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2021.08.28

プロ野球諦め渡米。37歳水中考古学者の夢とは?

大学3年でプロ野球選手になる夢を諦めた山舩晃太郎さん。その後、手にした本の記述「フロリダの鉱泉から1万年前の人間の頭蓋骨と脳がほとんど腐敗せず発見された」に衝撃を受け、水中考古学を学ぼうと、英語ができないまま、アメリカへ渡ったのだった……。

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文/吉岡名保恵(フリーライター)

記事提供/東洋経済ONLINE
6月に初めての著書『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』(新潮社)を上梓した山舩晃太郎(やまふね こうたろう)氏(37)は、沈没船などの水中遺跡で調査発掘を手がける水中考古学者。

水中文化遺産の3次元測量と沈没船の復元構築を専門とし、世界中の発掘プロジェクトに参加している。現在の活躍の陰には、プロを夢見て努力し続けた野球での挫折、英語がまったく話せないのに飛び込んだアメリカでの苦労など数々のドラマがあった。
写真提供/shutterstock

野球でプロになる夢が破れて

小学生で始めた野球は、山舩さんにとってずっと、かけがえのないものだった。

中学ではエースで4番。スポーツ推薦で法政大学第一高校(現在の法政大学高校)に入学し、ここから甲子園、六大学野球、プロ野球と夢は続いていくはずだった。

しかし高2のときに右ひじを故障。手術で再びマウンドに立てるまでには回復したものの、結局、夏の高校野球地方大会ではベンチ入りもかなわなかった。

甲子園の夢が途絶え、打ちひしがれたが、胸にあったのは「自分はこんなものじゃない」という思い。山舩さんは懸命にリハビリと練習を続け、法政大学に進学後、野球部に入部した。

だが野球推薦で入部してくる部員たちと、レベルがあまりに違った。焦りはあったが、「努力すれば何とかなる」と誰よりも練習して追いつこうとした。その結果、再びひじを壊してしまう。それでも活躍の場を求めて厳しいトレーニングを続けたが、現実は万年バッティングピッチャー。大学3年生のとき、新入部員が軽々と150km/hの球を投げる姿を目の当たりにして「いくら努力してもかなわない」。野球の夢はあきらめた。

一方で大学進学にあたっては、「好きな歴史を学びたい」と文学部史学科を選んでいた。プロ野球選手になる道は相当に厳しく、もしなれなかったときには社会科の教師や博物館の学芸員になる道も心のどこかでは思っていた。

しかし、すんなり切り替えられたわけではない。夢を手放した絶望と、これからどうしようという不安は消えなかった。

運命を変えたのは、一冊の本。卒業論文の準備中、ロバート・F・バージェス著『海底の1万2000年―水中考古学物語』(1991年、心交社)を手にした。フロリダの鉱泉から1万年前の人間の頭蓋骨と脳がほとんど腐敗せず発見された、という記述を読み、「そんなことがあるのか!」と衝撃を受けた。それが水中考古学との出会いであり、「一目ぼれした」瞬間だった。

水中考古学は水中に眠る遺跡や沈没船を発掘、研究する学問分野のこと。山舩さんは博学で読書家の父の影響で、高校生のころから哲学や宇宙物理学など多分野の本を読んでいた。その中で特に面白いと感じたのが考古学。また映画『グラン・ブルー』が好きで、海への憧れも漠然と持っていた。水中考古学が運命の出会いと感じたのは、「考古学×海がバチンと合ってしまった」からだった。

水中考古学をもっと知りたくなった山舩さんは、さまざまな関連書籍を大学図書館で取り寄せてもらった。しかし日本語の本は少なく、ほとんどが洋書。英語は苦手だったので写真だけを眺めていたら、あることに気づく。ほとんどの写真に「Texas A & M」というクレジットが入っていたのだ。

これはアメリカにあるテキサス農工(Agricultural&Mechanical)大学のこと。水中遺跡の発掘・研究を世界的にリードしており、大学院に船舶考古学プログラムが開設されていた。しかし当時の山舩さんにとっては「宇宙飛行士になるぐらい雲の上の話」。英語のできない自分が留学するなど思いもしなかった。

そのため、まずは国内で水中考古学が学べる大学院を探した。その過程で井上たかひこ氏の著書『水中考古学への招待 海底からのメッセージ』(1998年、成山堂書店)を読む。自伝的な内容で、井上さんが40歳を過ぎてから、しかも英語が苦手なのにテキサスA&M大学院へ留学し、水中考古学の修士号を得ていたことに驚いた。

「あれ、自分も頑張ればいけるんじゃないの? だったらアメリカで水中考古学を学びたい!」。夢は一気に飛躍した。
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住む場所を決めずに渡米

