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2020.08.08

■白石和彌/映画監督

『凶悪』『孤狼の血』の白石監督が役者を輝かせる方法とは?

『凶悪』、『孤狼の血』など人間の不条理な本性を生々しく描いてきた白石和彌監督。そこに描かれる人物は、皆、泥臭くギラギラとしながらも例外なくカッコいい。そんな魅力的なキャラクターを生み出してきた監督が考える「大人の男のカッコ良さ」とは?

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写真/トヨダリョウ 文/アキヤマケイコ

白石和彌

描きたいのは、人間の多面性と欲望

先の見えない混沌とした現代にあっても、覚悟をもって社会と対峙しているカッコいい大人を編集部の目でピックアップし、ご紹介していく今回の特集。6人目にご紹介するのは、『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』、『孤狼の血』など人間の不条理な本性を迫力ある映像で生々しく描く映画界の若き巨匠、白石和彌監督です。

血なまぐさい暴力描写のイメージも強い白石作品ですが、インタビューの現場にやってきた白石監督は、腰の低い笑顔の似合う優しいイメージ。そのギャップに驚きつつ、インタビュー開始です。
── 監督はこれまで数多くの作品を手掛けてこられました。そこには白石カラーとも呼べる世界観が共通しているように思いますが、ご自身では一貫したテーマというのは意識されているのですか?

白石 普段は“こんなことを訴えたい”みたいなことは考えていないです。でも、体制側から物事を見ない、ということは意識しています。これは、師匠である若松孝二監督が言っていたことが、いつの間にか染みついている。

あとは、社会の片隅にいるダメな人たちにフォーカスを当てること、人間の多面的な部分を見せて“欲望”を描くこと。それから、最近では、『弧狼の血』がまさにそうですけど、カッコいい男から何かを“継承する”というのもテーマの一つかなと思っています。
── 師匠の若松孝二監督には、継承したくなるカッコ良さがありましたか?

白石 僕は、若松さんが還暦の時に事務所に入って、そこにつめていたのは実質2年間くらい。その後は、若松組の作品なら優先的に参加する、という関係でした。

若松さんって、若手に「お前、誰かぶっ殺したい奴はいねえのかよ。それを描けば映画になるんだよ」って言うんです。僕が撮った『止められるか、俺たちを』(60-70年代の若松プロダクションを描いた作品)で、主人公(門脇 麦)が若松監督(井浦 新)に言われるセリフそのまんまです。僕は当時、「殺したい奴なんていないから監督になれない」って悩みましたけど、殺したい人なんて、そうはいないですよね(笑)。

でも最近、ものの見方とか、人間を描く時の“手ぐせ”のようなものは、どこか若松さんから継承しているところがあるのかなと、腑に落ちることはありますね。
── やはり、それは若松さんがカッコイイと感じたからこそ引き継いでいる?

白石 どうなんでしょう。カッコ良さでいえば、若松さんって、弟子には怒鳴りまくるし、まともなギャラだって払ってない(笑)。でも、どこか「この人についていくしかない」って思わせちゃうところがある。

例えば、僕が入る前ですが、珍しくテレビドラマを撮影した時、一緒に仕事をした弟子全員のクレジット(名前)が載らないことに本気で怒って、テレビ局の人と大喧嘩したことがあるそうです。テレビって第一助監督しかクレジットは載せないのが慣例だったようです。でも、そういう「弟子のために頑張る姿」を見ると、普段、悲惨な目にあっている弟子も、グッとくるんですよね。

イケメン俳優は“メイクダウン”で輝く

── 白石作品では、役者がそれまでのイメージを覆すような役柄を演じて、しかも魅力的に見えます。その秘訣はあるんですか?

白石 日本の役者って、売れると同じイメージの役で使われがち。だから、飛ぶ鳥を落とす勢いの役者が、キラキラ映画にばかりに出ているのを見ると、「こういう役は飽きているだろうな」と、僕は勝手に思うわけです。そこを逆張りしてキャスティングすることはあります。

役者って、やったことのない役を求められるのって、うれしいはず。「なぜ、この役を俺に頼んだんだろう」って思って、一所懸命アジャストしようとしてくれる。それをくすぐるようにはしていますね。

──数々のイケメン俳優に、泥臭い役、汚れ役を生き生きと演じさせていますよね。

白石 僕は、役者は基本的に“メイクダウン”しかさせないんです。もちろん、ホステスの役で、きれいな姿で登場するシーンならメイクアップさせますよ。でも、その人の別の一面を見せるシーンがあれば、必ず“メイクダウン”させます。

自分としては、いわゆる“カッコいい映画”を撮るのに興味はなくて、人間の多面的な姿を描くことに興味がある。例えば、午前中に母親を殺して逃亡中の男が、午後には交差点を渡れずに困っているおばあちゃんを助けていたりする。そんなわけない、って思うようなことが、人間の真実だったりしますよね? それが面白い。

それを表現しようと思うと“メイクダウン”させるしかないんです。役者って、テレビに出る時は、当然、メイクアップします。でも、映画のプロのメイクさんが“メイクダウン”すると、カメラの前に立つ時には、もう感じが変わっているんですよ。芝居が上手い役者って、実は、いろんなことを考えている。その多面性をくすぐってあげると、必ず何か出てくるんですよ。

「男の美学」って普通はそれを守っていけないからカッコいい

── 映画『弧狼の血』は、昭和の男たちを熱狂させた『仁義なき戦い』へのオマージュといわれていますが、男の魅力を描くという点で、意識されたことはありますか?

