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2020.08.14

■秋吉久美子/女優

「自己満足や保身はダサい」人気女優が語る大人のカッコよさとは?

先の見えない混沌とした現代にあっても、覚悟をもってしっかりと社会と対峙しているカッコいい大人を編集部の目でピックアップしていく今回の特集。最後にご紹介するのは、1972年にデビュー以来、女優そして詩人としても活躍する女優・秋吉久美子さんです。

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写真/中田陽子(Maettico) 文/牛丸由紀子 ヘア&メイク/黒澤貴郎(LAULEA) 撮影協力/エイスリー

みんなのことを考えられるのがカッコいい大人

10代で鮮烈な映画デビューを飾り、コケティッシュな魅力で70年代を代表する女優として人気を博した秋吉さん。天真爛漫な行動と自由奔放な発言から、世間を騒がすこともありながら、唯一無二の女優として時代の“カッコ良さ”を体現した存在でもあります。そんな彼女は「大人のカッコ良さ」をどう捉えているのか、お話を聞きました。

10代で入った映画の世界。それは無我夢中の障害物競走のようだった

── 秋吉さんが芸能界に入られたのは10代の時。周りは大人ばかりだったわけですが、大人はどういう存在だったのでしょうか? 例えばこういう大人になりたいという方がいましたか?

秋吉 当時は尊敬するしないとか、こういう大人になりたいとか、目指すものすらなかったですね。鳴門の渦潮みたいに大きな渦巻の中に巻き込まれてしまったら、もう必死で、どれが信頼できる漂流物かもわからないじゃないですか。こんな大人になりたいという意識も一切なくて、「今何ができるのか」そして「もっとやりたい」という気持ちしかその時の私にはなかったんです。

── だからこそ立て続けの映画の主演や舞台、難解な役も怖いものなしでやれたのでしょうか?

秋吉 本当にその通りですね。今も怖いものなんてないんです。だって、戦争以外でそんなに怖いモノってありますか? どんなことがあっても人間なんか、たいしたことないなと思っちゃうんです。
でもだから、ずっと障害物競走みたいで、短距離走ができなかったんです。目の前のモノが障害物だと思わないから、頭から突進していっちゃう(笑)。

── 他の人は障害物だとわかっているのに(笑)。

秋吉 そう、私はわからず、ガンガンぶつかっていた。もし障害物だとわかっていたら、ちゃんと避けて最短距離で記録をあげられたかも(笑)。とにかく自分のセンサーで、突き進んでいく感じだったんです。

── 当時、その発言や行動に世間が騒いでも、いつも惑わされず自分の意志を貫いていましたよね。その独自のセンサーは努力して研ぎ澄ましたものなのですか?

秋吉 努力をしたわけではないですが、5歳ぐらいからずっと本が大好きだったことが大きく影響していると思います。

「嘘かホントか?」「愛があるかないか?」「世俗的か崇高か?」「正しいか間違っているか?」。本にあふれる疑問と問いに、自然と自分自身のセンサーが出来あがった気がします。
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普通とは?平均とは?“破天荒”と言われその意味を考える

── 確かに秋吉さんの昔の記事を見ると、他の人では気づかない視点や物おじしない発言に、“破天荒”とか“普通からはみだしている”といった言い方や見られ方をされているものも多いですよね。

秋吉 でもその“普通”が、本当は真ん中かどうかわからないぞ、ということが最近わかってきたんです。普通ってどっちなんだ、やや悪いに近い方が普通なのか、ややつまらない方が普通なのかと(笑)。

年を重ね気がついたのは、“アベレージ”というのは正しい正しくないの真ん中にあるのではなく、左に寄っていたり右に寄っていたり、私の知らないところにあるんだということ。だからあの人は悪い人だけど、それはきっと“普通”なんだと思えるようになりました。悪い人はいっぱいいてそれが普通なら、いい人はめったにいないんだから大事にしようと思います(笑)。
── でも、その規範から外れても我が道を行く姿こそ、当時“カッコいい”と思われていた理由でもあったのでは?
秋吉 自分ではまったくそんな風には思っていなかったですね。こうやるとカッコいいとか、そんなスタイルなんて気にもしていなかったんです。ファッションもボヘミアン風なものが好きでしたが、それは精神的な部分でボヘミアンやヒッピー的なものに憧れがあったから。ファッションから始まったわけではないんです。

