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2020.11.02

「野菜の魔術師」が六本木で仕掛けた美味しい魔法とは?

美味しい日本酒と一緒に最高のアテ(つまみ)が楽しめる「長谷川栄雅 六本木」でいただいたのは和歌山のイタリアンレストラン「ヴィラ アイーダ」の小林寛司シェフの料理。食の豊かさとはなんだろう? と改めて考えさせられる時間でした。

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文/森本 泉(LEON.JP)

▲厳選された5種類の酒の肴と、5種類の「長谷川栄雅」の日本酒を提供する「日本酒体験」。
こんにちは、LEON.JPのモリモトです。
皆さんは小林寛司さんという料理人をご存知でしょうか。彼がオーナーシェフを務めるのは和歌山県岩出市にある「ヴィラ アイーダ」というイタリアンレストラン。東京からはかなり遠隔地にも思えますが、この店はいま、世界中からフーディーやプロの料理人たちがやってくる注目のレストランなのです。しかも客は1日一組だけ。1年先まで予約が取れないとも言われています。

なぜ、そんなことになっているのか? それは彼の作る唯一無二の料理に秘密があります。「野菜の魔術師」とも言われる小林シェフは、自宅レストランの庭で自ら育てた150種にも及ぶ野菜やハーブを使った9品のコース料理を提供するスタイルで20年にわたって営業を続けているのです。その様子は7月に放送された「情熱大陸」でも取り上げられ話題となりました。
昨年には「野菜が美味しいレストラン」ランキングに初登場でアジア最高の17位に輝き、ますます評価は高まっています。そんな、今最も注目されるシェフのひとり、小林寛司さんの料理を、この時期、東京でいただける場所があるのです。それが「長谷川栄雅 六本木」という日本酒の販売店。

実はこちら、兵庫県姫路市で江戸初期(1666年)から続く日本酒メーカー「ヤヱガキ酒造」の蔵元直営アンテナショップ。なのですが、同社のお酒が買えるだけでなく、その酒に合うアテ(つまみ)を日本のトップシェフたちがプロデュースし、これをその場で酒と一緒に楽しめる「日本酒体験」というユニークなサービスを行っているのです。そして10月から12月の3カ月にわたって、そのアテを担当しているのが小林シェフというわけ。

私が試食&試飲に伺った日には、なんと所用で東京にやってきていた小林シェフ、その人が! 幸運にもシェフのお話を伺いながらの試飲&試食となりました。魔術師の、熱い想いとシャイな素顔をご紹介しつつ、ここにお伝えさせていただきます。
▲小林寛司シェフ。1973年、和歌山県生まれ。「villa aida(ヴィラ アイーダ)」オーナーシェフ。
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野菜が取れない時季だから、保存しておいたものを使って

▲酒とアテが提供されるのはショップエリアの奥の畳敷きの和空間。季節の花が生けられた特別な空間です。
今回、小林シェフが作った料理は5品。「黒豆蜜煮」「ドライトマト 梅塩」「柚餅子(ゆべし)クリーム」「かぼちゃ みりん 七味」「玄米 酒粕 生姜」。それぞれが、ヤヱガキ酒造の造る最高級日本酒に合わせて提供されます。

高足膳に並んだ料理を見ると、どれもイタリア料理には見えません。まずはそのあたりから。

── イタリアンというわけじゃないのですね?

「そうですね。完全にオリジナルというか」(小林シェフ、以下同)

── イタリア料理にはこだわらない?

「今はこだわりはないですね。料理の修業をしたのはイタリアですけど、今はそういう(こだわりという)感覚はなくて。取り入れられるものはすべて、和でも洋でも」

── 今回は日本酒のアテということですけど、ご自身でも日本酒は飲まれますか?

「ワインがメインですけど、日本料理屋さんに行った時とか。家でもたまにいただくことはあります」

── そういう時にご自身でアテを作ったりは?

