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2022.08.13

前首相・菅義偉「日本一口下手な政治家の、次々と政策を実現できたコミュ力とは?」

スピーチ力という点では残念な側面もあった菅義偉前首相。なのに、コロナ対応、ワクチン接種の推進、携帯電話料金の大幅値下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁発足など、短期間に多くの政策を実行できた、そのワケは……。

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文/岡本純子(コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)

記事提供/東洋経済ONLINE
日本を代表する一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」という実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。

その岡本氏が、全メソッドを初公開し、15万部を超えるベストセラーとなった『世界最高の話し方——1000人以上の社長・企業幹部の話し方を変えた!「伝説の家庭教師」が教える門外不出の50のルール』に続き、このたび『世界最高の雑談力: 「人生最強の武器」を手に入れる! 「伝説の家庭教師」がこっそり教える 一生、会話に困らない超簡単50のルール』を上梓し、発売3日で3万部を突破するなど、早くも話題を呼んでいる。

今回は、著者の岡本氏が主宰する「世界最高の話し方の学校」に、菅義偉前首相を特別講師としてお呼びした際のインタビュー(2022年6月10日実施)を掲載する。テーマは菅氏の首相在任時にも多く話題になった「コミュ力」。その前半を紹介する。
前首相・菅義偉「日本一口下手な政治家の、次々と政策を実現できたコミュ力とは?」
写真/筆者提供

菅前首相のコミュ力のカギは「聴いて、聞かない力」

演説力という点では、残念な側面もあった菅義偉前首相ですが、短期間で実に多くの政策を実現した点を評価する声があるのも事実です。

「日本一口下手な政治家がいかに日本の宰相にのぼり詰め、次々と政策を実現することができたのか」。そのカギは、実は「聴いて、聞かない力」にありました。菅氏の素顔がのぞけるやりとりの模様をお送りします。

—— コロナ対応、ワクチン接種の推進、携帯電話料金の大幅値下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁発足など、短期間に非常に多くの政策を実行し、結果を出してきました。ブルームバーグが最近、「短期政権が残した永続的な遺産」という記事で、「菅政権は短期だったが、その功績は驚くほど大きい。いまこそ、評価を見直すとき」と評するなど再評価の機運も高まっています。振り返って、いかがですか。

とにかくコロナとの戦いに明け暮れました。でも、それと同時に、せっかく総理大臣になったんだから、自分がやりたいと思ってきたことを全部やってやろうと思ってやっていたら、結果としてこれだけできたということですね。

休みもとらず、家にも一度も戻らなかったので、自分の家のマンションの番号も忘れてしまったぐらい(笑)。国民の生活を守るために、何ができるのか、24時間365日、悩み抜きました。

私にとって、何より重要なのは「この国を守り、国民の暮らしを守る」ということ。国民一人ひとりの日々の生活に思いを寄せ、「どうやって一人でも多くの命を守ることができるのか」「誰かの悩みを1つでも取り除くことはできないか」「財布の負担を少しでも軽くすることは何か」を常に考えてきました。

必要な医療が受けられるようにする、高すぎる価格は下げる、デジタル化を進め、人の暮らしを便利にする……。そんな国民にとっての「できて当たり前のこと」を1つひとつ着実に実行し、形にすることが私の責任だととらえてきました。
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コミュニケーションについての考え

—— コミュニケーションについてはずいぶんと批判を受けましたよね。やはり、苦手意識があるんでしょうか。「スピーチコーチングを受けては?」という側近のアドバイスも結局、受けられることはありませんでしたね。

私はそんなに苦手だと思っていなかったんですよね(笑)。自分で1つひとつ信念を持って仕事をしてきましたので、それについて語れば通じるんじゃないかぐらいの思いでやっていたと思いますね。こんなに悪いと思わなかった(笑)。

スピーチ力とかそういうことでなくて、やはり何をやらなきゃダメなのか本質的なことを考えて、見極める。総理大臣というのは最大の権力者ですから、理屈に合わないことはできない。そういう思いでやってきました。

昔から、人前で話すのは好きではなかった。中味もないのに口先だけで話すとか、自分を実力以上に飾り立てることよりも、真剣勝負でやっていれば、結果が出たらわかってくれるだろうなって思いは、やはりずっと強いですよね。

