2025.12.15
奇跡のような一夜のディナーから来年の流行語を占う
石川県小松市の「オーベルジュ オーフ」と、和歌山県岩出市の「ヴィラ アイーダ」。日本のデスティネーション・レストランを代表するふたりのシェフによるコラボレーションは、これからの日本の飲食業界を予想させる示唆に富んだものでした。
2025年の流行語大賞は高市早苗総理大臣の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」に決まりました。2024年は人気ドラマ『不適切にもほどがある!」の略称だった「ふてほど」、2023年は阪神タイガースの優勝スローガン「アレ(A.R.E.)」」でしたが、そのラインナップを改めて振り返ると、それぞれに世相を反映しているものだなぁとなんだか懐かしく感じます。
私のメインフィールドである飲食業界にもやはり流行語というものがありまして、たとえば90年代前半の「イタめし」のようにジャンルを示すものや、パンデミック中の「宅飲み」など行動を表すもの、さらには最近の「麻辣湯」のようにメニューそのものを指す場合などさまざま。「はじめに言葉ありき」とは聖書の中の一句ですが、抽象的な観念や考えも言語化されることで初めて具体となり広まっていくので、言語化は重要なプロセスです。
「デスティネーション・レストラン」で「フォー・ハンズ」って?

▲ 「オーベルジュ オーフ」糸井章太シェフ(左)と、「ヴィラ アイーダ」小林寛司シェフ(右)。25年3月に小林シェフ夫妻が「オーベルジュ オーフ」に滞在した際に意気投合。同7月には糸井シェフチームが「ヴィラ アイーダ」を訪ね、コラボレーション企画をあたためてきた。
な~んてことを、石川県小松市で考えていました。というのも、この日、“デスティネーション・レストラン”として知られる「オーベルジュ・オーフ」にて“フォーハンズ・ディナー”が行われていたから。このデスティネーション・レストランという言葉も、フォーハンズ・ディナーという言葉も、それぞれ10年前だったら何それ? となっていたでしょう。え、ご存知ない?
念のため説明しておくと、デスティネーション・レストランとはそこへ行くこと自体が旅の目的(デスティネーション)となりえるほど価値のある飲食店。フォーハンズ・ディナーとは、2人の料理人が協力してひとつのコースをつくり上げる特別なコラボディナーのことを指しています。
日本各地に点在している飲食店を訪ねて旅をするのも、飲食店の料理人同士が横のつながりを大切にするのも、ともにパンデミックがひとつの契機になったと私は感じています。あの頃、海外に出られなかったフーディーたちは国内の魅力を掘り下げることに懸命だったし、営業を制限せざるを得なかった料理人たちが互いにSNSなどで情報交換することからコラボイベントも盛んになってきたのでしたね。辛い時期でしたが、日本を深く知るきっかけともなった出来事でした。
「Auberge eaufeu (オーベルジュ オーフ)」(石川県小松市)

ここでシェフを務める糸井章太さんは若手料理人の登竜門である料理コンペ「RED U-35」で史上最年少グランプリを獲得した実力者。野菜、山菜、魚貝、ジビエまで、北陸の大自然から得られる素材はもちろん、自身も山へ入り、畑に立ち、目で確かめて仕入れています。その姿勢が料理に揺るぎない“この土地ならではの説得力”をもたらしているのでしょう。庭先で摘んだハーブが香るひと皿や、山の滋味を閉じ込めた温かい料理など、ひとつひとつが北陸の風土とシェフの感性を響かせ合っているように感じます。
糸井シェフはまだ33歳ですから、日々どんどん進化し続けている、というのも魅力のひとつ。多くのデスティネーション・レストランが一度行っただけで満足しがちなスタンプ・ラリー化している現在にあっても、何度でも訪ねたくなる新鮮な魅力にあふれています。
▲ この日のコースから一部を抜粋。一皿めはさつまいものピューレを詰めたグジェール。
▲ すっぽんの出汁で炊いた金時草。
▲ さるなし、シャインマスカット、銀杏などグリーンの食材を黒蜜、柚子胡椒でサラダのように仕立てたひと皿。
▲ レタスのなかに陳皮、マーガオ、黒ゴマペーストなど黒い食材が隠れています。
▲ ローストしたバターナッツカボチャにヘーゼルナッツで食感のリズムをつけて。マリゴールド、ベゴニア、バジルの花も可憐。
▲ スープ・ド・ポワソンにハタケシメジ。添えられているのはニンジンと生七味。
▲ 鹿肉に発酵タマネギ、青胡桃などを添えたメイン料理のひとつ。
▲ デザートはココアチュロスにフェンネルの花を添えて。

