2020.01.19
20年ぶりに復活した「スポーツ4WD」の実力
「GRヤリス」乗ってわかったトヨタの本気度
東京オートサロン2020で世界初公開された「GRヤリス」は、現在、WRC(FIA世界ラリー選手権)を戦っているヤリスWRCの知見/ノウハウを盛り込んで開発された、トヨタとしては『セリカGT-FOUR』以来20年ぶりの復活となる『スポーツ4WD』のロードカーだ。果たしてその実力とは?
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文/山本 シンヤ(自動車研究家)

GRカンパニーの友山茂樹プレジデントは「われわれはマニュファクチュアである以前に『レース屋』です。ワークス体制(TOYOTA GAZOO Racing)でモータースポーツ活動を行い、そこで得たノウハウや知見/人材を車両開発に直接的に投下していくのが、われわれのクルマ作りの基本となります」と語る。
狙うはWRC「ダブルタイトル」獲得
トヨタとラリーの関係は、1957年に豪州一周ラリーにトヨペット・クラウンで参戦したのが始まりだ。その後、1973年にWRCが設立された当初から参戦を行い、1999年にF1参戦を理由に撤退するまでに、4回のドライバータイトルと3回のマニュファクチャラーズタイトルを獲得している。
その後、豊田章男社長は2015年にWRC復活を宣言。2017年、18年ぶりに「TOYOTA GAZOO Racing World Rally Team」として復活を遂げた。

ちなみにWRCを戦うヤリスWRCは、ベース車に対し大きく手を加える部分もあるが、レギュレーションによって手を入れられない部分も多い。つまり、ベース車両の素性が、ラリー車の性能を左右する部分も多いということだ。
2017年のフィンランドラリー取材の際に、GRカンパニーエグゼクティブ・アドバイザー(当時)の嵯峨宏英氏は、次のように語っている。
「ベース車の課題の1つは『重いこと』。チーム代表のトミ・マキネンに言われたのは『頑丈すぎるよね』でした。軽ければ戦闘力は上がるので、次期モデルは軽くて頑丈なクルマにする必要があるでしょう。かんざしを付けていいクルマにするのではなく、“素”のスペックをよくしていきたい。現時点でそれができていないのは認識しており、次のモデルにつなげていきたい」
さらにTOYOTA GAZOO Racing World Rally Team唯一の日本人エンジニアである川村倫隆氏は「ラリーカーと市販車の共通性は38%(その中の8%が改修を実施)です。当然、ベース車の素性が上がれば、そのパーセンテージは上がります。そのために、すべての情報はトヨタにフィードバックしています。それをやらなければこのプロジェクトの意味がありません」と言う。
今回、東京オートサロン2020で世界初公開された「GRヤリス(別名:ヤリスGR-FOUR)」は、ズバリWRCの知見/ノウハウを盛り込んで開発されたロードカーだ。
「失われた20年」を取り戻すために

「GRヤリスは、1999年に生産終了した『セリカGT-FOUR』以来20年ぶりの復活となる『スポーツ4WD』です。トヨタにとって非常に重要なミッションを任されたものの、開発時は生みの苦しみを嫌というほど味わいました」
モリゾウこと豊田章男社長が運転訓練に「スープラ(80系)」を用いていたことは有名だが、実はAWDの運転訓練はセリカGT-FOURではなくスバル「インプレッサWRX STI(GRB)」で行っていた。
豊田社長は「ラリーの練習に励んでいた経験から、スバルのすばらしいAWD技術を肌で感じてきました」と語るが、その裏を返すと「セリカGT-FOURでは通用しない」と感じていたのだろう。
齋藤氏は「これはトヨタのエンジニアにとっては非常に悔しい出来事でした。しかし、われわれにスポーツAWD作りのノウハウがないので仕方ないですよね……。この悔しさも開発の糧となっています」と語る。
では、具体的にどのようなクルマに仕上がっているのだろうか?
今回、世界初公開に合わせてマットブラック仕様の専用エクステリアを採用する初回限定モデル「First Edition(グレードはRZ、RZ“High-performance”の2つ」の予約がスタート(6月末、正式発売は夏頃予定)となった。そこで、現時点で明らかになっていることを中心に解説していきたい。
3ドアのワイドボディに大径タイヤを装着
これは空力を考慮した“機能”のためだそうだ。ちなみにフェンダーは、トレッド拡大(何と86よりもワイド!)と大径タイヤを収めるためにワイド化されており、全幅は1805mmだ。エクステリアは、ベースのヤリスにはない3ドアボディだ。

