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2018.10.04

中島らも、山田風太郎……命を削って酒を愛した伝説の作家たち

酒を愛し、酒に愛された無頼の作家たち。中島らも、山田風太郎、尾崎放哉、井伏鱒二……。秋の夜長に彼らの作品を読んでいると、無性に酒が飲みたくなる。

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文/秋山 都

一口、ふくんでみる。口腔をピリピリさせたあと、酒は細い蛇のように食道をおりていく。だいじょうぶだ。一息で残りを飲んでしまう。電熱コイルにスイッチがはいった感じで、胃の腑と食道に、ぽっと灯(ひ)が点(とも)る。

とは、中島らもの代表作にして吉川英治文学新人賞受賞作『今夜、すべてのバーで』の冒頭シーン。自身の体験を基に、アルコール中毒の患者の入院生活をつぶさに描いたこの作品で、主人公である小島が入院前の最後の一杯(ワンカップ)を楽しむくだりである。

実際に中島らもは1988年にアルコール性肝炎で入院。小説は、「ミルクをくれ、ストレートで」と、バーで牛乳を注文するシーンでエンディングを迎え、もう酒は飲まないのかと期待させたが、実際には中島はその後ゆるやかに飲酒を再開したといわれ、2004年に酒場の階段から落ちて大怪我をし、亡くなった。

彼のエッセイには酒やクスリとのエピソードが多く描かれている。出典がどの作品だったか記憶が定かではないのだが、キッチュこと松尾貴史と京都の老舗バー(サンボアか?)を訪れ、居合わせた嫌味な有名人に聞こえるように「ハゲの文化人」とよく通る声でユニゾンで唱和。その有名人は激昂し、すわケンカになるかと思われたが、手練のバーテンダーに慇懃無礼に追い出された話、「ヘルハウス」と呼ばれていた当時の自宅にヒッピーたちが集まり、猫に睡眠薬を飲ませたら翌朝、飼っていたウサギが首だけになっていた話など、面白哀しい逸話は枚挙にいとまがない。
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「アル中ハイマー」だった山田風太郎

もちろん酒と親しんだ作家はほかにもたくさんいる。
自らを「アル中ハイマー」と称した山田風太郎は毎晩5時から8時か9時までウイスキーをボトル3分の1ほど飲みつづけた。85年に発表された『私の死ぬ話』には「五十年で約6千本飲んだことになる」と書いている。山田はこのとき63歳。その後、79歳で亡くなっているため、その生涯で空けたボトルは7千本にも及ぶだろうか。

名エッセイ『あと千回の晩飯』でも知られ、おいしいものに目がない山田の好物は「チーズの肉トロ」。あちこちで書いているこの料理のレシピを記しておこう。

薄い牛肉で、例のとろけるチーズ(国産で結構)を包んで焼く。大食でない私の場合、焼いたものは掌(てのひら)大の大きさで充分である。これに生野菜をそえ、すったニンニクと醤油で食う。ただそれだけである。本来なら肉のチーズトロといったほうがまだ正しいだろうが、語呂の関係上、チーズの肉トロと称する。
これでオンザロックのウイスキーを飲み、あと飯は、何ならメザシとお新香だけでもいい。(『半身棺桶』)
酒が好きで、おいしいものが大好きだったのは、ほかに檀一雄や、立原正秋、池波正太郎など。彼らの小説やエッセイには食べること、飲む光景が頻繁に現れるが、この3人はどちらかといえば自宅でゆっくりと飲む、またはツマミを作りながら飲む、“ウチ飲み”派。
対する“ソト飲み”、つまり酒場で飲む印象が強いのは、吉行淳之介や梶山季之などの銀座(クラブ)系や、田中小実昌や色川武大、椎名誠のような新宿(バー)系――放浪する街や酒場の趣によって作風やファン層も分かれるように思うが、とまれ、彼らの作品には酒場が多く描かれる。
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彼らはなぜそうまで飲み、書くのか

彼らはなぜそうまで飲み、書くのか。それは先に引用した『今夜、すべてのバーで』に答えがあるように思う。

アルコールは空白の時間を嗅ぎ当てると迷わずそこにすべり込んでくる。あるいは創造的な仕事にもはいり込みやすい。創造的な仕事では、時間の流れの中に「序破急」、あるいは「起承転結」といった、質の違い、密度の違いがある。イマジネイションの到来を七転八倒しながら待ち焦がれているとき、アルコールは、援助を申し出る才能あふれる友人のようなふりをして近づいてくる。事実、適度のアルコールを摂取して柔らかくなった脳が、論理の枠を踏みはずした奇想を生むことはよくある。(『今夜、すべてのバーで』)


もちろん、ゼロの状態から何かを生み出すには、凡人には想像もつかない苦しみがあり、アルコールがもたらす高揚や緩和が彼らを鼓舞し、刺激し、ときに興奮しすぎた脳を休ませるために一役買っていることはあるだろう。しかし、本当にそれだけか。

筆者の貧しい経験で目にした物書きの姿はみな極度にシャイで、どちらかといえば内向的。毎夜、酒場で気炎をあげるライター、脚本家、作家たちは酒の力を借りて、非力な自分自身を脱ぎ捨てているかのようにも思えた。

その端的な例が尾崎放哉だろう。「咳をしてもひとり」「いれものがない両手でうける」「こんなよい月をひとりで見て寝る」など自由律俳句で知られるこの人は東京帝国大学を卒業し、一流会社の要職に就くも、酒に酔うと毒舌になり、悪態をつくという酒癖の悪さでしくじり続け、家族に見捨てられ、最期は極貧のなか小豆島の庵でひとり死んでいった。

ものを書く人にかぎらず、わたしたちが自分自身という不完全な存在に対峙するとき、目について仕方ない欠片のようなものを酒はそっと埋めてくれる。その優しさに人は甘え、失敗を繰り返してきた、でも飲まずにいられない――それが酒の魔力なのだろう。

この項を締めくくるのに、秋にふさわしい詩で終わりたい。井伏鱒二による「仲秋の名月」は、一読するたびにふわりと胃の腑があたたまる、「読むぬる燗」のような一遍だ。酒はやっぱり良いなあ、今夜も飲みたいなあ、と思う。

今宵は仲秋名月
初恋を偲(しの)ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ

春さん蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿

ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先づ腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ

今宵は仲秋名月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ

(文中敬称略)

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