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2020.09.06

沢木耕太郎「旅も人生も深めるならひとりがいい」

1980年代後半から90年代にかけてバックパッカーのバイブルと崇められ、今も読み継がれる紀行小説の名著『深夜特急』。その著者、沢木耕太郎が意外にも初めて日本国内を旅して綴った最新エッセイ集『旅のつばくろ』(新潮社)に、2020年の私たちはいま、人生の歩き方を学びたい。

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文/河崎 環(フリーライター、コラムニスト) 撮影/今井康一

記事提供/東洋経済ONLINE
▲鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集めてきたノンフィクション作家の沢木耕太郎さん
香港、マカオ、そしてデリーからロンドンへ。30年以上前、”バックパッカーのバイブル”などとも呼ばれ、アルバイト代で買った格安航空券を握り締める当時のロスジェネ世代が、それぞれに冒険へと踏み出し世界を歩くきっかけとなった不朽の名作、『深夜特急』。

ユーラシアを横断し、乾いた風の中を疾走する長距離バスに乗り、雨に降られ、異国の仕草や言葉や色が溢れる雑多な路地裏の匂いを嗅ぎ、人々の思惑や優しさに触れ、やがて華やかな欧州の大都市へと向かったあの沢木耕太郎氏は、意外なことにもう70代だ。異国を旅し続けた作家が意外にも初めて日本国内を旅して綴り、今春刊行したエッセイ集『旅のつばくろ』(新潮社)に、2020年の私たちはいま、人生の歩き方を学びたい。(文中敬称略)

「行き先を決めた時に、旅はもう始まっている」

コロナ禍で自宅に閉じ込められ、本を読むしかなかったという40代の友人が『深夜特急』文庫版全6巻(新潮社)を25年ぶりに再読して、こうため息をついた。「吹き上げるようなエネルギーと狂気。これは学生時代の私に海外旅行ならぬ”海外冒険”を教えてくれた、価値観をひっくり返すような作品だったんですよ」。

知識と覚悟があれば、貧乏学生でもバックパック1つ背負ってひとりで世界を歩けるのだと知った。何不自由なく用意された綺麗な観光旅行ではなく、現地の日常の中をその日の興味がおもむくままに旅して、日本の暮らしでは出会えない人々に出会い、漂白されていない貧困や危険、悪意にも出会った。自分が大人になっていく気がした。

やがてサラリーマンになり、家庭も持った今ではもう、ある程度の金額と引き換えに安全と清潔を保証された家族旅行か、あらかじめ万端に手配された出張しかしなくなってしまった。「あんな冒険は、もう一生できないのかもしれない。でもコロナが落ち着いたら、また旅に出たいって思いましたよ、いつになるのかわからないけれど」。

そんな40代働き盛りの友人の言葉を伝えるべく準備して、新潮社会議室の扉を開けた向こう側、沢木耕太郎は静かに立ち上がって取材チームを迎え入れてくれた。こんなご時世ではもう旅行どころじゃないですよねと嘆いてみせるインタビュアーに、作家はこう答えた。「しばらく旅行は無理かもしれないね。でもほら、思い描いている時点でもう物語の半分はできているわけだから、半分旅をしているんだよ」。遠くへ出かけられない私たちにも、旅はもう始まっているのだと。

これまでの広く豊かな経験で、彼はどこで誰に会い、どんな何を見てきたのだろう。沢木耕太郎のコミュニケーションは、端正で無駄の削ぎ落とされた、けれど柔らかい彼自身の佇まいそのものだった。

細く長身の体を穏やかに椅子へあずけた沢木は、こちらをまっすぐに見つめて「あなたのお友達が『深夜特急』を再読して『ああ、また旅をしたくなったな』って思ってくださったのなら、『深夜特急』は『深夜特急』の役割を果たしているんだろうと思います」と始める。
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「紀行文はガイドブック的な役割を担うものと、旅をする心を何か刺激するものと、きっと2つに分かれるんじゃないかと思う。ガイドブックを欲しがる人にとっては、主人公が具体的にどう旅をしていったかよりも外界をどのように感じ取ったかが描かれている『深夜特急』は何の役にも立たない本だと思うんだよね。『深夜特急』が今もポツポツと読んでもらえているとすれば、読む人たちは彼が感受した世界を一緒に感じ取ったうえで、自分も旅をしてみたいと思ってくださるんでしょう」