また、JBL製オーディオシステムや予防安全パッケージ(トヨタ・セーフティ・センス)、大人が乗っても似合うインテリアコーディネートなど、日本のコンパクトスポーツハッチが苦手としていた部分に関しても抜かりはない。
パワートレインはWRカーと同じく1.6Lターボながら、GRヤリス用に開発された直列3気筒を搭載する。専用ブロック/ヘッド、ボールベアリングターボ、排気バルブ大径化などモータースポーツ由来の技術を数多く採用することで、272ps/370Nmのハイパフォーマンスとクラス最軽量/最小サイズを両立している。
「ラリーカーをお手本にチューニングを行い、低回転域のトルクとレスポンスに注力しており、気難しさはないのに速いユニットに仕上がっています」と齋藤氏は言う。

AWDシステムはセンターデフを用いず、リアにシンプル/軽量にこだわったハイレスポンスカップリング(電子制御多版クラッチ式)を採用。前後駆動配分は100:0~0:100までアクティブに変更されるが、3つのドライブモード(ノーマル 60:40、スポーツ 30:70、トラック 50:50)がセレクト可能。また、RZ“High-erformance”にはフロント/リアにトルセンLSDも奢られる。
WRCレギュレーションに合わせた専用フロアを採用
また、WRCのレギュレーションに「ボディの1番低い部分にサイドシルの平行線を落としたところが基準面となり、そこを基準に一定の範囲でサスペンション取り付け点を決定できる」とあるが、GRヤリスはそこも有利に働くよう、専用フロアになっている。
加えて、より軽量/低重心のためにボンネットとドアはアルミ製、ルーフはCFRP製(ローコストカーボン)の「マルチマテリアルボディ」を採用する。さらに、バッテリーをリアに配置することで、重量配分の適正化も実施された。
サスペンションは、フロント:ストラット/リア:ダブルウィッシュボーンを採用。ブレーキは、対向ブレーキキャリパー(フロント:4ポッド、リア:2ポッド)+大径ローター(フロント:2ピース、リア:ドラムインディスク)が奢られる。

