2026.09.10
■ 「艶な男のモノカタリ」 第1回
艶な男、杉本哲太。「若手を委縮させないよう、現場では務めて笑顔で過ごすようにしています(笑)」
花も嵐も踏み越えて、酸いも甘いも噛み分けてきた大人の男たちだけが持つ艶やかな魅力に迫る新連載「艶(あで)な男のモノカタリ」。記念すべき第1回は、俳優の杉本哲太さんです。歩んできた人生の有り様がジワリと滲み出る艶っぽい写真&インタビューでお届けします。
- CREDIT :
写真/前田 晃(MAETTICO) スタイリング/石川英治 ヘアメイク/TAKESHI 文/安岡将文 編集/森本 泉(Web LEON) 撮影協力/パーク ハイアット 東京 ジランドール by アラン デュカス

花も嵐も踏み越えて、酸いも甘いも噛み分けてきた大人の男たちだけが持つ艶やかな魅力に迫る新連載「艶(あで)な男のモノカタリ」。
顔は男の履歴書というけれど、歩んできた人生の有り様は、オーラのように全身から漂い滲み出るもの。その艶やかな一瞬を切り取った写真と、人生を紐解くインタビューでお届けします。記念すべき第1回は、俳優の杉本哲太さんです。


【遊びたい、サボりたい、の16歳】
あれは16歳の時でした。当時ヤンチャだった俺は、高校に行くつもりがありませんでした。でも、担任の先生に「働くのはいつからでもできる。今は学びなさい」と言われ、工業高校を受験し合格できました。工業高校は、肌に合っていたと思います。授業の半分は実習だったし、着るものも窮屈な制服じゃなく作業着でしたから。
とはいえ、やっぱり遊びたい気持ちの方が強かった。髪の毛もザ・不良でしたから(笑)。そんな僕を見た応援団の顧問から、そんな格好をしたいなら応援団に入れと言われました。でも応援団の練習ってホントにきつくて、サボることばかり考えていました(笑)。
それでアルバイトを始めたんです。家庭の事情でアルバイトをしなければいけない生徒も沢山いたので、アルバイトの日は練習を休んでいいことになっていたので。ウェイターのバイトだったのですが……それもまた、結局行かなくなってしまいました。


【いい面構え、してるな 】
応援団もバイトもサボってばかり。気がついたらパチンコばかりしていました(笑)。毎日ダラダラと遊んでばかり。その時に出会ったのが、横浜銀蝿のリーダー・嵐さんでした。
横浜の地下街でヤンキーグループに絡まれていた時、仲裁に入ってくれたのが通り掛かった嵐さんだったんです。多勢に無勢な状況でも一歩も引こうとしない俺の顔を見て「いい面構え、してるな」と言ってくれ、事務所に引き入れてくれました。
特にやりたいことなんてなかった当時の俺は、バンドとしてステージに立つ横浜銀蝿の姿に圧倒されました。カッコいいなって。輝いて見えました。
でもいざボイストレーニングに通うと、すごく厳しかったんです。てっきりキレイな女の先生が教えてくれると思っていたら無茶苦茶怖いオトコの先生で(笑)。20人ぐらいの同じく不良上がりの生徒と一緒に腹筋とか腕立て伏せばかりやらされました。その時、さすがにタバコを吸っていたらついていけないと思ってやめました。



【映画現場の迫力に圧倒されて】
1981年に横浜銀蝿の弟分として紅麗威甦(グリース)というバンドでデビューしました。横浜銀蝿は僕にとってスターだったので、同じステージに立った時はうれしかったですね。ただ、18歳になった時、大きな転機が訪れました。
1984年に公開された映画『白蛇抄』に出演しました。それまでにも、嶋 大輔とテレビドラマに出演したりしていたのですが、その作品からはより本格的な映画に出演することになりました。
当時はバンドにしろ俳優にしろ、特別どっちがどうとか意識していませんでした。仕事が来たからやってみるって感じでした。でも、『白蛇抄』 の撮影のために通っていた大泉の撮影所で、意識が変わりました。
当時の監督や照明さん、大道具さんはホントに怖かった。現場は常に張り詰めていて、その迫力に圧倒されました。もっと華やかでキラキラしたものだと思っていましたが、むしろ真逆でとてもオトコ臭い。でも、それが自分の肌に合ったんです。
そうして完成した映画を観た時は、とても感動しました。色んな人が、色んな技術を持ち寄って、一つの作品を作り上げる。そこで決めたんです。俳優の道に進むことを。



【若手を委縮させないように】
20歳の頃にはバンド活動は休止し、完全に役者の道に舵を切りました。それから本当に沢山の先輩方とご一緒させて頂きました。
昭和の役者は豪快でカッコよかった。『白蛇抄』で共演させていただいた若山富三郎さんをはじめ、松方弘樹さんなど皆さんが想像するような名優の豪快エピソードを目の当たりにしてきました。
初めはそういった昭和の名優の方々が集まると、役者の在り方とかについて激論を交わしていると思っていました。でも実際は、お酒や女性の話ばかり(笑)。ただそれって、キャリアを重ねてゆくと辿り着くのは理屈じゃなく、結局は感性という意味なのかなと思っています。
そんな役者像に憧れてきましたが、今の時代それは通用しないでしょう。特にここ最近は、急激にコミュニケーションが取りづらくなったと感じています。映画は総合芸術なのでコミュニケーションを取ることは重要だと思っていますが、若い役者をご飯やお酒に誘うことはやはり躊躇します。
ただでさえ年齢を重ねると、相対する若手が萎縮してしまうことがあります。相手から距離を取られないよう、現場では務めて笑顔で過ごすようにしています(笑)。


▲ ジャケット64万9000円、シャツ33万円、パンツ28万7100円、シューズ57万2000円/すべてドルチェ&ガッバーナ(ドルチェ&ガッバーナ ジャパン)

※次回に続きます。

● 杉本哲太(すぎもと・てった)
1965年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。1981年にロックバンド「紅麗威甦」のボーカルとしてデビュー。その後、俳優へ転向し、1983年の映画『白蛇抄』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。シリアスからコメディまで幅広いキャラクターを演じ分ける名バイプレーヤーとして、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」や「相棒」シリーズ、映画『アウトレイジ』『ヒーロー』など、様々な作品に出演。「ガイアの夜明け」ではナレーターとしても活躍しています。9月21日から上演される舞台『リア王-KING LEAR-』では、リア王に忠義を尽くすケント伯役で出演。
『リア王-KING LEAR-』
■ お問い合わせ
ドルチェ&ガッバーナ ジャパン 03-6833-6099
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