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2021.05.29

【第9回後編】北村紗衣(イギリス文学者、批評家)

ウィキペディアの「『オブ・ザ・デッド』で終わる作品の一覧」が生まれた理由

世のオヤジを代表して作家の樋口毅宏さんが今どきの才能溢れる女性に接近遭遇! その素顔に舌鋒鋭く迫る連載。イギリス文学者、批評家の北村紗衣さんをゲストに迎えた後編をお送りします。ウィキペディアンの顔ももつ北村さん。無償の行為に夢中になるのはなぜですか?

CREDIT :

写真/内田裕介 文/井上真規子

『さらば雑司が谷』『タモリ論』などの著書で知られる作家の樋口毅宏さんが、各界で活躍する才能ある女性の魅力に迫る連載対談企画「樋口毅宏の手玉にとられたい!」。

イギリス文学者、批評家の北村紗衣さんをゲストにお迎えした対談の後編をお送りします。(前編はこちら)。「年に260冊ほどの読書をこなし、年に100回映画館へ、年に100本の舞台を見に行く」と語る北村さんと映画の話で盛り上がった前編に続き、後半では、ウィキペディアンとしての素顔にも迫ります。
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「ずっと町山智浩さんみたいなことをしたいと思って批評を書いてきた」(北村)

樋口 ところで、映画評論の世界では、町山智浩さんが20年以上トップをぶっちぎってると思っていましたが、北村さんが正当なライバルとして現れたなと感じています。

北村 それは大変うれしいです(照笑)。私は、ずっと町山智浩さんみたいなことをしたいと思って批評を書いてきたので。とはいえまったく同じではダメなので、近い感じの作品をターゲットにしながら、町山さんとは違うことをしていかなきゃいけないと思っています。

樋口 最近ツイッターで炎上した一件(※)とか、対費用効果を考えずに戦う姿勢も、女町山だなって思いました(笑。)俺、これ褒めてるのかな?(笑)

北村 褒められている気がします(笑)。
※ある学者が自身の鍵付きTwitterアカウントで女性蔑視などの不適切投稿を繰り返し、北村さんも誹謗中傷の対象に。しかし北村さんが、これを発見して本人に抗議し謝罪させた一件。
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樋口 町山さんのすごいと思う部分や、時代に即してないと思う部分があったら忌憚なく教えてください。

北村 批評には、純粋に作品だけを見て分析するやり方と、社会や歴史、作者の背景を結びつけて分析する歴史的なアプローチがあります。町山さんは後者をしっかりやっているのが面白いところであり、信頼性が高いところ。ただ歴史的な文脈にだけ沿って見ると、しっかりしている分、保守的な批評にもなりやすいんです。

樋口 例えば作者の発言だけに寄りかかると、作者が隠していること、気づいていないことを掘り出せなくなりますからね。ミュージシャンも、インタビューで大体は本音を語らないし。特に日本の人たちは。

北村 一方、私がやっているフェミニスト批評は、まさにそこを掘り出すもの。私はどちらかというと意地が悪いので(笑)、作者が隠しているものを掘り出したいと思うたちなんですね。

樋口 ちなみに、オールタイム・ワーストは?

北村 誰も知らないと思いますが『ハリウッドの処女』という映画。私は「バーレスク」をサブフィールド的に研究していて、一時期1950年代のストリップだけ撮った映画をたくさん見ていたのですが、その中で一番面白くなかった(笑)。

樋口 主義主張とかそういうところではなくて、単純につまらないという(笑)。

「奨学金で勉強するからには社会に還元しないと、と思ってウィキペディアを始めた」(北村)

樋口 北村さんは、ウィキペディアンでもいらっしゃいますね。講義の他にもメディアや色々な媒体で原稿を書かれていて忙しいのに、ノーギャラのウィキペディアをなぜこれほど頑張っていらっしゃるのかなと。

北村 始めた時はまだ大学院生で、当時は企業の奨学金で留学していたので社会に還元しなければと思って始めました。それが習慣になった感じですね。あとはウィキペディアンに「なんで書くの?」って聞くと趣味だからって答える人が多いんです。登山とかに比べると「お金もかからなくて安全な趣味だよ」って。

一同 笑

樋口 遭難はしないだろうけど炎上はしそうです!(笑)

北村 とはいえ、知り合いでウィキペディア書くために台湾旅行をした人もいるので、お金をかけようと思えばいくらでもかけられるんですけど(笑)。
樋口 僕は、田舎の、書店で本を買う余裕がなくて、図書館も遠くて、でも知識欲はあるという子供たちに向けて、北村さんは書いているのかなと思っていました。ウィキペディアは、スマホさえあれば無料で情報や知識を仕入れることができるので。

北村 子供が調べものをする入り口をよくしたいという事はずっと考えてきました。大学でウィキペディアの授業をやっていますが、「子供から内閣総理大臣まで読むものだからきちんとした記事を書きましょう」と学生には教えています。

樋口 北村さんが作成したウィキペディアの「『オブ・ザ・デット』で終わる作品の一覧」がとても面白くて。子供の頃からゾンビ好きだった自分からすると、読んでてすごく楽しかったです。

北村 ゾンビ映画がすごく好きなわけではないのですが「オブ・ザ・デッド」がつく映画がこんなにあると知って、まとめる価値があるなと。ウィキペディアでは、自分が好きなものより、情報として価値があるものを書くように心がけています。
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樋口 ちなみに、ゾンビベストは?

