2020.12.19
ふかわりょう「タモリさんに教わった“力の抜き方”」
力は入れるより、抜くほうが難しい。ふかわりょうさんが語る「タモリさんは、さぁ、やるぞ! みたいなスイッチがなく、まるで浮力だけで動いているよう。安心感や安定感がありつつも、いるだけでその場がすごく軽くなる」といったエピソードに、タモリ氏の唯一無二の魅力を垣間見た。
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文/ふかわりょう(お笑い芸人)
どこにもなじめない、何にも染まれないふかわ氏の不器用すぎるいびつな日常についてつづられている同書から今回は、神様と慕うタモリ氏との意外な交遊について明かしたエピソードをお届けする。今年46歳になったふかわ氏は、歳を重ねるほどに、タモリ氏の絶妙な「力の抜き方」への憧れを強くしているという。

ある日かかってきた電話
見知らぬ番号から着信があったので掛け直してみると、中年男性の声。そのフレーズに、ついに有名な詐欺に遭遇する日がやってきたかと警戒しました。
「俺だよ、俺、今何やってんの?」
酔っ払っているような、ふにゃっとした声。なれなれしい口調ではあるものの、いたずらや詐欺の類いではなさそうです。しかし、頭の中で結び付く顔がなく戸惑っていると、予想外の言葉が聞こえてきました。
「ほんとですか?!」
思わず、いすの上で正座になります。
「今何してるんだよ、今度飲もうよ」
どこか甘えてくるような猫なで声の主は、浮力の神様、タモリさんでした。
私がタモリさんと出会ったのは20代の頃。初めてお会いしたときは、この世に実在するのかと感動したものです。しかし、この世界に飛び込んだのは紛れもなくテレビの影響ですが、実を言うと、タモリさんに強い憧れは抱いていませんでした。むしろ、「お笑いビッグ3」のゴルフ番組では、どうしてほかの2人がボケまくっているのに、1人淡々とゴルフをするのだろう。面白みもないし、大人げない人だなと、ネガティヴな印象さえありました。
その意識が変化していったのは、私が『笑っていいとも!』に出演するようになってから。数カ月に一度のゲスト出演を経て、念願の曜日レギュラー。それは、われわれ若手芸人にとっては夢のステージ。ついに芸能人の仲間入りを果たした実感を得ました。当時の私は気に入ってもらおうと、生放送の後はタモリさんにくっついて、一緒に食事をするようにしていました。
昼食は、いくつかのお店をローテーションしていました。壁が油まみれの定食屋さん、こぢんまりとしたおそば屋さん、カウンターだけのラーメン屋さんなど。ごちそうを期待していたわけではないですが、全国ネットの司会をした後の食事にしてはとても質素で、庶民的な場所ばかり。奥の個室に案内されるわけでもなく、一般のお客さんとして利用していました。
昼食を済ませると、よくゴルフ練習場に向かいました。芸能人といえばゴルフというイメージが強い時代。私も慌ててクラブのセットを購入しましたが、アルタに持っていくことはできず、ここでは見学。
子供の頃、よく父の打ちっ放しについていったものですが、そこには、打ちっ放し仲間のおじさんたちと談笑しながらクラブを握るタモリさんの姿がありました。さっきまでアルタでマイクを握っていた方が、いつの間にかごく普通のおじさんたちに同化しています。周囲も気づいていない様子。打ちっ放しが終わると次の現場かご自宅に帰られるのですが、その日、タモリさんの口から耳を疑う言葉が飛び出しました。
「じゃあ、お前の家行くか」
冗談なのか本気なのか、あまりに唐突な提案。うちに来てどうするのか。何か審査されるのか。タモリさんを喜ばせるようなものは何もないし。不安が払拭されないまま、2人を乗せた車は、私の1人暮らしの家に向かいました。
ピアノが置いてあるのを見ると…
「結構いいところに住んでるな」
相当散らかっているので一旦片づけタイムが欲しかったのですが、お待たせするわけにはいきません。エレベーターを降り、いつものように鍵を開け、タモリさんを連れて帰宅する午後3時。これは夢なのか。あまりにシュールで脳の処理が追いつきません。
「すみません、散らかってて」
しかし、タモリさんは玄関からなかなか進みません。棚の上にある植物や置き物を手にしては、一言添えてボケてくるのです。さっきまで全国に向けてボケまくっていたエンターテイナーが、今、たった1人の男を笑わそうとしています。私は、本番以上に油断できなくなりました。
「なんだよ、ピアノあるの?」
当時、部屋を占拠していた猫足のアップライト・ピアノ。おもむろにいすに腰掛け、ふたを開けました。
「え、もしかして……」
タモリさんの指が鍵盤の上で動いています。どこかで聞いたことがある音色。
「白鍵だけ弾いてれば、な? 雰囲気出るんだよ」
それは往年のギャグ、「誰でも弾けるチック・コリア」。テクニックなどなくても雰囲気だけでジャズプレイヤーになれてしまうという、まさしくタモリさんの真骨頂。まさかこんな目の前で、しかも私のピアノで。こちらからリクエストしたわけじゃないのに。感動とともにますます頭が混乱してきました。気持ちを落ち着かせるために、キッチンで紅茶を入れて戻ってくると、タモリさんの姿がありません。
「あれ?」
タモリさんは、ベッドの上で仰向けになり、安らかに仮眠をとっていました。天に召されるような姿で。
その後、どのようにして帰られたのかは覚えていません。気づいたことがありました。タモリさんは、どこに行くのも変わらない。本番に臨むことも、おそば屋さんに行くことも、コンビニに行くことも、どこに行くにも、力が入っていない。さぁ、やるぞ! みたいなスイッチがなく、脱力というか、まるで浮力だけで動いているようにも見えました。
