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2021.10.17

F1ドライバーに横乗りして富士でスピンしたことも

モータージャーナリストという仕事柄、レーシングドライバー、ラリードライバー、テストドライバーと多くのプロの運転に横乗りした経験をもつ著者。特に思い出深い横乗り体験をドライバーの素顔とともに振り返ってみた。

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第170回

スペシャルドライバーの横乗り体験記

仕事柄、「スペシャルなドライバー」の横乗りを多く体験してきた。F1を頂点とするレーシングドライバー、WRCを頂点とするラリードライバー、、、「昔の名前」になってしまうのはご勘弁いただきたいが、皆さんも「知ってるよ!」、「聞いたことあるよ!」といった名前は少なくないと思う。

まずはラリードライバーから名を挙げてゆく。WRCチャンピオンの座を2度獲得したヴァルター・ロールの横には、アウディ所属のときに2度、ポルシェに移ってから2度の、計4度乗った。ラリー引退後に籍をおいたアウディ /ポルシェ両社の市販車のサイドシートだが、十分に刺激的な体験だった。

テストコースでアウディ・スポーツクアトロをほとんど全開(と感じた)で、そして、南フランスの山岳路で911ターボをほとんど全開(と感じた)で走らせてくれたときのサイドシートは天国だった。

後者は崖っぷちの旧く狭い道路だったが、僕が見た景色は、WRCを追った映像とほとんど同じように見えた。走り出す前に「全開でお願いします!」と頼んだのだが聞き入れられたようだった。

911ターボはほとんどドリフトしっぱなしだった、、、が、それは「完璧にコントロールされたドリフト」であり、深い崖っぷちという恐怖の舞台が、より快感を高めてくれた。繊細なほどに滑らかなステアリングワークとアクセルワークには痺れたし、時折僕に投げかけてくれる優しい笑顔も最高だった。

ラウノ・アルトーネンには、日産240Zで横乗りした。BMCミニのモンテカルロラリー黄金期の一翼を担い、「ミニ・クーパーS」をスーパーブランドに押し上げた立役者の一人だ。

記憶はハッキリしないのだが、1970年代初め頃、日産の追浜テストコースで乗せてもらったような気がする。残念ながら、そのドライビングにもハッキリした記憶はない。たぶん「形式的な横乗り」だったためだろう。
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ハンヌ・ミッコラも歴史に名を残すドライバー。1975年の1000湖ラリー(現在のラリー・フィンランド)でTE27型カローラを駆り、トヨタにWRC初の勝利をもたらした。

僕はその1000湖ラリーに取材に行っていたのだが、、、勝利の翌日、スペアカーのサイドシートに乗せてもらった。そのドライバーがなんとハンヌ・ミッコラだったのだ。

普段着のままだし、ヘルメットの用意もなかった。なので「ほんの感触だけ、、、」の横乗りだと思っていた。しかし、ハンヌ・ミッコラは「かなり踏んだ!」。短い時間ではあったが、コーナーはすべてドリフトで抜けたし、痺れるようなブレーキングも度々あった。

ちなみに、このときのコ・ドライバーはジャン・トッド。そう、後にF1の大物になったジャン・トッドだ。まぁ、未来のことなど誰にもわからない。でも、握手のひとつでもしておけば自慢話になったのに、、、と悔やんだのは35〜40年後のことだった。

ラリー・ドライバーでは、もうひとり大物がいる。ロンドン~シドニー ・マラソンを2度、ツール・ド・フランスを1度、サザンクロスラリーを5度制覇したアンドリュー・コーワン。ドライバー引退後は三菱WRCチームの代表を努め、1988年にはWRCチャンピオンの座をもたらした。

サザンクロスラリーにはよく取材に行っていたし、三菱チームと1カ月近く行動を共にしたこともあり、アンドリュー・コーワンとは顔見知り以上の関係だった。

アンドリューとは、ラリー車に同乗したことはないが、東京から箱根往復を共にしたことがある。その時は往路を僕が運転し、帰路をアンドリューが運転した。この箱根往復ドライブは、最高の思い出のひとつです、、。

アンドリューは僕にはいつも優しく接してくれた。ロンドン~シドニー・マラソン(3万キロ)のとき、僕は貧しいプライベート・チームで参戦したが、アンドリューはメルセデス・ワークスチームのエース(優勝した)。