沢木の紀行文には、彼自身が「たぶん」と控えめに徹して語る通り「旅に出たいと思わせる力」がある。新著『旅のつばくろ』は、JR東日本の車内誌『トランヴェール』で4年間連載され好評を呼んだ巻頭エッセイを一冊にまとめたものだが、異国への旅を繰り返してきた沢木のキャリアでは初めて、すべて国内を巡って書かれた。「つばくろ」=つばめのように気ままに日本国内を歩き、見て、食べて、飲み、考えたことを、軽やかに、のびやかに綴った本作は、読む者の旅情を掻き立てる。

「『どこに行こうか?』で物語はもう半分できている」

沢木はこれを読んだ人に「異色の国内紀行文」と指摘され、気づいたことがあるという。旅の仕方が”一般的ではない”のだ。

「どこに泊まって、何を食べて、こういう景色を見て、という”普通の”国内の紀行文とは全然違うものですね、と言われて、自分で『あ、そうだったんだ』と意外な発見がありましたね。例えば『旅のつばくろ』の初めでも、記憶を確かめるために浄土ヶ浜へ行きますが、自分にとって意味のある場所に行くというだけで、そこが観光地であることや、そこで海鮮丼を食べることも重要ではない。要するに、自分が『どこに行こうか?』と思う時に、もう物語の半分はできているわけじゃない? で、実際に行ってみてどういう旅になったかで、残り半分のピースが合わさって、1つの旅になっていく」

ガイドブックに載っているような何かをあらかじめ目指していくのではない、沢木にとって意味のある物語へ出会いに行く。まさにつばめのように気ままに。本作に収録されているのは、たまたま風に吹かれたようないきさつの旅ばかりだ。
「僕の恩師である長洲一二さんと、作家の山本周五郎さんが同じ鎌倉霊園に眠っていたので、2人のお墓参りに行った。それって、すごい旅と言えば旅じゃないですか。僕にとっての大事な大学の先生と、もう1人、のちに僕が彼の短編アンソロジーを編むことになる作家と。鎌倉霊園は鎌倉からちょっとした路線バスに乗って15分ぐらい、それを旅と思わないって言う人もあるだろうけど、僕にとっては旅だった。

で、その往復の間にちょっと寄り道をしてみたら美術館があって、父の記憶と結びつく絵に出会った。お墓参りに行くという1つの目的から少し逸脱して道を外れていくと、ある偶然が導いてくれる何かがあって、それをまとめて1つの旅になる。旅行しようと思わなくても導かれる、それを僕は十分に旅らしい旅と感じるんです。だから今回の『旅のつばくろ』の中で遠く龍飛崎に行く旅も、鎌倉霊園に行く旅も、そんなに何か違いはないような気がする。『深夜特急』の旅の仕方と、基本的には同じだよね」
どちらかと言えば、私は旅運のいい方だと思うが、それも、旅先で予期しないことが起きたとき、むしろ楽しむことができるからではないかという気もする。たぶん、「旅の長者」になるためには、「面白がる精神」が必要なのだ。(『旅のつばくろ』「旅の長者」より)
沢木は、”導かれる”ことを”寄り道の効用”と呼ぶ。”リスク管理”や”自己責任”という世間の言葉に脅された一般の私たちは、綿密な計画や、旅行にかける金額や時間や距離に旅の意味を見いだしがちだが、そうじゃない。予期せぬハプニングを受け止め、面白がれるからこそ、沢木は出会った偶然に価値のある物語を見いだせるのかもしれない。
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人生にも旅にも、ひとり人で生きていける力量が必要だ

沢木は、自由な人生を旅に例えた。

「自由に生きられるということは、自分のことは自分でできる、後始末がつけられるということです」

ほほう、と俄然身を乗り出すインタビュアーに、作家は「ひとりでその時間をどう費やすか、自分を楽しませるかっていうことが、やっぱりその人の力量だったりするわけだよね」と、微かに挑むような、チャーミングな笑みを浮かべる。

