2026.08.23
又吉直樹インタビュー。「過去の恋愛を振り返ると、相手が悪いんじゃなくて僕自身が未熟だった」
又吉直樹さんとイラストレーターのたなかみさきさんによる共著『失恋カルタ』は、失恋をテーマに、又吉さんがさまざまな言葉を紡ぎ、たなかさんが絵を添えた一冊です。又吉さんに本が生まれた経緯から、自身の失恋経験、そして今どきの大人の恋愛論についてもお話を伺いました。
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文/桃沢もちこ 写真/玉井美世子 編集/森本 泉(Web LEON)

お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんと、イラストレーターのたなかみさきさんによる共著『失恋カルタ』(Gakken刊)が話題です。失恋をテーマに、又吉さんがさまざまな言葉を紡ぎ、そこにたなかさんが絵を添える。この絶妙な連携の成果で、青春真っ只中の若者だけでなく、オヤジさん世代にとっても青春のほろ苦い記憶を思い起こさせる味わい深い一冊となっています。又吉さんに、『失恋カルタ』が生まれた経緯から、自身の失恋経験、そして今どきの大人の恋愛論についてもお話を伺いました。
コロナ禍の孤独から生まれた「ひと言」
── 失恋カルタが生まれたきっかけを教えてください。
又吉直樹さん(以下、又吉) コロナ禍の時になぜかあまり読書ができなくなって、仕事も全然はかどらなかったんです。当時は、映画とゾンビが出てくるドラマばかり見てて。いろんな人と会えなくなり、1人で過ごす時間が増えたことで感傷に浸る時間が増えました。そんな中で長い文章を書くテンションにならなくて、失恋カルタみたいな方にいったのかなと思います。
── たしかに普段は小説とか長い文章を書かれているイメージです。
又吉 いわゆる短文、一行詩に近いような表現自体は元々すごく好きでした。自由律俳句っていうのを28 歳ぐらいからずっと書いてるんですけど、それがすべての書き物の根源というか、「目」みたいになっています。
── 目ですか。
又吉 そこからエッセイのヒントをもらったりするので、自由律俳句を日常的に作ることを続けています。失恋カルタはそれにちょっと近いかもしれないですね。もっと散文的ですけど。元々やってきたことの延長ではあるかなと。

── カルタの読札には多様なシーンがありますが、考える中で苦労しましたか?
又吉 あまり苦労せずに思いつきました。最初は「失恋カルタみたいなものを作ったら面白いかもな」っていうエッセイを書く気でした。それに必要になるのって「あ」から「お」までの読み札があれば書けるかなと思ってたんです。
── なるほど。
又吉 そしたら、わりとすぐ思いついたので「か行」もいけるかなって。そこから、エッセイじゃなくて失恋カルタとして朗読会で読むことになりました。
── 読札の絵はいろんな候補者がいたと思うのですが、たなかみさきさんにお願いした決め手はなんだったんのしょう?
又吉 ある方に教えてもらって、たなかさんの過去の作品を全部買って読んだんです。そしたら恋人同士の日常を描いてる作品がありました。2人で過ごしてる日常の風景にも見えるんですけど、その中には別れの予感が漂ってるというか……。
見方によっては、「かつてこういう時間があったよね」という感じに見える。可愛らしい絵なんですけど哀愁を感じたし、もう既にたなかさんが失恋カルタみたいなことをやっていたので、ぴったりだなと思いました。

「切ないな」を重ねて作品をつくってきた
── たしかに全体のトーンは切なく見えましたね。そういう感覚を又吉さん自身が結構大切にしているのでしょうか。
又吉 そうですね。「切ないな」って自分が感じた出来事、瞬間的な風景、やり取りみたいなものを重ねていって、作品をつくっていきたい思いはあります。
── どういった風景を思い浮かべますか?
又吉 例えば、すれ違いで別れてしまうカップル。男が夢みがちで、彼女は現実的に将来のこと考えている二人の場面を想像します。彼氏が彼女のためにお金を貯めていいレストランをサプライズで予約したけど、「こんなところにお金使うんだったら二人のために貯蓄してほしかった」って彼女は思っていて、どんどんずれていく、みたいな。
── 想像しただけで胸がぎゅっとなります。
又吉 抽象的な言葉で説明するより、その場面を重ねていきたいと思います。失恋カルタで描いてるような、瞬間瞬間の感情の動きとか出来事とか言葉みたいなのが僕の創作には結構大事な気はしてますね。