クルマ作りは「高い目標」と「課題の明確化」のためにトヨタのさまざまなカンパニーと連携しながら開発を進める「クロスファンクションチーム」で行われたという。
具体的に言うと、商品企画は「GRカンパニー」が担当するが、エンジン・駆動系は「パワートレインカンパニー」、ブレーキ制御は「先進技術開発カンパニー」、シャシー/ボディ/実験などは「コンパクトカーカンパニー」が行っている。
実はこれ、「TMR」が車両開発、ドイツの「TMG(トヨタモータスポーツ有限会社)」がエンジン開発、そして「トヨタ」がFIAとのやり取りなどのマネージメントやTMRの支援を行う“3極体制”を取っているTOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamと同じ手法なのだ。
モリゾウこと豊田社長は、次のように語る。
「86はラリーでもレースでも私の大事な相棒です。スープラもその名にふわさしいクルマとして復活させることができましたが、心の中には『トヨタが自ら作るスポーツカーが欲しい』と言う想いがありました」
「GRヤリスは『勝つためにトヨタが一から作ったスポーツカー』です。これまでのトヨタ車は一般ユーザーのためのクルマを造り、それをレースに使えるように改造してきましたが今回は違います。初めからレースに勝つため、普段お客さまが乗るクルマとはどうあるべきか? そんな発想で開発したのがGRヤリスなのです」
応答性のよさは「ランエボ」並み
ターマック(富士スピードウェイ内のモビリタ)では市販に限りなく近いプロトタイプだったが、グラベル(ダートの特設コース)では、現行ヴィッツのボディにGRヤリスのコンポーネントが組み合わされた初期のテスト車両に、開発中のラリー用パーツ(強化クラッチ、クロスミッション、サスペンション)と、ラリータイヤが装着された仕様だった。
エンジンは、小排気量ターボながらもターボラグはなく、低回転から湧き出るフラットなトルク特性とレスポンスのよさ、そしてレッドゾーン(7000rpm)までストレスなく回る気持ちよさを備える。
試乗車は本調子ではなかったようで、スペックほどのパフォーマンスは感じなかったものの、アクセルを踏んだときの応答性やツキのよさは、2.0Lターボを搭載するスバル「WRX STI」を超え、三菱「ランエボⅩ」並みだった。6速MTは、ストロークこそやや長めだが、軽いタッチでカチッと決まるフィーリングは、横置きMTで最良の仕上がりと言っていい。
フットワークは、「軽さは正義」であることを実感。重量は非公表だが、前後オーバーハングが短いメリットが生きているようで、体感上は1200kgを切るイメージ。ターマックは路面がウエットなうえに、低速かつRがキツい、ジムカーナのようなコースレイアウトだったが、セオリーどおりに走る限りは4WDを感じさせない素直なハンドリングで、リアの安定性も非常に高い。
と言っても、単なる安定志向のハンドリングとは違い、コーナー進入ではドライバーの操作次第でアンダーもオーバーも可能な自在性を備えていた。ただ、限界がかなり高いので、その姿勢を維持するためにはドライバーの腕も要求される。
ちなみにドライブモードは、「ノーマル:安定方向」「スポーツ:ノーズが入りやすい」「トラック:バランスのよさ」と、各モードの差は非常にわかりやすかった。
数cm単位のコントロールも可能

コースはパイロンで作られた“8の字”レイアウトだったが、1周つなげて走らせることはたやすく、「パイロンまで数cm」というように、自分の手足のごとく意のままに操れるコントロール性の高さを感じた。また、絶対的なスピードは高いはずだが、クルマの動きがスローに感じるぐらいの余裕も感じられた。
ダートを走って1つ気になったのは、ペダルレイアウトだ。素早い操作時に、アクセル/ブレーキペダルの間隔がやや広いのが気になった。クルマがよくなると細かいところが気になってくるのだ。このあたりは衝突安全にも関わるので変更は難しいと思うが、開発陣も認識しているようなので改善を期待したい。
ターマック/グラベル共に短い時間の試乗だったので、今回はその性能の一部を味見した程度にすぎないが、総じて言うとレベルは非常に高い。
基本は安定志向だが、ドライバーの操作でさまざまな顔を見せてくれるうえ、ドライバーが失敗したらその失敗をシッカリ教えてくれる……つまり、「クルマとの対話」がしやすいのだ。
このあたりは「86」や「スープラ」にも通じる、トヨタの“味”だと思う。ちなみにまだ章男社長の「合格」をもらっていないそうなので、市販直前まで開発は続くだろう。
価格は396万円~456万円
スポーツカー継続のために86はスバル、スープラはBMWとタッグを組んだが、GRヤリスはトヨタで自社生産される。
齋藤氏は「スポーツカーの開発/生産は特別なことではなく、現地現物を基本とし、ムリ/ムダ/ムラをなくす『TPS(トヨタ生産方式)』を愚直にやることがいちばん大事でした」と語っている。
生産は元町工場のスポーツカー専用ライン「GRファクトリー」を新設。タクトタイム600秒、ベルトコンベアのない特別なラインで1台ずつ丁寧に生産される。

価格は、RZ“High-performance・First Edition”が456万円、RZ“First Edition”が396万円と発表されたが、性能とこだわりを知ると決して高くはない。まさに「令和の4WDスポーツ」の誕生だ。
GRヤリスを購入することは、トヨタのWRC活動に間接的に協力することになる。筆者もその1人になりたいと思っている。