2018.07.25

酷暑のなか、涼しい美術館で「民藝」の巨匠と出会う

柳宗悦らとともに「民藝運動」を牽引した陶芸家の河井寬次郎。その没後50年展がパナソニック汐留ミュージアムで開催中。巨匠の意外な素顔が覗けますよ。

CREDIT :

文/森本 泉(LEON.JP)

こんにちは、LEON.JPのモリモトです。
皆さんは河井寬次郎をご存知でしょうか? 陶芸好きの方にとってはビッグネームかと思いますが、一般には「民藝運動」を牽引したひとり、ぐらいの認識しかないのでは? かくいう私もそのひとりだったのですが。

その河井寬次郎の没後50年展が、いま、パナソニック汐留ミュージアムで開かれています。これは彼の最初期から晩年までの作品を【寬次郎が生み出したもの】、彼の愛用品を【寬次郎が愛したもの】というふたつの柱によって区分し、その全体像に迫ろうとする企画展ですが、なかなか興味深い展示だったのでご紹介させていただきます。
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柳宗悦だけが酷評したデビュー展

寬次郎は島根の大工の家に生まれますが、16歳の頃には陶工になると決め、20歳で今の東京工業大学の前身である東京高等工業学校の窯業科に入学し陶芸を学びます。その後31歳でデビューするのですが、最初の展覧会から、その高度な技術と豊かなセンスによって天才と評され大きな話題となりました。

しかし、高い世評のなかで、当時、気鋭の思想家として知られた柳宗悦だけは、寬次郎の作品を「東洋古陶磁の模倣であり独創性に乏しい」と酷評します。

普通なら、ここで大喧嘩にでもなりそうなものですが、寬次郎は、逆に自分を厳しく批判した柳の目に感服してしまうのです。実は寬次郎のなかには世間がどれだけ評価しても、ぬぐい切れない自己の作品への違和感があったようで、そこを鋭く指摘した柳の言葉が腑に落ちてしまったのでしょう。自ら進んで柳に連絡をとり、彼との交流を始めるのです。そこからふたりの生涯にわたる友情が始まります。
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民藝運動の牽引者として「用の美」を求める作品を

この柳宗悦を中心に、寬次郎と陶芸家の濱田庄司、富本憲吉を加えた4人が中心となって「民藝運動」が展開されていきます。「民藝運動」とは、無名の工人が作る日用品のなかにこそ普遍的な「美」が宿るとし、これを「用の美」として評価する運動です。寬次郎も自分の作陶を一から見直し、約3年の沈黙期間を経て、それまでとは一変した日常の暮らしを意識した作風を確立していきます。以降、彼は運動の指針のひとつである「無銘性」に即して自らの作品に銘を入れることもやめてしまいました。
その後、戦後に至るまで「民藝運動」は多くの共感を呼びながら続いていきますが、一方で、北大路魯山人や白洲正子をはじめ多くの評論家によるさまざまな批判にも晒されてきました。そんななか、寬次郎は、60歳を目前にして再び作風を一変し、用の美にはとらわれないまったく自由な造形を始めるのです。このあたり、時代の流れのなかで悩みながらも見事に新たな造形を得ていく寬次郎のしなやかな変転はある意味とても見事だとも感じてしまいます。

今回の会場には民藝前・民藝・その後の自由な作風と、それぞれの時期の逸品が数多く展示されているのですが、個々の完成度の高さはもちろんのこと、その作風や技術の幅広さも、とても同じ作家とは思えないほどで、非常に興味深く感じられました。
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井の中の蛙大海を知らず。その後に続くのは

寬次郎は一般には陶芸家として知られますが、実は木彫もこなすし、家具も作るし文章も書く絵も描くという多才な人でした。彼は若い時から、キルケゴールやセルバンテス、鈴木大拙らを読み漁った文学青年の一面もあり、たくさんのエッセーや書も残しています。今回の展示では木彫や書についても大きなスペースが割かれています。
特に面白かったのは書です。例えば「井蛙知天」と言う作品があります。これは「井の中の蛙大海を知らず」という荘子の有名な言葉への対句であり、「井の中の蛙天を知る」と読めます。そしてこの言葉は「井の中の蛙大海を知らず、されど天を知る」として、あたかも最初からあった成句のように世間に広まっているのです。

また「助からないと思っても 助かって居る」と言う言葉は将棋の大山康晴 十五世名人が愛した言葉としても知られています。彼はそのような含蓄に富んだ言葉をいくつも残しているのですね。
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どこまでも「理」を大切にした孤高の芸術家

それにしても、最後まで展示を見て思うのは、時代や作風がどう変わろうが、彼ほど頑迷さから無縁の芸術家も珍しいのではないかということです。それは作風を変えていくしなやかさもそうだし、展示から見て取れる彼の人間性についても同様に感じることです。

芸術家というのは、とかく変人であったり、どこかしら頑固で人間的なバランスが崩れていて、だからこそエネルギーを集中して特別な世界を作ることが出来るようなイメージがあります。けれども彼は“首から上は理系、下は文系”と言われたそうですが、芸術家には珍しく客観的に物事を見つめる目と頭をもった「理」の人だったように思います。
また彼は、よき夫として、父として、祖父として、友人として、誰からも愛される人物でした。人づきあいが大好きで、常に彼の家には訪問客が絶えなかったそうです。そして権威や褒賞を嫌い人間国宝も文化勲章も固辞し、あくまで無位無冠のひとりの陶工としての人生を貫きました。

そんな、人としても魅力的な寬次郎という新たな発見もあって、なかなか興味の尽きない展示でした。この激暑のなか、彼女とどこへ行こうかお悩みのアナタ、汐留なら銀座も近いしデート後の食事にも困りませんよ。ぜひオススする次第です。

◆没後50年 河井寛次郎展 -過去が咲いてゐる今、未来の蕾で一杯な今-

会場/パナソニック汐留ミュージアム
住所/東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
会期/開催中。9月16日(日)まで
開館時間/10:00-18:00(入館は17:30まで)
入館料/一般1000円、65歳以上900円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料
休館日/水曜日、8月13日(月)‐15日(水)
URL/https://panasonic.co.jp/es/museum/
問い合わせ/ハローダイヤル☎03-5777-8600

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