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2021.07.22

■平出和也(登山家)中編

世界が認めた登山家・平出和也「自分の弱さをポジティブなものとして捉えられるようになって」

登山界のアカデミー賞といわれる山岳賞「ピオレドール」を3回も受賞し、今や世界にその名を轟かせるアルパインクライマーの平出和也さん。世界の未踏峰、未踏ルートを次々と開拓してきた超人的な登山スタイルを支えるメンタルはどのようにして生まれたのでしょう? その2回目です。

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文/浜野雪江 写真/岸本咲子

世界の未踏峰、未踏ルートを切り拓き、2009年に登山界のアカデミー賞といわれる山岳賞「ピオレドール」を日本人として初受賞したアルパインクライマーにして山岳映像カメラマンでもある平出和也さん。前編では大学生から始めた登山で次第に自分のスタイルを作っていくまでの心の変遷についてお話をお聞きしました。
 
中編では、平出さんにとって運命の山となったシスパーレへの4度目の挑戦、そして自分の弱さと向き合う勇気について伺いました。

4度目で登頂に成功したシスパーレ。山頂には亡きパートナーの写真を埋めて

── 最高の登山パートナーだった谷口けいさんの死を乗り越え、登山家として新しいスタートを切るという決意で臨まれた、シスパーレへの4度目の挑戦。それはどんな体験だったのでしょう?

平出 やはり山頂には、そう簡単には立たせてもらえませんでした。4度目の挑戦では北東壁を直登し、オリジナルルートを描こうと決めましたが、ベースキャンプで大雪に10日間近く閉じ込められたり、7000m近い最終キャンプでは悪天候で停滞して、心が折れそうな時もありました。けれど、今生きている自分は、志半ばで亡くなったけいさんや仲間たちの思いも背負って挑むのだから、可能性が1%でもあるならそれを探ろう、弱い自分に負けてはいけないと自分に言い聞かせ、なんとか耐えることができました。

幻覚や幻聴も初めて体験し、極限まで追い詰められましたが、絶対にやり抜くという決意でようやく登頂に成功したんです。今思えば、極限の中にあっても、安全なルートをイメージして積み重ねた判断が成功につながったのだと思います。山頂では気持ちが昂るのかなと思いましたけど、意外と冷静でしたね。けいさんの写真を山頂に埋めて、悲しさが思い出に変わった瞬間だったのかもしれないし、それ以上に、「生きて帰れるかな」という心配がありました。
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山はいくら頑張っても登れない時は登れない

── 山に挑む最中も、答えがないぶん常に判断を迫られる状況で、何を判断基準にしているのですか。

平出 あとで振り返った時に、そこでやり残したことはないと思えるか、後悔がないかっていう、それだけです。山での時間は常に自分との対峙なので、自分に嘘をつかないこと。それがすべての判断基準です。

山って自然が相手ですから、いくら頑張っても登れない時は登れないんですね。とはいうものの、さっきのシブリンじゃないけど、どこかで無理をしなければ、こういう登山は成功しないんです。たとえば、登山家が山で困難に直面した時、自分の中に引き出しがいっぱいあって、ハプニングが起きても解決できる策があれば、挑戦すればいいと思うんですけど、そういう引き出しもないのに無謀な一線を超えるのはもちろんよくなくて。ただ、安全がわかっていて突っ込むのも冒険ではないですし、そのへんの線引きは難しいんです。

── リスクを冒すのがカッコいいことじゃないというのは、最初から思っていたのですか。

平出 自分の実力をはるかに超えるリスクを冒すのがカッコいいことじゃないというのは思っていました。でも、リスクを冒さないと成功しない登山もあって、そこで自問自答していますね……いつも。
── その際も、「ここで退いて後悔はないか」というところで最終的には決めるのですか。

平出   「後悔はないか」と思っている時点では、まだ余裕があるんだと思うんです。「もう引き返そう」と思う時っていうのは、超えられない壁がひとつ出てきたからじゃないんです。そこに行き着く前にすでに限界を2つとか3つ超えてきちゃって、今ここで帰らなかったら、この4つ目を超えたらもう帰れないだろうなっていう、その積み重ねの答えなんですよね。

未踏の道を行く時は、安全に引き返してスタート地点まで帰ってくることを考えて、一歩あるいては足の裏から伝わってくる雪の状況を感じ、風を感じ、降る雪のにおいを感じ、五感と第六感をフルに働かせながら判断を積み重ねていきます。最終的な決断を下すまでの判断の蓄積はもう無数にあるし、言葉で言えない判断がいっぱいあるわけです。

昔はその怖さ、足元の怖さを知らなかったから無鉄砲に行けていたのが、怖さを知って、より臆病になっていますね……。もちろん、それでいいと思っていますけど。登山はどうしても、足元の危険より山のてっぺんばかりに目がいき、背後がしっかり見えなかったりするものなので。そういうものを確認できるような広い視野をもつことが、山においては特に重要だなと思っています。
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▲ 4度目で成功したシスパーレ登山。帰還後にパートナーの中島健郎さんと。写真提供/石井スポーツ

強い人間と思われているかもしれないけど、本当の自分は未熟だし弱い

── 平出さんは、“人間としての強さを備えた人になりたい”という思いで登山を始められたとのことですが、弱い自分とどう向き合ってこられたかについても伺えますか。

平出 強いか弱いかで言えば、僕はどちらかというと弱い方の人間で、これまでの成功は、もちろん僕自身が残してきてはいますけど、やはりパートナーがいなかったら残せなかったものです。ピオレドールを初めて受賞した2008年のインドのカメット峰(7756m)登頂も、大雪が降って、僕が「帰りたい」と言った時に、パートナーの谷口けいさんが「もうちょっと頑張ろうよ」と僕を引き留めてくれたことで続行できたものですし。どの登山も、本当にパートナーたちに助けられ、支えあうことでやってこれたんです。

