• TOP
  • LIFESTYLE
  • 斎藤幸平さんは言った。「オヤジさんはお金儲けを目的としない集まりを探すべし」

2023.12.12

斎藤幸平さんは言った。「オヤジさんはお金儲けを目的としない集まりを探すべし」

ベストセラーとなった著書『人新世の「資本論」』で現代の大量生産・大量消費を痛烈に批判してきた気鋭の経済思想家、斎藤幸平さんが、消費資本主義の権化とも称される(笑)「LEON」に登場! 果たしてお買い物大好きのLEONオヤジにも救われる道はあるのか? その後編です。

CREDIT :

取材・文/矢吹紘子 写真/内田裕介(タイズブリック) 編集/森本 泉(LEON.JP)

著書『コモンの「自治」論』が話題の経済思想家・斎藤幸平さんに、私たちが目指すべき豊かな社会のあり方について伺うインタビュー企画。後編では、私たちの共有財産であるコモンを自治的に管理するために日本で実際に行われている取り組みと、私たちがとるべき行動について伺います。(前編はこちら
斎藤幸平 LOEN.JP

コモンの自治のために私たちは何をするべきか?

前回はコモンという概念について語っていただきました。コモンとは人間誰しもが必要とする、社会的に共有され守られるべき富のこと。ですが水や電力、住居、医療、教育といった市民の共有財であるコモンの多くが、企業(資本)によってますます独占されつつあるとのこと。斎藤さんはそれらを市民の手に取り戻し、あくまで民主主義的に管理することの必要性を『コモンの「自治」論』で強調します。

「資本主義のなかでは、プランを構想するのは資本の側で、労働者はそれに従って実行するだけ。ふつうの人の構想する力がやせ細っています。それは、お金儲けとは関係のないコモンの分野でも同じこと。裏を返せば、コモンの管理や維持にかかわって、構想する力を養わなくてはいけないのです。地方自治でも、首長や役所のえらい人の命令は絶対というトップダウン型じゃ意味がない。

ただ、水平的な関係を強調しすぎて組織的な動きが作れないのもおかしい。「斜め」のアングルがベスト。

斜めというのは圧倒的なカリスマ性のある人物が率いるのではなく、一般市民にとってそれほど高みではないところから、リーダー的な存在がポコッと出てくるようなイメージです。しかも一人ではなく複数人、それぞれが得意な分野を担いながらかわるがわるリーダーシップをとる。私はそれを『リーダーフルな状態』と呼んでいます」(斎藤)
PAGE 2
岸本聡子 杉並区長 斎藤幸平 LOEN.JP
▲岸本聡子氏は東京都出身。国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」、アムステルダムの国際政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所」などを経て、2022年より現職。杉並区初の女性区長でもある。
斎藤さんによればそのような新しい自治のスタイルは日本でも始まっているといいます。例えば杉並区の例。現杉並区長の岸本聡子氏は2022年に現職の区長を僅差で破り無所属で当選。以来、地域の住民が課題を出し合い、投票の上多くの支持を得た案件に関する予算を採用する「参加型予算」や、区長と区民が行政課題をテーマに直接意見交換を行う会「聴(き)っくオフ・ミーティング」など、住民の主体的な参加に基づく自治「ミュニシパリズム」(地域主義)を掲げ、実行しています。

「岸本さんの選挙運動ってすごく象徴的で、選挙カーに乗って上から話すのではなく、広場に座りながら市民と同じ目線で、そこにいる人たちに話を聞くスタイルだったんです。それに彼女は自民党の本部から推薦されたわけでも、有名企業の元社長でもない。それどころか政策集を準備していた市民たちの動きに共感して、急遽、出馬を決意したという経緯です。岸本さんありき、ではなく市民たちの政策集が先にあったんですよ。

翌年の区議会議員の選挙でも、岸本さんのように普通の暮らしをしていたカフェのオーナーや保育士や専業主婦などの女性たちが、続々と当選し、杉並区では区議会議員の半数が女性議員になりました。社会が変わるきっかけは意外と小さくて、しかも色々なところにあるんです」(斎藤)
PAGE 3

“豊かさの基盤”が崩れてきている今、本当の豊かさとは何か?

