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2021.05.28

【第9回前編】北村紗衣(イギリス文学者、批評家)

恐る恐る、噂のフェミニスト批評家を訪ねてみたら

世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。第9回目のゲストは、イギリス文学者、批評家の北村紗衣さん。深い学識に裏付けされた鋭い分析をもとに、フェミニスト批評、映画評論、ウィキペディアの執筆・編集……とさまざまな活動を行う注目の研究家です。

CREDIT :

写真/内田裕介 文/井上真規子

『さらば雑司が谷』『タモリ論』などの著書で知られる作家の樋口毅宏さんが、各界で活躍する才能ある女性の魅力に迫る連載対談企画「樋口毅宏の手玉にとられたい!」。

第9回のゲストは、イギリス文学者、批評家の北村紗衣さん。東京大学を卒業後、イギリスのキングス・カレッジ・ロンドンで「ジェンダーとシェイクスピアの受容」についての研究を深め、博士号を取得。現在は、武蔵大学人文学部英語英米文化学科の准教授をされています。シェイクスピア文学や舞台芸術史、フェミニスト批評などを専門とする一方、ウィキペディアンとしても知られ、「マツコの知らない世界」にも出演。その多岐に渡る活動は、目を見張るものがあります。

実は、樋口さんと奥様の三輪記子さん(前回登場)が北村さんの大ファンということで今回の対談が実現しました。「年に260冊ほどの読書をこなし、年に100回映画館へ、年に100本の舞台を見に行く」と語る北村さんのモチベーションや本音に樋口さんが迫ります!
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「北村さんのことを教えてくれたのは妻なんです」(樋口)

樋口毅宏(以下:樋口) 
すごい……! この部屋(北村先生の研究室)には、閉じ込められてもしばらくは暮らせるくらい膨大な量の本とDVDがありますね!(キョロキョロ)

北村 もうすぐ部屋の引越しなのに、全然荷造りができてなくて焦ってるんですが……(笑)。

樋口 実は北村さんのことを教えてくれたのは妻なんです。妻は北村さんの大ファンで、今日もすごく来たがっていました。僕自身も去年『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』を拝読して、すごく面白いなと。それで対談をお願いした次第です。今日は教えを請う形になると思いますが、よろしくお願いします。

北村 それはありがとうございます(照笑)。よろしくお願いします。
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樋口 まず、北村さんがこの連載のタイトル「手玉にとられたい!」にひと言物申したいと伺いましたが(笑)。

北村 はい、私はご存知の通りフェミニストで、気性が荒いので有名なんですけれど(笑)。こういうテーマの連載で、どうして怖そうなフェミニストに頼もうと思ったのかなと。

樋口 え? それは特に疑問に思いませんでした。ただ僕は頭が悪いので、賢い女性が好きなんです。あとは著作がすごく面白かったので。

北村 「美女」とか「手玉に取られたい」という表現は、フェミニストだと嫌がる人がいるんです。性的な目で見ている、と。でも、私としては、個人の性癖を開陳することには突っ込まないことにしているのでお引き受けしました。

樋口 ありがとうございます(笑)。北村さんは、1年間に劇場で100本の映画と劇場で100本の舞台、そして260冊の本を読んでいるそうですね。僕も映画、本など見ているつもりでいましたが、まったく敵わない!

北村 でも、劇評を書く方は年間300本お芝居を見る人もざらなので、そこまでとは思ってなくて。多分そういう世界に住みすぎて、感覚が麻痺しているんですね(笑)。

樋口 参ったな〜。僕の知り合いでは、年間300杯のラーメンを食べる人ぐらいしかいないです(笑)。

北村 それはそれですごい(笑)。
樋口 最近見た映画で、良かった作品はなんですか?

北村 山内マリコさん原作の映画『あの子は貴族』は、すごく良かったです。地方から出て都内の大きい大学に通う女性の感覚をよく捉えていて。地方出身の階級と、東京に住む上の階級を対比したり、上には上がいるという上の階級の中での違いも描かれていて面白かったです。

樋口 北村さん自身も北海道から上京されたわけですが、自分を主人公に重ねるところがあったのですね?

