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2020.08.13

■山田長光/Urban Cabin Institute ファウンダー

自宅火災を経て気づいた「無一物」という禅の境地

370年続く、茶道宗徧流の第11代家元として家業を継承しながらも、本名の山田長光として、世界のリーダーたちに刺激を与えるUrban Cabin Instituteを推進。その転機となったのは、自宅の火事という不幸な出来事でした。

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写真/平郡政宏 文/秋山都 

▲山田長光氏。
先の見えない混沌とした現代にあっても、しっかりと覚悟をもって社会と対峙しているカッコいい大人を編集部の目でピックアップしていく今回の特集。ご紹介するのは、山田長光さんだ。山田宗徧の名前で、370年続く茶道宗徧流の第11代家元を務め、また本名の山田長光として、Urban Cabin Institute(アーバン・キャビン・インスティテュート)なる「都市の磁力を高める」試みに尽力している。

彼の言葉を紹介する前にまず「茶の湯」とはなにか、簡単に振り返っておこう。日本に中国から「茶」が持ち込まれたのは平安時代。最澄と空海が唐から持ち帰ったとされている。その後、鎌倉時代には栄西が2回も中国に留学し、抹茶の薬としての効能を「喫茶養生記」にまとめ、源実朝に献上し、全国に抹茶が広まった。

安土桃山時代には茶室という小さな空間で亭主と客のコミュニケーションを楽しむ「侘び茶」へと進化した。この「侘び茶」を完成させた人と知られているのは千利休。この千利休の孫である宗旦の弟子であったのが宗徧流の開祖である山田宗徧であるという。そこから360年……長い、長い、ファミリーヒストリーだ。

しかしこの「茶道」というもの。「侘び」「数寄」という言葉とともに日本固有の総合芸術として発達してきた。が、なかなかに手ごわいイメージを持たれているのではなかろうか。たとえばまず着物、正座、茶碗の持ち方……どれも我々のリアルな生活にはない要素であり、少々とっつきにくい。山田長光さんは茶人としての在り方を考えるとき、初代宗徧はどう考えていたかと思いを馳せてみるのだそうだ。
▲茶道宗徧流不審庵が拠点を構える鎌倉の道場にて。
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茶道って、カッコいい⁉

── 今日は宗徧さんではなく、長光さんとしてお話を伺いたいと思います。

山田 宗徧という名前での活動は、宗徧流の11代家元として、受け継がれてきた茶の道を後世に伝えていくという使命に基づくものです。長光は私の本名なので、もっと自由に個人的なことや考えをお話できますね。

── とはいえ、山田さんとお話する際に茶道の話題は避けて通れないような気もします。

山田 今日のテーマは、大人のカッコよさというお話でしたよね。私、ときどき考えているのですが、初代宗徧が茶の湯の道に入ったのは「カッコいいから」じゃないかと思うのです。

── お茶がカッコいい、ですか……。
山田 もちろん、人が茶道に期待することはさまざまです。まず、お茶そのものの味を求める人もいるでしょう。茶道具や書画のコレクターもいますね。そして、社交のツールだと考えている人もいます。政治やビジネスのネゴシエーションに使う人だっているかも。

でも、私にとってお茶とは何かと突き詰めて考えたら、それは美意識なのではないか、と。茶道の美意識といえば、すぐに「侘び」「寂び」「数寄」と連想されがちなのですが、初代宗徧が求めていたのは、もっとコンテンポラリーな、つまり、その時代の最先端のスタイルだったんじゃないかと想像するわけです。

茶の湯の美意識を語る言葉はいろいろあるのですが、その中に「ぬるきを嫌う」というものがあります。つまり、細部までこだわり、スキを作らない、見せない。茶道は武士たちの間で発達してきたわけですが、スキがあったら殺されちゃいますからね(笑)。武道だけではなくて、日々の暮らしの中でいかにスキを無くしていくか、そこに美意識が問われているんじゃないかなと。

── お茶を「カッコいい」という理由で始めたのだとしたら、初代宗徧さんに親近感が湧きますね。

山田 彼のモチベーションを考えたらそうだと思いますよ。常に都市の最先端の美学、心意気というものを山田家は伝えてきているんじゃないでしょうか。

── 都市の最先端の美学……それはいま山田さんが取り組んでいるUrban Cabin Instituteにつながりますね。
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自宅が全焼……焼け跡で考えたこと