── 彼女に昔言われた小言を思い出して書いたという話もありましたが、自分の中で思い入れのある読み札はありますか?
又吉 直接言われたわけじゃないけど、恋人はそう思ってただろうなっていう。「(し)仕事のせいにして別れるのが特技ですか?」は、結構思い当たる節があるというか(笑)。
── あぁ......。
又吉 仕事で余裕がなくなってくると仕事のこと以外考えられなくなってしまう。もちろん別れたくて別れてるわけじゃないんですけどね、最初からわかってることだから、自分でなんとか対応しろよって誰もが思うんでしょうけど……。
── 他にはありますか?
又吉 「(も)もう行かないのかあの店には」も結構切なくて。付き合ってる時期が長くなっていくと、お互いの好きな店に一緒に行ってることがありますよね。だけど別れた後は、相手に教えてもらった店はちょっと行きにくくなるじゃないですか。逆に、自分が紹介した店を気に入ってくれてたけど、気を遣ってももう行かなくなるのかなとか考える。
── たしかに簡単には行けないかもしれません(笑)。
又吉 少なくとも僕は元彼女が連れて行ってくれた店には行けない。バッタリ出くわすこともありそうで怖いので(笑)。時間がすごく経ってれば行けるかもしれないけど、急にはできない。向こうが誰と来てるかわからないっていう問題もありますしね。
── ちなみに又吉さんは別れた彼女と友達に戻れることってあるんですか?
又吉 基本的には戻れますけど。めちゃくちゃ仲いい状態になれるかっていったら難しいです。もちろん尊敬の気持ちがあるから、頼まれたら期待に応えたいとは思うけどあんまり普通に接するイメージはわかないですかね。

── 彼の友人の悪口を酔っ払って言いすぎた女性が失恋するエピソードは印象的でした。そういった何気ないひと言で関係が変わってしまう瞬間ってありますか?
又吉 やっぱりひと言って大きいです。もちろん前言撤回していいと思うし、むしろそういうことができる世の中であってほしい。人間だから完全にいつでもパーフェクトに振る舞えるわけじゃない。
ストレスが溜まってる時に思わず言ってしまうこともあるわけで、もちろん言葉の使い方も大事だけど、言いすぎてしまった時に「相手を許す寛容さ」はもっと大事なんじゃないかなと思います。
── その日のコンディションってありますからね。
又吉 僕は許せてこなかった人生だったので、過去の恋愛を振り返ると、相手が悪いんじゃなくて僕自身が未熟だったなって思いますが(笑)。
若者の恋愛離れは大人がデザインしたもの
── 時代が変わって、失恋の形も変わっていったように感じますが、現代ならではの失恋ってなにか思い浮かびますか?
又吉 SNSが原因の失恋ですかね。例えば相手が見ていないと思って、SNSの裏垢とかで愚痴るとか、SNSで自分のこと言われてると思って嫌になるとか。昔だったら日記に書いてたような暗い感情を裏垢に書いてて、それを読まれてしまうこともあるんじゃないかな。
── SNSが普及してそういう経験をしてる人は多いと思います。
又吉 でも僕の自論で言うとそこに書いてる暗い感情は、別に本心でもないと思うんです。社会的な自分を守るために、余分なものを排泄するような形でノートに書いている。むしろ嫌な自分をノートに捨てているような。
大切な人との関係性を築くための、努力でもあるんじゃないでしょうか。ただ、これがSNSの裏垢だと、なぜか本心に見えてしまう。だけどそれが真実にされてしまうのは、あまりにも悲しいなと思います。