大学卒業後、まずはテキサスA&M大学併設の語学学校へ入り、英語力を磨いてから大学院に入るプランを立てた。両親に決意を打ち明けると、最初は驚かれたが承諾してくれた。仕事人間だった父は、組織で働く難しさを知っていたのだろう。息子には夢を貫いてほしい、好きなことを続けてほしいと願っていた。

友人の手助けで語学学校の入学手続きを済ませ、学生ビザを取得。大学を卒業して数カ月後、スーツケース一つでアメリカへ渡った。住む場所も決めず、語学学校へたどり着けば何とかなると思っていた。

当然、現地では洗礼の嵐。到着して早々、キャンパスへ向かうタクシーでぼったくりにあった。語学学校の受付でも話がわからず、後から聞いた話では住む場所も決めずに渡米するなんて前代未聞だと笑い話になっていたらしい。

何とか入学とアパート入居の手続きを終え、いざ食事をしようとマクドナルドに入ったが、店員に注文内容をまるで聞き取ってもらえない。

「注文ぐらいできるでしょう?」と思われるかもしれないが、南部なまりの英語をまくしたてられ、圧迫感たっぷりの態度で接せられパニックになった。

店員のいらだち、どんどん伸びる列。恥ずかしさと申し訳なさで退店し、代わりにスーパーへ駆け込んだ。しかしここでも、フレンドリーに話しかけてくる店員におののき、何も買えなかった。

散々なスタートだったが、語学学校が始まり、生活のペースができ始めると英語はそれなりに理解できるようになった。渡米後半年がたち、英語力に自信もつき始めたころ、大学院入学に必要な留学生向け英語試験・TOEFLを受験した。
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TOEFLは読解、聞き取り、作文、会話と4分野に分かれているが、結果は読解でわずか1点。ほかの分野も散々で、合計でも30点以下。これではアメリカの大学院で学ぶという、夢のスタートラインにすら立てない。それからは語学学校での授業後、深夜3時まで必死に受験勉強に明け暮れた。

2008年、無事にTOEFLと共通試験GREのスコアをクリアし、大学院への仮入学が許された。1年間で良い成績を残せば正式に入学できる。仮入学であっても、夢にまで見たテキサスA&M大学の船舶考古学プログラムで授業をようやく受けられるのだ。

希望に満ちた山舩さんは早速、「船舶考古学概論」のクラスへ赴いた。クラスメート10人は全員アメリカ人。授業が始まった瞬間、希望は絶望に変わった。教授の話す内容が一言も理解できないのだ。そもそもTOEFLで合格スコアを取ったぐらいで、世界最高峰である大学院の授業についていけるわけなどなかった。

しかし、13年間打ち込んだ野球の夢をあきらめ、次の目標を見失っていたとき、水中考古学は「救いの糸が天からぶら下がってきたよう」に見えた。その糸をつかむか、つかめないかが試されている。今逃せば、次のチャンスはおそらくないだろう。

やるしかなかった。山舩さんはスクリーンに映し出される内容を必死に書き写し、授業後、併設の図書館へ駆け込んだ。そして記憶が新しいうちに、参考文献から授業で示された図や写真が載っている箇所を探し出し、説明文を読む。一字一句調べ、1回の授業内容を理解するのに15時間もかかった。

2回目以降は許可をもらって授業の音声を録音させてもらった。丹念に授業内容を調べたあとに録音を聞き返すと、ようやく教授の説明が理解できた。週3で徹夜もしたが、あきらめるわけにはいかなかった。
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チャンスは自分から引き寄せる

努力のかいあり、大学院への本入学が許された。知れば知るほど水中考古学は面白く、「終わりのないロールプレーイングゲームをやっている感じ」というほど夢中になった。レベルアップするたび、知識はどんどん積み重なっていく。さらに上へ導いてくれる教授がいる。議論し合える仲間がいる。読みたい文献、知りたい資料は山ほどある。「本当に幸せな時間で、毎日が充実していて楽しくて仕方なかった」。

大学院2年生になってからは、「沈没船の復元再構築」を教えている教授のもとで助手となり、知識や技術を深めた。助手になるには成績が至らなかったにもかかわらず、熱心さが認められ助手に選んでもらったのだった。

また大学院修了にあたって書き上げた博士論文を、水中考古学関連では最も権威があると言われる国際学会で発表したことがその後の運命を変えた。論文は新技術・フォトグラメトリを応用し、沈没船復元再構築の理論を進化させる方法について述べていた。フォトグラメトリとは画像データを工学スキャンデータとして応用し、デジタル3Dモデルを構築する技術のことを言う。

学会では発表後の質疑応答で厳しく問い詰められ、壇上で泣き出す学生までいた。それほどの緊張感の中で新しい方法論が受け入れられるのか、不安だった山舩さんだが、発表後に待っていたのは大御所の教授が口にした最大限の賛辞だった。

