2025.05.04

樋口毅宏『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』【第11話 その2】

京都人は言うことと腹の中が違う

孤高のハードボイルド作家、樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。エロス&バイオレンス満載の危険な物語の【第11話 その2】を特別公開します。

CREDIT :

文/樋口毅宏 写真/野口貴司(San・Drago) スタイリング/久 修一郎 ヘアメイク/勝間亮平 編集/森本 泉(Web LEON)

樋口毅宏によるLEON初の連載小説『クワトロ・フォルマッジ -四人の殺し屋-』 。主人公はクセの強い四人の殺し屋たち。世界の暗殺史にその名を刻むコードネーム「キラーエリート」(錐縞ヒロシ)。良き父、良き夫の仮面を被った冷徹な殺し屋「こっさん」(山田正義)。ゲイのデザイナーで毒薬使いの「OKポイズン」(Matsuoka Shun)。そして凄腕の女殺し屋「最高の夜」(北村みゆき)。

源氏首相の暗殺を依頼した徳川財閥十三代の娘・躅子(ふみこ)様の別宅に集められた殺し屋たち。久々の再開を果たしたヒロシとみゆき、Shunに遅れて、ひと仕事終えたこっさんが加わった。(これまでのストーリーはこちらから)
クワトロ・フォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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【17】 山田正義

特別専用機で京都から羽田まで飛んだ。そこからヘリコプターに乗り換えて目的地に到着した。私の横には常に監視役が四人、目を光らせていた。

東京とは思えないほどの広々とした庭地に、邸宅と離れの家が幾つか点在していた。
私がヘリから降りると、三人の男女が私を出迎えた。主人は出張により不在だと聞かされていた。

ひとりの男の身長は185cmぐらいだろうか。すらっとしているがその服の下は鍛えられていることがわかる。顔つきが違う。こいつはできる。

気性の激しさを隠そうとしない美人。スタイルがいいし、淫靡な匂いがある。なおかつ海千山千の雌狸。これもただ者ではない。

そしていまどきの若者。まともに見えるが、もっとも深い闇を抱えているのはこの坊やだ。

「遅れてすんまへん。山田です。こっさんと呼んで下さい」
私は慇懃に頭を下げた。若者が訊ねる。

「先に別件の仕事が?」
私は口を閉ざした。しばらくはまだ語る気にはなれなかった。

応接間に移る。三人が私を眺める。自己紹介を受けた。この仕事の依頼者が誰か、ヘリコプターの中で聞かされていたが、追加があったことを三人が説明してくれた。

「御丁寧にありがとう」
私は煎茶を啜る。お茶請けは天上天鼓。娘の大好物だった。目を細めながら頬張る顔が目に浮かぶ。
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クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON

ここに来るまでに、自分で穴を掘り、ふたりを埋めた

「お願いがあるんやけど、ええかな」
三人にぴんと張り詰めた空気が漲る。

「そないたいした話やない。源氏首相を仕留める役は、私にやらせてもらえんかな」
私はにこやかに言ったつもりだったが、誰も固い表情を崩さなかった。

「山田のこっさん、この仕事が終わったら、しばらくは僕ら、仕事ができなくなるよね。三人の中でも、特に源氏首相を殺ったとなれば、その後の警察の捜索もいちばん厳しくなる。こっさんは家族はいないの? その人たちにも伝えなくちゃいけないし、今のうち逃げておいたほうがいいと思う」

「おおきに」
私は精いっぱいの笑顔を作った。京都人は言うことと腹の中が違う。彼に伝わったとは思えない。

ここに来るまでに、自分で穴を掘り、ふたりを埋めた。三日三晩寝ずに経を唱えた。手厚く悼むことができたと思っている。
とても安らかな顔だった。ふたりとも、死んだことも知らずに逝っただろう。
「わがままで申し訳ないけど、その辺は主の方が戻られたら、ゆっくり話し合いまひょか」

努めて私は温和に話したつもりだった。が、心は地獄の業火の只中だった。
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そもそもは今回の仕事を受けたことから、ふたりをこの手にかけざるを得なくなった。
手前勝手な考えだが、これは殺すように依頼してきた者が悪いのではなく、殺される依頼を受けた者のせいなのだ。

元凶を私の手で討ち果たすことが、ふたりの供養になる。
「僕はいいけど。ヒロシさんは?」
ヒロシと呼ばれた男が頷く。
「俺にはリベンジしなくちゃならない相手がいる」
「〝最後の伝説〟だね。みゆきさんは?」
「私の敵はいつだって、女を小馬鹿にする男よ」
「夏田銀二。じゃあ僕は石井晴子か。割り当てが決まった」

Shunという若者は満足げだった。
「それじゃあ私は部屋で休ませてもらうよ」

応接間を去った。それから風呂に入り、食事を摂り、早い寝床に就いた。しかし何をしてもふたりの顔が頭から離れなかった。
クワトロフォルマッジ 樋口毅宏 WebLEON
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遙か昔のことを思い出す。家の軒下に野良猫の家族が棲み着いた。子どもの私は興味津々で軒下に潜り込み、母猫が威嚇するのも構わずに、赤ん坊猫を掌に乗せて遊んだ。母猫は子猫たちの首根っこを銜えて、家のそこかしこに隠れた。それでも私は彼らの居場所を見つけては、子猫と遊んだ。母猫はその度シャーッと鳴いた。私に悪意はなかった。知らんふりして子猫と楽しんだ。

あるとき学校から帰ると猫がいない。私はあちこち探してようやく見つけた。親猫は私の机の裏にいた。子猫の姿は見えなかった。よく見ると母猫の口元は赤く汚れている。机の裏は血に染まっていた。母猫は思っただろう。これでもう誰にも奪われないと。

歳月が流れて、私はあの親猫と同じことをした。ふと思う。私が今の仕事に就いているのは、あの猫の祟りだろうか。あの猫は私の教師だったか。その答えを私は求めない。
2025年3月号より
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● 樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)

1971年、東京都豊島区雑司が谷生まれ。出版社勤務の後、2009年『さらば雑司ケ谷』で作家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補および第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補に。著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』『東京パパ友ラブストーリー』『大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた』など。妻は弁護士でタレントの三輪記子さん。最新刊『無法の世界』(KADOKAWA)が好評発売中。カバーイラストは江口寿史さん。
SNS/公式X

● 「クワトロ・フォルマッジ」のこれまでのストーリーはこちら
● 樋口毅宏さんの今作品解説&インタビュー記事はこちら
● 連載対談「樋口毅宏の手玉にとられたい!」はこちら
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