── 昨今では、若者が恋愛離れをしているという話もよく耳にしますが、又吉さん自身はどう感じていますか?
又吉 まず大前提として恋愛離れは若者の責任ではないと思います。これって大人がデザインしたものというか、恋愛はリスキーであるって言い過ぎたところが原因なんじゃないかなと。
── 例えばどういうことでしょう?
又吉 不倫した人を叩きすぎる行為とか、セクハラ、モラハラとか、ハラスメントがすごく多いこと。相手のストレスになることは絶対やってはいけないというルールがあまりにも増えている。
シチュエーションによっては、人を好きになるだけでアウトと思ってしまうこともありそうです。
── たしかにコンプライアンスが厳しすぎますよね。
又吉 例えば仕事上一緒にプロジェクトを頑張ってる人を好きになったとします。でも相手は戦友だと思ってたのに、恋愛感情を持ってたなんて幻滅! みたいなこともありえるわけじゃないですか。それって恋愛できる場所が限定的になってしまう。だけどそれは若者がそうしたんじゃなくて、社会の影響で彼らに責任はないのかなと。
── それでもやっぱり恋愛は必要な気もしますが、又吉さんが若者の背中を押すとしたらどんな言葉をかけますか?
又吉 1回の恋愛でどうしようもない状態になる人もいるから簡単には言えないですけど……自分が振られたり傷つくのが嫌だってなるぐらいだったら、それも含めて経験した方が人生全体で見た時に面白くなるんじゃないかなとは思います。
── 何事も経験ですね。
又吉 まず好きになった人が自分のことを好きになってくれただけでめちゃくちゃラッキーです。 みんながみんな自分のこと好きなわけなんてないくらいの構え方でいいんじゃないかな。
振られて当たり前くらいに思っておくというか。自分が楽しむことをもっとわがままに考えていいんじゃないかなと思いますけどね。
── 確かにその通りです。
又吉 でも僕はそんな風に考えられなかったので、告白もできなかったし常に深刻に考えていました。なので、なにも動き出せないみたいな気持ちもすごくわかります。

── ちなみにオジサンの恋愛ってどう思いますか? たとえば年の差恋愛などは、白い目で見られることが多いと思いますが。
又吉 勘違いしないことが大事なのかなと思います。僕も含めてですけど 40〜50代になってくると自分が思ってる以上に周りに気を遣われる存在になってると思うんです。若い子たちと何人かで食事に行った時にみんなが自分を褒めてくれるかもしれません。それは喜んでいいけど、そこで自分が一番楽しんじゃダメですよね(笑)。
── チヤホヤされると、つい勘違いしちゃいそうですよね。
又吉 一番立場が弱い人や若い人が楽しめているかどうかを年長者として常に気にすること。チヤホヤされて、気持ちよくなって、相手をご飯に誘うような勘違いはしちゃダメ。
まずはみんなのことを考えて、全員が自由に喋れる状況を作ってからじゃないですか。相手に完全な自由と権利を与えたうえで恋愛が始まるかどうかだと思いますよ。

● 又吉直樹(またよし・なおき)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人、作家。2003年お笑いコンビ「ピース」結成、ボケ担当。2015年『火花』で芥川賞受賞。同作は累計発行部数350万部以上のベストセラーとなる。主な著作に『劇場』『人間』『生きとるわ』など。

『失恋カルタ』
失恋の喪失感や孤独を、⼜吉直樹が読み句として書き下ろし、人気イラストレーターたなかみさきが絵で彩ってカルタとし、又吉の朗読会でグッズとして販売したたところ⼤きな反響を呼ぶことに。これを本として一冊にまとめたのが書籍版の本書。カルタのために書き下ろされた⽂と絵には、失恋の孤独だけでなく、恋愛の楽しさ、懐かしい⽇々への
郷愁も描かれており、多くの⼈にとって、それぞれの恋を思い出し、⾃分⾃⾝の物語を重ねたくなるような作品。1650円(税込)。同内容のカルタも販売中。Gakken刊。













