する自嘲的な表現でもあったのかもしれません。なぜなら、2000年代半ば、東京でインタビューした際、彼は静かに自嘲的に、1990年代当時を振り返って語ってくれたからです。
「あの頃はクレージーだった」と。
「時間に追われるのは好きじゃない。できる限り自分自身の主観的な時間を自分のペースで生きたい。時刻を知るのは必要最小限でいい」。時間に追われる多忙な日々の中で、彼の密かな、かつ強烈な想いが育っていったのでしょう。そして生まれたのが傑作「クレージー アワーズ」だったのだと思います。
ブランドがジュネーブサロンに初出展した1995年1月、初めて取材したときには気さくで快活で、時計作りを愛する素朴な青年だった彼。その後、劇的な成功を納め時計界のレジェンドとなった彼。そんな大きな変貌を見続けてきた筆者には、そう思えて仕方がないのです。
フランク ミュラー トノウ カーベックス クレイジー アワーズ 5850 CH 315万円

“見たい時だけ”時間を確認できる腕時計
秒針は常に動き続けているけれど、時分2本の針はなぜかいつも12時の位置で止まっている。だからそのままでは、時刻はまったく分からない。そして、時刻を知りたくなったらケース9時位置のボタンを押し込む。すると押し込んでいる間だけ、時分2本の針が現在の時と分を指し示す。「時刻を知りたい時だけ」知ることができるようになっています。
「できる限り、主観的な時間を生きるための腕時計」がついに完成したのです。ケースのデザインはトノウ型の「トノウ カーベックス」と、レクタンギュラー(角型)の「ロングアイランド シークレット アワーズ」の2タイプ。
個人的な見解ですが、フランク・ミュラーは自分自身も含め「自分のペースで自分の時間を生きたい」と心から願う人のためにこの時計を作ったのだと思います。そしてこの時計は、そんな人にこそふさわしい。私はそう思うのです。
フランク ミュラー トノウ カーベックス シークレット アワーズ 435万円

一新されたショールームとアトリエ
この時計にかかると“時間はオブジェのひとつ”になる
エルメス アルソー タンシュスポンデュ 211万円
時間には「客観的な時間」と「主観的な時間」があるというのは、哲学や心理学、さらに物理学に造詣の深い人ならご存じでしょう。楽しい時間はアッという間に過ぎ去ってしまうし、辛い時間はいつまでも永遠に続くような気がする。これは誰もが日常で経験していること。
また光の速度に近い速さで進む宇宙船の中では時間が遅く流れるとことは、アインシュタインの相対性理論が証明しています。実は時間や時刻という概念は、ハッキリ定義されているようで、実はそうでもない曖昧な部分があるのです。
時刻を読み取るインデックスの感覚が均等ではない腕時計を過去にリリースしたことからも分かるように、エルメスの時計製作には、“時間はオブジェのひとつ”だという思想が一貫してあり、その哲学的な思索を反映したユニークな腕時計を作ってきました。
そして「ひとときだけでも、時間を忘れることができる」機能を実現したこの「アルソー タンシュスポンデュ」は、その決定版ともいえる存在です。
なお、念のために申し上げると、本当の時刻に戻るのは、ただ同じ9時位置のボタンをもう一度押すだけ。すると時分2本の針は即座に現在の時刻の位置に、またレトログラード式の日付表示の針も即座に姿を現して日付を教えてくれます。
メカニズムを開発したのは、著名な時計ブランドのために、芸術的でロマンティックな機能や、このように哲学的な機能を持つ腕時計を開発している複雑機構工房アジェノーを主宰するジャン=マルク・ヴィダレッシュ。
「エルメスとの仕事がいちばん楽しい」と語る彼は、今年2017年のエルメスの新作を発表しました。待ち遠しい約束時間までの時間をレトログラード式インジケーターでカウントダウン表示し、その時刻になると美しく澄んだ1音でその到来を知らせる贅沢なアラームウォッチ「スリムドゥ エルメス ルゥール・アンパシアント」を開発しています。
さて、あなたならいつ、どんなときに、この時計の9時位置にある「時を忘れるボタン」を押したいですか。
● 渋谷ヤスヒト
時計&モノジャーナリスト、編集者、メディアプロデューサー。モノ情報誌の編集者として1995年にスイス2大時計フェアの取材を開始して以来、現在まで一貫して国内外のあらゆる時計ブランドのファクトリー、人、時計業界全体の歴史や動向まで取材を続けている。時計に限らずスマートフォン、PC、家電、カメラ、クルマをはじめあらゆるジャンルが取材対象。雑誌やテレビ、ウエブ等の企画・監修も手がける。