一晩泊まるようなレストポイントでは、アンドリューは街のレストランに行く。その間にメカニックがクルマを完璧な状態に仕上げる。僕らは一時を惜しんで自らクルマの整備に勤しむわけだが、アンドリューは「一緒に食事に行かないか」と誘ってもくれた。
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レーシング・ドライバーの横乗りはラリー・ドライバーほど多くないし、国内ドライバーがほとんど。サーキットを占有した状況でなければできないのがいちばんの理由だ。

もっとも多くの機会が与えられたのは日産。1960年代後半から始まり、1973年にオイルショックでワークス活動を停止するまでの間に集中したが、素晴らしい経験をさせてもらった。

日産レーシングスクールには欠かさず参加していたが、なんと、レーシングチューンした「フェアレディ Z432」を、僕専用車として(僕の名前がボディに書き込まれていた)用意してくれたりもした。

富士や鈴鹿を借り切った日産ワークスの練習にもよく誘ってもらった。そして、高橋国光、北野元、黒沢元治、、まさに当時、日本の頂点に立っていたドライバーの横に乗せてもらった。特に、北野元にはよく乗せてもったし、多くのアドバイスももらった。

そんな日産から、特別なプレゼントをもらったのは富士スピードウェイでのこと。黒沢元治がステアリングを握るR382に同乗させてくれたのだ。

「ガンさん、全開でお願いします!」という僕の頼みを、たぶん、黒沢元治は聞き入れてくれたのだと思う。「サイドシートに同乗者がいる」という条件下での全開で走ってくれたということだ。

すべてのコーナーとストレートの加速が快感だったが、中でもメインスタンド前のストレートから30度バンクへの進入は強烈だった。バンクが文字通り「壁」のように見えた。そして、バンクの頂上から下に向かって斜めにかけ下る、、怖さなど一瞬も感じなかった。ただただ快感に浸っていた。

F1ドライバーの横乗り経験は1度だけ。フェラーリ時代のジル・ビルヌーブ。富士でフェラーリ・512BBに乗せてもらったが、「履いていたサンダルが脱げて!」第一コーナーでスピン。大笑いしながらの横乗りだった。でも、情熱的なドライビングの片鱗は感じとれた。ナイスガイだった。大好きになった。
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もう一つというか、むしろ僕的にはもっとも価値あるものと思っている横乗りがある。世界の自動車メーカー、あるいは部品メーカー等の実験部所属ドライバーの横乗りだ。一般にテストドライバーと呼ばれる方々である。

テストドライバーとは、ある種、共通の価値観と使命感、そして体感を元にした共通言語で話し合い、通じ合うことができるからだ。こちらは1970年代から始まり、今に至るまで続いている。場所はテストコースから一般路、日本から世界、、、ありとあらゆる条件下で行ってきた。

「”道を知ること”はいいクルマ作りのための最重要条件のひとつ」という認識は昔からもっていた。しかし、日本のメーカーはかつて、その点で大きく遅れていた。

なので、70年代から80年代初頭にかけて、日本のテストドライバーが「世界の道を知る」ことができるよう、同時に「日本メーカーのテスト水準を知ること」ができるよう、ずいぶん動いた。同時に、「テストコースの貧弱さ」も訴えた。

それらを理解するためには、自ら実感することがなにより重要。なので、強い興味を示したあるメーカーの実験担当役員には、欧州まで足を運んでいただいた。僕の体験で「これぞ!」と思ったメーカーのテストコースに足を運び、最高のテストドライバーが全開モードで走るクルマの横乗りをお願いしたのだ。

その役員からは、帰国してすぐ電話があった。「ありがとうございました。岡﨑さんのおっしゃることがよく理解できました。やりますよウチも。やらなければなりませんね!」、、、明らかに興奮した口調だった。

ほどなく、そのメーカーのテストドライバー選抜者たちが「世界の道を知る旅」に出た。

そんなアクションは当然他メーカーにも波及。「世界の道を知る」ことを目的にしたいろいろなプログラムが生まれ実行された。欧州メーカーに近い条件を備えた「生きたテストコース」も徐々に拡大していった。

こうした流れがバブル景気と連動。80年代終盤辺りから、欧州の先達を驚かせ、脅かすような日本車誕生の理由のひとつになったものと僕は思っている。そして、そのお手伝いができたことは僕の宝物になっている。

乗るクルマは軽でもスーパースポーツでも、なんでもいい。素晴らしいドライバーと共に乗り、共に走り、いろいろな意見交換をする、、これが、僕にとってはもっとも興味あることであり、もっとも貴重で、もっとも楽しい「クルマとの過ごし方」なのだ。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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場所:ペーターズショップ&ギャラリー 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-31-18
問い合わせ:03-3475-4947

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