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2021.01.16

ハリウッドから「中国が悪者」の映画が消えたワケ

2001年開始のテレビシリーズ「24」のシーズン6では、チャイニーズマフィアが史上最強の悪役として登場していた。しかしここ10年ほどは、中国人が活躍するハリウッド映画が増えていると言う。果たして、中国の影響力とは!?

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文/福原秀己(映画プロデューサー、内閣府クールジャパン官民連携プラットフォームアドバイザリーボードメンバー)

記事提供/東洋経済ONLINE
漫画やアニメなど「コンテンツ」の供給者として、世界でも存在感を見せる日本。

ハリウッドでトム・クルーズ主演のSF大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』をプロデュースした福原秀己氏は、「現代はコンテンツが世界経済を動かす時代」「2030年、日本は工業製品ではなくコンテンツの輸出大国になる」と言います。

本稿では、福原氏の新著『2030「文化GDP」世界1位の日本』から一部抜粋しお届けします。
写真:humphery / Shutterstock.com

「中国=悪役」が消えたハリウッド

中国は、世界の映画産業における圧倒的存在感を背景に、ついに映画の内容においても相当な影響を与え始めている。

「24 TWENTY FOUR」というアメリカのテレビドラマシリーズをご覧になった方は多いだろう。架空のテロ対策ユニット(CTU)の敏腕捜査官ジャック・バウアーが、テロ組織をタイムリミット24時間の間に追い詰めるという、不死身のヒーローもの、ハードボイルドだ。2001年の9.11同時多発テロ直後の11月から放送が始まり、アメリカだけでなく全世界で大ヒットし、2010年までに8シーズンが放映された。

8シーズンにもわたって作品の新鮮味と迫力を維持する秘訣は、ヒーロー側ではなく、テロ集団である敵役(悪役)側にある。ヒーローの設定や性格はシーズンごとに変えられないが、敵役は自在である。面白い映画やドラマは、つねに敵役がユニークで凶悪だ。そして、シーズンを追うごとに巨悪化していくものだ。『バットマン』シリーズを支えているのは、バットマンではなく、ジョーカーである。

さて、「24」シーズン1のヒール(悪役)は、ジャックと同じバックグラウンドを持つ「コケイジャン(白人)」である。以降のヒール(悪役)は、シーズン2「アラブ人」、シーズン3「ヒスパニック」、シーズン4「中国人」、シーズン5「ロシア人」、そしてシーズン6は再び「中国人」である。

シーズンを追うごとにヒールは巨悪化していき、チャイニーズマフィアが、シリーズ6で史上最強のヒールとして登場したのが2007年である。そして筆者の記憶の限りでは、この2007年をもって、中国がヒールの映画やドラマは、ハリウッドから消えた……。

2009年のジョン・キューザック氏主演の近未来大作『2012』は、天変地異の大変動で地球が滅亡に向かうハルマゲドン映画だ。地球が滅亡する直前に、人は地球に存在する生物種(人間はじめ、動物、植物)を船に乗せて脱出させ、新たな世界で再び人類の文明を創るという現代版「ノアの方舟」がテーマだ。

物語は、天変地異により断末魔を迎えた地球から脱出する人々の過酷な戦いを描いている。脱出を図る人々が目指すのは、中国にある船の建造基地だ。最後の希望である人類の文明の再興は、チベットから出航する中国建造の船から始まる。人類の未来は中国が担っている。

また、2015年のマット・デイモン氏主演、大御所リドリー・スコット監督のSF映画『オデッセイ』では、火星での探査任務中、アクシデントが発生し、マット・デイモン氏演じる宇宙飛行士が、1人火星に取り残される。

取り残された彼が、どうやって生き延び、生還するかという話だが、火星に緊急の食料輸送をするロケットの打ち上げが次々と失敗するなか、ついにこれを成功させて軌道に乗せるのが中国国家航天局である。中国ほどの成功率をもってロケットを宇宙に飛ばせる国はない、ということか?
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中国人が活躍する映画が増えたワケ

そして、2016年のエイミー・アダムスさんが主演するSF映画『メッセージ』は、評価も高い良品である。地球に次々と楕円形の巨大な浮遊体が降りてくる。その物体が、何ものなのか、どんな目的があるのか、なかに何かいるのか、何もわからない。ただ、そこに降り立って、じっととどまっているだけだ。

そこに、エイミー・アダムスさん演じる言語学者が、ある仮説をもってなぞ解きにかかる。しかし、いま一歩のところで十分なサポートが得られず、解明は遠のく。

異星人との開戦を目の前にして、人類への脅威が迫るなか、その脅威を取り除いたのは、中国の軍人である。

もはや中国が悪者である映画が、ハリウッドで創られることはない。逆に中国人が活躍する映画が、どんどん増えてきている。

中国が名目GDPで日本を抜いたのが2010年、名目GDPが世界の10%を超えたのが2011年である。第2次世界大戦以降、世界のGDPで10%以上のシェアを取った国は、アメリカと旧ソ連、日本、そして中国だけ。そして、いまはアメリカと中国だけだ。

そして、中国が映画の興行収入で日本を抜いたのが2012年である。

中国の影響力はハリウッドにとどまらず、スポーツを含めたエンターテインメント全域に及んでいる。中国のソフトパワーは、今日も肥大化している。
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中国がコンテンツ供給国になることはできない