Urban Cabin Instituteについて触れる前に、この取材が行われた場所について説明しておきたい。この黒い部屋……ここはかつて石川県加賀市から移築された築100年の古民家であり、山田さん家族が内外からのゲストを迎える離れとして使用していた住宅「力囲軒」であった。山田さんが収集していたアートや書籍、世界を旅して持ち帰ったさまざまな雑貨・調度品が置かれていたこの離れ「力囲軒」は、2014年に火事になってしまう。
▲きれいにカタチを残して建物の内部全体が焼け焦げた自宅「力囲軒」。
▲焼けただれたガラスを集めて荒神明香の手によって再生されたシャンデリア。
▲黒く焼け焦げた空間で光を放つ宮島達男のデジタルアートは、永遠の時の流れを表現する。
▲黒こげになり、ひとつの炭のようになった「力囲軒」はいま、Urban Cabin Instituteプロジェクトの舞台として使用されている。
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山田 たまたま家族は留守にしていたので、全員無事だったのが不幸中の幸いでした。ただ一夜にしてすべてが燃えましたね……20代のころから集めていたアートやインテリア、本、私の好きなものがすべて。呆然として、もう家元を辞めようかと思ったんです。

でもこれは、天が私に「無一物」の境涯を教えようとしているのかな、と考えなおしました。無一物とは、お茶の世界でよく使われる禅の言葉で、「すべてが空(くう)であるから執着すべきものはなにもない」という境地のこと。私はこの言葉を自分で使っていながら、なにもわかっていなかったんです。そう思ったらなんだか少し楽になって、あとはここから再生すればいいのだ、と。

この焼け焦げた家を「これはひとつのアートだ」とあるクリエイターが語ってくれまして、私も見方を変えるようになりました。むき出しになった梁も、これはこれで美しいなと。
▲Urban Cabin Institute の活動は国内外のビジョナリーに向けたアートや空間体験プログラム、独自の精神・身体的メソッドWabiYoga、現代的な市中の山居”Hanaré"のプロデュースなど多岐に渡る。
山田 Urban Cabinとは、日本語でいえば“市中の山居”です。市中の山居っていうのは、これまたお茶の世界でよく使う言葉なのですが、都市にありながら、山の中の自由な生活に思いを馳せるという、いわば都市生活者の美意識とでもいうのかな。私はこのUrban Cabinというコンセプトを拠点に、都市の時空間力を高めていきたいと思っているんです。

具体的には、いま世界の先端で活躍しているグローバル・リーダーたちに刺激を与えるようなムーブメントを起こすこと、思考のフレームを提供すること、この時空間を経験していただくこと。みなさん、多忙な生活の中で、都市の喧騒から逃れて、アートや自分と向き合う時間が欲しいと思っているのではないでしょうか。それが叶えられるのがUrban Cabin Instituteです。

私自身は小学校6年生の卒業文集に「将来は家元になる」と書いていましたので、もちろん家業を継ぐのは既定路線でした。でももちろん、本来の自分というのは別にいるわけです。鎌倉は海も近いし、カリフォルニアに近いカルチャーがあるんですが、そんな環境で生まれ育ち、母は北欧テイストのインテリアが好きで、友人の家のお誕生パーティはお庭で……高校~大学時代はフランス映画やファッションにハマり、アートやインテリアが大好きで、『anan』や『ELLE』を読み漁る……山田長光という一個人です。

そんな私の好きな世界をすべてここに置いていたのに燃えちゃって。でも集めていたものが消えてしまうことで、昇華され、大切に思っていたことが際立ったようにも感じているんです。宗徧と長光、それぞれの在り方が見えてきました。茶道というのものは、ある枠組みのなかできちんと構築された世界観です。その世界観をベースに、Urban Cabin Instituteをどう活用していくか……それは拡張された「お茶」であり、私の美意識によるものです。

穏やかに語る山田さんの声音には、自宅が焼けてしまった人の悲壮感は感じられない。むしろ、ふっきれた感じ? 伝統的なお茶の世界に納まることなく、イノベーションを起こそうとするこの姿を初代宗徧が見たらなんというだろう。きっと「カッコいいね」と褒めてくれるのではないだろうか。

●山田長光(やまだながみつ)

1966年、鎌倉に生まれる。上智大学在学中の21歳で、父の逝去にともない宗徧流11世家元を継承。24歳で宗徧襲名。本名の山田長光として、パートナーの理絵夫人とともに「WABI(侘び)」「SUKI(数寄)」をテーマに都市の時空間力を高める「Urban Cabin Institute」を主宰。3女の父でもある。

HP/Urban Cabin Institute 

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