当時は毎日、歌舞伎町の区役所通りで夕飯を食べたり、新宿西口公園の噴水に飛び込んでみたり (笑)。でも同時に、赤坂の「TOPS」にカレーも食べに行ったし、「アマンド」で打ち合わせもしたし。

結局、何かのジャンルに入れられちゃうというか、「こういう人です」とレッテルをはられるのがイヤなんです。

── 今の時代、プロデューサーや事務所がイメージから何からしっかり構築して、それを演じていくのがタレントだったりします。でも秋吉さんは、ずっと“秋吉さん”でしかなかった。誰かが介在してこうあるべきとかではなく、ずっとそのままを貫いてきた気がします。
秋吉 生き方の上では、確かにそうです。でも女優業の面では、各時代の流れを受容しながら生きてきたと思います。だから決してピンヒールしか履かないとかスニーカーじゃないとイヤとかはないんです。それが自分のスタイルだと押し通すつもりもない。それは外に現れた表層的なものでしかないですから。

ただ、嫌いなのは“ダサい”ことだけかな? ダサい以外のすべては受け入れたいと思います。
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他人のことを考えられる人、それが本当の大人

── ダサいとは、まさに“カッコいい”の対極にあるものですが、秋吉さんにとってダサいこととは?

秋吉 う~ん、それを何かと説明するのが難しいけど(笑)。 例えば「自分のためにお説教している先生」かな。相手の言葉で相手の立場になって、子どもが成長するために、もしかしたら10年後、20年後にわかってくれるかもしれないとするお説教ではなく、自分の自己満足や権威のためにお説教している先生はダサいじゃないですか。“ダサい”とは自己満足や保身のことなんだと思います。

── 自分のことだけしか考えられない人、自分の世界の中だけで生きている人ということですね。

秋吉 そう、他人のことを考えられる人こそ本当の大人だと思うんです。私は地元である福島の「いわきと都市を結ぶ文化交流実行委員会」というグループで、古民家を通じて地域自治体と都市をつなぐボランティアをしているんですが、能楽師で人間国宝の野村四郎先生が福島に来てくださったんです。

野村先生は「人間国宝とは、周りから讃えられるためのみのものではない。国の宝と定められた文化を、国の人たちに広く伝えるのがその役目なんだ」とおっしゃって、いわきで能を舞い、講演もしてくださり、山間の小さな村の子供たちのところでワークショップまでしてくださったんです。
能を知らない子たちにも教えてあげるんだという広い心ですよね。それってすごく“大人”じゃないですか?
自分だけでなく、皆のことを考えられる人。それをすばらしい大人というのではないかと思います。
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女優も学びも、大きな課題であればあるほど燃え上がる

── 秋吉さんを語る上で“学び”ということも大きなキーワードになると思います。40代でアメリカ留学し映像制作を学ばれて、さらに50代で早稲田大学の大学院に入学されて公共経営を学ばれています。それが秋吉さんのカッコ良さでもあると思うんですが……。

秋吉 ぜんぜんカッコ良くないですよ(笑)。ただ高校時代から、社会の流れとか目の前にあってもなんとも言えないモノに対して、何か答えが欲しいと思っていたんです。だから本当は哲学や文化人類学がやりたかったんですね。でも「公共経営」の中には哲学も文化人類学もすべて含まれているとお聞きして、それならばと学ばせていただいた。

ところが、修士論文というとんでもない難関が待っていて(笑)。本来、論文は内容に発見や説得力があれば3000~4000字でもいいんです。だけど「君は芸能人だから、10万字の論文を書きなさい」と教授から言われて(笑)。