東北人気質というか。生まれ育ったのが秋田の山奥で、冬は長い間雪に閉ざされていました。じっと我慢していると、ようやく春になり、雪が解け、大地を見たときには、自然とワクワクとした躍動感を覚えましたね。だから、我慢強いし、追い込まれると強い。

昔、学校の先生が何か言っても言うことを聞かないが、私が言うとほかの生徒たちが聞いてくれたことがありました。口下手でも不思議と人はついてきてくれましたね。

—— 「冷たい」などと、いろいろと誤解されましたが、実際にお会いして印象に残るのは、権力者特有の「俺の話を聞け」という感じがまったくないこと。人の話をじっくりと丁寧にお聞きになりますよね。「上からじゃない、フラットな目線」が印象的です。次世代リーダーを養成するコミュニケーションの学校を立ち上げるという話をしたときも、目をまん丸にして「がんばるねえ」とほめてくださいましたよね。じつはお優しい。

優しくはないですよ(笑)。でも本当に大変だと思いますよね。(学校を)自分で立ち上げるんですから。(上から目線というのが)好きじゃないんでしょうね、たぶん。年齢とかで、分け隔てはないですね。(逆に)偉い人には強いと思いますよ(笑)。

政策とは人の暮らし、命を守るものですから。より生活に近い視点が必要です。外交や、安保といった大上段に構えたテーマも、もちろん国を守るという点では非常に重要です。

でも、内政をなおざりにして、その議論だけに明け暮れていいわけがない。まずは人々の暮らし、生活、命を守ることが大切です。

政治家の仕事は国民一人ひとりの食い扶持を作ること。霞を食べて人は生きられない。自分もたくさん苦労してきたから、そこにはこだわってきました。
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人を動かす力の秘訣は?

—— 演説力については批判を受けましたが、一方で、強い実行力を発揮されました。政策を実現するためには、コミュニケーション力、人を動かす力が必要ですが、その秘訣を教えてください。

私は、政治の世界ではたたき上げと言われます。高校まで秋田で育って、東京へ就職で出てきて、紆余曲折を経て、国会議員の秘書になり、38歳で市会議員に当選しました。衆議院議員は47歳ですから、年齢的には遅いほうです。みんなに助けてもらいながら、ずっと真剣勝負でやってきました。

どの政治家よりも歩き、勉強し、耳を傾けたという自負はあります。朝昼晩と、とにかく幅広くいろんな分野の人と会い、じっくりと話を聞いてきました。

偉い人というより、現場の人。社会を変えていきたいとか、いろんな人がいますから、そういう人たちと会って、エネルギーをもらったり、政策をもらったりしながら進んできました。

自分の判断が間違いないようにするために、現場を知る人に確認の意味で会っているというのも多くありました。

—— 人を動かすために必要な論点を徹底的に調べ上げたうえで、たとえば、官僚などには「なぜできないのか」を徹底的に問うスタイルだと。

たとえば、ふるさと納税。生まれてから高校を卒業するまで、地方自治体で1600万円ぐらい子どもにお金をかけます。

しかし、いざ高校、大学を卒業し、地方を離れて都会で働くと、地方には1銭もいかない。「自分を育ててくれた地域に恩返しができる仕組みを作りたい」とずっと思っていました。でも、総務省は大反対でした。

「ふるさとの定義があいまい」だとか「受益と負担の原則という税の根幹を揺るがしかねない」など、できない理由を並べます。

私はこんな性格ですから、「本人がふるさとと思ったらどこでもいい」「人生における受益と負担という考え方もあるだろう」と譲りませんでした。

本質的にはこれは絶対作っておかしくない法律だと確信していましたので、そうしたものと戦って、制度を作りました。
前首相・菅義偉「日本一口下手な政治家の、次々と政策を実現できたコミュ力とは?」
▲ 次世代リーダーのコミュ力育成のために岡本氏(左)が立ち上げた「世界最高の話し方の学校」の特別講師として登壇した菅義偉前首相。(写真/筆者提供)
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「省庁縦割り」はまだまだ残っている

