2025.07.13
スタートのドアマン、終わりのドライバー。「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」を支えるオヤジたちの情熱が美しい
創業115年の歴史を誇る「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」。このホテルの居心地に魅了されるゲストは数知れず。高いホスピタリティを叶えるスタッフたちの象徴となる、ベテランの姿を追った。
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- 文/大石智子(ライター)
オーケストラのひとりひとりがプロフェッショナル

これまで、そんな話をホテル関係者とする機会が複数回あった。帝国ホテルの元社長・小林哲也氏の言葉であるようだ。オーケストラはひとりひとりが奏でる音が重なり合うことで、素晴らしい演奏が完成する。様々な役割が集合するホテルも然り。そして、人の心を動かす。簡単なことではない。
今年春、オーケストラの例えがその通りだと、マドリードのホテルで実感した。「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」。伝説のホテル王セザール・リッツが生み出した、世界に3軒しか現存しない“Ritz(リッツ)”の名を冠するホテルのひとつだ。なお、「ザ・リッツ・カールトン」は、“Ritz”に感銘を受けて命名された別ブランドである。

歴史深いホテルには、熟練のスタッフがつきもの。それが、「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」には多かった。滞在するうちに、次から次へといぶし銀の新キャラが登場する。彼らはスペイン人らしく一様に陽気でお喋り。いかにこのホテルを愛し、自分の仕事を誇りに思っているか私に伝えた。帰国してもその姿が印象に残っているので、代表するオヤジたちについてお伝えしたい。
ドアマン歴30年/イヴァン・ガルシア
「このホテルの扉の前が、私の人生そのものです」
イヴァンがこのホテルのドアマンとして働き出したのは、1995年の10月11日。18歳になる年だった。青年はごく自然な流れでここに立つことになる。

「初日のエントランスでのことをはっきり覚えています。自分はなんて美しい場所に立っているんだと感激して、初めの一週間は密かに泣きっぱなしでした(笑)。静謐で完璧な場所。人としての様々なことを、この扉の前で学んでいくのだと実感しました」
それから30年。「いまもゲストの数だけ学びがあります」という。例えば、「馴染みの企業の皆さんは、重役の方も、“やあイヴァン、元気かい? 家族は元気か?”と気さくに声をかけてくれます。そういった気遣いの言葉は、社会人として非常に尊敬すべきところです」と話す。

変化で言えば、この30年でマドリードの夏はかなり暑くなり、ドアマンの仕事は厳しくなった。「こんなに温暖化を感じる仕事はない」と笑う。なお、夏は随時エントランス隣の屋内ホールに入れるなど、涼しく過ごせる考慮もされている。

「ドアマンはホテルの第一印象。そして第一印象はフィーリングで決まります。だから私はゲストの目を見て、“ここはあなたの家です”ということを視線で伝えようと努めています。なかには緊張している方もいるでしょう。そういったゲストには、滞在の始まりから安心していただきたい。愛を込めて、目を見ています。本当にお客様を愛しているからです」
仕事への熱量がむんむんと伝わってくる。まさに情熱の国のドアマンだ。
「このホテルの扉の前が、私の人生そのものです。私の仕事と人生を誇りに思っています」
ドライバー歴41年/アルヴァロ・サンチェス
「リッツ マドリードは私のセカンドハウス。日々ステキなお客さんに出会える、とても幸せな仕事です」
「実は、来年引退します。私は年をとりすぎて、いま64歳なんですよ。でも、本心では引退したくありません。なぜなら、リッツ マドリードは私のセカンドハウスだから。ドライバーとして働くのにとっても幸せな場所だからです。正直、私はまだまだ運転できると思っています。運転に必要なトレーニングだって続けていますし、何より運転は私の情熱だから。でも、国の決まりだから仕方ありません」

マドリードの国際空港から「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」まではクルマで20〜25分。アルヴァロはスペイン語にイタリア語、英語、少しのポルトガル語を話し、日々、世界中のゲストとコミュニケーションをとる。車中は自然な会話が生まれやすく、実はドライバーは宿泊ゲストと話す時間が最も長い役割のひとりだ。
「時には驚くような会話が耳に入ってくることもあります。もちろん誰にも言いませんが」と、存在を潜め、車中を議論の空間としてもらうこともある。欧州のドライバーならではの、こんな話も。