これで空気が変わった。そこからはいろいろな研究者からほめられたり、飲みに誘われたりして夢のような数日間が続いた。学会後は、世界中の研究機関から共同での発掘研究依頼が来るようになったのだ。

渡米前、水中考古学の本を眺めながら、いつかここに載っているすべての遺跡に行って研究したい、と思っていた。しかし現実には特定の国を拠点とする研究者がほとんどで、一人が手がける調査は多くても5、6カ国。当時は世界中の遺跡を研究する水中考古学者はいなかった。

それなのに、フォトグラメトリをきっかけに、山舩さんのもとには世界中の研究機関からオファーが殺到した。「現場で経験をもっと積み、船舶考古学の研究者として、世界中の研究者たちと研鑽(けんさん)を積んでいきたい」。そう考えた山舩さんは大学院を修了後、研究員としてテキサスA&M大学に残るのではなく、個人として依頼を受け、世界中のプロジェクトに参加する道を選んだ。

世界各地の発掘におけるエピソードは、著書『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』に詳しい。発掘プロジェクトへの参加のほか、特別講師として各国のキャンパスやフィールドで指導にあたることも多く、2019年は10カ月も海外で過ごしていた。日本に戻っている間も国内の大学との共同研究や学生への指導にあたり、実家のある鳥取県にはほとんど戻らなかった。
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水中考古学の認知度を上げたい

その後、新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大。2020年3月、スペインでプロジェクトに参加していた山舩さんもその渦に巻き込まれ、予定をキャンセルして帰国せざるをえなかった。海外での予定はすべて白紙になり、アルバイトでもしながらコロナ禍のおさまりを待とうかと思っていたところ、書籍化や講演、共同研究など国内での依頼が舞い込むようになった。

改めて国内の事情を見ると、島国ゆえ沈没船は山ほどあるはずだ。近年は海岸浸食の影響で、砂浜から露出した沈没船の一部が見つかる可能性も高くなっている。しかし「海岸を散歩中の人が砂浜で船の一部を見つけたとしても、その木片が貴重な資料だとは思わないのではないか。これが子どもたちでも興味・関心のある恐竜の骨だったら、多くの人に気づいてもらえるのに」。

発見があってこその研究。多くの人に沈没船の痕跡を見つけてもらうためには、水中考古学の認知度を上げることが重要だと山舩さんは考えている。

また、「水中の沈没船から財宝を探し出すトレジャーハンターは、遺跡の破壊者」とも訴える。彼らは財宝を探しやすくするため、まず沈没船本体を壊してしまうからだ。「お宝発見をロマンだと勘違いしている人が多い」。この現状を伝えるためにもラジオ番組などに積極的に出演し、水中考古学について広く知ってもらえるよう努めている。

野球で挫折し、苦しんでいたころは、このような未来が待っているとは思いもしなかった。

だから、もしも今、夢に手が届かず苦しんでいる人がいれば、努力はもちろん大切だが、ほかにもっと夢中になれるものがないか、探すことも大切だと考えている。そして、好きなことが新たに見つかったときには、変化を恐れず一歩を踏み出してほしいと願う。

心から楽しいことなら努力は苦でなくなる。そして山舩さんがアメリカで一から挑戦していったように、自分で道を切り拓いていけるようになるだろう。「楽しくて仕方がない」。今もそう言って笑顔を見せる山舩さん。挑戦はこれからも続いていく。

『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』

恋人や家族が戯れる海の底で沈没船を探すロマンチスト。それが水中考古学者だ。今日は地中海、明日はドブ川。激アツの発掘デイズ。

英語力ゼロなのに単身渡米、ハンバーガーすら注文できず心が折れた青年が、10年かけて憧れの水中考古学者に。その日常は驚きと発見の連続だった! 指先さえ見えない視界不良のドブ川でレア古代船を掘り出し、カリブ海で正体不明の海賊船を追い、エーゲ海で命を危険にさらす。まだ見ぬ船を追うエキサイティングな発掘記。

山舩晃太郎著 新潮社 1595円
※書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

■ 山舩晃太郎(やまふね・こうたろう)

1984年3月生まれ。2006年法政大学文学部卒業。テキサスA&M大学・大学院文化人類学科船舶考古学専攻(2012年修士号、2016年博士号取得)船舶考古学博士。合同会社アパラティス代表社員。テキサスA&M大沈没船復元再構築研究室研究員。西洋船(古代・中世・近代)を主たる研究対象とする考古学と歴史学の他、水中文化遺産の3次元測量と沈没船の復元構築が専門。

※掲載商品は税込み価格です
当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です
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