「やる気のある奴は去ってくれ」
ラジオ番組が始まるときに、スタッフを集めて発した言葉。「やる気のない奴」ではありません。「やる気のある奴」です。力の入ったものは全体に悪影響を及ぼすということでしょうか。「みんなで頑張りましょう、よろしくお願いします」ではないのです。
ただ、そんなタモリさんの力の入っている場面に遭遇したことがあります。
「びっくりしてくれるかな」
タモリさんが経営する飲食店に、事前に伝えず訪れる計画を立てていました。ちょっとしたサプライズにでもなればと、気持ちを高揚させながらハンドルを握る高速道路。
「ここだ」
東京から2時間ほど。ヨットがお好きだからか、港に隣接したおしゃれなお店。外観からはタモリさんのお店だとわかりません。
ホールで誰よりも機敏に動き回っていた
駐車場に車を停めると、私は胸を弾ませながら、お店の戸に手を掛けました。
「いらっしゃいませ〜!!」
ガラガラと戸が開くなり、威勢のいい声が飛んできます。アルバイトのスタッフさんだと思いましたが、その声の主こそ、ジョッキにビールを注ぐタモリさん。エプロンを着けて、どのスタッフよりも声を出していました。
「なんだよ、来るなら言ってくれよ」
席に案内されると、次々に料理を運んでくるタモリさん。いらっしゃるとしてもお店の裏を想像していましたが、裏どころか、厨房どころか、ホールを誰よりも機敏に動き回っています。黙々と働く姿は、生放送の「タモさん」とはまったく違うようでした。平日働いて、週末はお店で働いて。
しかも、タモリさんは1人で来ている可能性もあります。あくまで私の予想ですが、運転手付きの車ではなく、東横線などを乗り継いでやって来る。電車好きのあの方なら、十分ありうる話。一般の人になりすますので、誰にも気づかれず、どこにでも行けるのです。
そうしてお付き合いしているうちに、タモリさんがいかに偉大な存在であるか気づくようになりました。あの「ビッグ3」のゴルフのやりとりも、ほかの2人に同調せず、淡々とわが道をゆくスタイルがむしろ面白いのだと、私の中で考えが変わってきました。
『笑っていいとも!』では、出演者の中で誰よりも早くスタジオに入るのがタモリさんでした。およそ8000回もの放送で、一度たりとも遅刻をしたことがありません。
『タモリ倶楽部』でも、興味深いことがあります。本番の準備が整うと、車から降りてこられるのですが、現場に入る際に手渡された台本に必ず目を通します。しかし、実際には台本どおりに進まないというか、成り行き次第なので、台本には大まかな流れしか書かれていません。
でも、時にサングラスを持ち上げたりしながら、しっかりと台本に目を通す時間が必ずあるのです。これだけ長いことやっているのだから、「あぁ、大丈夫、大丈夫!」と省略してもいいものなのに。「力を抜く」と「いい加減」は違うのでしょう。
ご自宅を訪ねたときには、オーディオ・ルームを案内していただき、レコードや機材の話をしてくれました。猫たちがウロウロする中で、タモリさん特製のカレーライスをごちそうになりました。
力は入れるより、抜くほうが難しいかもしれない
海外の場合、映画の編集権は監督にないことが多いようです。監督は撮影したどのカットにも思い入れがあるので、すべてを使いたくなる。その結果、本編が長くなってしまう。それは「ディレクターズ・カット」としての価値はあるかもしれませんが、興行収益を考慮すると、長尺があだとなりかねない。
監督が苦労して撮影したカットも、観客にとって不要であれば切り捨てる必要が生じる。引き算の重要性。何事においても、力が入ってしまうのはよくないのでしょう。デートでも力が入って緊張して、いつもはしないような失敗を招いてしまったり。手を離し、浮力だけでこの芸能界を漂うにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、いつかそのようになりたいものです。
「すみません! まさか掛かってくるとは!」
普段からよく電話があったり、頻繁にお会いしているならまだしも、あまりに突然の出来事に、即座に居住まいを正しました。
「なんだよ、いいよ、緊張しないで」
私も長いことこの世界にいますが、いまだに体が固まってしまいます。お会いする機会がなくなっても、自分が歳を重ねれば重ねるほど、タモリさんの存在は大きくなっていくのです。そんな尊敬する人を、一瞬でも不審人物扱いしてしまったことを激しく後悔する夜。
「いえ、私にとっては神様なので!」
無意識にこの言葉が出ていました。
今思うと、なぜあの日、私に掛けてきたのか。頭の片隅に置いてくれているのでしょうか。しかも、酔ったときに掛けてきたことは、ただ掛かってくるそれよりも何倍もうれしいもの。「今度、飲みに行こう」。それから今日まで、まだ神様からの着信はありません。いつか、2人でお酒を酌み交わしたいものです。グラスに浮かぶ氷をかき混ぜながら。
『世の中と足並みがそろわない』
スマホ画面が割れたままの女性、「ポスト出川」から舵を切った30歳、どうしても略せない言葉、アイスランドで感じる死生観、タモリさんからの突然の電話……。どこにも馴染めない、何にも染まれない。世の中との隔たりと向き合う “隔たりスト”ふかわりょうの、ちょっと歪(いびつ)で愉快なエッセイ集。その隙間は、この本が埋めます。
著者/ふかわりょう 新潮社刊 本体1350円+税
HP/www.shinchosha.co.jp/book/353791