白石 原作が『仁義なき戦い』の世界観で描かれていたので、それにのっとってはいますが、時代背景が全然違うので、どう表現するか難しいところはありました。

『仁義なき戦い』って敗戦直後の広島が舞台で、戦争が直近にあって、本当は平和なはずなのに血を求めていく男たちの物語です。

脚本家の笠原和夫も予科練上がりで、戦争で仲間は死んでいったのに自分は死ねなかったことが、あの本を書くエネルギーになっている。撮影の前に、役者がヤクザと一緒に飲んで話を聞く、なんてこともできた時代。そりゃあ、迫力が違いますよ。今は、そういうことは全部なしだから、昭和の男の影を描くというところで、何とかやりましたけどね。
『仁義なき戦い』の前は『昭和残俠伝』や『人生劇場』のように、男の美学とか仁義とかを全面に出したヤクザ映画が全盛だったんですけど、それも次第に飽きられて、本当にそんなものあるのかよ、みたいなところから『仁義なき…』が生まれてきた。

人は裏切るし、自分勝手な正義で人を殺す。でも、そういう人間の愚かな部分、カッコ悪い部分、欲望を抽出して描いた、みたいなところが当時の男たちに評価されたわけです。そこは『弧狼の血』でも継承できているといいんですが。

── 「男の美学」って言うと、カッコよく聞こえますけど、それってなんなんでしょう。

白石 そんなものを持って生きている人って、実際にいるんでしょうかね(笑)。あったとしても普通は守っていけない。だから、カッコよく思えるのかもしれない。難しいですね。

『昭和残俠伝』や古くは忠臣蔵の世界みたいに、誰かの仇を討つ、というのが、日本人は好きなのかもしれないですけど、それが美学か、というと、それだけでない気もする。かといって、清く正しく生きるのがいいかというと、それも違うかな。ただ、無償で誰かのために生きる、ということがあれば、それは、僕は美しいなと思います。

そういう意味でいえば、アメリカン・ニューシネマの登場人物のように、負ける、死ぬとわかっていても戦いにいく、1000人中999人から間違っていると言われても、たった1人の少女の無念を晴らしにいく、みたいなことってカッコいいと思いますね。

曲げられないものを持っている、誰かの気持ちに寄り添える優しさを持っていることですね。

きちんと表に出て、自分の言葉で話せる人がカッコいい

── 曲げられないものを持って自分を貫くって、でも、かなり難しいことですよね。

白石 難しいですね。特に最近は、人と違うことを言うと、すぐSNSで炎上しますしね。それが、たとえ正しいことでも。まあ、でもSNSへの対処法はあって、見なければいい(笑)。実際は、見る自由もあるので、そうはいかないことも多いですけど。炎上を苦にして自殺したり、心を病んだりする人もいますから。ただ、SNSで非難している人って、結局、それだけで終わることが多いんですよね。
──それでも爆破予告とか殺害予告をする人もいるので、世の中的には大ごとにはなりがちです。

白石 SNSの中だけで叫んでも、実は世の中は変わらないんですけどね。SNSって、確かにデモを起こす後押しにはなったりする。最近では、香港の「国家安全維持法」の反対デモとか。日本でも先日、検事総長の定年延長問題で、プチネットデモがおこりました。

でもSNSは、あくまでサブツールでしかない。本当に何か言いたいことがあるのなら、きちんと表に出てきて言ったほうがいいし、世の中を動かしたいと思うなら、実際に行動を起こしたほうがいい。SNSが登場して10年くらい経ちますけど、それに皆が気づく時期にきているとは思いますね。

── 安易にSNSで憂さを晴らしている場合じゃないと。

白石 まあ、一番カッコ悪いのは、匿名でヘイトスピーチをたれ流したり、弱者を攻撃したりする人たちです。これはもう、恥ずかしいしひどい。優しさのかけらもない。

でも一方で「こういう意見もあるけど、こういう意見もあるよね」って言い方をする人も、実は自分の意見は何も言ってないから、どうなんだろう、って思います。だったら、例え僕とは主張も違い、受けいれ難いことを言っていている人でも、堂々と出てくる人の方が、話し合う余地があるだけいい気がします。

どんな意見でも、己の言葉で話して表現する、というのは、大人として基本的なことじゃないでしょうか。

人間は失敗をするもの。でも、それに苦しみながらも向き合えるか

── ところで具体的に、白石監督がカッコいいと思う方はいらっしゃいますか?