北村 そうですね。映画の中で、主人公の父親が失業して大学に行けなくなる描写があって。北海道で働く私の父も、会社がぼろぼろの社屋から少し丈夫な建物に移転した翌年に大きい台風に遭って、近くの古い家は屋根が飛んだり潰れたりしたんです。引っ越してなかったら昔の会社の社屋も潰れていたかもと思ったし、ちょっとしたことで仕事はなくなるんだって地方のリアルを目の当たりにして、映画に近いものを感じましたね。

樋口 山内マリコさんのデビュー作『ここは退屈迎えにきて』でも、地方から来た女性のリアルな感情の襞みたいものがすごくうまく描かれていましたね。
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「ジュリエット役のクレア・デーンズが、ロミオ役のレオナルド・ディカプリオより可愛くなかった」(北村)

樋口 北村さんが今までに見た映画のオールタイム・ベストを教えてください!

北村 う~ん、難しい(笑)。でも、1本に絞るなら、バズ・ラーマン監督の『ロミオ+ジュリエット』ですね。私がこの仕事をするきっかけになった作品で、自分の人生に一番関係のある映画なので。

樋口 シェイクスピア研究のきっかけになったという。当時は中学生ぐらいだった北村さんに何がそんなに刺さったんでしょう?

北村 これは好みの問題ですが、ジュリエット役のクレア・デーンズが、ロミオ役のレオナルド・ディカプリオより可愛くなかったんです(笑)。なのに輝くばかりに美しいディカプリオと対等に話して演技して、観客もそれをロマンスとして受け入れているのが中学生女子の心に刺さったんですね。あと、セリフが難しくて当時は全部を理解できなかったんですが、格調が高くて魅力的だと感じてもう少し良く知りたいなと思って。
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樋口 その後、イギリスに留学して英語を話せるようになったり、繰り返し見たりするうちに、見方が変わっていったのでは?

北村 そうですね。イギリス英語の台詞回しを勉強してみると、イギリスのリズミカルな話し方に似せず、ナチュラリスティックに流すような話し方をしているところがあると気づいたり、批評でよく言われる「マキューシオはロミオを好きなのではないか」ということも勉強してわかるようになったりしました。

樋口 おぉ。やっぱり学術的な勉強を積んだ人には敵いませんね。ポップ・ミュージックの批評でも大体は印象論で、技術に裏打ちされた分析には程遠いものがある。まず英語の脚本やテキストが読めるのは大きいし、それをフェミニズムというレンズを通して見ることで、より的確な分析になっていると思います。

北村 ありがとうございます。 
樋口 もう一冊読ませていただいた著書『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち-近世の観劇と読書—』も、非常に面白かったです。シェイクスピア全集のファーストフォリオ(初版)からセカンド、サードまで、当時のどんな女性が愛読していたのかということを全部調査していらっしゃるんですね。

北村 でも個人的には調査が不足していたと思っていて。南太平洋の図書館はニュージーランドしか行けなかったし、スコットランドの公立図書館もちょうどお休みでシェイクスピアの本を出してくれなかったし。本当はもっと調べたかったけどお金もなくなるし、博論も出せなくなるので(笑)。 

樋口 じゃあ、いつか改訂増補版を?

北村 これってすごい手間がかかるんですよ。書いている時、たまに正気を失いそうになったくらい(笑)。だからもう無理かなって思ってます。 

樋口 文献一覧だけで80ページ近いですもんね!

北村 それも抜けや間違いがあるんじゃないかと心配で。先生に怒られるので。
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樋口 シェイクスピアが亡くなった年は、日本では家康が没した年でもあるんですよね。著書で拝見しましたが、シェイクスピアの作品は400年という長い間、人々の価値観がさまざまに変化していく中で耐え抜いてきたと。今では価値が定着していますが「シェイクスピアを読むなんて頭が悪い」と言われた時代もあったと知って驚きました。

北村 教養がなくても読める作家だと思われていた時代があったんです。近世の劇作家って、今の時代からすると学識豊かに見えますが、シェイクスピアは同年代の作家に比べると学問に関して理解がなさそうに見える記述が多々あって。「ロミオとジュリエット」で、ロミオが恋人から離れることを、朝、学校に行きたくない男の子に例えるんですけど、シェイクスピアはやっぱり学校が嫌いだったんだろうなって(笑)。

樋口 大衆寄りだったんですかね。

北村 同時代のクリストファー・マーロウやベン・ジョンソンと比べたら、遥かに一般向けだと思います。

後編(こちら)に続きます。

● 北村紗衣 (きたむら・さえ)

1983年、北海道士別市生まれ。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち─近世の観劇と読書』 (白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か─不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(書誌侃侃房)。
公式Twitter saebouさん (@Cristoforou) / Twitter

● 樋口毅宏 (ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式twitter https://mobile.twitter.com/byezoushigaya/

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