「ひとりだと、移動している時間に自問自答しますよね。それが旅を進化させ、印象を深める。ふたりや3人で行くと、会話の中で消化してしまって、その思いが残らない。この『旅のつばくろ』でも、基本的にはひとりで動いて自問自答してるから、近距離の旅でも重層的にいろいろ深くなっていくんじゃないかっていう気はする。ひとりだから感じられる、ひとりだから深められる。やっぱり旅は、もし深いものを求めるんだったら、ひとりのほうがいいんじゃないかと思うね」
旅も人生も一緒、結局はひとりで歩くものだ。「ひとりで生きていけることと、ひとりで旅ができることは、わりと近いこと。もちろん何人かで一緒に人生を過ごせればいいと思うんだけど、どこかでひとりで生きられる力っていうのを持っていたほうがいいじゃない? 経済的にも、家事能力も含めて、男であってもね」

「僕がささやかに、わりと自由でいられるのは、家事能力があるからです」。70代の沢木はこともなげに言った。「掃除、洗濯、料理、何でも自分でできる。僕は結婚してるから多くのものは妻がやってくれるけれど、自宅から離れた仕事場の維持管理や家事、それに毎日の昼ご飯は自分で作って食べるから、仮に何らかの形でひとりで生きなきゃならなくても、全然平気、問題はないんです。

その力はやっぱり人間として自由になっていく、ひとつの重要な要素だと思っている。経済力と家事能力、ひとりで生きていける力量を持ったふたりがゆるやかにパートナーシップを組んで家庭を作っていくっていうの、まあ、理想的だと思うわけです。やっぱりひとりで旅するようにひとりで生きる力量があれば、すごく生きていくのが楽になるよね」
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どれだけ手帳を空白にしていられるか

沢木の依存しない自由な生き方は、仕事の仕方にも表れている。

「僕はこんなに努力している書き手はほかにいないんじゃないかって、日々思っているよ、まったく(笑)」。沢木の口から、優れた書き手としての信念であり誇りがキラリとこぼれた瞬間だった。「今日、この取材が終わったら、向こう今年中の約束はあとふたつしかない」。

取材チームの驚く顔に、沢木は苦笑した。「手帳にはそれしか書いてない。もちろん心持ちとしては、あの雑誌に何月頃に原稿書こうかな、ぐらいのことは考えてるよ。だけどそれはタイトな約束ではないし、仮にタイトな約束だって、どこに行って書いたっていいわけじゃない? だから僕にはめちゃめちゃ隙間がある、それを自由と呼ぶなら無限に自由がある。そういう自由な予定表を持つ人生を送りたいと思ってやってきたんです。

仕事に関しても『自分のライフワークはこういうので、こういうのを書かなきゃならないんだ』って思ったこともないし、徐々に締め切りを背負わない仕事にシフトしてきた。目の前に現れた仕事をやるかどうかをジャッジして、やるんだったら手を抜かないでやっていく、たったそれだけのことだよ」

だが「それだけのこと」は、努力と、それが培ってくれる自信とがなければ決して実現できないことだ。
「そのためには、やっぱり何かを我慢するってことも当然ある。経済的にそんなに豊かになれないことを引き受けるとか、例えばもしかしたら、予定がなくなる恐怖なんかに耐えるってこと。僕は予定がないことを恐怖とは思わないけど、予定がないことを恐怖と感じる人は多いと思うのね。でも、それに耐える。そういうことを一つひとつ決めていけば、出版社から『書けたら出してもらいたい』と言われたり、自分が書いたものを『載せてもらえますか?』『出版してもらえますか?』と言える関係性を作っていくことは可能だと思うけどね。その代わり、その先の自由を得るためにはすごい努力をしないと。なんてね(笑)」

身軽に生きていくために、誰よりも努力して優れた原稿を書き、どの出版社にも組織にも依存せずに済む強い立場を得る。依存せずインディペンデントであるために、自由であるために、沢木がどういうルールを自身に課して歩んできたのかが凝縮して語られたこの言葉に痺れた。生涯ひとつの会社や組織に依存して生きていくことが考えにくくなった、自立して人生を歩んでいくことを求められるこの時代の人々にも、響くメッセージかもしれない。

「自信は最初からあるわけじゃない。少しずつ身についてくるもの。それは結局、一種の経験です。旅に例えるなら、旅先でいろんな人たちの親切を受ける。それを無防備に受け入れていいのかどうなのか?

