2025.05.05

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第11話 その3】

殺人は人類最古の仕事

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第11話 その3】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

源氏首相の暗殺を依頼した徳川財閥十三代の娘・躅子(ふみこ)様の別宅に集められた殺し屋たち。久々の再開を果たしたヒロシとみゆき、Shunに遅れて、ひと仕事終えたこっさんが加わった。(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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【18】 錐縞ヒロシ

部屋の天井を眺めながら物思いに耽る。心が落ち着くことはないが暗闇から目を逸らすことはできる。きょう初めて会った殺し屋、山田のこっさんのことを思っていた。

「ヒロシさん、一緒に寝ていいかな」
俺はじろりとShunを睨(にら)む。
「何もしないよ」
「好きにしろ」
Shunは小さくガッツポーズを作る。

「山田のこっさん、おかしな人だったね」
「どういうとこが?」
「けったいな、ていうのかな。関東の人間がイメージする関西人っていうの? 本当は違うんだろうけど」

俺は天井を眺めながら言う。
「俺の親父を思い出した」

Shunが顔を覗き込んでくる。
「似てるんだ?」
「いや、姿形はまったく。だけどあの目。目だけは笑っていなかった。久し振りに親父のことを思い出した」
「ふーん」

電気を消す。天井の木目が様々な顔に変わる。眠るつもりはなかったのに、夢の中に吸い込まれていく。
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親父は自らの死をもって俺への教育を完了した

あるときどこからか、親父は男の子を拾ってきた。名前はケンタと言った。俺と歳が近く、すぐに仲良くなった。俺は学校に通っていなかったので友だちができてうれしかった。

俺はケンタにここでのルールを教えた。ケンタは素直だった。何でも俺の言うことを聞いた。
親父はケンタにも銃の撃ち方を教えた。ケンタは初めこそふらついていたが、次第に上達していった。親父はケンタを褒めた。俺も手放しで同調した。

その夜、ケンタの皿には大盛りのシチュー。俺には空だった。
「ダメな奴はおあずけだ」

次の日も親父は俺とケンタを競わせた。俺はこんなのは嫌だと叫んだ。もちろん親父は許さなかった。俺は怒りをコントロールできず、的を外した。  
その夜もケンタがメシを独占した。次の日こそ俺は勝ったが、俺はケンタと仲良くするのをやめた。

ケンタが来て半年ほど経った頃、そのときがきた。親父は俺たちに一騎打ちを命じた。
背中を向けて十歩進む。振り向いて撃つ。古典的な決闘だった。俺も、ケンタも、嫌とは言わなかった。腹いっぱい食いたかった。親父の愛を独占したかった。

一、二、三、四、五、六……。
七のところで俺は振り向いて撃った。背中に穴が空いたケンタは倒れて、それきり動かなかった。
「よくやった。おまえはルールを守らなかった。今後おまえがやる仕事はこうしたことが中心になる。覚えておけ。俺たちの仕事はスポーツではない。ルールを守る奴は死ぬ」

俺はケンタの遺体を埋めた。涙は出なかった。彼は俺を強くするための脇役だった。
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親父はこれ以降、俺に殺しのすべてを叩き込んだ。

「紀元前四千年のパピルスに、人類初の殺しが詳細に記録されている。そこには男が男の頭を石で叩き割る様子が克明に描かれている。そこからおよそ六千年、人類は進歩した。人類の生活レベルは上がり、文化ができ、月にも行った。しかし根本的なことは変わらない。これからも人類は啀み合うし、戦争を繰り返す。

人類最古の仕事は女が体を売ることと言われるが、それは違う。殺人だ。男は女を抱くより、人を殺すほうが向いている生き物だ。現代人は平和を享受している今だけ、そうした本能に目を背けている。しかしそのうち否が応でも思い出す時代がくる。そう遠くない未来」

老いが親父に忍び寄っていた。視力が確実に落ちていた。同じことを何度も言うようになった。それでも銃を持つと指の震えが止まった。

俺が二十二歳の頃、親父の口から次の仕事を告げられた。標的は親父だった。
無人の廃墟で俺たちは命がけで戦った。しかし経験値があろうと若くて伸び盛りの俺に、老父が敵うはずもなかった。俺は後ろから親父を撃った。

最終試験に俺はパスした。親父の最後の教えは「── 泣くな」だった。
親父は自らの死をもって俺への教育を完了した。
それから二十年、俺は生き残ってきた。

とはいえいつまでも自分だけが生き残れるなんて虫のいい話は考えていない。
死屍の山の上に俺は立つ。俺は知っている。いつの日か俺も死屍の一部になる。
2025年3月号より
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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X

● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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