「ないです(笑)。でもレストランの上が自宅なんで。冷蔵庫を開ければ何かありますし、保存食も作ってますので」

── それらを使えばワインに合う料理もできるし日本酒のアテも作れると。

「そうですね」

── お店ではワインに合わせて料理を考えるようなことは?

「あんまりないですね。何かのイベントでもなければ。普段は、自分で作りたい料理を作ってからワインを合わせるので」

── では、先に酒ありき、みたいなことは新鮮?

「新鮮ですね」

── 今回、5種類の日本酒に対して5つの料理ということですが、5種と言っても白ワインと赤ワインのような分かりやすい違いがあるわけじゃありません。

「より繊細な感覚が求められますよね。食感や味がかぶらないのは基本ですけど、お酒の味とのバランス、香りや口当たりとの関係もありますし」

── 最初に5品を考えて、それを料理に合わせていった?

「まず5品考えたと言えばいえるし、でも1点1点考えますから。例えば、まずドライトマトはできたから、あとはこれとこれにしておこうとか。本当にパズルを一個ずつはめていくような感じで」

── 野菜を中心に考えると季節感ということが大きいと思いますが、この、秋から冬への時期の野菜というと?

「そもそも今って野菜が取れない時期なんですよ。夏が終わって、冬野菜が取れ始めるのが、来月(11月)ぐらいからなんですけど。だから保存しておいてたものを使って。ピクルスにしろドライトマトにしろ、黒豆にしろ。柚餅子もそうだし。その中でどうしようかというところから始まったんです」

なるほど。それでは早速お料理とお酒をいただきましょう。
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誰にもできない新しい味を考えていきたい

まず1品目はヤヱガキ酒造のフラグシップ「栄雅 純米大吟醸」に合わせる「黒豆蜜煮」です。自家製の黒豆をやや硬めにシロップで煮た一品で、ほのかな甘みとほどよい硬さが豆の味わいを引き立たせています。旨みを押さえたふくよかですっきりとしたバランスの良い大吟醸とも実によく合います。
2品目は「栄雅 特別純米」と合わせる「ドライトマト 梅塩」。器の縁に梅塩がまぶされていて、まずはこれをひと舐めしてからお酒をいただきます。特別純米酒のもつ米本来の重厚な旨みが梅塩によって開花する感じです。器の中にはキュウリのピクルスとドライトマトが。

「友人が梅干し屋さんをやっていて、昔ながらのしょっぱい梅干しを作っているんですが、その液体をずっと煮詰めて作った梅塩です」

ピクルスもドライトマトも、背筋が伸びるような峻烈な味わいです。

「これはワインでもいけるし。でも日本酒と合わせた時に、意外と合うなと思って」

シェフ自身も色々発見があったようです。
3品目は「長谷川 純米大吟醸 三割五分」に合わせた「柚餅子クリーム」。柚餅子と言っても和菓子の方ではなく、柚子に味噌を詰めて干して作る珍味の柚餅子にクリームを合わせた独創的な一品。

「柚餅子はウチでもつくるんですけど、そのままじゃつまらない。いま、僕が作るならっていう物を考えました。イタリアンというベースもあるし、僕自身が色んな所を旅してきたのを反映したいと思っていますので。そうやって誰にもできない新しい味というのを常に考えていきたいんです」

これまた、柚子の風味とクリームの優しい口溶け感が、柔らかく優美なお酒と相性抜群です。
4品目は「長谷川 純米大吟醸 五割」に合わせる「かぼちゃ みりん 七味」。裏ごししたカボチャのピューレにゼリー状のみりんを合わせた一品。ほの甘いかぼちゃの懐かしいような味わいに、七味のピリッとした辛みが素晴らしいアクセントとして効いています。

「自分の身の回りにあるもので作っているんですけど、ただ、かぼちゃを炊いただけじゃ面白くないんで。それをよりセンス良く昇華させることが大事かなと。そうしていく努力を続ければ食べる人の気持ちを豊かにすることにつなげていけるのかなと」

確かに食べているこちらの感覚も研ぎ澄まされるようです。
最後の5品目は「長谷川 特別純米」に合わせる「玄米 酒粕 生姜」。これは、おせんべい?