ダムの洪水調整機能も省庁縦割りを打破して高めました。これまで経産省や農水省が所管する電力や農業用水のダムは、大雨のときにも活用されず、洪水を防止する機能を持っていませんでした。

こういったダムを活用し、洪水への対処能力を46億立方メートルから91億立方メートルへと倍増させました。省庁の壁を取っ払うことで、5000億円以上かけた八ッ場ダム50個分の容量を、コストをかけずに確保しました。さらに事前放流の基準も見直して、能力を最大化した治水対策ができるようになりました。

そうすると今度は、国交省が自分から、いままで活用していなかったダムの貯水を使って発電をやりたいと言い始めました。省庁縦割りの壁のために、国の資源が有効に使われていない実例です。

もうひとつは、外国人観光客です。インバウンドを呼び込もうというときも、警察と法務省がビザの緩和に大反対でした。官僚の人たちは「長官、そんなことをしたら大変なことになります。犯罪が多くなります」ってくるわけです。

私はこういう性格ですから「犯罪を取り締まるのが仕事だろう」と。ビザを緩和した途端に、外国人観光客は7年間で840万人から3200万人まで急増しました。消費額が1兆800億円から4兆8000億円くらいになった。

日本中で外国人観光客を取り込むための投資が進み、27年ぶりに地方でも土地の値段が上がりました。

犯罪も微減でした。「いままで何をやっていたんだ」と言いたいところでしたが我慢して、「よく頑張っている」と言っておきました(笑)。

たぶんこうした「当たり前だけど、できていないこと」が、まだまだいっぱいあるんじゃないかと思います。こうしたものを変えていくことが政治家の役目だと思っています。

—— 側近だった方とお話ししていると、市井の人の声にはしっかり耳を傾ける一方で、菅さんの強みは抵抗する官僚の反対を押し切り、説き伏せる突破力であり、すごみであったと。ある意味、意見や事実は「聴いて」、抵抗勢力や数の力には屈しない「聞かない力」こそが、この実行力の源泉であったのかもしれないとおっしゃっていましたが、どうでしょうか。

私の判断軸は、「国民にとって当たり前のことかどうか」ということです。

当たり前のことを当たり前にやろうとしても、縦割りだとか、前例主義だとかがありますから、そういうのを壊していく力というのは、よほど自分が自信を持ってやらなきゃダメなんですよね。

そのためには、ただ「聞く」だけにとどまらず、幅広く情報を収集し、事実を見極めることが大切です。説得には、客観的事実が一番強いと思います。

官僚は優秀ですが、前例に強く縛られますよね。先輩もいますし、思い切ったことを言えなくて、できないわけですよ。ダメな理由は何か、まずは「できない」という彼らに対して、徹底して「事実」を示して説得しました。

たとえば、迎賓館が東京と京都にあります。総務大臣のとき、はじめて迎賓館に入って、すばらしかったので両親を連れていってあげたいと思っていたら、「いや、できないです」と言われたんです。せっかくのすばらしいものなのに、1年間に夏の2週間だけ抽選で公開していただけでした。

それで官房長官になって、これを開放すると言ったんです。そうしたら、「できない理由」ばかり言ってくるわけですよ。国家元首が泊まる前後の準備と片付けに20日必要だとか、空調の点検整備に1カ月かかるとか、いや、これはもう真面目な顔をして言ってくる。

そこで、「海外の迎賓館ではどうなのか」など徹底的に現場の情報を集め、事実を示して説得し、最終的にコロナ前で年間250日くらい国民の皆さんに開放することができました。

これも「国民にとって当たり前のことで、これまでできていなかったこと」です。こうしたことを1つひとつ、解決していくことが、私の仕事だと思ってきました。
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先送りをやめ、最高責任者として判断をし、責任をとる

やはり大切なのは「本質的に合っているかどうか、正しいかどうかじゃないか」ですかね。人を動かすというのは、そういうことじゃないかな。議論が終わっても何もしないのが、一番嫌いなんです。

議論が出尽くしたものについては、やはり最高責任者として判断をして、責任をとる、先送りするのはやめよう。そういう思いでやっていました。
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当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

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