白石 師匠の若松さん以外では、70年代の映画『暴走パニック大激突』『狂った野獣』『鉄砲玉の美学』の渡瀬恒彦さん。彼は、本当に超カッコいい(笑)。これは、さっきの“優しさ”とか“自分を貫く”みたいな話とは全然、リンクしないんですけど。どの映画でも、ダメな男、その場しのぎの男を演じていますからね。

けれども、どうやってでも生き抜こうとする姿が、魅力的なんです。それと、当時の渡瀬さん自身の魅力。自分でガチでカースタントもやって、すごい迫力です。渡瀬さんは、“この映画で死んでもいい”と思っていたんじゃないかな。「芸能人でケンカ最強は渡瀬さん」という都市伝説がありますけど、これらを観ると素直にうなずけます。

──「これで死んでもいい」みたいな覚悟をもって何かをするって、確かにそういう生き方には人をひきつけるものがありますね。

白石 あります、あります。『これがやれれば、何もかも失っていい』とかね。
僕も、映画を撮っている時、「これを撮ったら死んでもいいや、殺されるならそれでもいいか」と思うことがあります。例えば『日本で一番悪い奴ら』は、自分の故郷でもある北海道警の不祥事を描いた話だったから、実家の家族に「何かあったらごめんね」って言ってた。そのくらい腹をくくりました。実際には何もなかったですけれど(笑)。

そういえば、『日本で一番悪い奴ら』の主人公のモデルになった元警部の稲葉圭昭さんも、カッコいい人です。稲葉さんは、違法捜査を繰り返して、最後は薬物中毒になって、逮捕されて9年間、服役した。

でもその間に、自分ととことん向き合って、自分のダメだったところ、人に優しくなかったところを見つけていく作業をしたんでしょう。今は、人の痛みがわかって、すごく優しい。前に愛人がたくさんいて、奥さんを裏切っていたことを反省して、今は一途だし。僕にも、いまだにいろいろなことを教えてくれる。

人間って、失敗をするものです。でも、それに苦しみながらも向き合うことは、人間的に一回り大きくなれるチャンスでもある。稲葉さんを見ていると、そんなことを感じますね」

映画業界に希望を与える、カッコいい先輩たちに続きたい

── 今回のコロナ禍で、映画業界も大きな打撃を受けて、まだ苦しい局面が続きそうですが、監督はどう立ち向かっていきたいと思っていますか?

白石 確かに苦しい状況ではあります。でも映画を作り続けないと、活気も取り戻していけない。だから今年は『弧狼の血』の続編を撮って、来年も何本か撮りたい。コロナ後に皆がどんな映画が観たいのかというところも、かなり本気で考えているところです。

でも、この苦しい時に、すごく希望を持てる偶然があります。それは、4月に亡くなった大林宣彦監督の『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が7月末に公開になったことと、山田洋次監督が『キネマの神様』という映画を撮っているということ。

詳しく内容は知らないですが、長年、映画を愛し、映画に愛された二人の大先輩が、このタイミングで、映画に関する映画を発表される。それは、映画に関わる人たちに力をくれるし、多くの映画館を救ってくれるはずです。

僕も、あと何年生きられるかわからないけれど、映画を裏切らずに映画を撮り続けていると、そういう偶然がおこるかもしれない。そういう先輩に近づきたいなと思います。若松さんは亡くなりましたが、映画界には、お手本になるようなカッコいい先輩が、まだたくさんいる。それを連綿と、僕たちは継承していければと思いますね。

●白石和彌(しらいし・かずや)

1974年生まれ。北海道出身。中村幻児監督主催の映像塾に参加後、若松孝二監督に師事。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年の『凶悪』が、第38回報知映画賞監督賞ほか、各映画賞を総なめし、脚光を浴びる。以降も次々と話題作を手掛け、毎年のように賞レースを席巻。名だたる俳優たちが今、最も出演を熱望する映画監督である。主な監督作品に、『日本で一番悪い奴ら』(16)、『牝猫たち』(17)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『サニー/32』(18)、『孤狼の血』(18)、『止められるか、俺たちを』(18)、『麻雀放浪記2020』(19)、『凪待ち』(19)、『ひとよ』(19)など。

白石和彌監督最新作『ひとよ』がBlu-ray&DVD化。15年前、三兄妹が両親と暮らすタクシー会社の営業所で起こった、“ひとよ”の出来事。以来、運命を激変させた三兄妹とその母親の、尊くも時に厳しい“家族の絆”と言葉にできない“究極の愛”を描く。
発売・販売元:アミューズソフト/税抜価格:5800円(BD豪華版)/3800円(DVD通常版)/(c)2019「ひとよ」製作委員会

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