文/篠田哲生(時計ジャーナリスト)
伝統を重んじる時計業界のなかで、日進月歩で進化しているのが工作機械。ミクロン単位の正確な加工が可能になったことで、、機械式時計の精度も品質も瞬く間に向上した。しかしその結果、いわゆる“伝統的な手仕事”を使う機会が減っている。テクノロジーの進化によって、伝統技術が隅に追いやられているうえに、その技法は時計学校でもほとんど学ぶことはできないのだ。
この状況に警鐘を鳴らしているのが、時計師ステファン・フォルセイとその盟友であるロベール・グルーベルだ。彼らは2007年に「TIME Aeon Foundation」を設立、2009年から「Le Garde Temps,Naissance d‘une Montre(ル・ガルド・タン ネソンスドゥンヌ モントル=時を計る、時計の誕生)」というプロジェクトを開始。

これは“時計芸術”のノウハウが失われることを防ぐために、ステファン・フォルセイとロベール・グルーベル、そして孤高の時計師フィリップ・デュフールが中心となって、時計師を育成するというものだった。
null
「Le Garde Temps,Naissance d’une Montre(時を計る、時計の誕生)」プロジェクトから生まれたハンドメイドウォッチ。トゥールビヨンの振動数は毎時18,000振動に抑えており、優雅に動く。写真の時計はサンプルのため、細部の仕上げは少々物足りないが、製品化される際には1本ごとに異なる装飾技術を駆使される。価格は全て45万スイスフラン(約5292万円、1スイスフラン≒117.6円、7月6日現在)。
白羽の矢が立ったのはパリの時計学校の教師だったミッシェル・ブーランジェ。レストアのスペシャリストであり、理論派で頑固という典型的な時計師タイプの彼こそ、”時計伝術”の伝達者にうってつけの人物だった。最初のデッサンから部品の製造、仕上げに至るまで、スイスの伝統的な手仕事のノウハウと、その技術を使って時計を製造しなければならなかった。

使用する機械は1920年代製で、歯車やねじも全て手作業で作りだした。工作機械が進化し簡単に正確なモノを作ることができる時代だからこそ、パーツのひとつひとつも手で作り出すことこそ伝承するためだ。
null
ミッシェル・ブーランジェはフランス出身の時計師で、パリの時計学校の教師を務めていた。「ガルド・タン」のプロジェクトに参加している時は、何度もパリから工房のあるラ・ショー・ド・フォンへと通い、さらにはテレビ電話などを使って、技術を習熟していった。
完成したプロトタイプは“スクールウォッチ”と命名され、2016年6月に開催されたクリスティーズのオークションに出展された。その落札価格はなんと約1億5000万円だったという。それだけの価値があるプロジェクトだと、世界中が認めたのだ。

そしてこの壮大な「ガルド・タン」プロジェクトは最終的に、仕上げの異なる11本の時計を製作し、その時計を11か国11店舗で販売することになっている。その希少で時計の歴史的にも高い価値を持つ時計を手に入れることができる幸運な11名は既に決まっている。
null
このプロジェクトのキーパーソンが、ステファン・フォルセイ(左)。1990年にスイスにわたり、ヌーシャテルのWOSTEPにて複雑時計の教育を受け、1992年に複雑時計工房「ルノー・エ・パピ」に入社。複雑機構を担当する。1999年に同僚だったロベール・グルーベルと共に独立し、2004年にハイエンド時計ブランド「グルーベル・フォルセイ」を設立。
しかしながら、時計はスイスという国にとっては根幹産業であるにもかかわらず、なぜ伝統技術をサポートしないのだろうか? 日本には“人間国宝”などの制度によって、国が伝統継承をサポートしている。しかしスイスは技術を守ろうという行政からの働きかけがないそうだ。そのため時計師たちが責任感をもって行動するしかないのである。

この「ガルド・タン」プロジェクトの第一期は、時計の完成によって一旦は終了するが(時計の最終デリバリーは2018年を予定)、今度はミッシェル・ブーランジェが先生となり、彼の生徒たちに伝統的な時計技術を教えていくことになる。

さらにはロベール・グルーベルとステファン・フォルセイによる時計ブランド「グルーベル・フォルセイ」では、「ガルド・タン」プロジェクトにて講師として参加していた、グルーベル・フォルセイの創立時から活躍する時計師ディデイエ・クレティンともに、同様に手作業にこだわり抜いた時計「シグネチャー1」を完成させている。

ガルド・タン」プロジェクトによって生まれた、伝統的な時計技法を受け継いでいくという理念は、様々な形で結実しつつあるようだ。

とことんまで手作業にこだわった共作

null
「ガルド・タン」プロジェクトをサポートしていた時計師ディデイエ・クレティンとグルーベル・フォルセイによる共作「シグネチャー1」は、テンプまで自社設計したというこだわりの作品。世界限定11本。手巻き、PTケース(41.4mm)、アリゲーターストラップ。2700万円(予価)/グルーベル・フォルセイ(グル―ベル フォルセイ・ヴィタエルーキス 銀座ギャラリー)

●篠田哲生

1975年千葉県出身。講談社「ホット ドッグ・プレス」を経て独立。専門誌やビジネス誌、ファッション誌など、40を超える雑誌やWEBで時計記事を担当。時計学校を修了した実践派である。
■問い合わせ
グル―ベル フォルセイ・ヴィタエルーキス 銀座ギャラリー 03-6264-5685

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

登録無料! 最新情報や人気記事がいち早く届く! 公式ニュースレター

人気記事のランキングや、Club LEONの最新情報などお得な情報を毎週お届けします!

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Web LEONの最新ニュースをお届けします。

SPECIAL

    おすすめの記事

      SERIES:連載

      READ MORE

      買えるLEON

        スイス時計産業の“伝統”がなくなる?! | メンズウォッチ(腕時計) | LEON レオン オフィシャルWebサイト