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2017.07.10

原宿に世界一の時計技師がいることを知っていますか?

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文/高木教雄

一体誰が、想像できるでしょうか? 東京・原宿駅からほど近いマンションに、時計のマニュファクチュールがあることを。しかしそれは、実在しています。マニュファクチュールの主(あるじ)は、独立時計師の浅岡肇氏です。
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レンガ調の外壁が瀟洒ではあるけれど、極当たり前のマンションに、時計のマニュファクチュールがあるとはとても思えません。
メーカーやブランドに属することなく、自らの感性と技術とでオリジナルウォッチを製作する独立時計師は、時計界では広く知られた存在。スイスを中心にその数は決して少なくはなく、AHCI(アカデミー/独立時計師協会)なる国際的団体も組織されています。

今や世界的なビッグ・ブランドとなったフランク ミュラーや独創的なメカニズムでマニアな時計ファンを魅了するフランソワ・ポール・ジュルヌが自らの作品を最初に発表したのは、バーゼル・ワールドのAHCIのブースでした。浅岡氏も2013年にAHCIの準会員となり(現・正会員)、バーゼル・ワールド・デビューを果たしています。
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原宿のアトリエは洗練された小さな工場

そのアトリエを訪ねると、イームズやイサムノグチなどの名作家具が並ぶインテリアがスタイリッシュ。ここで時計製作しているとは、とても思えません。しかしその奥に目をやると、卓上旋盤に検査用の顕微鏡や投影機、設計用のコンピューターが並び、マニュファクチュールの一端を覗かせています。

別室に案内されると、旋盤にボール盤、コンピュータ制御で高度な三次元の切削加工ができるCNCフライス盤などが据え付けられ、かすかに機械油の香りが漂う、まさに小さな工場でした。

これらのマシンを駆使して浅岡氏は、ムーブメントのベースとなる地板やパーツを抑えるブリッジ、歯車やその回転軸、テンプ、微細なピン、さらにはケースやダイヤル、針、インデックスまで、時計に関するほぼすべての部品を自作しています。設計や外装デザインを手掛けるのも、むろん浅岡氏自身です。
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デザイナーとしてもその名が知られた浅岡氏らしく、アトリエに置かれる家具やプロダクト類はデザイン性に富んでいます。壁に掛かるのは、かつて手掛けたCG作品。右奥が、設計や検査のためのスペース。
時計業界全体を見渡しても、ここまで自作を貫く時計師は、稀有な存在。しかも、その技術やノウハウは、独学で習得したというから、驚きです。所有する時計を自分で修理・調整し、また専門書を読み込み、ムーブメントの基本構造や組み立て技術を覚えていったとか。そして工作機械を取り揃え、処女作を製作したのが2009年。

本人曰く「どうにか動く程度」だっというその時計は、何と複雑機構のトゥールビヨン!でした。それから試行錯誤を繰り返し、2011年にデビュー作「トゥールビヨン#1」を見事に完成させたのです。
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工作機械室。右にあるのが旋盤、左がボール盤、そして中央にあるのがCNCフライス盤。これらで時計に関するほぼすべての部品を、自作しています。
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時計技師の華麗なる経歴

東京藝術大学卒業後、浅岡氏はプロダクトデザイナーとして活躍し、また写真と見紛うようなコンピューターグラフィックス(CG)の作り手として広告・雑誌業界で知られた存在でした。そのCG技術を、同じじくコンピューター上で三次元設計とシミュレーションができるCADに応用。

CADデータをそのまま形作れるCNCフライス盤を精密にオペーレーションすることで、高精度なパーツ製作を実現しています。その加工精度は、±2/1000㎜! 超精密加工されたパーツを、自ら磨き上げ、組み立てることで、浅岡氏の作品は、優れた精度と美観とを両立し、高く評価されてきました。

直径15㎜の巨大テンプを備える「TSUNAMI」や、人工ルビーの穴石をボールベアリングに置き換えたトゥールビヨン「プロジェクトT」など、独創性も発揮。プロジェクトTは、航空宇宙部品を手掛ける由紀精密と切削工具メーカーのOSGとのコラボレーションから生まれた作品で、日本の優れた技術を海外へ紹介することも、目的の一つでした。
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フライス盤を操る浅岡肇氏。1965年に神奈川県に生まれ、東京藝術大学卒業後、1992年に「浅岡肇デザイン事務所」を設立。2009年から独学で時計製作を開始。2015年からは日本を代表するジュエラー「TASAKI」の時計製作も手掛けています。
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老舗時計ブランドからも絶賛されるクオリティ

そして今年のバーゼル・ワールドでは、自身初のクロノグラフを発表。前述のTSUNAMIをベースにモジュールを追加したその作品は、ダイヤルにクロノグラフ機構の全容を見せています。柔らかで複雑な曲線で形作られるキャリングアーム、キャップを被せたコラムホイールなど、各パーツの設えは古典を踏襲。

プッシュボタンの操作感が、滑らかで心地良いのは、全パーツを徹底的に手磨きしているから。そうした美観や作り込みの良さ、中央のクロノグラフ秒針が1周した瞬間に3時位置の分積算計の針がジャンプするといった極めて精巧な設計は、スイスやドイツの老舗名門ブランドのクロノグラフに比肩できると、大絶賛されています。
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左●今年の新作クロノグラフ。時分針を左にオフセットし、その周囲にクロノグラフのメカニズムを配置した構造が巧妙です。限定3本。手巻き、SSケース(38mm)、クロコダイルストラップ。1200万円。右●2014年発表の「プロジェクトT」。日本製の超極小ボールベアリングを人工ルビーの代わりに用いた革新的な構造の1本です。手巻き、SSケース(43mm)、クロコダイルストラップ。800万円。ともに受注生産。
ファッションやサブカルチャーがそうであったように、日本の時計文化も原宿から世界へと羽ばたきます。

● 高木教雄 / ライター

1962年愛知県生まれ。時計を中心に建築やインテリア、テーブルウェアなどライフスタイルプロダクトを取材対象に、各誌で執筆。スイスの新作時計発表会の取材は、1999年から続ける。著書に『「世界一」美しい、キッチンツール』(世界文化社刊)があり、時計師フランソワ・ポール・ジュルヌ著『偏屈のすすめ』(幻冬舎刊)の構成・開設も担当。

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