── カメット登頂で国際的な賞を受賞し、ご自分の登山が世界で認められた時はどんなお気持ちでしたか。

平出 僕たちは、カメットの山頂につながる未踏の南東壁にラインを引いたわけですが、「情報があふれるこの時代でも、よくこんな壁を見つけて登ったね」とみなさんから言われたんです。僕がやりたいのは、誰よりも高度なテクニックで難しい登山をすることではなく、誰も見つけていない場所で、自分が歩いた足跡が道になるような登山をすることですから、“未知への探求心に対して賞賛しますよ”というこの賞の評価はとてもうれしかったです。

ただ、1回目のピオレドールをもらった時に、“受賞=優れた登山家”と見られることには戸惑いを感じました。自分はまだまだ未熟で、もっともっと吸収していきたいのに、周りからは“超一流”に見られてしまう。それが大きな負担になったんです。特に日本人のパートナーと組むと、「超一流の人と!」みたいに思われて、僕が連れていく立場になってしまう。強いも弱いも、男も女も、体力の有り無しも関係なしに、誰に対しても平等なのが登山の良いところなのに、その時点でもう平等じゃない。そういうものに息苦しさを感じたりしていました。

周りからは強い人間だと思われているかもしれないけど、本当の自分は未熟だし、意外と弱い。そして、その弱さを見せられない自分が、まだまだ弱いなと感じました。それで、海外だったらその葛藤を見せずに済むからと、海外の現地でパートナーを見つけては、一緒に登るようになりました。僕はヨーロッパによく行ったんですけど、賞をもらってなくてもすごい登山をする人がわんさかいるわけです。だから、僕のこともまっさらな人間として見てくれて、とても居心地がよかった。
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弱い自分は隠せないし、隠そうと思って繕っても見えちゃう

── 強さの象徴のような賞を受賞することでついてきてしまったその苦しさは、どう解消されたのですか。

平出 数年の間、海外のフラットな環境の中で登るうちに、強いところだけでなく、自分の弱さもしっかり見せられるようなパートナーと一緒に登ればいいんだなと思ったし、逆に、弱さを見せられる自分になれば、もっともっと素晴らしいパートナーシップで登っていけるんじゃないかと思えるようになりました。

受賞当時は、自分やパートナーに実力があれば、どんどんグレードを上げて、難しい山にガンガン登れると思っていましたけど、実はそうじゃなくて。弱さも含めて自分をすべてさらけ出してやっていかないと、大きい山や難しい場所、未踏峰や未踏ルートには登れないことに気付いたんだと思います。

弱い自分って、なかなか見せられないじゃないですか。でも、登山においては24時間すべてが活動で、食べるところから寝るところ、もちろん山を登るところもすべてが共同作業。だから、弱い自分を隠せないし、隠そうと思って繕っていても見えちゃうんですね。だからこそ僕は、自分がありのままでいられる場所と仲間を得られたし、山こそが自分の生きる世界なんだと思えた。自分の弱さを、ネガティブなものじゃなくポジティブなものとして捉えられるようになったのも、山が教えてくれたことですし、自分が自分らしくいられる場所だと知ったからこそ、大胆なことができているんじゃないかなと思います。
── 2018年には、4度目の挑戦で成就したシスパーレ登頂で、2度目のピオレドールを受賞されています。

平出 僕はスーパーマンではなく、本当に小さな可能性をコツコツ積み上げていくタイプの登山家です。シスパーレ登頂で再び世界の賞をもらいましたけど、技術的な部分で言えば、日本人でも僕以上に難しいところに登れるクライマーは大勢いると思うんです。僕に唯一、人より優れているところがあるとすれば、それは、世界で誰も見つけていない課題を見つける“嗅覚”じゃないかなと思うんです。技術があっても、課題がなければ目指す場所に行けないし、トータル的に足跡が道になるような登山はできないわけですから。課題を見つける嗅覚も、ひとつの登山技術なのかなと思っています。

それと、2度目のピオレドールに関しては、もらった自分もうれしかったですけど、それ以上に、周りの人たちがとても喜んでくれたり、国境を越えて応援してくれる方たちがこんなに大勢いるんだと知れたことがうれしくて。僕の登山はすでに僕だけのものじゃなく、僕たちの登山を応援してくれるみんなの代表として、みんなと一緒に登っているような感覚なんです。

※後編に続く。

平出和也(ひらいで・かずや)

1979年5月25日、長野県生まれ。中学で剣道、高校で陸上競技(競歩)を経験したのち、大学2年で山岳部へ。4年生の春にはヒマラヤ遠征に加わった。少人数で、荷物を軽量化しスピーディに登る「アルパインスタイル」を得意とし、未踏峰・未踏ルートにこだわって登山を重ねてきた。2008年、インド・カメット峰に登頂し、ピオレドール賞を日本人初受賞。山岳カメラマンとしても活躍し、13年には、三浦雄一郎氏の世界最高齢80歳でのエベレスト登頂のカメラマンとして同行。第21回植村直己冒険賞受賞。17年8月、パキスタン・シスパーレ峰に登頂し、2度目のピオレドール賞を受賞。19年、パキスタンのカラコルムのラカポシの未踏の南壁ルートから登頂し、3度目のピオレドール賞を受賞。世界のトップクライマーの一人として高い評価を受けている。石井スポーツ所属。

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