「そうですね。ウチは米農家なんで、お米を使ったせんべいです」

パリッとしつつ、しっとり感も併せ持ったせんべいは、酒粕のほの甘さゆえに、上にまぶされた生姜の味わいが実に刺激的。旨みと酸味のバランスが取れたお酒だからこそ、この組み合わせがより新鮮な驚きとなって感じられます。

たかが酒のアテがここまで強い印象をもたらす料理に変貌すること。それを楽しむことが食の豊かさなんだなと改めて実感する時間でした。
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何をやってもお客さんが来ない時期もあって

ここからもう少し、小林シェフにお話を伺ってみました。

いただいた小林さんの名刺には「Chef & Farmer」の肩書が。元々ご実家は農家で、今のお店があるのも、その一画なのだとか。

「代々、米農家でした。でもお米は6月に田植えして9月には稲刈り。あとは暇だったので野菜も作っていました。自宅用ですけど」

── では、子供時代は、家の手伝いで農作業も?

「手伝いはしてましたけど、イヤだった。だから農家にならず料理を始めたんです(笑)」

── でも、結果としてファーマーにもなったと。

「そうですね。本業はシェフですけど(笑)」

高校を卒業して調理師学校を出た小林さん、まずは大阪のイタリア料理店で2年ほど修業。その後、単身イタリアに渡って、4年にわたって8店舗ものレストランで修業。地域の食材を使ってそれぞれの地元ならではの郷土料理を作るレストランが中心でした。帰国後は、どこかの店に勤めることなく、地元和歌山で自ら開業。25歳の時でした。
── 元々は日本の食材でイタリアの郷土料理を再現するみたいなところからスタート?

「そうです」

── でも、今はだいぶ変わっていますよね。

「そこから大分離れて……自由な発想ですね」

── その土地ならではの食材を生かした、そこでしか味わえない独創性のある料理ということですが。

「そうですね。素材をそのまま使うなら誰にもできる。でも、もっと美味しくしたい。例えばサンマは塩焼きすれば美味しいんですけど、やっぱり大根おろしと醤油をかけたらもっと美味しい。それぞれ醤油も美味しい、大根も美味しい、サンマも美味しい、それが皿の上で組み合わされば相乗効果でもっと美味しくなる」

── なるほど。そうやって食材を美味しく食べる方法を探してきた。そのスタイルはずっと変わらない?

「いや。でも途中は紆余曲折色々あって。今年オープン22年めになるんですけど、何をやってもお客さんが来ないという時期もありましたし。フォアグラ出しても、スパゲティ出しても、お客さんは来ない。安いランチで集客を考えたこともありましたが、それだと、ず~っと続けていくのは無理なんです。畑とレストランを両立しながら、安い料理を作って人をこなすって体力的に無理。どうしたらいいんだと、ヒネクレタ時期もあって(笑)。じゃあ、もう好きなことをやろうと。それでダメなら辞めようと思ってました」

そこで振り切ったところから、お店の快進撃が始まったそうです。その土地でその時季にしか食べられない素材を、ひらめきと研究で最高の美味しさに仕立てあげ、わずかにも無駄にすることなく使い切って提供するスタイルは、SDGsなど持続可能な経済が望まれる今の時代の流れにもマッチして、まさに世界から注目される店へと育っていったのです。
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料理人は東京じゃなくてもどこでもできる

── 今の注目されている状況についてはどう感じていますか? やはりプレッシャーも感じたりしますか?

「すごくあります。業界の先輩・後輩もそうだし、来ていただくお客さんもそうだし、常にプレッシャーしかないですね。期待値も上がってくるだろうし、そこを超えて行かないとっていう」

── でも、それは好きなことでもあるから、ある部分、楽しみに変換しながらできる?