前回の話で「成長に依存しないでコモンを増やしていく方法があれば、人は今より豊かな生活を送れる」と語っていた斎藤さん。そのためには、これまでの純資本主義的なライフスタイルを俯瞰して、コモン側に寄せていくスタンスが必要だとも。

「今、豊かな生活を求める前提のようなものが崩れ始めているんです。昭和の頃の世の中がうまくいっていた時代は、お金を増やしてクルマや時計を買ったり、旅行したりできていればよかった。でも今や地球環境はボロボロだし、経済も傾いて、身近なインフラが壊れ、公共的な場もどんどんなくなってきている。そういう豊かさの基盤が崩れてきている状況下ですので、さすがに我々も社会の共有物であるコモンにもっと関心を持って、自分達で積極的にメンテナンスしていかないとヤバいでしょう」(斎藤)
斎藤幸平 LOEN.JP
日本では相変わらず議論となっているインボイス制度も10月からついに始まり、一般庶民にとっても「だいぶしんどい状況」になっていると斉藤さん。その言葉には共感しかないものの、一方でiPhoneの新作が出たら欲しくなるし、好きなブランドの新作もチェックしたい。日々、そんな煩悩(?)に支配されてしまうのが本当のところだったりもします。

「私たちは資本主義のもとでお金を稼いで、そのお金で物を買って生きていくことが自立であり自由だと信じていますからね。ですが、それは逆に言うと資本主義的な論理に絡め取られて、その中でしか生きられない人間になっている証拠でもあるんです。マルクスはそれを『魂の包摂』と呼んでいるのですけど。例えば『LEON』の読者は服が好きだけれど、多くの人は自分で服を作ることはできないでしょう。つまりブランドの力を借りないとお洒落になれないということ。それって本当に“お洒落”なのでしょうか?」(斎藤)
PAGE 4

社会運動と楽しさは相反するというのは思い込み

さらにもう一つ、私たちの腰が据わらない理由は、いわゆる“社会運動”のハードルの高さにもあります。おそらく読者の多くはデモなどの直接的行動には縁がなかったろうし、仮に自分が動いたところで何が変わるだろうか? という心理的なブロックもあり、二重のハードルが立ちはだかるようで……。
▲ イギリスでは新たに国有企業「Great British Railways」がイングランドの旧国鉄のサービス全般とインフラ管理を担う予定。ローンチは2024年秋とされている。PH/By Phil Nash from Wikimedia Commons CC BY-SA 4.0 & GFDLViews, Attribution, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=106080937
「別に“活動家”の方々と一緒に何かをやらなければならない必要は1ミリもないし、必ずしも何十万人レベルで一緒に行動しないといけないわけでもないんです。極端な例をあげると、たった3人の声が国を動かした、なんてこともあるくらいですから。イギリスの鉄道は1997年までに完全に民営化されたのですが、料金の値上げやダイヤの乱れなどが長らく問題になっていた。そこで3人のごく一般的な高齢女性がオンラインで声をあげたところ、それがどんどん大きくなって社会的なムーブメントになり、最終的には鉄道会社の一部が再国営化されるに至ったのです。

きっかけは何でもいいんですよ。『神宮外苑の銀杏並木がなくなったら、俺のランボルギーニを自慢する場所がなくなっちゃう!』みたいなことでも(笑)。気候変動に関する集会でも、農業の現場なんかでもいい。どこから始めるかは自由だし、必ずしも政治的である必要はないので、すでに誰かが活動している場にとにかく参加してみる。日本は人口が1億人以上いるし、コモン自体も至るところに存在するんです。そのうえで、自分なりの関わり方を探してみてはどうでしょうか」(斎藤)
斎藤幸平 LOEN.JP 明治神宮外苑
▲ 明治神宮外苑の再開発では、樹齢100年を超える樹木892本が伐採される予定だったが、反対運動を受け東京都は743本に下方修正。現在もオンラインで署名活動が続いており、これまでに22万人あまりが賛同した。PH/I.M.
PAGE 5
「私たちはみな仕事をする際は色々な知識やスキルを持っているのだから、その延長線上で何かをしてもいいし、趣味的なことにつなげてもいい。写真家じゃなくても写真が上手い人って世の中にたくさんいますし、デザインが得意ならイベントのフライヤーを作るのに役立つだろうし。まあ頭でいくら考えていても正直わからないと思うので、まず何か自分の好きな分野の現場に行ってみてください」(斎藤)
斎藤幸平 LOEN.JP

コモンの自治は、悩めるオヤジさんも救う!?