北村 エドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』です。

樋口 おぉ! やっぱりイギリスものですか。アメリカ人はゾンビが現れて世界の終わりになるとショッピングモールにこもるのがお決まりですよね。あくまでも70年代のことですが。これがイギリス人になると、パブになりますかね?

北村 そうなんです! パブが出てくるのが私的には本当に面白くて。『ショーン・オブ・ザ・デッド』は3部作で、最終章の『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』は、なぜか宇宙人の侵略でパブがつまらなくなるという話なんです。これもお国柄なんだろうなと。

樋口 話には聞いてたけど、イギリス人は本当にパブが大好きなんだ〜(笑)。
北村 でもパブはどんどん減っていて、新型コロナのせいでもっと減ると思うのでちょっと心配です。もともと、イギリスのパブはチェーン系とインデペンデント系があって、チェーンだとお酒や食べ物は大体同じですが、インデペンデントは地元のビール会社と契約してたり、食べ物はタイ料理だけみたいな店があったり、個性があって面白いんですね。でもインデペンデント系は資金力がないから、一時期起きた地価の急激な上下で土地を維持できなくなって、新しいお店に買われたことが結構あったんです。

樋口 なるほど……。

北村 『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う!』では、昔ながらのいい感じのパブがなくなって退屈になったことが宇宙人の侵略のせいになっているのですが、これって現実社会で巨大企業がやっていることと同じだなと。エドガー・ライトの作品にはそういうイギリスの暮らしの問題点などがたくさん反映されているので、住んだことがあると本当に面白く見られると思います。

樋口 世界中の傾向ですよね。アメリカのウォールマートを見てもそうだし、日本も大企業が進出して、どの駅も大体同じような顔ぶれの店になって個性が失われていくという。僕も個人商店の息子なので、どうしてもインデペンデント系を応援したくなります。
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「フェミニズムは、むしろフェティシズムや性に対して真面目に考えようというもの」(北村)

樋口 LEON読者には、まだまだ昔ながらの男らしさを引きずっている方もいると思うんです。僕自身もまったく差別心はない、とはとても言えませんし。僕のような男性読者に対して、ぜひメッセージをお願いしたいです。

北村 自分の思い込みで「女性を守ってあげる」とか「よくしてあげたい」とか思うのではなく、まず女性が何を考えているかということを尊重する行動をとっていただきたいと、特に中年以上の方には思います。

樋口 耳が痛いです(笑)。

北村 もう一つは「女性を大事にする」というと、性的なことを抑圧するといった方向に行きがちなのですが、そういう話ではないんです。フェミニズムは、むしろフェティシズムや性に対して真面目に考えようというものなので。

樋口 そうですね。自分の周りを見ても、ミソジニーは根深いなと感じますね。定食屋で僕と年の近い男が女性の話をしているのを聞くとうんざりしますからね。それにしても、この本は本当に面白かったです。あとでサインください! 僕宛にしてもらうか、妻宛にしてもらうか迷います。そして、ぜひ町山さんと対談なりしてもらいたいですね。
北村 実は私、一回、町山さんとツイッターで喧嘩したことあるんですよ。だから私のこと嫌いかもしれない(笑)。

樋口 そうなんですか!? 知らなかった。なんでまた?

北村 去年の始めに、町山さんの記事の一部分を間違ってない? ってツイートしたら、町山さんが怒って。その後、指導学生にめちゃくちゃ心配されて。「先生、町山さんと喧嘩してましたけど、精神状態は大丈夫ですか?」って(笑)。

樋口 ワハハ! 町山さんは喧嘩っぱやくて、寝る間を惜しんでツイッターで戦う人ですからね。

北村 町山さんと喧嘩になった時、父親だとわからないでお父さんのライオス王を殺してしまうオイディプス王を思い出したんです。町山さんは批評的に親世代にあたる人なので、いきなりお父さんが襲ってきたみたいな感じに思えて(笑)。

樋口 面白い! けど、争う必要のないふたりが争っているなぁ。他にもっと明確な敵がいるでしょ! おふたりのファンとして連載対談をぜひ実現して、批評家によって解釈がこんなに違うのか! って照らし合わせて頂きたいです。今日はお忙しい中、ありがとうございました!

【対談を終えて】

対談場所になった武蔵大学にある、北村さんの研究室の本棚を不躾に眺めながら、“ここなら監禁されたとしても、しばらくの間は困らなそうだな”としみじみ感じました。およそ知的レベルにおいては格差がありすぎるため、北村さんから授業を受けるような形になるのかと思いきや、氏はひとつひとつ丁寧に僕の質問に誠意をもって答えてくれました。出来の悪い生徒の質問はいかがだったでしょう?  これからも僕の知的好奇心を満たしてやって下さい。頭がいい女性が大好きです。

● 北村紗衣 (きたむら・さえ)

1983年、北海道士別市生まれ。武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち─近世の観劇と読書』 (白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か─不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(書誌侃侃房)。
公式twitter saebouさん (@Cristoforou) / Twitter

● 樋口毅宏 (ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新作は月刊『散歩の達人』で連載中の「失われた東京を求めて」をまとめたエッセイ集『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』
公式Twitter https://mobile.twitter.com/byezoushigaya/

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