でも、「厳しいですね」とは言わなかった。提出までに約4カ月以上あったので、1カ月約2万5000字、それなら1日800字だと計算したんです。原稿用紙2枚分、だったら大したことない、表とか入れればまあ大丈夫に違いないと考えたんです。それですぐに数千字分を書いて、教授にこの内容で行きなさいと了解をもらいました。
── それはすごい! 負けず嫌いなんですかね。

秋吉 自分に対してサディスティックなところがあって、課題を突き付けられるとすごく乗り越えたくなるんです。課題を突き付けられても「え~っ!」って声を出したくない。「ひどい」とか「なんで」とか一生言いたくないんです。

── 女優業と一緒。同じですね。障害を障害と思わず、向かっていくという。

秋吉 そう、バンバンバンとぶつかっていく感じ。大きな課題を出された方が逆に燃えるんです(笑)。

── もともと何でもやってみたいタイプだとおっしゃっていましたね。
秋吉 身体が弱かったので、自分はこうだからと枠を決めちゃうと、自分のできる範囲が狭くなる。ひとりで釣り竿を持って池に魚釣りに行ったり、山に行ってみたりしてました。そういうところは今も変わっていないですね。最初に行った個人旅行がアフリカ。なるべく遠くて、二度と行けないようなところから行きたいと思ったんです。

実はコロナになってから“大人の国”の人たちに興味があるんです。スウェーデン、イギリス、オランダ、デンマークあたり? 何かを決めるのにも喧々諤々、あるいは政府は何やってるんだ! と揉めるために揉めるのではなく、理論的に政府が決めたなら前へ進んでみて、結論出すのはしっかりしたデータに基づいて捉えることができる、そういう大人の国の人たちに学ぶことはあると思うんですよね。
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大人は「情報だけを持っている子ども」ではない

── 何でもやってみたいという秋吉さんに反し、今はそれこそ検索だけですべてわかった気になってしまう時代です。どう思われますか?

秋吉 でも人間のことは検索ではわからない。それで答えを引き出した気持ちになっているかもしれないけれど、不幸だと思います。

例えば、ここから静岡市までクルマで6時間かかると知るのと、実際にクルマで6時間かけて行くのとは全然違うし、沖縄は35度で湿度70%だそうですと聞くのと、沖縄で海を見ながらその暑さを肌で感じるのとはまったく違う。

だから、わかったつもりでいるのは不幸なこと。それこそ幕末の頃、人は辞世の句まで書いたように、死ぬ寸前まで考えて考えて、というのが普通だったはず。わかった気になってしまうということは、生きることから遠ざかっていると思うんです。
── 知識でもなくただ情報として持っているだけ。その情報を自分の中で消化していないということですね。

秋吉 トレンチコートの着こなし方とか、わかっている男はこの万年筆を使うとか、そういう情報は特に男の人にとっては大事だと思うんです。だって、マンモスを追いかけていた時代から、こっちの槍の方が突きやすいとか、持って帰るには何が必要かとか (笑)、そういうこだわりが備わっているんだと思うんです。それは一種の美学だから失ってはいけないモノ。

でもいい万年筆を持っていても、何を書くのか?  トレンチコートの着方がうまくても、どこへ行くのか?  話しても何も得られずつまらなかったらその価値はないですよね。

大人とは博識があって、気概があり、そして他人のことを考えられる博愛精神があること。単に「情報を持っているこども」にだけはならないようにと思っています。

● 秋吉久美子(あきよし・くみこ)

1954年生まれ、静岡県出身。幼少期から高校卒業まで福島県いわき市で育つ。1972年松竹映画『旅の重さ』でデビュー。2009年早稲田大学政治経済学術院公共経営研究科卒業。9月18日には、デビュー以来の作品について映画監督兼評論家 樋口尚文氏と語りつくす書籍『秋吉久美子 調書』(筑摩書房刊/本体2000円+税)も発売。

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