「できないですよ!」

── え?(笑)

「楽しめないっていうか、楽しめる時もあるんですけど、ほんと吐きそうですね(笑)。お客様は世界中で美味しいものを食べているフーディーって言われる人たちも来るし、同業のシェフたちも来るし。あ、どうしよう、でも料理は決まってないしって。同じものを作っていければいいんですけど、あれ、もう材料ないしな、次の考えなきゃなって。土地柄、しょっちゅう来てもらえる店じゃないですから、そこでちゃんと結果を出さないとっていうところが……」

── 今のこういう時代ですからね。ネットとかで叩かれたりもするし。

「もしその一つの料理を失敗して書かれてもって思うとね……。でも、今はもうある程度割り切ってます。自分の信じる美味しい料理をただ作ってお出ししてって」

今を時めく人気シェフの予期せぬ本音に多少とまどいながらも、その言葉からは料理にまっすぐ向き合った飾らない人柄が感じられました。

── 今後については何かビジョンはありますか?

「今はもう、和歌山でやってある程度完成したなという思いはあって。ここでやり切ったし、まぁ、これからも続けてはいきますけど。でも、今はできるだけ外に出て、色んな他の土地に行ったりして、交流をもったり。自分が経験できるというか勉強できるところに行って、その経験をもって和歌山に戻って、また新しい気持ちで料理をしていきたいなと」

── そういう気持ちの一環として今回の仕事もおうけになった?

「そうですね。新しいお酒とか素材とか人とかと出会って、新しい発想を得ることで自分の味覚も変わりますから」

── では、これまでやってこられたことを次の世代に伝えていくとか、そういう下を育てる的なことはお考えですか?

「そこがね。自分で育てるのは結構無理なんです。以前は店で人を雇っていた時もあったんですけど、僕は教え方がうまくない(笑)。だから今は地方に行って、生産者やシェフを訪ねて一緒に料理を作るとか。ま、そんなに喋らないんですけど(笑)、そこで若い人には何かを感じてもらえればと思ってやっています。僕の素材の選び方、切り方、火の入れ方とかを見て、感じてもらって」

── 確かに、そういう繋げ方もありますね。そうすると、弟子が何十人何百人もいるようなシェフもいますけど、そういうふうにはなりたくもない?

「なりたくないっていうか、なれない(笑)。だから一人ずつ。店には同業者が来てくれるんですけど、若い子も来てくれて、“あ、俺も田舎でレストランやろう”って言って、お店を出した子が、もう何人かいるんで。それが広がっていけばいいなと……。料理人は東京じゃなくてどこでもできるし、発信できるし」

── ご自身、東京に出ようとは思わない?

「ないです。まったくないです。東京に行くなら僕はニューヨークとか行きたい。なんで東京? 東京って住みにくいよね。何しに行くのって(笑)。行くんだったら海外に出てってという気はありますけど」

── なるほど。でも、やはり、美味しい野菜であれ何であれ、いい食材が身近にあるところでお店をやるというのが基本?

「基本だと思います。陶芸家はいい土のあるところで焼物をするじゃないですか。料理人もそれと一緒です」

シャイな中にも熱い想いと揺るぎない信念が感じられる小林シェフのお話でした。その時季でなければ、そこに行かなければ食べられないものを、最高の調理でいただくことの豊かさ。それを味わい楽しめる贅沢。結局、すべては一期一会。そのことに気づかせてくれる小林シェフの思いが凝縮した特別なアテに巡り合いたい人はこの期間を逃さないで!

長谷川栄雅 六本木

住所/東京都港区六本木7-6-20 1F
営業時間/12:00~20:00
定休日/火曜日
URL/https://hasegawaeiga.com/
予約・問い合わせ/☎03-6804-1528

●料金/1名5000円。厳選された5種類の酒の肴と、5種類の「長谷川栄雅」の日本酒を提供。前日20:00までに要予約で1組4名まで(1日5組限定)。所用時間は約40分。今回のメニューは12月30日まで。

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