そのとき『ここまでなら挽回可能だから、この親切に身を委ねる。でもこれ以上行くと、自分の今の力では引き返せないから、それ以上は行かない』なんてことを、1回1回ちっちゃいことから経験していくんだと思うんですね。僕の場合、16歳で初めて東北へ行ったひとり旅から少しずついろんなものを学んだと思う」

そうやって自分の力量がわかってきて、どこまで応じていいのかを判断できるようになった。「やっぱりある種の経験が必要だったと思うんです。旅と集団のスポーツは、いろいろな状況の中で自分がどういうふうに身を処するかをわりと短期間で習得させてくれて、自分の力の背の高さのようなものも測れる大事な機会だと思う。だからできれば、そのふたつは若い時からやっていったほうがいいよね」
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身軽でいるために、生活の規模を大きくしない

世界を自由に歩く達人は、「自由になるためには、やっぱりあらゆることをコンパクトにすることだよ」と話した。

以前、沢木が東京メトロの満員電車に乗ってつり革にぶら下がっていたら、目の前に座って本を読んでいた男子学生がふと沢木を見上げ、自分の読んでいた本と何度も見比べて「沢木さんですか? 今『深夜特急』を読んでいたんです!」と立ち上がったことがあったそうだ。

「満員電車で『サインしてもらえますか?』って言うから、『わかった、わかった。じゃあ、次の駅で降りよう』って一度降りて、それでサインをしてね。その時に『沢木さん、地下鉄に乗るんですか? タクシーとかで移動するんじゃないんですか?』って聞かれて、『当たり前じゃないか何を言ってるんだ、もうすっかりPASMOだよ』って言ったんです(笑)」
もしかしたらタクシーで移動するのが普通だと感じる人もいるのかもしれない。「だけど、地下鉄やバスを使って移動するのが僕にとっては当たり前で、それは生活の規模を大きくしないことで、出版社や何かの言いなりになる関係性を作らないってことにつながるわけ。それはコンパクトな荷物で旅をしていると旅がしやすいっていうことと同じだよね。できる限り、あんまり無駄なことや贅沢なことをしないで、家の経済もコンパクトにしてごく普通に生きていく。それは自分の自由度を増すため。お金を使っていろんなものをそろえたりするのって、不自由になることでしょ?」

あれもこれも手に入れて成長拡大することがいいと信じてきた私たちは、すっかり荷物も考え方もフットワークも重たい人間になってしまったような気がする。果たして私たちには、沢木のように身軽に動き、新しい出会いや発見を吸収し、楽しむための自由な隙間はあるだろうか。
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面白くない人がいたら、それ自体が面白い

しかも新型コロナウイルスの影響で、自由な移動も自由な飲食も奪われ、まだ明けぬ閉塞感に包まれる日々だ。沢木はふと、映画評論家であった故・淀川長治の話をした。「淀川さんって本当に面白い人だったんだけど、『嫌いな人、面白くない人に会ったことがない』って言うわけ。僕もそれに近い感じがあってね。面白くなかったら、面白くない人がいるってこと自体が面白いじゃない、すごく。

どのような局面や状況でも面白がることはできるし、面白がってしまうことで切り抜けるっていうことがありうるから、一種の心の持ち方のレッスンとして、意識的にやっていくといいと思うんだよね。これは滅多にできない経験だから」

これもまた経験と面白がり、いずれまた自由が訪れた時に2020年の”あの時”の気持ちを思い返そう。まずは、沢木の本を読んで身軽な旅を思い描くところから。だって「どこに行くか決めた時、すでに物語は始まっている」と沢木が教えてくれたから。遠くへ出かけられない私たちにも、旅はもう始まっている。これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。

●沢木耕太郎(さわき・こうたろう)

1947年東京都生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。1979年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、1982年に『一瞬の夏』で新田次郎文学賞。その後も『深夜特急』や『檀』など今も読み継がれる名作を次々に発表し、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞を、2014年に『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞している。

『旅のつばくろ』はJR東日本車内誌「トランヴェール」の好評連載から41編を選りすぐって収録した一冊。新潮社刊。本体1000円+税

当記事は「東洋経済ONLINE」の提供記事です

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