「あるひとりの映画俳優を乗せる機会がありました。著名人を乗せることも多いですが、そのなかでも彼はとても有名で本当に優しかった。当時、彼は母親と一緒に来ていて、“アルヴァロ、ひとつお願いがある。母親にスペインの色んな教会を見せてあげてほしいんだ”と私に言いました。いくつかの美しい教会へ彼の母親を連れていくと、彼らはとても喜んでくれました。その様子に私も嬉しくなりましたし、母親とふたりで出かけていましたから、私を信頼してくれたことも嬉しかったです」
そして多いのが、地元のレストランを聞かれること。筆者もクラシックに絞って聞いてみたところ、郷土料理のコシード・マドリレーニョ(マドリード風シチュー)なら「LA BOLA」、魚介なら「O’Pazo」、米料理なら「Casa Benigna」との返答。未知の3軒を帰国直前の空港に向かう車中で聞いたので、マドリードに再訪したい気持ちが強まった。できればアルヴァロが引退する前にもう一度送迎を依頼してみたい。
「日々ステキなお客さんに会える、とても幸せな仕事です。私はドライバーとして、自分の人生を通し、運転とは何かを学べたことがとても幸せです」
ホテル業界歴39年/総支配人ロバート・ロウ
「社内食堂では、ハウスキーピングや接客チームなど現場の人間と一緒に座るようにしています」

「お客様が、本心から、純粋に、“ここが世界で一番好きなホテル”と言ってくれた時です。何回かあり、一番好きな理由のほとんどがスタッフなのです。このホテルには20年や30年以上勤めているスタッフがたくさんいて、彼らは自分の仕事に情熱を持ち、ゲストへのケアが素晴らしい。私のキャリアで最も熟練のスタッフが多いホテルです」

「例えば、社内食堂では朝昼夕食を提供し、もちろんフリーです。選択肢も十分にあって、とても美味しいですよ。スープやサラダバーに、3種類の前菜と3種類のメイン料理。温かでフレッシュな料理を食べることは、働くうえでとても重要なことです。毎日ランチを買っていたら高くつきますし、家族食堂みたいなものです。ここで夕食をとってから家に帰るスタッフもいます。そして、社内食堂では異なる部署の人たちと相席して交流することを奨励しています。私を例にあげますと、飲食部長や財務部長など、そういう役職の人とは絶対に同席しません。ハウスキーピングや接客チームといった普段会話をする機会の少ない現場の人間と一緒に座るようにしています」

ファミリー感が、風通しのよさに繋がる。「スタッフひとりひとりの意志をくみ取り、伸び伸びと働ける組織づくりを心がけています」と話す総支配人の理想を叶えるには、オープンな関係性が必須だからだ。
「その人が企業でキャリアを積みたいと言えば、私たちは彼をキャリアアップへと導きます。でも、長く働いている尊敬すべきスタッフには、いまの仕事を全うしたい人もいます。人それぞれ、異なる方法で能力を輝かす必要があります。そのためにも、スタッフのことをよく知り、彼らがホテルから何を得たいのかを理解するように努めています」

料理人歴39年/キケ・ダコスタ
「歴史あるホテルでの華やかな気持ちを後押しするような料理を」

そんなキケ・ダコスタが、2021年の「マンダリン オリエンタル リッツ マドリード」のリニューアルオープンに伴い、ホテルの食を指揮するディレクターに就任。実はその6年も前から、改装プロジェクトに参加し、「歴史あるこのホテルで、愛と責任をもって、革新と伝統を融合させたい」と、スタイルを確立していった。

以下、ホテル内のレストランを3軒紹介する。
■ 2つ星レストラン「DEESSA」

豚の旨味を存分に表すクリームブリュレは金箔付きでスプーンも金色。豪華な流れのなかで効いていたのが、ビーツとディルのスープにケフィア(発酵乳飲料)のアイスクリームを合わせた一品だった。一変して繊細で爽やかな風が吹く。そうかと思えば、自家製カラスミやスペイン産キャビアを並べた魚卵盛り合わせで再びゴージャスに。2つ星を獲得するレストランはサービス精神に溢れ、記念日利用するマドリード市民も少なくないとか。
■ 2つ星に負けないランチを提供する「PALM COURT」



■ パエリアが絶品の「EL JARDIN DEL RITZ」

そして、デザートはマドリード伝統のすみれキャンディから着想を得たデザート。すみれの可憐な香りがヨーグルトのフォームと相性別群。懐かしさと洗練が同居するデザートに仕上がっている。


■ マンダリン オリエンタル リッツ マドリード
宿泊料金/1泊€900〜(税別)
HP/https://www.mandarinoriental.com/en/madrid/hotel-ritz
