今や世界的なビッグ・ブランドとなったフランク ミュラーや独創的なメカニズムでマニアな時計ファンを魅了するフランソワ・ポール・ジュルヌが自らの作品を最初に発表したのは、バーゼル・ワールドのAHCIのブースでした。浅岡氏も2013年にAHCIの準会員となり(現・正会員)、バーゼル・ワールド・デビューを果たしています。
原宿のアトリエは洗練された小さな工場
別室に案内されると、旋盤にボール盤、コンピュータ制御で高度な三次元の切削加工ができるCNCフライス盤などが据え付けられ、かすかに機械油の香りが漂う、まさに小さな工場でした。
これらのマシンを駆使して浅岡氏は、ムーブメントのベースとなる地板やパーツを抑えるブリッジ、歯車やその回転軸、テンプ、微細なピン、さらにはケースやダイヤル、針、インデックスまで、時計に関するほぼすべての部品を自作しています。設計や外装デザインを手掛けるのも、むろん浅岡氏自身です。
本人曰く「どうにか動く程度」だっというその時計は、何と複雑機構のトゥールビヨン!でした。それから試行錯誤を繰り返し、2011年にデビュー作「トゥールビヨン#1」を見事に完成させたのです。
時計技師の華麗なる経歴
CADデータをそのまま形作れるCNCフライス盤を精密にオペーレーションすることで、高精度なパーツ製作を実現しています。その加工精度は、±2/1000㎜! 超精密加工されたパーツを、自ら磨き上げ、組み立てることで、浅岡氏の作品は、優れた精度と美観とを両立し、高く評価されてきました。
直径15㎜の巨大テンプを備える「TSUNAMI」や、人工ルビーの穴石をボールベアリングに置き換えたトゥールビヨン「プロジェクトT」など、独創性も発揮。プロジェクトTは、航空宇宙部品を手掛ける由紀精密と切削工具メーカーのOSGとのコラボレーションから生まれた作品で、日本の優れた技術を海外へ紹介することも、目的の一つでした。
老舗時計ブランドからも絶賛されるクオリティ
プッシュボタンの操作感が、滑らかで心地良いのは、全パーツを徹底的に手磨きしているから。そうした美観や作り込みの良さ、中央のクロノグラフ秒針が1周した瞬間に3時位置の分積算計の針がジャンプするといった極めて精巧な設計は、スイスやドイツの老舗名門ブランドのクロノグラフに比肩できると、大絶賛されています。
● 高木教雄 / ライター
1962年愛知県生まれ。時計を中心に建築やインテリア、テーブルウェアなどライフスタイルプロダクトを取材対象に、各誌で執筆。スイスの新作時計発表会の取材は、1999年から続ける。著書に『「世界一」美しい、キッチンツール』(世界文化社刊)があり、時計師フランソワ・ポール・ジュルヌ著『偏屈のすすめ』(幻冬舎刊)の構成・開設も担当。