▲ この日のコースから一部を抜粋。一皿めはさつまいものピューレを詰めたグジェール。

▲ すっぽんの出汁で炊いた金時草。

▲ さるなし、シャインマスカット、銀杏などグリーンの食材を黒蜜、柚子胡椒でサラダのように仕立てたひと皿。

▲ レタスのなかに陳皮、マーガオ、黒ゴマペーストなど黒い食材が隠れています。

▲ ローストしたバターナッツカボチャにヘーゼルナッツで食感のリズムをつけて。マリゴールド、ベゴニア、バジルの花も可憐。

▲ スープ・ド・ポワソンにハタケシメジ。添えられているのはニンジンと生七味。

▲ 鹿肉に発酵タマネギ、青胡桃などを添えたメイン料理のひとつ。

▲ デザートはココアチュロスにフェンネルの花を添えて。
この小林シェフも変化を恐れない進取果敢な料理人。たとえば、2019年にはそれまで複数あったテーブルをひとつにまとめ、1日1組の営業スタイルへと変更。まるで小林家に招かれたように感じるあたたかみのある空間で、1回の食事を3~4時間かけてゆっくりと楽しむのはなんて贅沢な経験でしょう。この時の小林シェフはインタビューで「今までレストランは非日常を演出する場といわれてきましたが、僕たちは日常の上質を体験してほしいと思うようになった」と語っています。レストランとはもちろん食事をしに行く場ですが、それだけではなく、時間や価値観を共有し、そのことで癒され、励まされる場でもあるのだと感じました。
また、2025年7月からは「Villa Aida」で提供するメニューをすべて野菜にすると発表。ご馳走といえば肉や魚というイメージが強いなか、野菜しか提供しないとはかなり勇気が要る決断ではなかったかと拝察しますが、それを難なくやり遂げてしまうんですね、小林シェフという人は。

▲ディナーを終え、2次会というか、打ち上げ?の場でふたりのシェフ。ゲストはみな満腹でしたが、小林シェフが作ってくれた野菜たっぷりのパスタの誘惑には抗えませんでした。
まさに奇跡のようなセッションでしたが、このふたりの出会いは多くの示唆にも富んでいました。この一夜がこれからの日本のダイニングシーン、こんな風になったらいいな、とヒントをくれたようにも思うのです。そこで、私の考える2026年のキーワードを挙げていきたいと思います。
1.LOCALITY(地域性)
デスティネーション・レストランに代表される日本の地域に注目する動きはまだまだ続きそう。レストランのみならず、食材の生産者にももっと光があたり、日本の魅力を深堀りすることができるでしょう。
2.PERSONALITY(個性)
料理人やサービスパーソンの人柄が消費者をひきつける時代。メディアにたくさん登場しているスターシェフたちとは異なり、SNSから見えてくるようなプライベートの顔や、もっと個人的な結びつきが人を動かします。
3.COEXISTENCE(共存)
サステナビリティという言葉で表現されるような自然との共生はもちろん、家畜や魚類、そして野菜ともともに在るという大きな生命体としての意識。そのために食べ過ぎないことが重要で、量が多すぎるレストランはいつか淘汰されていくんじゃないかな……。
4.REASONABILITY(適切な価格)
昨今のレストランにおける価格の高騰はどこまで進むのか……。もちろん、原価や人件費が上がることで価格が変化するのは仕方ないことですが、一回の食事がちょっとしたアパートのひと月の家賃のような金額になることに、なんだか倫理的な恐怖感を覚えます。そこでレストランの価格は必要以上に安くなくてよいのですが、リーズナブル(理にかなった)なものであってほしい。これは予想というより私の願望かな。