さらに悩み多きLEON世代のおやじたちに朗報。コモンの自治に関わることで、メンタル面でプラスの効果が見込まれるのではないかと斎藤さん。それはズバリ、新たな生きがいや、日常の中の楽しみを持つことと同義。多少”緩め”でも良しとし、マイペースに付き合っていくことが大事だと説きます。

「中年世代が家庭内でアイデンティティ・クライシスに直面していたり、『俺はいったい何のために働いてるんだろう?』なんて目標を失う人が増えているといいますよね。自分のスキルを活かしてコモン的な活動に身を置いてみるというのは、そういった自己喪失からの脱却という意味でも実は役に立つんじゃないかな。だって単純に楽しいですし、自己肯定感も上がりますから。

社会運動と楽しさは相反するものであるというのは単なる先入観、資本主義に植え付けられた思い込みに過ぎません。それに会合に参加した後、帰りに美味いステーキを食べたっていいんですよ(笑)。今まで0だったのを一気に100までコミットして、全部変える必要はないんです。LEON読者が資本主義70対コモン30くらいの感じで緩くシフトしたとしても、なんのバチも当たりませんよ」(斎藤)
PAGE 6
斎藤幸平 LOEN.JP
▲ 登山やハイキングなど、余暇にはお金がかからず、自然と触れ合えるアクティビティに挑戦してみよう。斎藤さん自身も休日に山歩きを楽しんでいるのだそう。PH/shutterstock
それでも腰が重い人に斎藤さんが提案するのが、「お金儲けを目的としない集まり」を探すとこと。仲間と山に登ったり、農業を手伝ったり、どうしても見つからなければ子供と遊ぶのだってあり。こういった行動が、私たちの視野を広げてくれるのだといいます。

「自分もそうなのですが、歳をとるにつれて友達と会う機会は減るし、新しい友達もできなくなってきますよね。人と会うにしても接待的な感じが多くなってきて、他者との繋がりがなんらかの形でお金やビジネスに繋がるものに矮小化されてしまいます。でもお金が絡まない時間の過ごし方って、実は色々ありますから。そしてそういったお金を超えたやりとりが、経済に頼らない豊かさや、それを可能にする働き方のノウハウを考えるきっかけになるはずです」(斎藤)
斎藤幸平 LOEN.JP

● 斎藤幸平(さいとう・こうへい)

東京大学大学院准教授。1987年東京生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン自由大学哲学科修士課程・フンボルト大学哲学科博士課程修了。大阪市立大学准教授を経て現職。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川文庫)によって、権威ある「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で新書大賞およびアジア・ブックアワード受賞。同書は日本国内で発行部数50万部を超え、世界14言語に翻訳。ドイツなどでも大ヒット。その続編かつ実践編とも呼べる『コモンの「自治」論』(集英社)もベストセラーに。

斎藤幸平 LOEN.JP

■ コモンの「自治」論

斎藤さんをはじめ、精神科医・松本卓也氏、文化人類学者・松村圭一郎氏、杉並区長・岸本聡子氏、社会学者・木村あや氏など異なるフィールドで活躍する専門家たちが寄稿。病院、大学、自治体、個人商店といった身近な生活の中にあるコモンと、それらを自治的に管理する取り組みについてわかりやすく紹介し、意義を問いかける。
集英社シリーズ・コモン/集英社学芸単行本 

PAGE 7

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        斎藤幸平さんは言った。「オヤジさんはお金儲けを目的としない集まりを探すべし」 | ライフスタイル | LEON レオン オフィシャルWebサイト