製作資金と観客と興行と撮影設備まで、世界最大のものを備えた中国は、興行面では確かに映画大国だろう。しかし、それでは中国が世界のコンテンツ市場で覇権を握ったかといえば、そんなことはない。中国が世界のエンターテインメントを牽引しているかというと、そんなこともない。

なぜか? 中国から世界へ出ていくオリジナルがないからだ。

資金面でも興行面でも圧倒的な地位を獲得しているが、映画の最重要な要素である「創作」が、世界標準を満たしていない。

なぜか? 表現の自由がないからだ。

中国は人口が多いので国産映画にも十分な集客力がある。500億円規模の興行収入を上げる国産の作品も出てきており、全世界興行収入でも上位にランクインしている(海外配給も行われている)。しかし、大部分は国内収入で、海外で稼いでいるわけではない。

表現が統制されている、管理されている、それらの持つ意味は、とてつもなく大きい。

中国で『英国王のスピーチ』(2010年)が創られることはない。恋のために在任1年足らずで国王の座を放棄した国王や、吃音に苦労する国王が描かれているからだ。中国で指導者をこのように描くことはありえない。『くまのプーさん』さえ、習近平国家主席に似ているという理由だけでNGの国なのだ。

当然、タイトル通りの『大統領の陰謀』(1976年)もダメだろうし、大衆を共感させるトム・クルーズ氏主演の反戦映画『7月4日に生まれて』(1989年)もダメ。政治・社会ネタだけでなく、『ビッグ・ウェンズデー』(1978年)のようなサーフィンを題材にした爽やかな映画も、そのなかで兵役拒否が描かれているからダメだろう。

つまり、ほとんどダメなのだ──。

批判精神をもって時代を切り取ることに、映画の1つの大きな意義がある。

2018年、カンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを受賞した『万引き家族』のテーマはInvisible people(社会から隔絶・孤立した人々)、2019年、アカデミー賞作品賞受賞作『グリーンブック』のテーマは、Diversity(多様性、差別)だ。そして、世界中で大きな話題となった2020年、アカデミー賞作品賞に輝いた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』、そのテーマはDisparity(格差)である。

中国からは、このどれも生まれることはない。

映画は、基本的に、何らかの社会的制約や障害との葛藤と、その克服がテーマなのだ。ところが中国では、葛藤を描かれても、それを克服されても困るのである。ほとんどのことは統制のもとにNGだ。

しかも、統制を破ることは、中国では想像もつかないほど大きなリスクとなる。日本で1980年当時、『四畳半襖の下張』事件(文書のわいせつ性の判断基準が争われた刑事事件)で、被告の野坂昭如氏は有罪となった。彼は「その後」も事あるごとにこのときの判決を批判し、笑い飛ばしていた。そして実際に、この事件は笑い話の種になった。

これが中国だったら笑い話では済まない。野坂昭如氏に「その後」などなかったはずだ。

このような条件下では、すでに検閲を通過して安全なもの、つまり過去に前例があるものを、手を替え品を替えて作り直していくしか安全な道はない。

自由な発想と自由な表現は、「創作」に欠かせない絶対の要素なのである。中身が粉飾されたり、歪曲されていたら、コンテンツとしての価値は失われてしまう。
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「創出力」で圧倒できたら中国は変わるかもしれない

中国が映画をはじめとしたコンテンツの消費国として巨大化していくことに間違いはないが、コンテンツ開発国・供給国として世界のエンターテインメント業界に君臨することは、当面ないだろう。思いのままに、多様なオリジナルを送り出す自由がないからだ。

ファッションブランドでも状況は同じだ。いま、世界中の高級ブランドを買いあさっているのは中国だ。中国が世界でいちばんのブランド購入国であることは間違いない。

しかし、だからといって中国をブランド大国とはいわないし、ブランド強国と呼ぶこともない。自らブランドを創出し、ブランドで外貨を稼いでいるわけではないからだ。「模倣ブランド大国」とは呼ばれているが。

映画をはじめエンターテインメントの分野で、中国が世界をリードすることはない。

しかし、中国がすごいのは、前にいる者を一気に抜き去るパワーだ。「勢い」はしばらく止まらない。

もし、エンターテインメントの世界で、中国がコンテンツの「創出力」で他国を圧倒する時代が到来したら、そのときの中国は、世界中に愛される国になっているだろう。

『2030「文化GDP」世界1位の日本』

新型コロナウィルス感染症でダメージを受けた日本経済を早期に復活させる材料の一つが、日本のもつコンテンツパワー。日本のコンテンツの強みを理解すれば、そのポテンシャルの高さに誰もが驚くはず。

アメリカでVIZ Medi社長に就任、英語版「少年ジャンプ」を米国で大ブレークさせた著者が確信する、2030年の日本経済の姿がここにある!!

マンガ・アニメGDPは2.6兆円、ゲームGDPは2.1兆円、映画テレビGDPは5.6兆円、キャラクターはGDP1.2兆円など、日本の「文化GDP」を概算すると約31兆円。この数字は、自動車産業の25兆円やIT産業GDPの12兆円を遙かに上回る!! 

GDPは工業製品ではなくソフトで稼ぐ時代に……そして日本は、世界一のコンテンツ大国だ!

著者/福原秀己 白秋社刊 本体1500円+税
※書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です
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